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第一部 第三章 ドラゴンを従えし王

王家の山

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「いつまで寝ておるのだッ!」
主人の大きな声にディリオニスは反射的に飛び起きた。
眠い目を擦りながら辺りを見渡すと、そこには自身の主人であるガラドリエル女王とその護衛であるガートールードが眠っている自分を見下ろすように立っていた。ガラドリエルは腰に手を当てて小さな溜息を吐く。
「貴様、主人を何日待たせるつもりなのだ?私は早く王の山に登りたくてうずうずしておるのにッ!」
「お、王の山?」
ディリオニスはかすれた声で返す。
「そうか、お前にはまだ話していなかったな」
しゃがれた声のディリオニスの質問に答えたのは主人ではなく、同じ護衛騎士のガートールードだった。
「我々はこれから、王家の山に登るのだッ!女王陛下の護衛獣ガーディアン・ビーストをこの世界の神に求めるためになッ!」
「ええーー!?」
ディリオニスは目を丸くする。
「じょ、冗談じゃないよ!第一ここはぼくらの住む世界とは違う世界なんだよね?それなのに、陛下は戻らないつもりなの?」
「失敬な奴だ。私は利用するべき物は利用する……それだけだ」
「つまり、陛下の仰られたい事は陛下と対立する黒十字シュヴァルツ・クロインツ家と白十字ヴァイス・クロインツ家の二勢力を牽制するためにこの世界で力強い怪物を得たいと言う事なのだッ!」
ガートールードはベッドに横たわるディリオニスに向かって人差し指を突きつけて言った。
「わ、分かったよ。王家の山とやらに同行する事は了承するから、陛下の方からも教えてくれないかな?」
対価との交換パーターか?良いだろう?何だ?」
ディリオニスは一度息を吸って自身の置かれた状況も確認する。部屋は金色と白色を基調とした壁紙に覆われており、緑色の柔らかそうなクッションが部屋全体に敷き詰められていた。家具は自身が横たわる大きな天蓋付きのベッドとオーク材の小さなサイドテーブルと一人だけが使える一人用のテーブルと椅子が一脚。それだけだった。
ディリオニスははやる気持ちを抑えてガラドリエルに尋ねた。
「ぼ、ぼくがブルーノを討ち取った後の事を教えて欲しいんだッ!結局、陛下はあの後はどうしたの?」
「成る程な」
ガラドリエルは机に用意されていた紅茶をすすりながら言った。
「私とガートールードはあの後にゾンダーブルグ家の私兵共と対決した」
ガラドリエルは遠い目でディリオニスが倒れた後の事を話し始めた。
ディリオニスが嫌悪感をそそられる触手に覆われた顔を持つ巨人に向かった後はガートールードの手を引き、屋敷の廊下に出て甲冑姿の兵士たちと対峙し、ガートールードと二人で屍の山を築いていったらしい。
そして、次々と出来ていく死体の数に嫌気が差したと思われる執事の男の喉元にガラドリエルが剣を突き刺して勝負は付いたらしい。リーダー格の男が殺されて兵士たちは恐怖に囚われたらしい。
全員が武器を放棄して、両手を上げて降伏のボディーランゲージをしてみせたらしい。この時点でゾンダーブルグ家の屋敷はガラドリエル一行の手に落ちたと言えよう。
そのタイミングで倒れる音が聞こえ、ガラドリエルが屋敷の庭へと出ると、そこに運良く体を触手に守られて倒れていたディリオニスの姿があったらしい。
ガラドリエルは触手を手で押し除けて、ディリオニスを救出したらしい。
ガラドリエルはその時に手に温かみのような物を感じた。
目の前で澄ました顔で紅茶を啜りながらこちらに冷徹な視線を向ける主人の顔が目に映る。
と、目が合ったのだろう。主人が急いで視線を紅茶の中に移す。
懸命に紅茶を啜るガラドリエルに向かってディリオニスは満面の笑顔を向けて、
