破壊と盾の勇士の英雄誌〜一族最弱と煽られた青年が、自らの身に与えられた力で無双するだけの話〜

アンジェロ岩井

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神との接触編

大樹寺雫が残したもの

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「……これが本当の歴史です。わかります?これが正しい歴史なんですよッ!」

四角い眼鏡をかけた気難しい顔をした中年の女性は自分たちの前に座る幼い少年と少女たちを前に人類史の授業を行なっていた。というのも、彼ら彼女たちは大樹寺による洗脳教育を受けていたからである。おまけにそれを正しいと信じ込んでやまない。
彼女が深い溜息を吐いた時だ。講義を受けていた少女が手を挙げるのと同時に席の上から立ち上がって言った。

「嘘を吐いているのは先生の方でしょ?」

「何を言っているんです!」

「そうだよ。先生嘘を言っちゃいけないよ」

それから後に聞こえるのは「そうだ!」「そうだ!」の大合唱。
一方的に教師の語る本来の歴史を否定し、自分たちが受けてきた教育の方が正しいと主張する盲信的な人々の態度。
既に正気を失った子供たちを前に教師は兜を脱がざるを得なかった。教師は子供たちを残して教室を後にした。
こうした言葉を叫ぶのはかつて大樹寺が率いていた教団、バプテスト・アナベル教の幼少信者たちである。
もっとも彼ら彼女らが自分たちの意思で入団したわけではない。彼ら彼女らの全ては親が大樹寺の教団に入信するにあたり、半ば強制的に連れてこられていたのだった。
しかし、大樹寺がこういった年齢の少年少女たちに強い関心を示していたのは周知の事実である。故に彼ら彼女たちは大樹寺から特別な寵愛を受けるのと同時に特殊な教育を叩き込まれていた。
それは三年前に実在した宇宙究明学会にも同様の例が見えたが、大樹寺に支配されていた子供たちは教団の魔の手から離れたとしてもその洗脳から解かれることはなかった。









「以上が教団から解放された子供たちの経緯か?」

孝太郎は公安室の壁にもたれ掛かり、その手にコーヒーの入った紙コップを握りながら絵里子に問い掛けた。
弟の問い掛けに対し絵里子は首を縦に動かして、

「ええ、あの子たちは完全に洗脳されているわ。教祖が教えた事だけが真実と信じ込んで疑わないみたいね」

と、淡々とした口調で答えた。

「……そうか、あの女……」

孝太郎は紙コップを持つ手に無意識のうちに力が加わっている事に気がつく。
彼が感じていたのは大樹寺への怒りである。いたいけな子供たち。遊びたい盛りの子供たち。親や大人に甘えたい盛りの子供たち。そんな子供を親や信頼できる大人から引き離し、自分の玩具にして馬鹿げた考えを植え付けた大樹寺雫という女が孝太郎は許せなかった。
孝太郎が紙コップを震わせていると、部屋の扉が開かれて電子タブレットを引っ提げた聡子の姿が見えた。

「聡子かどうした?」

「あぁ、あんたにお願いされたオーバーロード超越者の件について調べてたんだよ。そしたら世界で似たような事例が発見されてたんだって」

「世界中で?」

「あぁ、中でもあんたが一番興味を持ちそうなのはロシアで起きた事例だと思うぜ」

孝太郎がロシアで起きた事例について調べていくと、ロシアで謎の天使が目撃され、ロシア正教会の中で目撃されたというニュースが飛び込んできていたのだ。
その件に関しても驚くべきことだったのだが、それ以上に驚いたのは目撃例の中にバプテスト・アナベル教の教祖、大樹寺雫の姿が目撃されたことだ。
大樹寺は強制捜査の際に死んだものではなかったらしい。どうやらなんらかの手段を用いてロシアに逃亡したようだ。
孝太郎は歯を軋ませながら、大樹寺のことを思い返していく。
強制捜査の際に孝太郎は大樹寺が毒薬を飲むのをその目ではっきりと確かめたが、それが毒薬ではなく仮死薬だという可能性は大いにあった。
だが、あの時の孝太郎は油断してしまったのだ。強制捜査が無事に終了したという事実に。
孝太郎は己の未熟さを恥じていた。己が未熟なばかりに大樹寺を逃してしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれまい。孝太郎が唸り声を上げていた時だ。
扉が開いて、マリヤ・カレニーナ司教が現れた、その姿を見せた。

「おはようございます。孝太郎さん、休暇はどうでしたか?」

「いい親族会だったよ」

孝太郎の言葉を聞いて絵里子は顔を曇らせていたが、孝太郎は皮肉ではなく本心から言ったつもりであった。
というのも、あの親族会の時に姉といつもより密接な距離で接することができたからだ。
これには感謝するしかない。例え何者が差し向けていたとしても、自分と姉との距離をより縮めてくれたのだから……。
孝太郎が休暇中のことを思い返していると、丸い眼鏡をかけた少しばかり顔の良い女性が慌てて飛び込んできた。

「大変です!大変です!」

「どうした?明美?」

「ほ、北条首相が何者かに殺されたんです!」

孝太郎は思わず眉の皺を寄せた。

「場所は?」

「首相官邸です!今現場が大騒ぎになっているそうで」

その言葉を聞いた孝太郎は思わず無意識のうちに席の上から立ち上がっていた。
そして、同じように無意識のうちから言葉を出していた。

「やはり、六大路美千代……」

「孝ちゃん、誰なの?その六大路って」

絵里子が首を傾げながら問い掛けた。
孝太郎は自分の失言に気が付いたらしい。苦笑いを浮かべながら、

「いや、なんでもないんだ」

と、慌てて取り繕ったのだった。

「でも気になるよな。一体誰のことを言っているんだい?」

聡子は机の上で片手で肘をつきながらもう片方の手でチョココロネを齧りながら言った。

「さぁ、誰のことだろうな」

孝太郎は惚けてみせた。あくまでも知らぬ存ぜぬを貫き通す孝太郎の姿を見て、これ以上の追求は難しいだろう、と判断してその後は別の話を打ち出すことにした。
「そういえば、首相暗殺の件で三つ葉葵が騒いでしましたけど」

「恐らく、野党はこの件を取っ掛かりとして与党……竹部政権を崩す気だろうな」

孝太郎は真剣な顔を浮かべていたが、内心ではどうでもよかったのだ。
二大政党制を掲げる日本共和国であるが、その与野党の両方に孝太郎は睨まれており、因縁もある。
故に孝太郎としてはどちらが勝ったとしても状況は変わらないというのが本音であるのだ。
孝太郎が腕を組みながら今後のことを思案していた時だ。明美が思い出したように手を叩いたのだった。

「そうだッ!今日は妙な事件が起こりまして、それで白籠署公安部に話が回ってきたんですよ」

「話だと?」

「えぇ、凶悪な事件でしてね。私たちの助けが必要みたいです」

「凶悪な事件って?」

「少し、込み入った事件でしてね」

明美が眼鏡を光らせ、意味深な笑みを浮かべた。













あとがき
本日より四日に一度更新させていただきます。よろしくお願いします。
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