上 下
11 / 106
第一部 第二章 ヴァレンシュタイン旋風

魔道士ユーノ 後編

しおりを挟む
ユーノは相変わらず優しげな微笑みを浮かべているのに対し、ガートールードはいかにも喉笛に噛みつかんばかりの剣幕を見せていた。
ディリオニスは不安になり、ユーノに停戦を提案するが、
「嫌だわ、あなた、本気で私とあの女が仲良く握手できるとお思いなの?」
「そりゃあ、こっちの台詞だッ!テメェのような、怪し気な魔道士なんぞと組めるかッ!」
ガートールードは歯を噛みしめながら、剣の鯉口に親指を当てている。
タイミングが整えば、彼女は直ぐにでもユーノの体に突き刺そうと飛び掛かるに違いない。
止めにようにも、自分は土の魔神に体を運ばれているために、動けない。
二人ともまともにぶつかれば、怪我では済まないだろう。
ディリオニスが再び口を開こうとした時だ。鼻腔に焦げる匂いを感じ取った。
ディリオニスが何気なく、空を眺めると、空は不自然なほどに明るかった。
そう、まるでペンキの入ったバケツをひっくり返したかのように真っ赤だ。
更に、黒い煙が流れている。
ディリオニスが気付いた時には、ユーノが杖を落とし、膝をつき、蹲っていた。
「どうしてなの……?どうして、こんな酷い事を!?」
ひたすら、泣き続けるユーノの元に駆け寄ったのは、先程まで彼女を睨み付けていたガートールード。
ガートールードは落ち着かせたいらしく、彼女の背中を優しくさすり、優しい口調で彼女に問い掛ける。
「大丈夫だ。我々に出来ることがあれば、言ってくれ、キミに出来る事を私がしてあげたい」
ガートールードの言葉にユーノは再び涙を滲ませ、次の瞬間に胸に顔を埋めていた。
少しばかり泣き続けた後に、ガートルードに全てを打ち明けた。
ガラドリエルの一行を殺せば、自分を頼りにしてくれている村の人たちを支援できる大金を払ってくれる事。
そして、恐らく、オットー王子にそんな気はなく、金を出し惜しみするために、村を襲撃したと言う事。
そのユーノの言葉を聞き、ガートールードは彼女の両肩を持って、目線を合わせ、顔を軽く当てる。
「な、何をするの!?」
「お前に喝を与えてやったんだ。大体、村の人が大変な目に遭っているのに、泣き崩れる奴があるかッ!偉大なる魔道士なら、直ぐにでも村にテレポートして、人々を助けるのが義務だろう!?」
ユーノは少しばかり顔を背けてから、ガートールードの両手を持ち、落ち着いた口調で返答する。
「癪だけれど、あなたの言う通りね。今は、泣いている場合じゃあないわ、直ぐにでも村の人たちを助けに行かないとッ!」
ユーノはガートールードの両手を持ち、耳元で囁く。
「いい事?向こうに付く瞬間まで私の手を持っているのよ。テレポートは一瞬で着くけれど、離したら、一人でしかテレポートできないの。分かるわよね?」
「それくらい言われなくても、分かるよ。お前が嫌いでも手は握っておいてやる」
「ウフフ、賢い人って好きよ」
ユーノはガートールードに向かって笑みを広げてみせる。
そして、テレポートの呪文を唱えて、村の方角に向かう。
一方、完全に消え去ったディリオニスはテレポートが本当にあった事に驚きを隠しれきれない様子だった。




