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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』
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命懸けの決闘が行われている横で麗俐は2人にも気が付かれないよう必死になって全身を這わせていく。真上から見ればナメクジが雨上がりの地面の上を這っているような情けない姿に見えただろう。
ナメクジのように惨めに地面の上を這っていくのは屈辱極まる。が、目の前に死の危機が迫っていれば屈辱や侮辱などの考えは次第に頭の考えから弾き出されてしまう。以後は完全に脳内からはシャットアウト。気にも留めていない。
危機的な状況をどうやって乗り越えるのかばかりを考えるようになってしまう。
麗俐はやっとの思いで心臓部を破壊されたコブラ男の前へと辿り着いた。
麗俐はコブラ男の腕を強く握り締めていく。
そしてそのまま人工皮膚で生成された筋肉で覆われた人工的な筋肉の上へと抱き付いていく。そして麗俐はそのまま恋人に甘える時のように媚びた声で懇願していった。
「お願い。あの状況をどうやって打破できるのかを教えて……」
「……彼の運次第だ。ハッキリと言おう。あのアンドロイドの戦闘能力は桁違いだ。キミたち3人で戦ったとしても厳しいだろうね」
死の間際においても修也たちを気遣う姿勢を見せない姿はまさしく本物のアンドロイド。血も涙もない姿勢といえばそれまでだが、麗俐はその正直な姿勢に好感さえ持てる。
とはいえ、宛にしていた相手からは対策はないと言われたも同然の状況。どちらかといえば成績は下から数えた方が早い麗俐が思い付く方法はたった一つ。不意打ちより他にあるまい。
麗俐はコブラ男に目を向けたものの、彼は何も言わない。全てを諦めたように宇宙船の天井を見上げている。
見上げた先には何があるのだろうか。
麗俐がコブラ男に従って天井を眺めた時だ。それまで何もなかったはずの視界に歪みが生じていく。グニャッという音が鳴ったかと思うと視界が暗転した。
一瞬、何が起こったのかと麗俐の全身を震わせたものの、すぐにその予感が正しかったことを実感する。
というのも、天井にはリプリーなるエイリアンとリプリーの母体から生じると思われる粘液で固定された黒くグロテスクな卵が所狭しとばかりに並んでいたからだ。
あれ程までに嫌悪感を示すような卵を麗俐は見たことがない。これまでに写真や実物で見たどの卵もリプリーたちが持つ卵より遥かにマシだと思える。
黒い殻の上に血飛沫を思わせるような柄が浮かび上がり、殻の隙間を覆うように肉食動物の舌を思わせるような筋が通っていた。
「キャァァァァァ~!!!」
悲鳴が飛ぶ。耳をつんざきそうになるほどの大きな声。だが、長い髪の男はアンドロイドであるためか眉一つ動かすことなく説明を続けていく。
「どうやらホーテンス星人の防衛機能はあのロボットだけではなかったようだな。ちゃんと天井の裏へと伏兵を仕込んでおいたようだな」
コブラ男の解説が終わるタイミングと重なるように天井からリプリーの鳴き声が轟く。その声はさながらサバンナの中心地で雄叫びを上げるライオンの鳴き声そのもの。
もっとも肝心の声の主はライオンのような高潔な精神とは最も程遠い存在なのであろうが……。
そんなことを考えているとまたしても悲鳴が聞こえる。空想の世界から現実へと戻されたことで麗俐は堪らなくなったのだろう。声を荒げながらコブラ男へと喰ってかかる。
「どういうこと!? ねぇ、どういうこと!?」
麗俐が見せたのはあからさまな狼狽した態度。当然だといえよう。
なにせこの惑星に辿り着いてから常に自分たちのトラウマとして張り付いてきた凶悪な宇宙生物がどこからか転送されてきたかのように突然天井裏に箱詰めにされたチョコ菓子のようにぎっしりと隙間なく現れたのだから。
