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第一部 四章 女王陛下の騎士たち

ザビーネ王女の策略

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マクシミリアンはやむを得ない状況とばかりに剣を引き離し、二度目の剣技を繰り出す。
ガラドリエルはマクシミリアンの剣舞に答えたらしい。小さな執務室で見事なまでの剣舞が舞われた。剣と剣が斬り合う音は美しい音を奏でていた(ただし、剣舞に敗北すれば、どちらかに死が待つという異様な状況ではあったが)
聴く者がこの音を聞けば、何よりも美しい音だと考えたに違いない。
数十分程の間、剣舞を踊り続けると、流石にどちらの顔色にも疲労の色が浮かんでいると思われる。互いの口から荒い息が聞こえてくる。
この疲労にのために先に隙が生じたのはマクシミリアンの方であろう。ここに少しばかり剣舞の中に異質な音が交わる。
マクシミリアンの剣にガラドリエルの剣が大きくねじ込み、互角なはずの剣舞にズレが生じたのであった。
マクシミリアンは舌を打ち、下段に向いていた剣をガラドリエルに向かって大きく振り上げようとしたが、その前にガラドリエルの剣がマクシミリアンの鎧に少しだが触れてしまう。
マクシミリアンは自分に起きた出来事を確信し、素早く息を周辺の空気を吸い込み、背後へと足を進め、距離を取ろうと画策する。
偉大なる魔道士にしてヴァイス・クロインツ家の騎士が勇敢なる退却を試みようとした時だ。彼の背後の入り口が開き、三人の従者が顔を現す。
「貴様、妹と陛下に何をしていた?」
「何処の刺客かは存じ上げぬが、陛下にそのような狼藉を働き、ただで帰れると思うな……」
「あら、誰かと思えば、クロプシュタットですのね。ご機嫌様、まぁ、あなたがここにいる理由はそんなに良いものでは無いと思われますが……」
三人の選手が次々と口を開く。マクシミリアンは自分の敗北を悟り、両手で剣を握り、詠唱を始める。
すると、彼は紙に書いたインクの様にこの場から消え去っていた。
この場にいた四人が目を丸くしていると、唯一の魔道士であるユーノが人差し指を掲げ、得意そうな顔で解説を始めていく。
「……転移の魔法、それを使用したのね。物体や自分自身を任意の場所に飛ばす高度な魔法であり、かなり上級の魔法ね。この魔法は何と別の世界にも霧を介する事なく、行けるようになるらしいわ、それこそ、任意の時に互いの世界を行き来できて……」
「魔法の解説はもういい、それよりもあやつは誰に頼まれて、この街にやって来たのだ。目的は陛下だった様だが……」
ユーノはガートールードの小突き行為に一瞬不服そうに頬を膨らませたが、直ぐに顔をしかめて、
「恐らく、彼の主人による命令でしょうね。あなたも聞いた事がありません?ヴァイス・クロインツの狂った女王のお噂を……」
ガートールードはユーノの言葉に半ば反射的に身を乗り出し、ユーノの顔を真っ直ぐに見つめる。
「ザビーネ……ザビーネ・フォン・ヴァイス・クロインツの事だな?」
ユーノは首肯する。
「ええ、彼女は正真正銘の狂人であり、彼女の屋敷には彼女に気に入られた若い娘が何人も監禁されていると聞きますわ、もし、そのお方が陛下を狙っているのだとしたらーー」
「狙っているだろうな」
両腕を組み、両眼を尖らせて呟く。
「あのお方は異常だ……幼い頃の私はどれ程、あのお方が来るのを恐れていたか……」
ガラドリエルの両脚が極度の震えを起こしている事に壁にもたれて休んでいたマートニアは気付く。
ガラドリエルは心の底から恐れていると言う目を浮かべながら、ザビーネと自分との間に何が起こったのかを話していく。
ガラドリエル曰く、彼女は普段はとても頼りになるガラドリエルにとっての姉のような存在だったと言う。だが、彼女が女の子と呼ばれる歳になってから、彼女の態度は徐々に変化してきたと言う。
初めは少し顔を近付けるくらいだったが、いつしか身体へのスキンシップが増え、最後には彼女の額にキスを繰り返すまでになっていったと言う。
ガラドリエルは重い口を開き、
「考えてもみてくれ、この行為を10歳くらいの時に私よりも七つか八つも歳上の相手にされたんだぞ……」
ユーノとマートニアは軽い震えを起こしていたし、ガートールードの顔も明らかに嫌悪感を出していた。
ガラドリエルは組んでいた腕に爪を突き立てながら、重い口で続きを話していく。
「ともかくだ。その女が最後に私に接触したのは二つの家が争う前、二年程前の事だった。二年前の日を私は鮮明に覚えている」
ザビーネはその日、ガラドリエルの両肩を持ち、庭で読書をするガラドリエルの首の周りにザビーネの白い手袋の付いた腕が回ったのだ。そして、耳元で甘い声で愛を囁き、最後に彼女の唇を奪ったらしい。
ガラドリエルは首を横にして鼻筋に皺を寄せながら呟く。
「その後の私がどんな行動を取ったのかはよく覚えておらぬ、だが、その日の夕食でザビーネが私を見て、唇を舐め回すのを見た……」
全身を震わせながら、語るガラドリエルに四人は顔を寄せ合う。その顔はどう言う顔をすれば良いか分からなと言う顔であった。



