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第一部 第二章 ヴァレンシュタイン旋風

オットー王子の謀略 パート4

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こうも、目の前で杖を突き付けられては、抵抗できない。
アドリアーヌが降伏の道を試みようとした時に、彼女の脳内にある考えが浮かんだ。
もし、自分が降伏の言葉を述べて、この場から立ち去ろうとすれば、ユーノは見逃すのではないだろうか。
元々、自分はこの美貌と人に媚びる術と剣術で生きてきた女だ。
そうでなければ、この若さで悪党たちの親玉にはなれなかっただろう。
アドリアーヌは自分の処世術をフルに活用して、ユーノに命乞いを始めた。
「あ、あたしが悪かったわ!もう二度とあなた達を陥れたりはしないわ……だから、お願いッ!助けて、お願いよ……」
両目から滝のように多くの涙を出す。二人の同情心に付けいる隙は作った。後は、事態が好転する事を神の祈るのみ。
アドリアーヌが懇願と祈願の両方の意味を超えて瞑っていた目を開ける。
ユーノは微動だに反応しない。それこそ眉一つ動かさない。
だが、ユーノの隣に立っていた一つ間違えれば、女の子だと間違いそうな美貌を持つ少年は別だったようだ。
彼は同情の色を両目に宿していた。
「さ、流石にここまで追い詰めたら、可哀想だよ。この人だって反省しているんだしさ……」
ディリオニスは根が優しい少年だった。だからこそ、目の前で懇願している女を殺したくなかったのかもしれない。それで、前の世界では散々な目に遭わされた経験も少なからずあったのだが……。
ともかく、今は女性を助かる方が賢明良いだろう。ディリオニスは警戒しなければならない、という忠告を脳の片隅に置いておき、ユーノの説得を試みた。
功は奏したらしい。ユーノは少年の言葉に従い、背中を振り向く。だが、最後まで自分を疑っていた目だった。アドリアーヌは魔道士の女を生涯忘れる事はないだろう。
両肩を震わせながらも、少年が魔道士の女に従って、背後を振り向くのを待った。
女のような美しい顔を備えた少年は自分にもう一度同情的な顔を見せてから、背後を振り向く。
アドリアーヌは剣を持ち、ディーラーカウンターを飛び越えて、二人に向かって行く。
そして、剣を二人に当てる予定だったのだが、肝心の剣は先程、自分の懇願を聞き入れた筈の少年の剣によって弾き飛ばされてしまう。剣は地面に飛ばされ、デッキの床を転がっていく。
アドリアーヌは声を震わせて尋ねる。
「ど、どうしてあたしの企みが分かったッ!」
「あなたには話しても分からないかもしれないけれど、ぼくには昔、ある女の人に騙された事があってさ、その人は助けに来た妹を卑怯な手段で、リンチしたんだ。キミみたいに命乞いをして、背中を向けた瞬間に攻撃をね……」
「私は鼻っから、あなたの事など信じていませんでした。それだけの話ですわ」
悪党の頭目は両手の拳を震わせながら、家来たちに向かって叫ぶ。
「何をしているッ!お前たちかかれッ!かかれッ!」
ボスの剣幕に怯んだのか、或いは少年を殺さなければ、自分たちが殺されると踏んだのだろうか。
先程、ディリオニスの剣に怯んだ筈の男たちは剣を振り上げて、立ち向かって行こうとするが、その途端にディリオニスの様子が変化して足を止める。
何故ならば、ディリオニスは両手で剣を掲げて、何やら呪文を唱え終わると、体全体から金のオーラが放たれていた。
溢れ出んばかりの力が少年の小さな体から放たれ、悪党たちの足を竦ませていた。
止めは少年から放たれた言葉だった。
「やめておけ、ぼくはこれ以上殺したくないんだ」
少年の言葉に盗賊たちは一斉に出口へと向かって行く。
女頭目は逃げ出す手下達に向かって罵声を浴びせていたが、目の前に少年の剣と魔道士の杖が突きつけられると、再び涙を浮かべて、命乞いを始めた。
「わ、私が悪かったわ!あなたにも謝る!だから、仲直りしましょう?ね?」
ディリオニスは答えない。ユーノも微笑を浮かべるばかり。
「お願い、あたしが貯めたお金もあげるわ!あたしはまだ死にたくないのよォォォォォォ~!!」
手を合わせて懇願する。
「諦めなさいな、あなたの命運は尽きていたのよ。私たちがあなたの店に足を踏み入れた時にね。それにね、あなたは借金を抱えて、死んだ人たちの言葉に耳を貸した事があるの?」
アドリアーヌに向かって剣が振り下ろされる。
