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ニュー・メトロポリス編

天使より授かりし宝剣ーその④

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マリヤはこの勝負に決着が生じない事を焦ったく思っていた。もういい加減に疲れも溜まっている。
ここら辺でいい加減に決着を付けなくてはなるまい。
マリヤは剣を両手で握ると、その刃先を左斜め下に向け、いつでも振り上げるように準備を行う。
それに伴って、兵庫も彼女を迎え撃つべく剣を改めて両手で握る。
両者が睨み合う中で先にコングを鳴らしたのは標語の方である。
彼は雄叫びにも近い掛け声を上げながら、マリヤへと斬りかかっていく。
マリヤは剣を盾にしてそれを防ぐ。たちまちのうちに互いの剣から莫大な光が生じていく。
「ウォォォォォォ~!!!」
「ハァァァァァア~!!!」
お互いに野獣のような慟哭を上げ、少しでも剣を動かそうと試みていく。
剣と剣とが擦り合っていき、その間に火花が散っていく。
ようやく両者ともに武器を離し、再び距離を取り合った際にはすっかりと息を切らしていた。
兵庫は再度、剣を構える。しかし、今度は剣を自分の頭よりも上に持ち上げている。
マリヤは目を細めながら、もう一度剣の刃先を地面に向けながらも、いつでも振り上げられるようにしている。
両者共にまたもや睨み合いが続いていく。
四人が四人とも息を呑んで見守る中、今度先に動いたのはマリヤの方である。
マリヤは剣を振り上げて、兵庫に向かっていく。
兵庫は剣を払う。空を切る音がマリヤの耳にも届く。
が、マリヤの目に動揺の色は浮かんでいない。彼女は冷戦沈着な態度で兵庫に向かって剣を振り下ろしていく。
またもや、刀身と刀身が重なり合う。
またもや膠着状態になるかと思われたが、慌てて兵庫が剣を離して兵庫は難を逃れた。
「やはり、あんたは司教にしておくのには惜しいぜ、今からでも悪くない。軍隊に入りな」
「折角ですが、お断りします」
マリヤは丁重に頭を下げると、そのまま兵庫へと剣を握って駆け寄っていく。
マリヤの剣が空を切る。大きく風を切る音が兵庫の耳にも聞こえる。
続けて彼女は上段に向かって打ち込む。が、それさえも兵庫にとっては予想の範疇であったに違いない。
彼は剣を突き上げる事で逆にマリヤを捉えた。彼女の剣を自身の剣で弾くと、そのまま下段へと動かし、マリヤの命を狙う。
マリヤは慌てて剣を滑らせて自身に向けられた刃を転がすと、そのままもう一度、弾き返す。
その様子を黙って見つめていたのは天使。彼は姿を消しながらも、人間同士が醜く争い合う姿を何処か達観した様子で眺めていた。
「どうして、みんな、その力を良い事に使わないんだよ。どうして、みんな争い事なんかに使ってしまうんだ」
天使の嘆きは誰にも聞こえない。その筈であったが、二人の耳には聞こえたのかもしれない。
武器を押し付け合いながらの問答が始まっていく。
「なぁ、もし、この力があんたの手に渡ったらどうだ?あんたはどうする?」
「どうするのかって決まってます。困っている人を救うために使いますよ」
その言葉を聞いた天使の胸に衝撃が走る。オリュンポスの神々によって誕生させれてから、今までに一度も感じた事がない程の衝撃だ。
天使は引き続き、二人の会話に耳を澄ませていく。
「そうか、あんたは具体的にどうしたい?」
「困っている人がいるのなら困っている人のために使います。天使の力を持ったのなら、子どもたちに聖書の話をするのが捗るでしょうね」
マリヤはそう言いながら、剣に込める力を強めて、大きく真っ直ぐにそれを振っていく。
大きく空を切る音が聞こえ、彼女の剣が兵庫の頬を掠める。彼の頬から一筋の小さな赤色の蛇が頬を伝って地面へと落ちていく。
「これが、私の覚悟です。本来ならば神の言葉通り、あなたを愛したいのです。あなたを許したいのです。ですが、あなたは多くの人を傷付けました。直接的にも間接的にもだから、私はあなたを狙うんです」
それを聞くと、兵庫は下を向いて押し黙っていた。その様子は庭先に置かれている大きな岩のようであった。
だが、顔を上げると、なぜか彼は晴々しいまでの笑みを浮かべていた。
「フッ、見事だ。あんたの覚悟はしっかりと理解した」
兵庫はそれまで持っていた剣を捨てて、両手を大きく広げてマリヤが斬りかかるのを待っていた。
「最後に行っておこう。次元転移装置はおれの手で破棄した。あんなものは火に焚べてしまった。……上の連中に聞かれたらそう答えてくれ」
「……あなたは……ッ、わかりました」
マリヤはそのまま両目を瞑り、自身を迎えようとする男に向かって望み通りにその刀を振り下ろしていく。
既に事切れた男を見下ろしながらマリヤは小さな声で弔いの言葉を投げ掛ける。
彼女は十字を切り、手を合わせて彼へと祈りを捧げていく。
そして、最後に彼の死体を見下ろしながら言い放った。
「あなたは兜崙具とは違います。兜崙具は雷大国との戦で子どもたちを盾にするような卑劣漢でしたが、あなたは堂々と私と戦いました。大抵の人間は前世と今世の性格が殆ど同じである事が多いのですが、あなたは違いましたね」
マリヤは剣を鞘に仕舞うと、そのまま疲れのままに地面の上へと座り込む。
そのまま起き上がろうかと思ったのだが、体がいうことを効かない。
体の筋肉が自身の言う事を聞かないと言った方が正しいだろう。
そのまま地面の上に座っていると、絵里子が笑顔を浮かべて彼女に手を差し伸べる。
「お疲れ様、マリヤさん」
「……絵里子さん。ありがとうございます」
マリヤは礼を告げると、そのまま彼女の手を取る。だが、まだ体がふらていたので、彼女の肩を借りてパトカーへと向かう。
パトカーの後部座席に尻を乗せるなり、彼女はそのまま座席の背もたれにもたれかかってずるずると地面の下へと落ちていく。
やがて、段々と自身の瞼が重くなっていき、そのまま安からで、それでいて気持ちのいい音を立てながら夢の世界へと旅立っていく。
「流石に疲れたんでしょうかね」
彼女の代わりに助手席へと行った明美が運転席の絵里子へと密かに耳打ちする。
絵里子は苦笑しながら答えた。
「そうね、今は休ませて……いいや、むしろ、休んでもらいましょう。あれだけの戦いを繰り広げて、私たちを守ってくれたんだから、今度は私たちが彼女に尽くさないといけないと思う」
絵里子はそう言って車を発車させた。
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