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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』
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「はっきりと言いましょう。現状の戦力において我々が『マザー』に対抗する術はありません」
対策会議の席の上でコブラ男は堂々と言い切った。いっそ清々しいほど言ったので人間たちは感心して反論を返すことができなかった。
感情的に屈服するようなことがあると言葉を鉛でも詰まらせたかのように押し黙る人間たちとは対照的にアンドロイドは呆れたように言い放った。
「それでは話になりません。今ここで『マザー』を倒しておかなくてはゆくゆくは地球そのものにも危害が及ぶんですよ。我々は断固として迫り来る脅威を打ち破るべきです」
アンドロイドたちを代表してコブラ男を窘めたのは皮肉にも同じアンドロイドであるカエデであった。彼女の凛とした口調を前にコブラ男は反論の言葉を失ったらしい。それでも人間のように両足を極端に揺らしたり、不自然に視線を逸らしたりすることがなかったのは彼自身もアンドロイドであったからだ。
そして逃げることもなくカエデの両目を捉え、はっきりとした口調で、
「では、どうするつもりです? 『マザー』を打倒する具体的な対策などはあるというのですか?」
と、問い掛けたのもアンドロイドならではのものだ。
先ほどとは一転して、コブラ男の反論を前にして言葉に窮したのだろう。カエデは無言で俯いていく。
雄弁な反論者は自身が逆の立場になると答えられなくなるということを証明しているように思えた。
昔から質問を投げかける方は楽な立場で、答える方はいずれ回答に窮するとはよく言ったもので、その姿をそのままその場で目撃することなろうとは思いもしなかった。
ここでカエデに助け舟を出すべきだろうか。いや、自身が何か口を出したところでコブラ男が同様の質問を投げ掛ければ撃沈するというのは明白。それならばいっそ黙っていた方が利口というものだ。
修也の頭の中で『雉も鳴かずば撃たれまい』という諺が頭に浮かぶ。この諺には不必要なことを言わなければ災いを招かないですむという意味が含まれている。
事なかれ主義、無責任、放任などという人が聞けば確実に心象を害しそうな単語ばかりが連想させられるのだが、かと言って不必要なことを喋って火の粉を投げられる真似を避けたいというのも人情。
結局のところ、2つの感情の中で揺れる苦しみはいつの時代がきても終わらないのかもしれない。修也は重苦しい空気が漂う宇宙船の船内を見渡しながらそんなことを考えていた。
何気なしに動かしていた視線がコブラ男と合う。慌てて目線を下げる。ビクビクと振る舞う今の自分は蛙に怯える蛇と何が違うのだろうか。
情けない姿に修也に嫌気がさしていた時だ。思わぬところに救世主が姿を見せた。
悠介が教師に向かって自身の考えを伝えようとする生真面目な生徒のように「はい」と元気の良く手を挙げ、小学校の生徒のように席から立ち上がっていった。
「ちょっと考えたんだけど、『マザー』とやらに内部から侵入することは不可能なのか?」
「バカな。そんなことができていたのならば最初からしていますよ」
コブラ男は小馬鹿にしたような口調で悠介の提言を一蹴した。口には出さないものの「愚か者め」と罵りたいようで口がムズムズと動いている姿が見えた。
完璧なアンドロイであるにも関わらず、人間臭い仕草に修也は思わず苦笑を漏らす。内蔵されたコンピュータがいささかオーバーヒートを起こした、と片付けてしまうのは容易い。
しかし科学や理論といった『常識』で安直に物事を片付けてしまうのは面白くない。小説であればあまり良い展開とはいえないだろう。
もし、今の状況が小説であればコブラ男もジョウジやカエデのように『感情』を持つことになるかもしれない。
修也が呑気にコブラ男の今後について考えていた時のことだ。
「捕虜を装って内部へと侵入するのはどうかな?」
と、麗俐が悠介に続いて挙手を行う。
「捕虜を装う?」
「うん、世界史の教科書で読んだ話があってねーー」
この時、麗俐が例に出した話は『トロイの木馬』。古代ギリシャの時代、実際に行われたトロイア戦争と呼ばれる戦争の終盤に用いられた計略の一つである。