コブラ男は何事もないかのように落ち着き払った態度で天井を見つめていく。そのままジッと天井裏を睨んでいれば両目から光線でも出て焼き殺すのかと錯覚させるほど強い眼差しを向け続けていた。
「ちょっと、黙ってないで何か言ってよ!」
堪忍袋の尾が切れたのは麗俐。彼女は急所を貫かれているはずのコブラ男の肩を揺する。コブラ男は冷静さを失った麗俐を突き放すかのように自身の手を使って麗俐を振り払うとリプリーたちが隠れていた議論を説明していく。推理小説の最後で犯人のトリックを明かす探偵のように。
「奴らはこのリアクター室全体にステルス機能を用いて隠れていたのだろう。侵入者を狙い撃ちにするためにな」
「つ、つまりすべてはあたしたちを油断させることが目的だったということなんだね。なんて奴なの……」
麗俐は天井に張り付いているリプリーの母体を睨む。卵嚢を腹部に貼り付け固定しているが、下腹部のあちこちから生えてきた鎌のような足があるので歩くことに不便を感じることはないに違いない。
恐らく有事の折には卵嚢を排出して襲い掛かってくるに違いない。
だが、肝心の戦闘能力そのものは一般的なリプリーと何も変わらないように思える。
麗俐は頭の中で洞窟の中で遭遇した一般的なリプリーの姿を思い浮かべていく。
いつも通りの嫌悪感を感じる姿。そしてその顔は化粧始めたての若い女性が間違えて白粉を塗りたくったように白い。
麗俐は自身で歩んだ経歴を比喩に使ったことに対して思わず笑ってしまった。
くだらない冗談であるが、恥ずかしさと懐かしさ故か、妙にハマってしまい抜け出せなくなってしまう。
この笑みが死出の旅へと向かう前に手向けられた天から捧げられた花であるのか、はたまた地獄の閻魔からこの世の最後の名残に渡された飴玉であるのかは分からない。
しかしどちらにせよ麗俐は十分に気を休めることができた。彼女は足に下げていたレーザーガンを抜くと、天井裏で唸り声を上げている不気味な怪物に対して銃口を構える。照準はよし。あとは狙いを定めていくだけ……。
麗俐が試合開始のコング代わりに引き金を引こうとした時だ。
「待て」
と、背後にいた長い髪の男が声を掛けた。なんとも間の悪いタイミング。
悠介は明らかな不快感をフェイスヘルメットの下で示していた。ばつの悪いところで声を掛けたアンドロイドに対して分からせるように、あからさまな態度で。
しかしアンドロイドは動じる様子を見せない。顔色一つ変えることなく、
「言っておくが、地球程度の装備であんな恐ろしい怪物を相手にするのはいささか不安が生じる」
と、話を続けていく。あまりにも無感情なので『無情』を通り越して『冷酷』とさえ感じてしまう。
麗俐は険しい顔を浮かべながら長い髪の男を睨む。フェイヘルメットを被っているため彼の視点からでは見えないだろうが、今の麗俐は両眉を上げている。眼光にも青白い光が宿り、人間が相手であれば少なからず怯ませてしまうような表情となっていた。
だが、長い髪の男はアンドロイド。仮に麗俐如きの表情が見えたところで怯む姿を見せることなどないだろう。
彼は説明を求められた理学者のような口調でボソボソと吐き捨てたかと思うと麗俐に向かって自身が握り締めていた赤いピアスを差し出す。
「これは?」
「お前が使え。地球のパワードスーツよりも強力だ。あの恐ろしい奴を凌げるかどうかは不明だが、少なくともリプリー如きに負けることはないだろう」
麗俐は何も言わない。代わりに黙って受け取ると、自らの装備を解除して赤いピアスを自らの耳に付けた。
高校入学の祝いで麗俐が父親にねだったのはピアス。お洒落で可愛らしいアクセサリーのようなピアスをつけるため耳鼻科で開けてもらったピアスの穴がこんなところで役に立つとは思わなかった。つくづく人生とは何が起こるか分からない。