悪党の親玉は体を二つに割られて死亡した。体からペンキをこぼしたかのような血飛沫が飛んでいく。
真っ赤な液体が体に飛び散っていたが、ディリオニスは微動だにしない。
むしろ、ディリオニスは血のシャワーを浴びている状態を喜んでいるようだ。
ジークフリード英雄というよりも、『狂犬』という言葉が今の彼には似合っているかもしれない。
ディリオニスは出口へと足を踏み出す。途中、魔道士ユーノが何やら呪文らしきものを唱える。すると、どうだろう。醜い血に塗れた自身の鎧が元の綺麗な銀色の胸元にヴァレンシュタイン家の紋章が描かれた鎧に戻ったではないか。
ディリオニスが血に塗れた鎧を主人に見せずに済んだ事に対して、感謝の眼差しを向けると、ユーノもそれに答えて、優しげな微笑を浮かべた。
まるで、姉のような優しい微笑みだった。ディリオニスはその時にある思い出が思い出される。決して、忘れたくても忘れられない思い出。それが、ユーノが浮かべていたような微笑みを姉は向こうの世界で自分に向けたある日の放課後の場面だった。
同時に、学校の校舎。無機質な白色の壁。飾り気のないツルツルとした表面の廊下。誰もいないために鍵のかかっている教室。すっかり日の落ちた景色。
誰もいない校舎の中で、姉はボロボロの姿になって、廊下の上で自分の頭を撫でていた。
その時に、言った言葉をディリオニスは思い出せない。いや、故意に思い出したくないだけなのかもしれない。
その後に、姉はもう一度微笑んで、自分に向かってこう言った。
「ごめんね、あたしが弱くて……あたしが弱いせいだよね?あたしが……妹の鷹山由希が弱いから、お兄ちゃんをあいつらから守ってあげられないんだよね?」
ディリオニスは否定の言葉を発した事を思い出した。そもそも、悪いのは虐めてくる奴らだ、と。
だが、ボロボロのセーラー服を身に纏った妹は優しく再び微笑んで、
「ううん、あたしがもう少し強かったら、お兄ちゃんも愛も……あの子も守れたのにね」
愛?ディリオニスの片眉が上がる。
思い出した。自分たち二人と10歳年の離れた妹。
いじめっ子のリーダーに脅されて、もし、自分たちが学校を休めば、今度は僅か5歳の妹を虐めると言われていたのだ。
ディリオニスは家を出る前に、両親に宛てた書き置きに虐めの事を書いたと自分に言い聞かせた。
警察だって受理してくれるだろうし、母親だって愛だけは守ろうとしてくれるだろう。
ディリオニスは無意識のうちに剣を引き抜いて、テーブルを斬っていた事に気付く。
その様子を困惑した目で見つめるのは、魔道士ユーノ。
ユーノは突然テーブルを一刀両断にしたディリオニスが恐ろしかったのだろう。彼女は聞いたものを皆、惚れさせるかのような声を震わせて、
「ど、どうかしたの?」
と、尋ねていた。
「良いや、なんでもないよ。少し、向こうの世界の事を……いや、昔の事を思い出しただけだから」
「そ、そうなの……なら、いいわ、この事を陛下に報告しに行きましょう」
魔道士ユーノは明らかに困惑の視線で部屋中を見つめ回していた。
今はディリオニスと目を合わせたくないのかもしれない。
当然だろう、と少年が肩を落として店を出ようとした時だ。
突然、ディリオニスの斬った出口近くのテーブルが炎に包まれた。木製の杖がまるで串に刺されて火の上で灼熱のダンスを踊る豚のようにうねっていた。
ユーノは慌てて、杖を燃え盛る勢いよく燃えるテーブルに向ける。
ユーノの杖の先端から、水鉄砲から水が放出されるかのように勢いよく水が放出されて、火は消し去られる。
すると、出口の扉が引き、そこからディリオニスに助けを求めていた老人が手を叩きながら入ってきた。
「ホッホッ、流石は偉大なる魔道士の一人じゃ、あの火を消し止めるとは……」
ユーノは白髪の老人の姿を見るなり、無意識のうちに下がっていた事に気がつく。
目の前の老人は年寄りを体現するかのような古臭い笑い声を上げて、
「流石の魔道士ユーノも、わしには敵わんと見えたいのか?結構、結構」
ディリオニスは杖を持っていない左の手で口元を覆っていたユーノに老人の正体を尋ねる。
ユーノは肩を強張らせながら、
「ご存じないのかしら?私たちの目の前に存在するお方は魔道士エドガー。偉大なる魔道士の中で最強と呼ばれるお方よ……」
エドガー老人はユーノの説明に満足したらしく、大きな笑い声を上げた。
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