空は赤く染まり、黒い煙が空に向かって立ち昇る。
古くからの竜の伝説が宿る場所では、こう伝えられるが、今回の件ばかりは竜は冤罪と言っても良いだろう。
何故ならば、この大火事を引き起こしたのは、他ならぬ人間の手によるものなのだから。
オットー王子の腹心、エリザベート・クラウスは魔道士であったが、人々を時に魅力で惑わしながらも、助ける役目に始終してきたユーノ・キルケとは異なり、彼女は代々黒十字シュヴァルツ・クロインツ家に仕える邪悪なる惨劇を巻き起こす役目を担っていた。
エリザベートは逃げる人々を狩るゲームを楽しんでいた。今は趣向を変えて、村の端の田畑が多い場所でゲームを楽しんでいた。
このゲームは最高だ。稀に動員される戦争とは違い、逃げ惑うだけの無力な人間のみを狙えるのだから。
この事実は彼女を高揚させたが、稀に意に反する存在もいる。
目の前の安っぽい緑色に染めた麻の服を着た男こそがその例とも言えるだろう。
「ど、ドミニクだけは渡さん!お前にこれ以上奪われてたまるものかッ!」
このように自分に立ち向かってくる愚かな素人もいるのだ。
そんな時に、彼女は不機嫌そうに舌を打ち、眉間を狭めて、
「あーうぜぇ、テメェは逃げてりゃあいいんだよッ!あたしに向かってくるんじゃねーよッ!」
エリザベートは自らの大きな杖を掲げて、敵対者の体に魔法で作り上げた巨大な剣を貫かせる。
中年の農夫と思われる男は串刺しにされ、地面に倒れた。彼の体からはおびただしい量の血が流れていく。だが、天に向かって伸びた腕が僅かに動く事から、まだ死んではいないらしい。
エリザベートは眉をしかめて、
「あー、テメェのその面見るだけでも、ムカムカしてくるわ、安心しろよ、お前の息子はお前が死んだ後に、じっくりと嬲り殺しにしてやるからよッ!」
呪文を唱えて杖を巨大な槍に変換して、その槍先を農夫の男に突き刺そうとした時だ。
エリザベートの頬を何かが貫く。
エリザベートが背後を振り返ると、そこには鎧を着た気の強そうな女性と十人中十人が美人と称するであろう、黒のローブを纏った女性が立っていた。
「ひ、酷いッ!どうしてこんな事を!?」
黒のローブの女性が両肩を震えた声で叫ぶ。
「どうして?そんなの決まってるじゃん、こいつがあたしの気を損ねたからだよ。まあ、この傷じゃあ、どうしようもないだろうけど」
「〈全能なる我らが精霊よ。父祖の霊たちよ。哀れなる子孫に慈悲を与えたまえ〉」
ユーノが呪文を唱えるのと同時に、男の体を貫いていた巨大な剣が焼失し、男の傷口が狭まっていく。男は傷口が治るなり、息子の側に駆け寄り、逃げ出す。
エリザベートは感心した様子で、顎を撫でながら、
「あー聞いた事あるわ、あれでしょ?偉大なる魔道士のみが使える、奇跡の治療魔法。何でも、その魔法の恩恵を受けた人間は、傷や病気が瞬時に治ってしまうって言うアレ。そうでしょ?」
「あなたなんかに答える義務はなくってよ!」
ユーノが小さな杖の先端をエリザベートに向けようとしたが、杖を握っていた右腕をガートルードに止められてしまう。
「ここはお前の村なんだろ?なら、お前は村の人たちを守ってやれッ!こいつはあたしが引き受けるッ!」
ガートルードの言葉を聞き、ユーノは首を縦に動かし、走っていく。
追おうとするエリザベートをガートルードは剣で静止する。
「お前の相手はあたしだよ。これ以上、お前を放っておくわけにはいかないからな」
エリザベートは不敵な笑みを浮かべた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ローグ・ナイト ~復讐者の研究記録~

mimiaizu
ファンタジー
 迷宮に迷い込んでしまった少年がいた。憎しみが芽生え、復讐者へと豹変した少年は、迷宮を攻略したことで『前世』を手に入れる。それは少年をさらに変えるものだった。迷宮から脱出した少年は、【魔法】が差別と偏見を引き起こす世界で、復讐と大きな『謎』に挑むダークファンタジー。※小説家になろう様・カクヨム様でも投稿を始めました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

(完結)足手まといだと言われパーティーをクビになった補助魔法師だけど、足手まといになった覚えは無い!

ちゃむふー
ファンタジー
今までこのパーティーで上手くやってきたと思っていた。 なのに突然のパーティークビ宣言!! 確かに俺は直接の攻撃タイプでは無い。 補助魔法師だ。 俺のお陰で皆の攻撃力防御力回復力は約3倍にはなっていた筈だ。 足手まといだから今日でパーティーはクビ?? そんな理由認められない!!! 俺がいなくなったら攻撃力も防御力も回復力も3分の1になるからな?? 分かってるのか? 俺を追い出した事、絶対後悔するからな!!! ファンタジー初心者です。 温かい目で見てください(*'▽'*) 一万文字以下の短編の予定です!

俺だけに効くエリクサー。飲んで戦って気が付けば異世界最強に⁉

まるせい
ファンタジー
異世界に召喚された熱海 湊(あたみ みなと)が得たのは(自分だけにしか効果のない)エリクサーを作り出す能力だった。『外れ異世界人』認定された湊は神殿から追放されてしまう。 貰った手切れ金を元手に装備を整え、湊はこの世界で生きることを決意する。

転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜

西園寺若葉
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。 どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。 - カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました! - アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました! - この話はフィクションです。

処理中です...