麗俐が思わないところで自らの人生を顧みていると次第に自身の体が『エンプレスト』のパワードスーツよりも厚くて強力なのはいうまでもない。
本来であれば自身が付けることがなかったはずの進んだ文明がもたらす強力なパワードスーツの恩恵を受けている状態にあるのだ。今の麗俐は鏡を使って自分の姿をじっくりと眺めたかった。世間一般で知られるナルシストのように。
普段はそこまで自分の顔に執着はないのだが今は別。じっくりと眺めたかったのだ。
だが、自制心や理性といった感情が理屈を持って麗俐の中にある自身を愛する気持ちを抑え込む。鏡は今現在この場にはないし、仮にあったとしても眺める余裕などない、と。
それ故に姿を見ることはなかったが、今の自分が蛇の殻を模した純白の鎧を纏った立派な騎士へと姿を変えているのだということは分かる。
試しに腰に手を伸ばす。そこには確かな鞘の実感。間違いない彼が得物として使っていたエネルギーブレードであることは間違いなかった。
フェイスヘルメットの下で浮かべるのは歓喜。今ここに携帯端末があれば動画ソフトから流行っている男性ユニットアイドルの曲でも掛けたいような心境だ。
生憎今のところは頭の中で流すことで妥協するより他にないが、この戦いが終われば本格的に撮影をしてみてもいいかもしれない。
自身の勇姿を収めた姿を動画に保存して公開すれば転校先の友人たちも一目置かれる存在となるかもしれない。そうすれば自ずと目立つ存在になる。
今後の自身のスクールカーストにおける立ち位置が元に戻るかもしれない。楽観的な理論が頭に生じたからか、麗俐は無意識のうちに鼻歌を鳴らしていた。
だが、決して無防備になっていたわけではない。リプリーの母体が天井裏から投げ飛ばしてきた卵を真上からバッターがホームランを打つかのように勢いよく打ち返し、そのまま母体の心臓部を貫くべく飛び上がってエネルギーブレードの柄を逆手に握り締める。
麗俐の計算は順当にエネルギーブレードの光刃で母体を破壊していく予定であったが、生憎なことに世界は麗俐の思惑通りに進んでくれないらしい。
板前によってバッサリと裂かれた秋刀魚の内臓と同等の嫌悪感を示す卵の殻が破れ、一体の幼体と思われるリプリーが麗俐に向かって飛ぶ。
駄々をこねる子どものように背中へ向かっておぶさり、体重をかけてきたので重力の法則に逆らい地面へと落ちていくのは必然。麗俐は悲鳴も上げなかった。
幸いであったのはリプリーの幼体が背中にいたこと。皮肉なことに彼もしくは彼女が背中から飛びついてくれたことによりクッションとなって衝撃を防ぎ、麗俐を死神の魔の手から救ったのだ。
慌てて飛び起きた麗俐は辺りを見渡す。自身の周囲には散乱したリプリーの残骸。昔見た秋刀魚の内蔵のようだ。
母体は我が子の勇敢とも愚かとも取れる行動を理解していたのか、歯を噛むような真似を行う。どことなく漂う人間らしい仕草。敢えて例えるのであれば大手の取り引きを逃した部下を睨む重役のようであった。
麗俐は思わずフェイスヘルメットの下で苦笑する。その時だ。もう一度卵の殻が割れ、今度は天井裏から一気にリプリーたちが押し寄せていく。
大挙する軍勢の前に立ち回っていくその姿はまさしく戦国無双の豪傑。麗俐は子どもの頃、まだ男子と気軽に遊んでいた頃に男子の友だちと遊んでいた戦国時代を舞台にしたゲームのようだ。
麗俐が1人、敵を倒す爽快性に心を奪われていた時のことだ。
背後からまた別の幼体が麗俐を襲う。慌てて振り向くも既に敵との距離は目と鼻の先。今度は間に合わない。
麗俐がエネルギーブレードを盾の代わりに構えた時のことだ。脇目から熱線が幼体の頭部へと直撃していく。
麗俐が慌てて熱線が飛んだ方向を見ると、そこにはレーザーガンを構えた悠介の姿。
彼はレーザーガンを右手に握り締めながら麗俐に向かって叫ぶ。
「忘れんなよ! おれもいるんだからな!」