「ありがとう、女王陛下」
甘い声で囁かれると流石の女王も気が弱くなったしまったのだろう。耳を赤く染めて、顔を真っ赤にして向き直り、
「か、勘違いするなッ!わ、わ、私は自分の家来を助けただけだッ!国の民や兵を助けるのはじょ、女王の義務であるだけだッ!そ、そこの所を間違えてもらっては困るぞ!」
ガラドリエルは最後に空咳を起こして、紅茶を飲む作業に戻った。
ディリオニスは温かい目でガラドリエルが紅茶を飲む姿を眺めていると、ガートールードが自身の元にまでやって来て、自分のベッドの上に腰を下ろす。
ガートールードはディリオニスを見つめて、優しい微笑みを向ける。
まるで何者をも包み込む慈愛の女神のような笑顔にディリオニスは普段とのギャップに怯えてたじろいでしまう。
何とか口を動かそうとパクパクさせていると、ガートールードはディリオニスの顎を右手で持ち上げ、彼女の唇とディリオニスの唇が重なりかねない程の距離に近付け、
「いいか?お前は陛下を全力でゾンダーブルグの魔の手から守った。感謝しておる。そんなお前だからこそ、陛下を山でもお守りできると思っておるのだ」
ディリオニスは両手をバタバタと動かして、口を動かさないで唇と唇が重なりかねない状態を表していたのだが、そのためにガートールードから不審な目で見られてしまう。
ガートールードは両眉をしかめて、
「どうしたのだ?何をそんなに慌てふためていておる」
「ち、近いんだよォォ~!!この距離だとキミと僕がキスする状態になっちゃうんだよォォォォォ~!!!」
ディリオニスはようやくこみ上げた声を鳥の鳴き声よりも大きく叫んだために、ガートールードもようやく事態を飲み込んだらしい。
慌ててディリオニスの顎を持ち上げていた右手を離す。
「すまなかった。お前の安全が確認できて、どうやら私も安心し切っていたらしいな」
確かに今の彼女には普段の冷徹を身に纏った厳かな様子はどこにもない。
余程、自身の身を案じてくれたらしい。
ガートールードはわざとらしく咳を出して、
「ともかくだ。お前も揃ったし、もう王の山とやらに登る準備は整ったのだ。明日、出発だ。忘れるなよッ!」
この言葉でディリオニスはようやく本来聞かなければならない事を思い出す。
二人の口から姉とあの魔道士の安否を聞いていない。ディリオニスは「あの」と申し訳なさそうに切り出し、二人の安否を問う。
だが、ガラドリエルは自信満々の表情で二人の安全を保障した。同時に居場所もディリオニスに告げた。
「そうだな、お前にも教えておくか……実はな、我々がゾンダーブルグの屋敷を落とした後に我々の元いた世界と我々が現在居る世界を繋ぐ霧が晴れてしまったのだ」
ディリオニスは思わずに顔に驚愕の色を浮かべてしまう。彼は強い口調でその後の事を尋ねた。
「まあ、落ち着け、それでな、我々がお互いに首を傾げていたところに、ユーノとお前の妹が現れたのだ。何でも、魔道の世界には昔から、異なる世界と我々の世界を繋ぐ霧を発生させる魔法があったらしい。それで……」
ディリオニスはガラドリエルの説明が終わる前に、恐るべき速さで部屋を飛び出し、大声で最愛の恋人の名前を呼んでいた。そして、かつてブルーノ・フォン・ゾンダーブルグに案内された大きな玄関を通り過ぎ、怪物の倒壊によって半壊した庭で復旧作業を行う鎧を着た可憐な女騎士と黒のローブを身に纏った世にも類な美貌を持つ女性を発見したのだった。
ディリオニスは他の屋敷の従僕たちと立派な庭で瓦礫を取り除く作業を行なっていた最愛の恋人にして実の妹の姿を見かけると、大きな声で彼女の名前を呼び、妹の元に近付くと、彼女の体を強く抱き締めた。
ユーノは涙を流して互いの無事を喜ぶ兄妹の姿を眺めながら、保護者じみた優しい微笑を浮かべていた。
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