トロイア戦争においてギリシャ軍が頑強なトロイアの城を落とすために巨大な木馬を作り、その中に兵士を忍び込ませたのだ。
木馬にばかり目が入ったトロイア軍は木馬の中から出てきた兵士たちと外を囲む兵士たちの両方から壮絶な攻撃を受け、落城してしまったという話だ。
「なるほど、『トロイの木馬』をサ・ザ・ランドにて再現するわけですね。しかし肝心の木馬はどうするつもりで?」
「お父さんが乗ってきた宇宙船があったよね?あそこにお父さんと悠介、そしてあたしの3名が乗る。それを木馬の代わりにしよう」
「その計画であればあなたの協力も必要になります。あなたは宇宙船に内蔵されているデータを使ってAIを作成し、長官を装ってください。『マザー』のコンピュータやアンドロイドたちを我々の手で騙すのです」
修也はコブラ男に目を向けながら言った。コブラ男は例の宇宙船を奪い取る際、宇宙船のデータをハッキングして乗っ取りに成功している。
いわゆる『トロイの木馬』を実行するのであれば指導者役は彼をおいて他にはおるまい。コブラ男はアンドロイドらしく淡々と首肯した。
作戦計画がすんなりと進むとは思いもしなかった。100年以上前に流行ったねじれ国会のような膠着した会議が進むのだとばかり思っていた修也からすれば意外だった。
残った面々は宇宙船の護衛役を任じられ、特に重大であったのはアンドロイドのビィー。彼は残された面々の中で唯一、パワードスーツを扱えるという利点があった。宇宙船の守り役を託されるのも当然といえよう。
しかし彼が人間のように重圧に押し潰されたり、のしかかる責任感の重さから酒に逃げられるようなことはない。
淡々と武器の動作確認を行い、自身の体のメンテナンスを自身の手で行うだけ。感情のないアンドロイドであるからこそできた芸当だろう。
修也は半ば感心するように見つめていた。
『マザー』が来るまでの時間は随分と長く感じられた。1時間が1日というのはいささか大袈裟な表現であったが、普段であれば短く感じたはずの午前帯が必要以上に長く感じられたり、夜の時間に眠ることができず疲れを引き継いだまま朝を迎えたりしたことは事実だ。
起きている時間のほとんどをシュミレーションに時間を費やしていたが、それでも修也たち人間の中に湧き上がるのは不安ばかり。夜の闇の中に揺れる蝋燭の炎のように心が揺らいでいくのを誰が止められるのだろうか。
酒も煙草もないから不安を抑え込むことはできない。修也は不毛な荒野に不時着してしまったことを恨む。
だが、環境を恨んだところでどうしようもない。代わりにインスタントコーヒーを口にしていく。口の中を酸味と苦味の両方が襲っていき、思わず眉を顰める。
やはりコーヒーは酒の代わりにはなれない。修也はまずい気持ちのまま椅子の上に塞ぎ込んだ。
そんな緊張と不安の日々を断ち切ったのは会議の日から1週間と3日の後に来訪を果たした『マザー』の存在であった。
初めにその招かれざる客の来訪を知らせたのはカサスだった。
たまたま水を汲みに森の方へ向かっていたカサスは慌ててスコーピオン号の元へと戻り、来襲を知らせた。その姿はさながら黒船の来航を初めて目撃した浦賀湾の人々のようである。
額に汗を滲ませ、両肩で呼吸を行うカサスを修也たちは優しく慰め、スコーピオン号の中へとあらためて招き入れた。カサスやアリサといった弱い人たちを個室の中へと隠匿し、信頼ができるアンドロイドたちに後を託した。事情を知らないビィーはともかく、ジョウジやカエデに任せれば安全だ。金庫の中に高価な宝石を仕舞い込んだような安心した気分になる。
頼もしいアンドロイドたちに戦闘に携わることがない弱い人々を守られたこともあってか、修也は宇宙船に乗り込むまではなんとか平静を保つことができていた。
だが、宇宙船の中に乗り込むのと同時にそれまで押さえ込んでいた恐怖が流れ込んできたに違いない。修也は両膝を地面の上に突くと、そのまま両手を頭に押さえて情けない姿で震えていく。
母親に叱られたばかりの子どものように振る舞う姿は到底給料をもらって生活する社会人の姿とは思えない。
この時、不安で胸を潰されそうになっていた修也を助けたのは他でもない麗俐だった。彼女は家の中や家族での外出先で母のひろみが時たま見せるように修也を優しく抱き締めたのである。
「よしよし、怖くないよ」
耳元で囁いたのは保育士のような優しい声。安心させるために出した慈愛の言葉は修也の胸の内に大きく突き刺さったらしい。