自らは前線に立っていたためか、麗俐は言葉を返す余裕がない。そのため親指を上げて返していく。いわゆるサムズアップのポーズ。悠介は姉からの応援を快く受け止めた。
母体との戦いはいよいよ大詰めへと向かう。
ナメクジのように惨めに地面の上を這っていくのは屈辱極まる。が、目の前に死の危機が迫っていれば屈辱や侮辱などの考えは次第に頭の考えから弾き出されてしまう。以後は完全に脳内からはシャットアウト。気にも留めていない。
危機的な状況をどうやって乗り越えるのかばかりを考えるようになってしまう。
麗俐はやっとの思いで心臓部を破壊されたコブラ男の前へと辿り着いた。
麗俐はコブラ男の腕を強く握り締めていく。
そしてそのまま人工皮膚で生成された筋肉で覆われた人工的な筋肉の上へと抱き付いていく。そして麗俐はそのまま恋人に甘える時のように媚びた声で懇願していった。
「お願い。あの状況をどうやって打破できるのかを教えて……」
「……彼の運次第だ。ハッキリと言おう。あのアンドロイドの戦闘能力は桁違いだ。キミたち3人で戦ったとしても厳しいだろうね」
死の間際においても修也たちを気遣う姿勢を見せない姿はまさしく本物のアンドロイド。血も涙もない姿勢といえばそれまでだが、麗俐はその正直な姿勢に好感さえ持てる。
とはいえ、宛にしていた相手からは対策はないと言われたも同然の状況。どちらかといえば成績は下から数えた方が早い麗俐が思い付く方法はたった一つ。不意打ちより他にあるまい。
麗俐はコブラ男に目を向けたものの、彼は何も言わない。全てを諦めたように宇宙船の天井を見上げている。
見上げた先には何があるのだろうか。
麗俐がコブラ男に従って天井を眺めた時だ。それまで何もなかったはずの視界に歪みが生じていく。グニャッという音が鳴ったかと思うと視界が暗転した。
一瞬、何が起こったのかと麗俐の全身を震わせたものの、すぐにその予感が正しかったことを実感する。
というのも、天井にはリプリーなるエイリアンとリプリーの母体から生じると思われる粘液で固定された黒くグロテスクな卵が所狭しとばかりに並んでいたからだ。
あれ程までに嫌悪感を示すような卵を麗俐は見たことがない。これまでに写真や実物で見たどの卵もリプリーたちが持つ卵より遥かにマシだと思える。
黒い殻の上に血飛沫を思わせるような柄が浮かび上がり、殻の隙間を覆うように肉食動物の舌を思わせるような筋が通っていた。
「キャァァァァァ~!!!」
悲鳴が飛ぶ。耳をつんざきそうになるほどの大きな声。だが、長い髪の男はアンドロイドであるためか眉一つ動かすことなく説明を続けていく。
「どうやらホーテンス星人の防衛機能はあのロボットだけではなかったようだな。ちゃんと天井の裏へと伏兵を仕込んでおいたようだな」
コブラ男の解説が終わるタイミングと重なるように天井からリプリーの鳴き声が轟く。その声はさながらサバンナの中心地で雄叫びを上げるライオンの鳴き声そのもの。
もっとも肝心の声の主はライオンのような高潔な精神とは最も程遠い存在なのであろうが……。
そんなことを考えているとまたしても悲鳴が聞こえる。空想の世界から現実へと戻されたことで麗俐は堪らなくなったのだろう。声を荒げながらコブラ男へと喰ってかかる。
「どういうこと!? ねぇ、どういうこと!?」
麗俐が見せたのはあからさまな狼狽した態度。当然だといえよう。
なにせこの惑星に辿り着いてから常に自分たちのトラウマとして張り付いてきた凶悪な宇宙生物がどこからか転送されてきたかのように突然天井裏に箱詰めにされたチョコ菓子のようにぎっしりと隙間なく現れたのだから。
コブラ男は何事もないかのように落ち着き払った態度で天井を見つめていく。そのままジッと天井裏を睨んでいれば両目から光線でも出て焼き殺すのかと錯覚させるほど強い眼差しを向け続けていた。
