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第四章『王女2人』

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「なんですって、未知の宇宙船の中に我が社の社員がいる?」

 メトロポリス社の社長、フレッドセンが報告を受けたのはその日の夕刻のことであった。

 既に会社の社員たちは定時退勤を果たし、後に残るのは社長と重役のみという状況。生憎、交易部門の部長は出払っている。重役たちは別件で国会議事堂へと出向き議員たちと話し合いの最中。

 こうなれば自分が出るより他に手段があるまい。自分が出て直に誤解を解かなければいつまで経っても政府の役人たちや警察、そして事件を聞き付けて集まった大衆たちの疑問を解決することはできないだろう。

 本来であれば気が進まないところなのだが、フレッドセンは意を決して自ら空港へと向かう。

 空港は既に野次馬やら警察やらで大騒ぎであった。無理もない。一週間以上もの間、母船からの連絡が途絶えていた交易船の船員たちが見知らぬ宇宙船に乗って地球へ戻ってきたのだから無理もない。

 フレッドセンは車の中で読んだインターネットニュースの記事から既にそのことを知っていた。そのため慌てる様子もなく警察官たちに守られながら空港の中を進む。目指す先は例の宇宙船が降り立ったという離陸場。

 離陸場には警察やら医師やらマスコミやらでごった返していた。その中に一人、離陸場への入室が許可されたどの組織の関係者とも思えない、中年の女性の姿が見えた。

「通してください! ここに夫と子どもたちがいるはずでしょう!?」

 彼女は必死な様子で事態の収集のために出向いた警察官の一人に食ってかかっている。髪を乱しながら食いかかる姿を見て、無碍に追い返すのは忍びないと考えたのだろう。

 新入りと思われるピカピカの制服を着た若い警察官は宥めるように穏やかな口調で、

「落ち着いてください、奥さん。我々としても何が起こったのか把握できない状況なのですよ」

 と、説明していった。

 警察官の熱意が伝わったのか、彼女は先ほどまでとは異なり、落ち着きを取り戻した様子だった。
 その証拠に冷静な口調で、

「そこをなんとか……私なら宇宙船に乗っている人が夫であり、私の子どもたちであることが証明できるので」

 と、提案を行う。先ほどまで取り乱していた人物と同一の人物とは思えないような穏やかな声。そして落ち着き払った態度。見事なまでの変貌ぶりにフレッドセンは思わず両目を見張った。

 台詞から察するに彼女は唯一、大津家の中で宇宙船の交易に参加しなかった大津ひろみであるに違いない。

 見るに見かねたフレッドセンが大津家の中で地球に残った一家の守り手の元へと向かう。

「きみ、その方は今回の宇宙船で戻ってきた例の宇宙船の関係者の家族です。通して差し上げなさい」

「あんたは何者ですか?」

 若い警察官は不審な人物が近付いてきたということもあってか、少し高圧的な態度で臨む。警察官として間違った態度ではない。むしろ適切な応対を行なったと褒めた方が的確だろう。

 褒美だと言わんばかりに、フレッドセンは口元を歪めながら丁寧に頭を下げていく。

「おっと、失礼。私はフレッドセン。フレッドセン=克之・村井です。メトロポリス社の社長で、あなた方の上司たちから呼ばれてここに伺いました」

「上司から? そのようなお話は聞いておりませんが……」

 どうやら目の前にいる若い警官は階級が低いため上司たちが渡した情報が入ってきていないらしい。21世紀から100年もの月日が流れているにも関わらず、いまだに連絡が末端にまで届いていない日本のムラ社会ぶりにフレッドセンは落胆を隠しきれなかった。失望したといってもいいかもしれない。

 不機嫌になったこともあってか、どこか強い口調でフレッドセンは警察官に向かって言い放つ。

「ともかくあなたの上司に連絡なさい。そうすれば私のことが分かるはずです」

 警察官は渋々という態度で連絡用のディスプレイを目の前に表示する。ディスプレイの上に映るのは彼と同様の制服を着た中年相当と思われる男性の姿。

 くたびれた制服を着た中年の男性こそが目の前にいる若い警察官にとっての上司であるに違いない。上司と思われる中年男性は彼自身のディスプレイを表示してさらに上の存在と連絡を取っていく。このようなやり取りが何度も繰り返される。

