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ニュー・メトロポリス編

新人類の幕開け

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「面白い取り引きだ」
「だろう?ただ、勘違いしないでほしい。ぼくら天使の力を与えるのはキミだけじゃあない。転移装置を利用して、神々がこの地上に降り立った暁にはいずれ、日本国民全員に、いいや、今や帝国などと呼称している西欧文明のローマ帝国の末裔ども以外には全てプレゼントしてやるつもりなのさ。あの方の怒りはそれほど凄まじいのさ」
天使の怒りは最もだろう。紅兵庫は昔、少しだけローマ史のテオドシウス帝の一方的な裁判の事を思い返していく。
彼はそれまで迫害されてきたキリスト教を保護したものはいいものの、それに伴いローマ各地の多神教の神々に矛先を向け、貴重な霊廟を徹底的なまでに破壊したのだった。
その暴君たるや神であるユピテル神(ゼウス神)に一方的に有罪を突き付け、その廟を破壊したのだった。
その時のオリュンポスの神々とそれに仕える天使たちははらわたが煮えくりかえる思いであったに違いない。
だから、こうして、ローマとは関わり合いがなかった自分たちに手を結ぶように要請しているのだろう。
いや、自分たち日本人ばかりではない。天使は百分の一の力を西欧人以外の全ての人種に与えるつもりであるらしい。
自分たちに力を与えるのはその実験の第一段階というところだろうか。それも、取り引きの代わりという形で見返りを与えるという名目で行われる。
天使からすれば何処までも美味しい取り引きであるに違いない。
無論、先行サービスであるので、こちらとしても悪い気はしない。
むしろ、他の人間よりも早くその力を駆使できるのだ。願ったり叶ったりではないか。
二人は合意して天使に転移装置の設計図を渡し、その代わりに百分の一の力を受け取る事になったのだ。











「後に全ての国民が天使の力を得た日本という国は国名を変更する必要があると思う。その際に私と閣下が考え出したのが、メトロポリスだ。大メトロポリス帝国。オリュンポス十二神に仕える天使が住う島国の呼称だ。悪くはあるまい?」
マリヤはメトロポリスという単語の意味を頭の中で復唱していく。確か、あれは首都、大都会という意味ではなかったか。どうして、天使だの神だのという言葉と結び付くのだろう。意味もわからないでカッコいいから使っているのだとしたら、未だに馬鹿な事がかっこいいと思い込んでいる中学生の子供と変わらないではないか。
マリヤは苦笑しながら『メトロポリス』という単語の意味を光兼に教える。
だが、彼は眉一つ動かす事なく、先程と同様に大きな声で笑い続けていた。
「クッハッハッハッ!!メトロポリスという言葉の意味は首都や大都会を表す言葉であるくらい知っておるわ!日本が先だから、一番最初の新人類の都という意味なのだ!バカめ!」
そう叫ぶと同時にマリヤの剣を自らの剣で弾き飛ばす。
なんという攻撃だろう。マリヤは自身の両腕に大きな痺れが生じたこ事に気が付く。と同時に体に疲れが生じたのか右膝を突く。
(なんという強い攻撃なのかしら?両腕が動かないわ!)
「思えば、貴様は部下二人の仇だったな。天使の意思など関係なく、貴様は殺さなくてはならんわ」
光兼は大きく剣を振り上げると、膝を突いているマリヤの頭を狙って振り上げていく。
マリヤは下唇を噛み締めながら、なんとか、剣を避けると、ナメクジのように這いながらも剣へと手を伸ばしていく。
情けない姿ではあるが、この男の野望を砕かなくては安心できないのだ。
あと一歩でマリヤが落ちた剣を拾い上げようとした時だ。
マリヤの手に光兼の軍靴が直撃する。
悲鳴を上げるマリヤ。だが、光兼はマリヤの悲鳴など構う事なく彼女の足の甲を容赦なく踏み躙っていく。
「おっと、拾わせるわけにはいかん。貴様はここで死んでもらわねばな」
「それは天使の命令なの?それとも、あなた個人の意思かしら?」
「その両方だ。尼さんなら尼さんらしくしてればいいのに、一丁前に刑事の仕事なんぞに携わるから、こうなるのさ」
グリグリと足を踏む光兼を長い金髪の女性は強く睨む。
このまま成す術もなく殺されるのかと死を覚悟して両目を閉じた時だ。
彼女の耳に大きな掛け声が響く。声がした方向を見てみると、そこには刀を振り上げた聡子の姿。
「や、やめなさい!あなたが敵う相手じゃあないのよ!」
マリヤの警告通りであった。刀を振り上げて向かっていくものの、彼女の刀は彼女の体もろとも桑山光兼の剣によって弾かれてしまう。
光兼は剣を突き付け、聡子を見下ろしながら告げる。
「やめておけ、お前とオレとでは領域レベルが違う。いずれ、天使の力を分けてもらったら、またオレと戦おうじゃあないか」
「て、テメェがどんなに強いかはしらねぇけどさ、あたしは教えてもらったんだよ!あたしの大事な人にッ!警察官の使命は市民の安心を守る事だって!」
「警察官の使命ねぇ、ご立派な事だ。だが、その警察官とやらはオレの今の力の前に勝てるのかね?」
「やってみなくちゃあわかんねぇだろォォォォォ~!!!」
聡子は刀を振り上げて光兼の元へと向かっていく。
だが、光兼は刀に触れる事さえなく聡子を弾いていく。
彼の持つ剣からは一筋の光が生じており、それが聡子を弾いたのだろう。
「ちくしょう!」
聡子は起き上がると同時に自身に魔法をかけて光兼へと立ち向かっていくが、結果は先程と同じであった。
「ちくしょう……クソッタレ、負けてたまるかよ」
「ふん、虫ケラが何度迫っても同じーー」
桑山少佐が最後の台詞を告げる事は決してなかった。というのも、彼の体はマリヤ・カレニーナの力によってその心臓を貫かれてしまっていたのだから。
「がっ……ハッ、き、貴様は!?」
口から一匹の赤い蛇のような血を流しながら背後を振り返る光兼の顔には冷や汗が流れていた。
信じられないと言わんばかりに口を開けていたりもしていた。
そして、最後に何やらパクパクと口を動かして地面の上に倒れていく。
恐らく彼は夢だとでも言いたかったのだろう。だが、残念な事にこれは現実である。
もし、彼の意識が聡子のみに向けられていたのではなく、彼女が向かうまでの間に剣を拾おうとしていたマリヤにも向いていたら、このような結果になってはいなかったに違いない。
彼の意識が聡子に全て向いていなければ、彼はなんの障害もなくマリヤの剣を避けられていたであろうから。
桑山光兼は天使の力を持ったが故にその力に溺れて死ぬ事となったのだ。
一方のマリヤではあるが、彼女の目には躊躇いなどない。
あるのは仲間を救う事ができた安堵感のみである。
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