「ちょっと、黙ってないで何か言ってよ!」
堪忍袋の尾が切れたのは麗俐。彼女は急所を貫かれているはずのコブラ男の肩を揺する。コブラ男は冷静さを失った麗俐を突き放すかのように自身の手を使って麗俐を振り払うとリプリーたちが隠れていた議論を説明していく。推理小説の最後で犯人のトリックを明かす探偵のように。
「奴らはこのリアクター室全体にステルス機能を用いて隠れていたのだろう。侵入者を狙い撃ちにするためにな」
「つ、つまりすべてはあたしたちを油断させることが目的だったということなんだね。なんて奴なの……」
麗俐は天井に張り付いているリプリーの母体を睨む。卵嚢を腹部に貼り付け固定しているが、下腹部のあちこちから生えてきた鎌のような足があるので歩くことに不便を感じることはないに違いない。
恐らく有事の折には卵嚢を排出して襲い掛かってくるに違いない。
だが、肝心の戦闘能力そのものは一般的なリプリーと何も変わらないように思える。
麗俐は頭の中で洞窟の中で遭遇した一般的なリプリーの姿を思い浮かべていく。
いつも通りの嫌悪感を感じる姿。そしてその顔は化粧始めたての若い女性が間違えて白粉を塗りたくったように白い。
麗俐は自身で歩んだ経歴を比喩に使ったことに対して思わず笑ってしまった。
くだらない冗談であるが、恥ずかしさと懐かしさ故か、妙にハマってしまい抜け出せなくなってしまう。
この笑みが死出の旅へと向かう前に手向けられた天から捧げられた花であるのか、はたまた地獄の閻魔からこの世の最後の名残に渡された飴玉であるのかは分からない。
しかしどちらにせよ麗俐は十分に気を休めることができた。彼女は足に下げていたレーザーガンを抜くと、天井裏で唸り声を上げている不気味な怪物に対して銃口を構える。照準はよし。あとは狙いを定めていくだけ……。
麗俐が試合開始のコング代わりに引き金を引こうとした時だ。
「待て」
と、背後にいた長い髪の男が声を掛けた。なんとも間の悪いタイミング。
悠介は明らかな不快感をフェイスヘルメットの下で示していた。ばつの悪いところで声を掛けたアンドロイドに対して分からせるように、あからさまな態度で。
しかしアンドロイドは動じる様子を見せない。顔色一つ変えることなく、
「言っておくが、地球程度の装備であんな恐ろしい怪物を相手にするのはいささか不安が生じる」
と、話を続けていく。あまりにも無感情なので『無情』を通り越して『冷酷』とさえ感じてしまう。
麗俐は険しい顔を浮かべながら長い髪の男を睨む。フェイヘルメットを被っているため彼の視点からでは見えないだろうが、今の麗俐は両眉を上げている。眼光にも青白い光が宿り、人間が相手であれば少なからず怯ませてしまうような表情となっていた。
だが、長い髪の男はアンドロイド。仮に麗俐如きの表情が見えたところで怯む姿を見せることなどないだろう。
彼は説明を求められた理学者のような口調でボソボソと吐き捨てたかと思うと麗俐に向かって自身が握り締めていた赤いピアスを差し出す。
「これは?」
「お前が使え。地球のパワードスーツよりも強力だ。あの恐ろしい奴を凌げるかどうかは不明だが、少なくともリプリー如きに負けることはないだろう」
麗俐は何も言わない。代わりに黙って受け取ると、自らの装備を解除して赤いピアスを自らの耳に付けた。
高校入学の祝いで麗俐が父親にねだったのはピアス。お洒落で可愛らしいアクセサリーのようなピアスをつけるため耳鼻科で開けてもらったピアスの穴がこんなところで役に立つとは思わなかった。つくづく人生とは何が起こるか分からない。
麗俐が思わないところで自らの人生を顧みていると次第に自身の体が『エンプレスト』のパワードスーツよりも厚くて強力なのはいうまでもない。
本来であれば自身が付けることがなかったはずの進んだ文明がもたらす強力なパワードスーツの恩恵を受けている状態にあるのだ。今の麗俐は鏡を使って自分の姿をじっくりと眺めたかった。世間一般で知られるナルシストのように。