修也はその一言で見事に立ち返った。麗俐の支えを借りながら地面の上に立つと最愛の娘を見つめた後にゆっくりと頭を下げた。
「ありがとう。麗俐……お陰でお父さんは少し楽になれた」
「いいよ、そんなの……家族なんだもん」
麗俐は優しげな笑みを見せて言った。修也は麗俐のこの言葉を聞いて感銘に耽った。たとえ第三者に『親バカ』と揶揄されようとも周囲に言いふらしたい。
そんな思いが頭の中に湧き上がっていく。修也の中にもう不安はなかった。
その一方で修也の背後で既に『ゼノン』のパワードスーツを纏っていた悠介はフェイスヘルメットの下で複雑な顔を浮かべていた。
父親である修也に対しては今のように献身的に、或いは慈母のような精神を持って接したというのに何の罪もないアンドロイドに対しては悪魔が契約書を脅しの盾にして逃げ回る契約者を脅すかのように徹底して追い詰めて殺している。
『家族なんだもん』という言葉から察するに身内以外の人物に対して麗俐は恐ろしい凶悪性を発揮するのではないだろうか。
悠介は思わず身震いした。今の状況においてそんなことを思い出しても何の得にもならない。頭では分かっていた。
しかし一度始まった連想は自分の意思では止められないほど広がっていく。最初は短い蜘蛛の糸が獲物を捕らえるため伸びていくように。
悠介のうちに生じた悶々とした気持ちを断ち切ったのは麗俐の事件のことを一切知らないアンドロイドであった。
「奴らが来たようです」
アンドロイドはそう言って人差し指を虚空に向かって下ろす。同時にキーがタップされ、宇宙船の天井に映像が広がっていく。
スクリーン上に映し出された宇宙船はもはや地球の宇宙船などとは比較するのも烏滸がましいほどの大きさであった。
それはまるで一つの惑星がそのまま宇宙船になってこの星の中へと降りてきたかのような大きさだった。空の真半分を埋め尽くし、周りを護衛の宇宙艇で覆う姿はまさしく鉄壁の要塞。正面からの攻略は不可能だろう。
『三国志』で例えるのであれば呂布が指揮を取る虎牢関の要塞を突破しろと言っているのに等しい。
修也は握り拳を作りながら悪魔のような惑星を睨み付けていた。
自分たちにとっての相手がここまで強いとは思いもしなかったのだ。
上手くいけばホーテンス星を黙らせ、その上で自分たちの星に戻ることは可能だろう。
だが、失敗すればどうなるのかは想像もしたくない。
修也の体を再び激しい震えが襲っていった。
対策会議の席の上でコブラ男は堂々と言い切った。いっそ清々しいほど言ったので人間たちは感心して反論を返すことができなかった。
感情的に屈服するようなことがあると言葉を鉛でも詰まらせたかのように押し黙る人間たちとは対照的にアンドロイドは呆れたように言い放った。
「それでは話になりません。今ここで『マザー』を倒しておかなくてはゆくゆくは地球そのものにも危害が及ぶんですよ。我々は断固として迫り来る脅威を打ち破るべきです」
アンドロイドたちを代表してコブラ男を窘めたのは皮肉にも同じアンドロイドであるカエデであった。彼女の凛とした口調を前にコブラ男は反論の言葉を失ったらしい。それでも人間のように両足を極端に揺らしたり、不自然に視線を逸らしたりすることがなかったのは彼自身もアンドロイドであったからだ。
そして逃げることもなくカエデの両目を捉え、はっきりとした口調で、
「では、どうするつもりです? 『マザー』を打倒する具体的な対策などはあるというのですか?」
と、問い掛けたのもアンドロイドならではのものだ。
先ほどとは一転して、コブラ男の反論を前にして言葉に窮したのだろう。カエデは無言で俯いていく。
雄弁な反論者は自身が逆の立場になると答えられなくなるということを証明しているように思えた。
昔から質問を投げかける方は楽な立場で、答える方はいずれ回答に窮するとはよく言ったもので、その姿をそのままその場で目撃することなろうとは思いもしなかった。
ここでカエデに助け舟を出すべきだろうか。いや、自身が何か口を出したところでコブラ男が同様の質問を投げ掛ければ撃沈するというのは明白。それならばいっそ黙っていた方が利口というものだ。
修也の頭の中で『雉も鳴かずば撃たれまい』という諺が頭に浮かぶ。この諺には不必要なことを言わなければ災いを招かないですむという意味が含まれている。
事なかれ主義、無責任、放任などという人が聞けば確実に心象を害しそうな単語ばかりが連想させられるのだが、かと言って不必要なことを喋って火の粉を投げられる真似を避けたいというのも人情。
