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第一部 第一章 異世界転生

トラウマ・ブレイク パート1

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ディリオニスは川で何も釣れなかった事が不満でたまらない。
彼にとって、自分以外のメンバーが全員女性だった事も大きかったのだが、何よりもお昼のメインディッシュとなる筈だった魚が釣れなかったのだ。
溜息の一つや二つも付きたくなってしまう。
ディリオニスが空の木製の桶と釣竿を下げて、ガラドリエルが待つキャンプへと向かって行く中で、彼は思わず愚痴を呟いてしまう。
「もう全く釣れないなんて、あー、どうしよう……折角、ガラドリエル様のキャンプを整える準備を蹴ってまで、釣りに行ったのに……ダメじゃないか」
ディリオニスが目の前の小石を蹴り飛ばそうとした時だ。
バキッと明らかに人の足で枝を壊したような音が静寂な森の中に響き渡る。
恐らく、自身の主人、ガラドリエルを狙う刺客という奴だろう。
ディリオニスは桶と竿を地面に置き、自身の腰に携えられた剣に手を伸ばす。
塚に牛の骨のようなものが象られ、鞘にはヴァレンシュタイン家の家紋である獅子に巻きつく毒蛇が描かれた形の良いガッチリとした剣をこの世界に来たばかりのディリオニスは(正確には、ディリオンの体の中に存在する、英雄ジークフリードなのかもしれないが)気に入っていた。
それだけに、剣に手が伸びると自身の気持ちが昂るような気持ちがした。
ディリオンは素晴らしい雨が上がった後の朝露のような輝きを放った剣を持ちながら、もう一度耳を済ませる。
再び先程の音が森の中に響き渡る。ディリオニスは剣を自身の正面に構える。
背後には川があるため、背後から来る可能性は少ない。
そのため、来るとするのならば、正面なのだ。
この木々の中をかき分けて来るに違いない。
と、突然、野生の獣が叫ぶような咆哮が轟く。
そして、正面から、豚のような醜悪な顔と筋肉を鍛えた騎士のような立派な体格を備えた、灰色の肌の生物が現れた。
目の前に現れた数はおよそ、五体。
全員が全員木製の棍棒を持っている。たたじ、コブの部分は鉄でできていたが……。
グルルと吠えている。狂犬と変わらない凶悪さだ。
ディリオニスが剣の刃先を醜い生物の一体に向けようとした時だ。
今度は明確な足音が聞こえた。木々が揺れ、ディリオニスの目の前に黒いローブを身に纏った中肉中背の男が現れた。
男はディリオニスを見つけるなり、ペコリと頭を下げ、
「お初にお目にかかります。ミスター。私の名はエーリヒ。エーリヒ・パルツァーと申します。以後、お見知り置きを……」
エーリヒと名乗った男は次に、ローブの下から黒の十字架が描かれた短剣を取り出し、その刃先をディリオニスに向ける。
「さて、もう一度尋ねますが、あなたがほんの一日ほど前に我々の兵士たちを絶滅させた手練れの男ですよね?凄まじい剣技だったと、生き残った騎士たちは申し上げていましたが……」
ディリオニスは口を紡ぐ。
「ほう、黙った……すると、私の話した言葉は全て真実だとお認めなさると言う事でよろしいですね?」
ディリオニスは下唇を噛む。何か無性に腹が立つ。この男の喋り方だろうか。
それとも、男の『ドラキュラ伯爵』を思わせるような髪型だろうか。
いずれにしろ、ディリオニスはこの男の質問に答える義務はない。
ディリオニスは剣を握り締め、男に向かって行く。
だが、男は慌てる様子も見せずに、大きく笑い、
「お忘れか!?私の周りには五体のオークが囲んでいる事をッ!」
男は両手を横に広げて、無防備な体をあえて作り出す。
そうする事で、ディリオニスを挑発しているのだ。
ディリオニスは構わずに、男の頭上を狙ったが、オークの棍棒が自身の脇腹に迫っている事を察し、慌てて地面に落ち、棍棒が空振りする様を見届ける。
そして、棍棒を振り回すオークに向かって、長くて扱いやすい形の良い剣で斬りつける。
オークは左の脇腹に斬撃を受けてしまい、地面に尻餅を付くのをディリオンは確認した。
と、ここですぐ様、別のオークが反撃に出た。
ディリオニスは同時に繰り出された、棍棒の攻撃を剣を横にして防ぎ、そのまま打ち返し、オーク二体の脇腹を裂く事に成功した。
化け物じみた(実際に化け物なのだが)悲鳴が響き渡る。
ディリオニスは続いて、三体のオークが自身の背後から棍棒で頭を攻撃している事に気がつく。
彼は直ちにこの危機に対処した。
最初に飛びかかってきたオークを反対に頭から真っ直ぐに斬り殺し、続いて二体目の醜い頭部を貫く。
仲間を殺されて怒りに震える最後のオークの心臓に剣先を突き立てる。
三体のオークが絶命したのを見届けると、中央にいたエーリヒは手をパチパチと叩き、
「実に見事だった。ジークフリードくん!!」
「ぼくの名前はだッ!」
ディリオニスは自分が神様から与えられたこの世界での名前を叫ぶ。
自分にはディリオニス・オーディンと言う名前がある。
もう、前の世界のように「あれ」とか「これ」なんて言われるのは真っ平なのだ。
ディリオニスは自分の名前を再び相手に教える。
「ハハ、分かったよ。キミの名前はディリオニスだね?覚えたよ」
エーリヒは町医者が患者に見せるような優しい微笑を浮かべて名前を確認していた。
もしかしたら、いい人なのかもしれない、とディリオニスは思ったのだが、次にディリオニスに殺されて瀕死のオークが唸り声を上げた瞬間に、指をパチンと鳴らし、オークを焼き殺した姿に戦慄を覚え、同時に絶対に気を許してはいけないと思わされた。
そんな、ディリオニスの心を見透かしたかのように、エーリヒは口を「ん」の字に歪めて、
「アハハ、油断したかい?こいつらがいけないのさ、私の命令を聞かなかったからね」
ディリオニスの頭にかつての記憶が蘇る。
いじめっ子の言葉。『お前が、オレらの命令を聞かなかったのが、悪い』
それが頭の中を支配した。ディリオニスは果てしない恐怖に駆られた。
目の前の男がかつて、自分と姉を苦しめたいじめっ子と姿が被ってみた。
エーリヒは怯えるディリオニスの姿が面白かったのだろうか。
再びかつてのトラウマを思い出す言葉を口に出す。
「なんだいその目は?しょうがないだろう、なんだから……」
あいつは……。妹や自分を虐め、辱めた男は自分たち二人が虐められ、辱めを受けるのは、世界の物理法則だとも言っていた。
ディリオニスは確信した。エーリヒ・パンツァーはかつて自身を虐めた男の一人ーー石原慎司その人だった。
「どうしたんだい?そんなお化けでも見たかのような顔をして」
いや、これは比喩ではない。自分は本当にお化けを見ているのだ。
そう、かつてのいじめっ子石原慎司の…‥。
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