ブレーメレの街の近くの森林。人の影も殆ど見えない深夜の森の中で、ザビーネは目の前に組まれた薪を眺めながら、冷たい目で跪くマクシミリアンを見下ろしながら呟く。
「それじゃあ、あなたはガラドリエルの拉致に失敗したいと言いたいの?」
ザビーネの問いにもマクシミリアンは頭を下げるばかり。
その様子を見て辟易してしまったのだろう。ザビーネは深く溜息を吐く。
それから、捕らえた小鳥の死体をマクシミリアンの前に掲げてみせ、殺されないように羽をばたつかせる鳥を易々と腕で絞め殺す。
マクシミリアンは頭を下げながらも、ザビーネが嬉々しい表情で生き物の命を奪う様子を垣間見た。彼女の笑顔は狂っていたと言うべきだろうか。
そんな事を考えていると、目の前にザビーネに殺された鳥の死体を差し出され、刻まれるように命令を出される。
マクシミリアンは鳥の死体を受け取ると、自分の魔法で鳥の羽毛と内臓を取り除き、別の魔法で鳥を程よい温度に焼き、作り上げた鳥の丸焼きをザビーネに差し出す。
ザビーネは礼を言って料理を受け取り、鳥の脚を少しかじり、もう一口目を口に含んだ所で、騎士を手招きし、照れる騎士の口の中に自分の唇を重ね、食べていた鳥の肉を分け与える。
騎士が鶏肉を食べ終えるのを確認し、ザビーネは微笑を浮かべる。
それから、もう一度鳥をかじり、もう一度手招きし、先程と同じ事を繰り返す。
今度は引き下がらせる前に、驚く程くらいの冷たい声で命令を下す。
「次は無いわよ。フフフ、何なら、私と私の守護獣ガーディアン・ビーストを使っても良いわよ」
ザビーネのありがたい指示にマクシミリアンは頭を下げ、小さな声で「御意に」と答えた。
ザビーネは食べていた肉を放り投げてから、もう一度歪んだ笑顔を見せてマクミリアンに向かって提案した。
「でもね、次は単に襲うだけじゃ詰まらないと思わない?だからね、私は考えたの、あの子が幸せの絶頂期だと思った時に最悪の形であの子の人生を終わらせてあげるの、魅力的だと思わなくて?マクミリアン」
マクミリアンは小さく息を吐きながら、次の作戦を思案する事にした。
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