結局のところ、2つの感情の中で揺れる苦しみはいつの時代がきても終わらないのかもしれない。修也は重苦しい空気が漂う宇宙船の船内を見渡しながらそんなことを考えていた。
何気なしに動かしていた視線がコブラ男と合う。慌てて目線を下げる。ビクビクと振る舞う今の自分は蛙に怯える蛇と何が違うのだろうか。
情けない姿に修也に嫌気がさしていた時だ。思わぬところに救世主が姿を見せた。
悠介が教師に向かって自身の考えを伝えようとする生真面目な生徒のように「はい」と元気の良く手を挙げ、小学校の生徒のように席から立ち上がっていった。
「ちょっと考えたんだけど、『マザー』とやらに内部から侵入することは不可能なのか?」
「バカな。そんなことができていたのならば最初からしていますよ」
コブラ男は小馬鹿にしたような口調で悠介の提言を一蹴した。口には出さないものの「愚か者め」と罵りたいようで口がムズムズと動いている姿が見えた。
完璧なアンドロイであるにも関わらず、人間臭い仕草に修也は思わず苦笑を漏らす。内蔵されたコンピュータがいささかオーバーヒートを起こした、と片付けてしまうのは容易い。
しかし科学や理論といった『常識』で安直に物事を片付けてしまうのは面白くない。小説であればあまり良い展開とはいえないだろう。
もし、今の状況が小説であればコブラ男もジョウジやカエデのように『感情』を持つことになるかもしれない。
修也が呑気にコブラ男の今後について考えていた時のことだ。
「捕虜を装って内部へと侵入するのはどうかな?」
と、麗俐が悠介に続いて挙手を行う。
「捕虜を装う?」
「うん、世界史の教科書で読んだ話があってねーー」
この時、麗俐が例に出した話は『トロイの木馬』。古代ギリシャの時代、実際に行われたトロイア戦争と呼ばれる戦争の終盤に用いられた計略の一つである。
トロイア戦争においてギリシャ軍が頑強なトロイアの城を落とすために巨大な木馬を作り、その中に兵士を忍び込ませたのだ。
木馬にばかり目が入ったトロイア軍は木馬の中から出てきた兵士たちと外を囲む兵士たちの両方から壮絶な攻撃を受け、落城してしまったという話だ。
「なるほど、『トロイの木馬』をサ・ザ・ランドにて再現するわけですね。しかし肝心の木馬はどうするつもりで?」
「お父さんが乗ってきた宇宙船があったよね?あそこにお父さんと悠介、そしてあたしの3名が乗る。それを木馬の代わりにしよう」
「その計画であればあなたの協力も必要になります。あなたは宇宙船に内蔵されているデータを使ってAIを作成し、長官を装ってください。『マザー』のコンピュータやアンドロイドたちを我々の手で騙すのです」
修也はコブラ男に目を向けながら言った。コブラ男は例の宇宙船を奪い取る際、宇宙船のデータをハッキングして乗っ取りに成功している。
いわゆる『トロイの木馬』を実行するのであれば指導者役は彼をおいて他にはおるまい。コブラ男はアンドロイドらしく淡々と首肯した。
作戦計画がすんなりと進むとは思いもしなかった。100年以上前に流行ったねじれ国会のような膠着した会議が進むのだとばかり思っていた修也からすれば意外だった。
残った面々は宇宙船の護衛役を任じられ、特に重大であったのはアンドロイドのビィー。彼は残された面々の中で唯一、パワードスーツを扱えるという利点があった。宇宙船の守り役を託されるのも当然といえよう。
しかし彼が人間のように重圧に押し潰されたり、のしかかる責任感の重さから酒に逃げられるようなことはない。
淡々と武器の動作確認を行い、自身の体のメンテナンスを自身の手で行うだけ。感情のないアンドロイドであるからこそできた芸当だろう。
修也は半ば感心するように見つめていた。
『マザー』が来るまでの時間は随分と長く感じられた。1時間が1日というのはいささか大袈裟な表現であったが、普段であれば短く感じたはずの午前帯が必要以上に長く感じられたり、夜の時間に眠ることができず疲れを引き継いだまま朝を迎えたりしたことは事実だ。
起きている時間のほとんどをシュミレーションに時間を費やしていたが、それでも修也たち人間の中に湧き上がるのは不安ばかり。夜の闇の中に揺れる蝋燭の炎のように心が揺らいでいくのを誰が止められるのだろうか。
酒も煙草もないから不安を抑え込むことはできない。修也は不毛な荒野に不時着してしまったことを恨む。