 ーー時間の無駄だ。フレッドセンは苛々とした様子で革靴で地面の上をトントンと叩いていた。

 しばらくの時間が経過してから先ほどの警察官がディスプレイをシャットダウンして、フレッドセンの方へと向き直る。

「失礼致しました。フレッドセン社長ですね。宇宙船の方に公安部長殿がお待ちです」

 若い警察官は敬礼を行なってフレッドセンと彼に続いて歩く中年の女性を見送る。

 待遇は『上司からのお墨付き』という事実だけで待遇は天と地ほどの差。フレッドセンは日本の権威主義という存在が不思議でならなかった。他国よりも一段とその力が強いのではないだろうか。

 先ほどの警察官の言葉を通じて、現場の警察官たちにもフレッドセンのことが伝わり、行く先々で敬礼を受ける姿を見てフレッドセンは疑問を確信へと変えていく。このような習慣は自分の代で止めなければなるまい。

 フレッドセンは難しいことを考えながら廊下を進む。公安部長が取り締まりを行なっているという部屋の前へと辿り着く。扉の上にデカデカと付けられているのは『応接室』の文字。

 宇宙からの帰還者を待たせておくに離陸場から直結しているホテルではなく離陸場の中にある応接間を使うのは異例のこと。

 それだけ日本政府が未知の円盤に乗って宇宙から帰還した修也たちの存在に注目を向けているのだろう。

 応接室を守っている警察官たちが敬礼を行うのと同時に扉を引いて2人を案内していく。

 応接室の巨大な長椅子の上には公安部長と思われる後頭部の禿げ具合が目立つ中年の男性の姿、そしてその横には参事官と思われる同年代の男性の姿。

 通常であれば警視庁において警視総監にも匹敵する地位を持つ公安部長が直々に取り締まりを行うことなどあり得ない。ましてや立ち添え人が警視庁内において警視長か警視正にあたる参事官を連れての尋問など滅多にない。

 向かい側に座っている修也もそのことを理解してか、すっかりと萎縮したように両肩を強張らせている。キョロキョロと両目を泳がせながら差し出されたお茶を何度も啜る様子は惨めと言い表すより他にあるまい。弱い立場に追いやられると人間というのは大人しくなるようだ。それこそ借りてきた子猫のように。

 しかし追い詰められているのは2人の子どもたちも同様らしい。いくら護衛官であるといっても2人はまだ高校生。何が起きたのかを理解するのは難しい年頃であるに違いない。

 だが、それでも父親のただならぬ様子を見て、石のように顔を強張らせながら公安部長と参事官の両名を見つめていた。

 緊張に押し潰され、石像のように固まっている大津一家と対照的であったのは同席していた2名のアンドロイド。やはり機械であるというのは大きいらしい。2人は公安部長と参事官の質問にも淡々と答えていた。

 長々とやり取りは続けられ、公安部長が尋問相手に自由行動を許したのは数時間後のことだった。

 公安部長と参事官と入れ違う形で2人は修也たちの元へと向かう。

「大津さん、お疲れ様です。あなたたちも」

 フレッドセンはそう言ってジョウジとカエデというメトロポリス社が生み出したどのアンドロイドよりも優秀なアンドロイドへと目を向けていく。

 尋問が終わった後、長椅子の上でぐったりとしていた修也は社長の訪問を受け、慌てて長椅子から起き上がって見事な礼を行う。

「しゃ、社長! ありがとうございます!! メトロポリス社、護衛官大津修也、本日を以て地球に帰還致しました!!」

「堅苦しい挨拶はそのくらいで結構です。それよりも大津さん、奥様に何か言わなくても?」

 フレッドセンの背後から姿を覗かせた中年の女性の姿を見て、修也は口角が上がっていく。浮かべるのは歓喜の笑み。
 我を忘れて修也は飛び付いていく。

「ただいま、ひろみ……」

 大袈裟な抱擁を受けながらもひろみは怒鳴ることも不快感を示すこともなく、優しく慈母のように背中を摩った。その後で頭を撫でる。難しい問題を解いた生徒を褒める教師のように。