普段はそこまで自分の顔に執着はないのだが今は別。じっくりと眺めたかったのだ。
だが、自制心や理性といった感情が理屈を持って麗俐の中にある自身を愛する気持ちを抑え込む。鏡は今現在この場にはないし、仮にあったとしても眺める余裕などない、と。
それ故に姿を見ることはなかったが、今の自分が蛇の殻を模した純白の鎧を纏った立派な騎士へと姿を変えているのだということは分かる。
試しに腰に手を伸ばす。そこには確かな鞘の実感。間違いない彼が得物として使っていたエネルギーブレードであることは間違いなかった。
フェイスヘルメットの下で浮かべるのは歓喜。今ここに携帯端末があれば動画ソフトから流行っている男性ユニットアイドルの曲でも掛けたいような心境だ。
生憎今のところは頭の中で流すことで妥協するより他にないが、この戦いが終われば本格的に撮影をしてみてもいいかもしれない。
自身の勇姿を収めた姿を動画に保存して公開すれば転校先の友人たちも一目置かれる存在となるかもしれない。そうすれば自ずと目立つ存在になる。
今後の自身のスクールカーストにおける立ち位置が元に戻るかもしれない。楽観的な理論が頭に生じたからか、麗俐は無意識のうちに鼻歌を鳴らしていた。
だが、決して無防備になっていたわけではない。リプリーの母体が天井裏から投げ飛ばしてきた卵を真上からバッターがホームランを打つかのように勢いよく打ち返し、そのまま母体の心臓部を貫くべく飛び上がってエネルギーブレードの柄を逆手に握り締める。
麗俐の計算は順当にエネルギーブレードの光刃で母体を破壊していく予定であったが、生憎なことに世界は麗俐の思惑通りに進んでくれないらしい。
板前によってバッサリと裂かれた秋刀魚の内臓と同等の嫌悪感を示す卵の殻が破れ、一体の幼体と思われるリプリーが麗俐に向かって飛ぶ。
駄々をこねる子どものように背中へ向かっておぶさり、体重をかけてきたので重力の法則に逆らい地面へと落ちていくのは必然。麗俐は悲鳴も上げなかった。
幸いであったのはリプリーの幼体が背中にいたこと。皮肉なことに彼もしくは彼女が背中から飛びついてくれたことによりクッションとなって衝撃を防ぎ、麗俐を死神の魔の手から救ったのだ。
慌てて飛び起きた麗俐は辺りを見渡す。自身の周囲には散乱したリプリーの残骸。昔見た秋刀魚の内蔵のようだ。
母体は我が子の勇敢とも愚かとも取れる行動を理解していたのか、歯を噛むような真似を行う。どことなく漂う人間らしい仕草。敢えて例えるのであれば大手の取り引きを逃した部下を睨む重役のようであった。
麗俐は思わずフェイスヘルメットの下で苦笑する。その時だ。もう一度卵の殻が割れ、今度は天井裏から一気にリプリーたちが押し寄せていく。
大挙する軍勢の前に立ち回っていくその姿はまさしく戦国無双の豪傑。麗俐は子どもの頃、まだ男子と気軽に遊んでいた頃に男子の友だちと遊んでいた戦国時代を舞台にしたゲームのようだ。
麗俐が1人、敵を倒す爽快性に心を奪われていた時のことだ。
背後からまた別の幼体が麗俐を襲う。慌てて振り向くも既に敵との距離は目と鼻の先。今度は間に合わない。
麗俐がエネルギーブレードを盾の代わりに構えた時のことだ。脇目から熱線が幼体の頭部へと直撃していく。
麗俐が慌てて熱線が飛んだ方向を見ると、そこにはレーザーガンを構えた悠介の姿。
彼はレーザーガンを右手に握り締めながら麗俐に向かって叫ぶ。
「忘れんなよ! おれもいるんだからな!」
自らは前線に立っていたためか、麗俐は言葉を返す余裕がない。そのため親指を上げて返していく。いわゆるサムズアップのポーズ。悠介は姉からの応援を快く受け止めた。
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