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ニュー・メトロポリス編

既に天国は抹殺された

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大樹寺雫は一時の休憩の後に司教就任の任務に呼ばれ、彼女のお付きである小さな少女と共に大司教が待つ大聖堂の広間へと向かう。
大聖堂には開祖と十二人の弟子の絵画が貼られており、その前には厳かな態度を放ちながらも、顔には柔和な表情を浮かべたロシア正教会のピョートル大司教の姿があった。
彼は優しい笑顔で微笑んだ後に背後に控えていたと思われる司教の男から一枚の紙を渡されてそれを読んでいく。
何やら難しい言葉やら用語やらで構成されたその文章は大樹寺には退屈極まるものであった。
だが、そう思ったのはあくまでも心の中だけの話。
表面には出す事もなく敬虔な信徒のふりをして両手を合わせながらそれを恭しく承っていく。
全ての文字を読み終えるのと同時に、大司教は大樹寺の頭を優しく撫でて、
「おめでとうございます。これで、あなたも我がロシアの司教です。今後はより一層の信仰に励んでくださいね」
サンタクロースのような優しい笑顔だ。大樹寺もその笑顔に黙って答えて両手を恭しく合わせながら静かに首を縦に動かす。
そして、全てが終わるのと同時に大樹寺は部屋をそれまでの単なる司祭としての部屋から少しだけ大きな司教の部屋へと移る事となった。
勿論、例の少女も引き続きお付きの少女も一緒だ。
大樹寺は家具付きの部屋の中に僅かな荷物を置くと、部屋の端に置かれていた小さな隠しカメラを異空間の武器庫から取り出した刃物で粉々に砕いていく。
「し、司教様、その機械は?」
「あぁ、イベリアが仕掛けた悪質な監視用の機械だよ。本当に嫌な人だよね。男として最低だよ。女の子の部屋をカメラで覗くなんてさ」
大樹寺はカメラを粉砕した刃物を再び異空間の武器庫の中に仕舞うと、唖然とした表情の幼い少女に向かって口付けを交わす。
舌まで入れた本格的なキスなのでどうやら、彼女は思わず言葉に詰まってしまう。
突然の事に頬を赤くした少女の耳元で囁く。
「これで、ファティマの事も遠慮なく話せるよ。さてと……第三の予言の事を聞かせてもらおうか」
「は、はい司教様……」
大樹寺は十歳も歳下の少女の怯える姿が妙に可愛らしく映った。
同時に大樹寺は心が躍っていた。これまでの人類史の中で長い暗闇の中に葬られた第三の予言のベールがいよいよ明らかになるのだ。
それも、もたらされるのは自分一人だけである。興奮しないわけがない。












桑山少佐は決着が付かなかったため、既に刀を引っ込めていた。
代わりに、彼はそれまではあまり使用していなかった天使からの授かりものを利用して戦っていた。素早い身のこなしで銃を避けるマリヤを狙って、何度も天使からもらった拳銃の引き金を引く。
だが、銃弾は次々と地面の下に落ちていき、一向に彼女に当たる気配が見えない。
このままでは折角の拳銃が無駄になってしまうではないか。
それに、折角、隙を見て目障りな刑事たちを襲撃しようとしたのに、これでは元の木阿弥ではないか。
桑山少佐は歯をぜんまい仕掛けの時計のようにギリギリと鳴らしながら忌々しいロシアの司教を担う女を睨む。
あまりにも彼女は人間離れしていた。天使たちが超越者オーバーロードと呼称するのもわからなくはない。
彼女は化け物だ。桑山少佐が怯んで両肩をすくませた時だ。
マリヤはその隙を逃さんとばかりに鬼神の勢いで剣を振るいながら、桑山少佐の元へと斬りかかっていく。
桑山少佐は武器をホルスターに仕舞うと、そのまま刀を取り出して彼女を迎え撃つ。
金属と金属とがぶつかり合う音が市内の端に響き渡っていく。
片方は剣、もう片方は日本刀という勝負でありながらも戦いは互角に進む。
両者ともに刃物を実践で使った事が多かったからだろう。
金属音と金属音とが鳴り響く音が聡子の耳にも轟く。
「あー、じれってぇ!あたしならあんな奴、速攻でぶっ倒してやるのに!」
「ダメだよ。聡子ちゃん……今、マリヤさんが戦っているんだから」
聡子は今にも異空間の武器庫から刀を取り出さんとせんばかりの勢いで騒ぐ。
「そうよ、ここはマリヤの戦いを見守ってあげましょう」
「けどよぉ、見守るっつたって、マリヤさんが剣であの人をぶった斬りでもしたらどうするんだ?ますます情報が入らなくなるんじゃあないのか」
聡子の指摘はもっともだといえるかもしれない。実際、絵里子はその事を危惧していた。
だが、ここで銃弾を放つのも良くない。それは、戦争において自分たちの国に有利な統治をしようと考えていた司令官を自分たちの手で撃ち殺してしまうのと同じくらいの愚行だろう。
それと同時に絵里子自身、味方の背中を撃ちたくはなかったのだ。
だから、両者の戦いを見守っているのだ。もっとも、それも大きく終わり掛けた頃合いになったのだったが。
このままでは拉致があかないと判断したのだろう。光兼が一旦、マリヤから距離を取ると、光兼は自身が持っていた日本刀を全くもって別の武器へと変貌させていく。
それは一言で表すのなら、日本刀とは大きくかけ離れた西洋の、それも古代の剣であった。
剣の塚には大きな輪っかがついてあり、剣の鍔には白鳥を思わせるような白くて大きな羽根が生えていた。
その異様な剣を見て、マリヤも思わず言葉を失う。
「こ、これは一体何なの?」
「天使がオレに付けてくれた力だよ。これで超越者オーバーロードを殺せとのお達しだ」
マリヤは信じられないと言わんばかりに首を横に動かす。
そのまま背後へと下がるのだが、剣の刀身からは光の鞭が飛び、マリヤの足を拘束して彼女の足のバランスを奪って転倒させていく。
悲鳴を上げるマリヤの前に光兼は笑いを浮かべながら近付いていく。
「天使は我々を選んだんだ。我々だけに力を与えてくれたんだ。その証拠がこの力だ」
「……あの天使たちがあなた方のような単なる軍人にそんな力を与えるとは思えません。何か裏がありますね?」
「まぁ、冥土の土産に教えてやらん事もないぞ」
光兼曰く天使は自分たちに転移装置の設計図を渡す代わりに、その力の百分の一を自分と紅兵庫の両名に渡す事を約束したという。
「そ、そんなそれじゃあ、もう装置はオリュンポスの神々の手に!?」
「その通りだ。神々の力があればあと少しで装置を使って乗り込んでくるかもしれんな」
マリヤは言葉を失ってしまう。
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