 父親の幼児退行ともいえる姿を見て子どもたちも甘えたいという欲求を押さえ切れなくなったのだろう。久し振りに見る母親の元へと駆け寄っていく。

 子どもたちにとって目の前にいる母親は幻覚でも相手が見せた罠でもない。正真正銘の本物。過酷な旅の中で何度もその名を叫んだ心の支え。そんな相手が目の前にいるのだから理性を抑えろという方が無理だった。

 2人の子どもたちは両目に涙を溜めながら母親に縋り付いていく。

 フレッドセンは一連の顛末を黙って見つめていたが、ここで余計な口出しをして親子の感動的な再会に水を差すつもりはない。むしろその逆。温情を持って修也たちに礼を行おうと考えていた。

 前回同様、修也たちはメトロポリス社に莫大な利益をもたらしてくれた。修也には1ヶ月の特別休暇を、麗俐と悠介には学生の本分として更に修也より1ヶ月伸ばした休暇を与えるつもりでいた。

 もちろんこれは仕事をこなした者に対して与える当然の報酬。当たり前の報酬だけで終わらせるつもりは毛頭ない。

 フレッドセンは社長室に戻った後で給料とは別にボーナスを与えるつもりでいた。ただのボーナスではない。一般役員が半年ごとに受けることができるボーナスの2倍とも言える額をまとめて大津家の口座へと振り込むつもりでいた。大盤振る舞いではあるが、それだけの成果を上げたのだから文句はない。

 もちろん報酬を与えるのは修也たちばかりではない。フレッドセンは長椅子の上でジッと壁を見つめるアンドロイドたちを細い目で見つめていく。

 フレッドセンはそのままジョウジとカエデを連れて廊下へと出ていく。

「よくやってくれました。あなた方本当は優秀なアンドロイドです」

「お褒めいただいて光栄です」

 ジョウジとカエデの両名は労いの言葉を授けられるのと同時に深々と頭を下げていく。

「それで、今回の件ですが、国はどこまで関わるつもりですか?」

「公安部長の話によれば我々の宇宙船は既に自衛隊の兵器管理部門の方へと引き払われることになるそうです。政府としてはここら辺でアメリカや中国、ロシアに対して牽制の意思を見せたいところでしょうしね」

 納得のいく理由だ。フレッドセンとてドイツ人の血が流れてはいるものの、日本人としての誇りがあるのも確かなこと。
 円盤の所有権を放棄して政府に対して受け渡すことに対して異論はない。問題はその条件だ。

「政府はいくらで宇宙船を買い取ると?」

「……下げ渡しということであまり期待できる額ではないかと……」

 カエデが口ごもりながら答えた。どうやら政府の返事は色良いものではないらしい。この後に及んで民間より優位に立てるという姿勢に対してフレッドセンは苛立ちを隠せなかった。あからさまな舌打ちを行って不快感を示す。

 その様子にアンドロイドたちは顔を見合わせていたが、彼らの心境など知ったことではない。

 今のフレッドセンはどこまでも民間を見下している政府に対する怒りで頭がいっぱいだった。どのような報復を行うべきだろうか。

 悩み抜いた末にフレッドセンはカエデとジョウジを手招きし、2人に向かって耳打ちを行う。

「あの宇宙船の詳しい詳細を私にお教えください」

「……まさか、社長」

「えぇ、お察しの通りです。カエデさん。私は政府が交渉に応じなければ宇宙船の内部機密を各国へと流す予定です」

 フレッドセンが策謀家としての腹黒い一面を見せた瞬間であったといってもいい。口角が不自然に吊り上がり、唇には怪しげな笑みが浮かんでいるのは彼が持つ黒い一面を表す確かな証拠だといえるだろう。













 あとがき

 本日よりこの小説を一旦休止させていただきます。2月より投げっぱなしでいた魔法刑事と女騎士の小説をある程度まで書き進めていきたいというのが主な理由です。

 しかし早ければ年末、遅くても正月過ぎにはもう一度不定期更新に戻る予定なので、身勝手とは思いますが、引き続き、応援し続けていただければ幸いです。
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