上 下
46 / 109
豊臣家士族会議編

本家よりの護衛

しおりを挟む
「お迎えに上がりました。折原様」
高級車の中から現れたのは礼装を身に付けた落ち着いた風貌を漂わせる老年の男であった。
絵里子はその老年の男を見て、口から言葉を溢していく。
「……雲山くもやまさん……」
雲山影広くもやまかげひろは豊臣家の宗家に長年仕える執事である。
老年ながらも卓越した手腕を持つ人物であり、その評価は本家からも高いとされている。
老執事は頭を深々と下げて、
「不祥の護衛のために、あなた様が怪我をなされた事をここに深くお詫び致します」
「……不祥の護衛?それは、弟の事ですか?」
絵里子の片眉が微かに動く。だが、肝心の老執事は頭を下げたまま顔を上げないので、その表情を見る事もできない。
絵里子の中に存在する不快の感情は一気に上がっていくが、視線と同時に背も背けて、警察署に来るまでに彼女の弟が運転していた車の元へと向かう。
「折角ですが、私は弟が運転する車で向かいます」
「お言葉ではございますが、折原様、これはご主人様、すなわち本家の親方様よりのご命令でございます。何卒、お逆らいようのないように」
「親方様?今は24世紀ですが?」
「昔からの慣習でございますので……」
両者ともに一歩も譲ろうとはしない。その様子を孝太郎は警察署の駐車場の端で煙草を蒸しながら眺めていた。
事の発端は松田を倒し、警察署から出た際にあの車が泊まっていた事が全てだ。
車を開けて出てきた雲山影広という執事はその役職に似つかわしく深々と頭を下げると、自分に席を外すように告げた。
それで、孝太郎は端の方で煙草をふかしながら眺めていたのだが、どうも、二人の表情を見ていると、自分にとって良くない事であるというのはなんとなくわかる。
孝太郎は煙草の火を消すと、警察署のゴミ箱に煙草を捨てて、更に白熱していく二人の間に割って入っていく。
「あなたの方こそ本家とやらの言いなりじゃないですか!」
「お言葉ですが、あなた様の方こそ囚われすぎておられるのでは?」
両者ともに一歩も譲らない議論が展開されていた。あまりにも熱を帯びていく議論に他の利用者たちは恐れ慄き、意見を言えずにいる。
そこに孝太郎が割り込んだのだから、人々は内心安堵の溜息を吐いただろう。
「雲山さん落ち着いてください。姉貴もだ。二人とも、もっと冷静に話をしようじゃあないか」
二人はその言葉でようやく落ち着いたらしい。
互いに鋭い視線を向けながらも、なんとか落ち着きを取り戻し、今度は、緩やか且つ落ち着いた議論が交わされえていく。
だが、それでも二人の意見は平行線だ。中々に交わろうとしない。
昔、義務教育年齢の子供たちが使う国語の教科書に古代のギリシア辺りをモデルとした王国に住む男が王に不貞を働き、処刑される前に妹の結婚式を挙げたいという願望を叶えるために、親友を置き去りにして、処刑されるために走って戻るという童話があったが、結婚式を挙げる際に主人公が妹の婿と結婚式を挙げて欲しいという事を主張し、それはいけない待ってくれと主張する妹婿との議論が夜遅くから朝早くまで交わされたが、今回の姉と雲山の議論がそれだ。
童話の議論と同じように二人の駐車場での議論は夜遅くまで交わされた。
その度に、執事の雲山が横で携帯端末を操作して、何処かに連絡を取る姿が確認された。
その白熱した議論の中で先に白旗を上げたのは雲山の方であった。
雲山は大きくため息を吐いて、
「分かりました。旦那様も了解なされたようでございますので、そのお方と連れ添って来てもよろしいという事でございます。ただし」
彼は人差し指を突き上げて、『親方様』とやらが提唱した条件を絵里子に突き付けていく。
それは、孝太郎と絵里子のたびに自分が見張り役として付き添うというものだ。
つまり、二人の車の後ろにピッタリと影のように付いてくるという事なのだ。
絵里子は両肩を落とし、顔を顰めたが、仕方あるまい。
雲山の高級車を後ろに付けながらも、二人のビッグ・オオサカまでの旅は続く事になった。
孝太郎は夜の道を懸命に走らせながらも、流石に眠気を覚えたので、一旦はバイパスを外れ、旅館に泊まる事になった。
地上が深い闇に閉ざされる程に遅い時間であったが、バイパスの端にある旅館の女将は快く受け入れてくれた。
旅館は昔ながらの場所に建っており、古き良き20世紀を思い起こさせるような木造の建築物であり、孝太郎の心情をよくさせたが、些か寂れた場所にあったのが玉の傷といったところだろうか。
その証拠に入口には蜘蛛の巣が貼ってあるし、床にはところどころにヒビが見えた。
ただ、昔ながらの露天風呂はあるし、替えの浴衣も用意されている。
「フフ、孝ちゃんと温泉だなんて、久し振りだね」
「うん?あぁ、そうだな」
孝太郎は絵里子の言葉を聞いて、自身の記憶の中にある幼い頃の朧げな記憶を辿っていく。
あの時は確か、初めての旅行で興奮していて、それで姉が同じ布団に入ってきて……。
なぜ、自分の顔が赤くなったのだろう。今の自分は茹でた蛸のようだ。
だが、姉はそんな弟の気持ちを知ってか、知らずか揶揄うように言った。
「孝ちゃん、覚えてる?あの時、あたしが怖い夢を見たとか、なんとか言って、布団に入ってきたのを」
「そ、そうか?お、おれは全く覚えていないけどな」
やはり、姉も覚えていたらしい。その証拠に姉は可愛らしく孝太郎の頬を人差し指で触っていく。ツンツンという擬音が聞こえたような気がした。
孝太郎は緊張と羞恥のために頬を真っ赤に染めながらそれをかき消すかのような大きな声で言った。
「と、ともかくだ!今日はゆっくりと風呂に入ってゆっくりと寝てくれ!」
孝太郎は自身のわずかな荷物を持って、足音を立てて自身にあてがわれた部屋へと向かう。
姉の荷物は雲山執事が持っていくであろうから、その点は心配しなくてもいいだろう。
孝太郎は部屋の前で息を整えて、自身を落ち着かせていく。そして、その扉を回した時だ。
そこには怪しげな黒色の忍び装束に身を固めた男が拳銃を構えて待っていた。
孝太郎は荷物を廊下に放り投げると同時に素早く扉を閉め、部屋の前から慌てて距離を取る。
同時に扉の前へと一斉に銃弾が撃ち込まれていく。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...