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豊臣家士族会議編

徳川と北条が手を結ぶ時

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話は中村孝太郎が姉と本家よりの執事を連れて高速道路の端にある旅館に泊まる数時間前に遡る。
「何ィ?松田がやられただとォ?」
北条首相は携帯端末の向こうで報告する警察のスパイに怒声を放つ。
彼の携帯端末を持つ手は大きく震えていたが、小太郎はそれを指摘できずにいる。
もし、その事を伝えたのなら、北条は自分に何をするだろう。24世紀の今でも戦国の世に培われた主従関係に固執している彼の事だ。何をされるか分かったものではない。
北条首相は苛立ち紛れに携帯端末を投げ捨てると、小太郎を呼び出して理不尽な雷を行おうとした時だ。
風魔の忍びの一人が天井裏から現れて、彼に耳寄りな情報を与える。
「そうか、政治家どもがパーティーを。今、行く、おれの手で制裁してやらねばな」
北条首相の得意な事は自分が嫌いな自由共和党の政治家のパーティーに乗り込み、難癖を付けて相手を殴る事だった。
何せ、相手は悪人である。そんな相手をいくら殴ろうとも蹴ろうとも彼の両親は咎めない。
溜まったものではないのは彼により悪人と決め付けられた政治家たちである。
なにせ、理不尽な暴力を振るわれた挙句に難癖に近い事を言い立てられるのだから。
しかも、北条首相は現役の首相であるから、現行犯以外では逮捕できないのだ。
ちょうど、松田が倒されて不機嫌であった北条首相は会食の行われている場所に乗り込むと、いつも通りに難癖を付けて、相手を一方的に殴り、人格否定にも近い暴言を言い放っていく。
一通り満足した顔を浮かべると、北条首相は迎えの車の中へと乗り込む。
そして、自身の護衛も兼ねる風魔の運転手相手に拳を見せながら、満足そうに告げる。
「いやぁ、いいもんだな。この調子で竹部やその犬どもも殴ってやりたいもんだ。なぁ、お前、オス犬の方は殺してもいいから、メス犬の方はワシの元に連れて来い。思いっきりぶん殴ってやるから」
運転手は思った。北条首相はよく人格者と世間からは評価されるが、人格者である人間が果たしてどんなに気に入らない人物であろうとも人の事を「犬」などと呼称したりするだろうか。
だが、自分は風魔一族の人間。例え、相手がどんな人物であろうとも、相手がその主人である以上は仕えるしかないだろう。
人を殴り、胸の内に溜め込めていた無限にも近い靄のようなストレスを発散した事により、気が良くなっていた北条首相の気を良くしたのは携帯端末に掛かった風魔の忍びからの連絡であった。
『首相、孝太郎どもの居場所を特定し、先回り致しました。これにより、奴らを確実に始末できるかと』
「そうか、だが、オスの方はいいが、メスの方は始末するなよ。ワシはメスは自分の手で殴ってやらんと気が済まんからな」
北条首相は自身の要求を一方的に伝えると、要求と同じように携帯端末における通話を一方的に切り上げる。
こうして、満足した気分のまま首相官邸の自室に入った時だ。
彼の部屋の中に二人の黒いスーツを着た男が立っていた事に気が付く。
「北条首相ですね?」
「そうだが、貴様らは何者だ?」
「我々は野党、自由三つ葉葵党の者です。徳川先生からの忠告を北条首相にお伝えに参りました」
「徳川先生だと?自由三つ葉葵党が何の用だ?」
北条首相が激昂する姿とは対照的に二人の黒服は口元の端に微かな笑みを浮かべている。
「貴様ら、何が目的か知らんがーー」
「首相おとぼけになられるつもりですか?あなたはご自身が持つ闇の組織を利用して、中村孝太郎と折原絵里子の両名を始末なさろうとしているではありませんか?」
自身にとっての暗部を突かれた北条首相はふらつきを覚えてそのまま背後の扉へともたれかかっていく。
北条首相はいや、北条家の現当主、北条重信は突然現れた男二人に対して、ギンギンと嫌な音の鳴り響く頭を抑えながら尋ねる。
すると、返ってきたのは予想外の言葉であった。
「ご安心を、先生はむしろ、首相と協力したいと仰っておられるのですよ」
黒服は北条重信に大金の入ったジュラルミンケースを見せる。
「これをどうぞ、我々からの誠意の表れでございます」
北条重信はその大金を見て、思わず唇の周りを大きな舌で舐め回し、迷う事なくそれを受け取る。
小太郎はその様子を横で眺めながら思った。実に浅ましい、と。
同時にダブルスタンダードを地でいく男である、と。
『他人に厳しく自分に甘い』という言葉はこの男のために用意されていたのかもしれない。
テレビの時代劇で媚びへつらう悪徳商人から小判を受け取る悪代官というのは今の北条重信のような姿なのだろうか。











「あのお方から、ご命令を受け取った。お前を確実に殺せというな」
「左様、あのお方が『風魔の刀を突き立てろ』と命じられた以上、我らは貴様を地獄へと叩き落とさねばならぬ」
「念のために聞くが、お前らが始末するのはおれや姉貴じゃあなくて、今、この瞬間もどこかで人を殺めている天使なんじゃあないのか?自分たちが刀を向ける相手が間違っているとは思わないのか?」
孝太郎は銃を二人に向かって突き付けながら問い掛ける。
二人もその指摘は痛かったのか、二人の口から反論が発せられる事はなかった。
代わりに、二人は畳の上から飛び上がり、土の壁の上を走りながら、孝太郎の元へと斬り掛かっていく。
孝太郎は一歩後ろに下がると、そのまま襖を閉め、それを勢いよく蹴り飛ばす。
襖を蹴飛ばされる音が響き渡ったものの、それは仕方があるまい。
そのおかげで二人の男が襖に頭を突っ込み、一時的とはいえその動きが阻害される事になってしまったのだから。
孝太郎はその隙を利用して、拳銃を異空間の中へとしまい、自身の愛刀を取り出す。
刀を構えると、孝太郎は飛び上がり、忍び二人の頭に目掛けて斬り掛かっていく。
が、頭の上へと振り下ろす直前で二人の忍びは襖から脱する事に成功したらしい。忍刀を鞘のまま真上へと伸ばし、孝太郎の刃が自身の頭に直撃するのを防ぐ。
孝太郎の刃は少しだけ逸れたが、孝太郎はそれを自身の手元に引き戻した事により、隙を生じるのを防いだ。
同時に、孝太郎は宙の上で海老剃りの姿勢を取り、背後へと戻っていく。
そして、廊下の上で二人の忍びに向かって刀の剣先を突き付けていく。
もっとも、その刃先で倒せるのかどうかは微妙ではあるが……。
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