上 下
20 / 109
ニュー・メトロポリス編

中原大佐の遺言

しおりを挟む
「この計画書は絶対に公表せんぞ!オレは海に捨てるつもりだ!」
中原達夫の言葉が何ヶ月も経った今でも頭から離れない。
彼は優秀な軍人であるのと同時に優秀な科学者でもあった。
『軍は市民を守るべし』の精神を持った人で国民を守る防備を固めるために軍事の研究を寝る暇もなく行なっていた。
そこで開発したのが例の転移装置。もし実現したりすれば、日本の防衛力はそこを知らなくなるだろう。まさに天井知らずの軍隊となるに違いない。
だが、それを中原達夫研究大佐はそれを土壇場で拒否した。
「待て!政府はこの研究を悪用するつもりだろう!?これはあくまでも民衆を守るための兵器なんだ。これで他国に攻め入るつもりならそうはさせないぞ!」
そして、そのまま自身の研究をトランクに詰め込んでどこかへと逃亡したのだ。
それがまさか、ビッグ・トーキョーの白籠市であったとは。
その事が分かり、急いで駆け付けると、そこには既に大量の警察官が駆け付けていた。
どうやら、軍の方から情報をリークされてこの前代未聞の事件をほぼ全員で追っているらしい。
警察というのは中々に大変な仕事であるらしい。中原達夫大佐の忠実なる助手であり、休日の日には酒まで共に飲みに行って友達のような口までも効いていた松田春樹まつだはるき少佐はそんな事を考えながら現場近くの喫茶店で今日も一人お茶を啜っていた。
あの日の中原達夫大佐も自分と同じようなお茶を啜ったのだろうか。
そんな事を考えていると、現場の前に一台のパトカーが停まる。
パトカーが停まるのは珍しい事ではない。ましてや事件を解決するために白籠署のみならず警視庁の本庁までもが解決に乗り出しているのだ。
今更、一台や二台停まったくらいで騒ぐほどのものではないだろう。
だが、パトカーから現れた五人の刑事たちが姿を表すのと同時に、彼の両目は一気に好奇心の視線へと変わっていく。
なぜならば、事件現場に現れたのはこれまでに数々の難事件を解決してきた中村孝太郎とその仲間である白籠市のアンタッチャブルの面々であるからだ。
もしかしたら、この事件の真相を解いてくれるかもしれない。
春樹はそんな淡い期待を抱いた。そうでも考えなければ無意識のうちに席の上から立ち上がったりはしまい。
春樹は電子マネーを利用して喫茶店の会計を終えると、颯爽と事件現場へと現れる。
現場の前では彼の予想通りに白籠市のアンタッチャブルの面々が捜査を行なっている中で彼は興味本意で立ち入ろうとする一般人を止めるために置かれた警察官に侵入を制止された。
「申し訳ありませんが、事件の捜査中でして、申し訳ありませんが、あちらの方から回っていただけませんでしょうか?」
「お願いします!そこをなんとか通してください!」
「ダメダメ!捜査なんですよ!興味本位でこられても困るんですよ!」
「ならば、言いましょう!私は日本共和国軍の軍人で、松田春樹少佐です!軍では大佐の実験を手伝っており、プライベートでも深い交流がありました!きっと、事件の捜査にお役に立てると思います!」
その言葉とそして何よりも炎を思わせるような熱い態度に心を打たれたのか、警察官は黙って松田春樹少佐を事件現場へと通す。
松田春樹少佐は事件現場で熱心な捜査を行なっている五人の刑事たちに声を掛けた。
「初めまして、松田春樹少佐です!あなた方が名刑事として名高い白籠市のアンタッチャブルの面々でしょうか?」
「ええ、白籠署公安部の中村孝太郎です」
孝太郎が正しい名称と自身の名前とを名乗ってその突然の訪問者に頭を下げるとその仲間たちも次々に名を名乗り頭を下げていく。
自己紹介が一通り済むと、松田少佐の方から事件について話す事となった。
松田少佐の話はこれまで警察上層部や孝太郎たちが知らなかった事を知る事ができ、満足のいくものとなった。
孝太郎はそれを全て警察手帳にメモを取り、彼に礼を告げたのだが、彼はその前にもう一言、意味深な言葉を付け足す。
「あぁ、そうだ。中原大佐はその研究だけではなく、それを守るための強力な番人も極秘裏に作っており、それを私にだけ話してくれました。確か、あの名前はーー」
松田少佐がその番人の名前を語ろうとしたまさにその時だ。背後からけたたましい轟音が鳴り響き、彼を冥府の番人へと引き渡した。
孝太郎が慌てて音のした方向を振り向くと、そこには深々とした緑色のコートを羽織り、拳銃を構えた男の姿。
男は拳銃を下ろすと同時にその場から去っていく。
無論、孝太郎同様に音に気が付いた他の警察官たちも彼を追おうとはしたものの、容赦なく振り落とされる弾丸の前に怯えて立ちすくんでしまう。
「ちくしょう!待て!」
孝太郎は他の警察官たちでは追い掛けられない相手を追っていく。
自分ならば、防御魔法もある事だから必ずや彼を逮捕捕縛できるだろう。
そう考えていた。だが、それは甘い考えである事を思い知らされた。
男は一度立ち止まって、孝太郎の方を向くと、彼の前に小さな円盤のような機械を繰り出していく。
その数およそ十。おまけに彼は自分の首の周りにもその小さな円盤を漂わせている。首飾りのようにしっかりと主人を守る様子に孝太郎は思わず立ち止まる。
相手があそこまで鉄壁の守りに生じた以上はこちらから攻め入るのが困難だろう。加えて、こちらに小さな円盤が向かってきているではないか。
これにも対処をしなくてはなるまい。
悔しいが、あのコートの男は逃すしかあるまい。
問題はこちらだ。迫り来る小さな円盤の対処だ。
孝太郎は自身の身に鋼鉄の将軍ジェネラル・オブ・スティールという鉄壁の装甲を貼る事で第一波の攻撃を凌ぐ事に成功する。
次に自身の最大の武器である破壊の魔法を駆使して、鉄壁の防御のままおよそ5つの円盤を撃墜する事に成功する。
次に孝太郎は大昔の子供向けのSF作品に倣ってレーザーガンでの撃墜を試みる。
狙いは正確に構えた筈なのだが、円盤は撃墜されない。
サバンナの野生動物のような俊敏な動きで巧みにレーザーを交わすのだ。
孝太郎が引き金を引く度に円盤がそれを避けて、円盤からのレーザーという形でのカウンターパンチを繰り出すというイタチごっこが続く。
厄介な事になったものだ。孝太郎はそう苦笑した。
しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...