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ニュー・メトロポリス編

動き出す影の軍

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「中原大佐を始末したのはいいが、面倒なのは警察が動いている事だな」
「その通りだ。もしあの計画書が警察にでも渡ってみろ、奴らはそれを国に渡すだろう」
「それだけは阻止しなくてはならん!」
そう叫んだのは三人の若い将校の中でも一番若い男で、今年の頭に士官学校を出たばかりの男であった。
「落ち着け、桑山くわやま少尉……そのために、先程、我が同志の中でも随一の手練れと噂の円谷圓太郎つぶらやえんたろう大尉が向かっただろうが?」
「ですが、大尉殿ではーー」
「控えろ、少し口が過ぎるのではないか?」
若い男を静止させたのは当然、その中でも年長者である青年である。
青年は形の良い顔を持つ中々の美男子である。例えるのなら、昨今のイケメンアスリートといったところだろうか。
そんな美しい顔を持つ男は煙草を吸うと、そのまま小さくて粗末な木製の椅子の上に深々と腰を掛ける。
彼は人差し指と中指の間に煙の立ち上った煙草を差すと、空いた方の手で自身の机の上に置かれたリンゴジュースを飲み干す。
煙草とリンゴジュースは彼のトレンドマークであった。年老いた上官からはリンゴジュースをバーボンに変えろと揶揄されたが、それは彼のプライドが許さなかった。
なにせ、彼は士官学校を主席で卒業した男のなのである。叩き上げの上官に指摘されれば腹が立つのだ。
だから、こうして白籠市内のホテルの一室でもわざわざ持ってきているのだ。
彼はそのまま煙草を三本ほど吸い、リンゴジュースを二杯ほど飲み干すと、結論を待っていた部下たちに結論を述べていく。
「我々の仕事は中原大佐殿から頂いたこの計画書を死守する事にある。それが国だろうが、他の外国のスパイだろうがな。円谷には引き続き、例の刑事たちを始末するように連絡を取れ、それからーー」
男は結局のところ最後まで言葉を述べる事なかった。というのも、彼はカッと目を見開くと、懐から軍用のサバイバルナイフを取り出し、そのまま天井に放り投げたからである。
軍用のサバイバルナイフは天井に居たと思われる刺客にも届いたらしい。
うっと小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、赤い水滴が天井裏から滴り落ちていく。
同時に、席に座っていた男たちが一斉に席から立ち上がり、各々銃やナイフを取り出して辺りを見渡していく。
男はそれを低い声で静め、先程の若い男に天井を剥がすように指示を出す。
すると、天井裏からは黒いアーマードスーツに身を包んだ男の体が倒れる。
「しょ、少将!」
「慌てるな、曲者は既に始末した。此奴の身を即刻検分致せ」
少将と呼ばれた男の言葉に従い、彼らが乱暴に男の衣服を剥がすとそこにはロシア語で書かれたメモ書きの存在。
「かっ、閣下!まさか、この件にロシアが?」
「関わり始めたのだろうな。どこで噂を聞き付けたのやら……」
男は倒れた男を見下ろしながら自身の足元に置いてあった荷物を手に取る。
「閣下?何処へ?」
部下の言葉に男は淡々とした口調で答えた。
「決まっておろう。もっと人の少のうところよ。国にも……ロシアにも計画書を渡すわけにはいかぬわ」
男の言葉に従って他の仲間が慌ててそれを追い掛けていく。
男は急ぐ傍ら、頭の中ではある人物に思いを馳せていた。
(島閣下……無念の思いを遂げられたあなたの意志を受け継ぎ、私は日本共和国の軍を必ずや良い組織にさせていただきます。この紅兵庫くれないひょうごが必ずや……)












「手掛かりはコートだけですか?」
マリヤの言葉に孝太郎は素直に頷く。
「あぁ、深々とコートを被っていたからな。顔の形までは見られなかった。だが、コートの特徴と色とは正確に覚えている」
孝太郎はその場にいる全員に男のコートの形と色とを告げていく。
「つまりよぉ~そのコートの男を捕らえれば、事件の解決には一気に進んでいく筈だろ?」
血気盛んな聡子らしく彼女は銃を弄りながら告げる。
「ダメだよ。聡子ちゃん。ちゃんと捕まえて吐かせないと」
「あたしも明美の意見に賛成よ。やはり、この事件には何かただならない闇があるような気がしてならないの」
絵里子の言葉に孝太郎が同意したらしい。小さく首を縦に動かす。
「先の宇宙囚人号船の反乱と同様に、いや、それ以上の陰謀の匂いがプンプン漂うぜ」
「敵は軍でしょうか?それとも、国?」
「さぁな、今のおれには分からん……だが、敵がオレたちを消しに掛かろうとしているのは事実だ。敵を知るにはこちらから調べておけば、またしても向こうの方からやって来るだろう」
孝太郎が仲間達に自身の考えた結論を話していたまさにその時だ。
盟友にして殺人課の柿谷淳一かきたにじゅんいちが大きく扉を叩いて入ってきた。
馬面に巨体の彼は馬面巨人と同僚にあだ名されている。
その彼が何の用だろう。孝太郎が尋ねると、彼は切羽詰まった様子で答える。
「た、大変なんだよ。殺しだよ!殺し!白籠市内のホテルで殺しだ!」
「殺し?それはお前たちの仕事だろ?」
「そうなんだが、調べている最中にとんでもない事が発覚してな。とにかく来てくれーー」
淳一に連れられてアンタッチャブルの面々がホテルへと向かう。
殺人現場は市内のそれなりに規模の大きいタワーホテルの一室であった。
従業員の話によれば、ここに昨日団体の客が泊まっていたという。
服装はそれぞれが革ジャンにシャツにジーンズというありふれた格好であったのだが、その風格からはただならぬ風貌を感じていたという。
更に奇妙なのは男たちの中に犠牲者である黒髪のロシア人は含まれていなかったという事だ。
「……ロシアか」
孝太郎の中にロシアとのただならぬ因縁が頭の中に浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。
三年前にこの国の野党から選出された本多太郎市長の逮捕を妨害されて以来、孝太郎とロシアとは何処かで戦っていた。
そして、最後には憐れな生贄を逮捕する事により、肝心の本体はそれを逃れていた。
もし、この事件の裏にロシアが関わっていたとするのならば、いよいよもって本格的な戦いに入ったという事だろうか。
孝太郎は改めて、この事件の背後にある闇の深さを実感していく。
そんな事を考えていると、背後から彼を呼び止める声が聞こえたので振り返ると、そこには例のコートを着た男が拳銃を構えて立っていた。
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