だが、環境を恨んだところでどうしようもない。代わりにインスタントコーヒーを口にしていく。口の中を酸味と苦味の両方が襲っていき、思わず眉を顰める。
やはりコーヒーは酒の代わりにはなれない。修也はまずい気持ちのまま椅子の上に塞ぎ込んだ。
そんな緊張と不安の日々を断ち切ったのは会議の日から1週間と3日の後に来訪を果たした『マザー』の存在であった。
初めにその招かれざる客の来訪を知らせたのはカサスだった。
たまたま水を汲みに森の方へ向かっていたカサスは慌ててスコーピオン号の元へと戻り、来襲を知らせた。その姿はさながら黒船の来航を初めて目撃した浦賀湾の人々のようである。
額に汗を滲ませ、両肩で呼吸を行うカサスを修也たちは優しく慰め、スコーピオン号の中へとあらためて招き入れた。カサスやアリサといった弱い人たちを個室の中へと隠匿し、信頼ができるアンドロイドたちに後を託した。事情を知らないビィーはともかく、ジョウジやカエデに任せれば安全だ。金庫の中に高価な宝石を仕舞い込んだような安心した気分になる。
頼もしいアンドロイドたちに戦闘に携わることがない弱い人々を守られたこともあってか、修也は宇宙船に乗り込むまではなんとか平静を保つことができていた。
だが、宇宙船の中に乗り込むのと同時にそれまで押さえ込んでいた恐怖が流れ込んできたに違いない。修也は両膝を地面の上に突くと、そのまま両手を頭に押さえて情けない姿で震えていく。
母親に叱られたばかりの子どものように振る舞う姿は到底給料をもらって生活する社会人の姿とは思えない。
この時、不安で胸を潰されそうになっていた修也を助けたのは他でもない麗俐だった。彼女は家の中や家族での外出先で母のひろみが時たま見せるように修也を優しく抱き締めたのである。
「よしよし、怖くないよ」
耳元で囁いたのは保育士のような優しい声。安心させるために出した慈愛の言葉は修也の胸の内に大きく突き刺さったらしい。
修也はその一言で見事に立ち返った。麗俐の支えを借りながら地面の上に立つと最愛の娘を見つめた後にゆっくりと頭を下げた。
「ありがとう。麗俐……お陰でお父さんは少し楽になれた」
「いいよ、そんなの……家族なんだもん」
麗俐は優しげな笑みを見せて言った。修也は麗俐のこの言葉を聞いて感銘に耽った。たとえ第三者に『親バカ』と揶揄されようとも周囲に言いふらしたい。
そんな思いが頭の中に湧き上がっていく。修也の中にもう不安はなかった。
その一方で修也の背後で既に『ゼノン』のパワードスーツを纏っていた悠介はフェイスヘルメットの下で複雑な顔を浮かべていた。
父親である修也に対しては今のように献身的に、或いは慈母のような精神を持って接したというのに何の罪もないアンドロイドに対しては悪魔が契約書を脅しの盾にして逃げ回る契約者を脅すかのように徹底して追い詰めて殺している。
『家族なんだもん』という言葉から察するに身内以外の人物に対して麗俐は恐ろしい凶悪性を発揮するのではないだろうか。
悠介は思わず身震いした。今の状況においてそんなことを思い出しても何の得にもならない。頭では分かっていた。
しかし一度始まった連想は自分の意思では止められないほど広がっていく。最初は短い蜘蛛の糸が獲物を捕らえるため伸びていくように。
悠介のうちに生じた悶々とした気持ちを断ち切ったのは麗俐の事件のことを一切知らないアンドロイドであった。
「奴らが来たようです」
アンドロイドはそう言って人差し指を虚空に向かって下ろす。同時にキーがタップされ、宇宙船の天井に映像が広がっていく。
スクリーン上に映し出された宇宙船はもはや地球の宇宙船などとは比較するのも烏滸がましいほどの大きさであった。
それはまるで一つの惑星がそのまま宇宙船になってこの星の中へと降りてきたかのような大きさだった。空の真半分を埋め尽くし、周りを護衛の宇宙艇で覆う姿はまさしく鉄壁の要塞。正面からの攻略は不可能だろう。
『三国志』で例えるのであれば呂布が指揮を取る虎牢関の要塞を突破しろと言っているのに等しい。
修也は握り拳を作りながら悪魔のような惑星を睨み付けていた。
自分たちにとっての相手がここまで強いとは思いもしなかったのだ。
上手くいけばホーテンス星を黙らせ、その上で自分たちの星に戻ることは可能だろう。
だが、失敗すればどうなるのかは想像もしたくない。
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