185 / 203
漂流する惑星『サ・ザ・ランド』
22
しおりを挟む
衝撃と片付けるにはあまりにもショックが大き過ぎた。修也も悠介も呆然としたまま口を開けていることがその証明であるといえるだろう。
唯一、その場で平静な態度を見せていたのはコブラ男であるが、彼はアンドロイド。人間のように取り乱したり、騒いだりするはずがない。
修也たちだってこの場で騒いでいないことが不思議なほどだ。
修也が忙しなく視線を動かしていると、それまで沈黙を選んでいたはずの悠介がいつの間にか、その場を離れてわざと足を踏み鳴らしながら長官の元へと向かっていく。
「今すぐにその『マザー』とやらを止めろ!」
悠介は長官の胸ぐらを掴み上げながら叫んだ。
だが、長官は必死の形相となった悠介を小馬鹿にしていた。冷笑を携え、顔を赤く染め上げる悠介をどこまでも見下ろしていたのである。
悠介は怒りに駆られたのか、長官を拳で殴り付けたのだが、長官の顔は体同様に強靭かつ冷徹な機械で出来上がっていることをすっかりと忘れてしまっていた。
血や涙、感情といった人間が持つべき素晴らしい取り合わせを有していない他の追随を許さない完璧な存在。それが長官に代表されるホーテンス星人を騙るアンドロイドたちなのだろう。
実際に殴り付けた反動で悠介の右手にも強烈な痛みが生じているのがその証拠だ。
苦痛に顔を歪める悠介を長官は嘲りの目で見下ろした後に鼻から息を漏らす。
明らかな嘲りの態度に悠介は拳をプルプルと震わせていたが、先ほどの経験を踏まえてみすみす殴り付けるような真似はしなかった。
代わりに胸ぐらを掴み上げてから長官を壁に向かって勢いよく叩き付けていった。
これには流石の長官も面食らったような表情を見せた。苦笑を浮かべながらゆっくりと腰を上げる長官の元へと駆け寄り、悠介は胸を掴んでもう一度勢いよく引っ張り上げたのであった。
「なら聞くぞ。俺たちのパワードスーツはどこだ?」
「フッ、ここだ」
長官は人差し指を伸ばした後に目の前に現れたウィンドウのキーを打った。
同時にそれまでは存在しなかった机の上に修也たちのパワードスーツが収納されたカプセルが現れた。推測になってしまうが、机の上に置いていたものを特殊電磁波か何かで人間の目には見えないように取り計らっていたのだろう。
慌てて駆け寄り、手触りを確認した後に機能を確認したが、無事にパワードスーツを装着することに成功できた。
後になって修也もパワードスーツを纏ったので偽物ではないと証明されたことになる。
コブラ男もイヤリングを付けてパワードスーツを身に付けた。これによって3名の近未来の宇宙兵士が宇宙船の中に勢揃いすることになった。
「久し振りの感覚だよッ! こいつがありゃあ怖いものなしさ!」
『ゼノン』のパワードスーツに身を包んだ悠介は両手の拳を握り締め興奮のためか、全身を震わせながら言った。
「あぁ、だが、こいつは万能の力じゃあない……気を付けた方がいいぞ」
「その男の言う通りだ!」
修也の忠告に同調したかのような言葉を吐き出した長官に向かって一斉に視線を向けていく。
全員から敵意の込められた視線を向けられてもなお長官は嘲りを含めた笑みを消さなかった。
「なぜ、私がわざわざ貴様らの武器を返したと思う? 野蛮な人間どもに私が屈するとでも思ったか? 違うね。これは余裕という奴だ。もう母星の決定は止められん。『マザー』が貴様らを滅ぼすのだ」
長官は高笑いを響かせていった。不愉快な笑いに悠介がフェイスヘルメットの下で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた時のことだ。
修也が無言で長官の元へと向かい、その心臓部へと向けてビームソードを突き立てたのである。
高笑いの最中に心臓部を貫かれたということもあり、長官は顔に下品な笑みを貼り付けたままその機能を永遠に停止した。心臓部に向かって光剣を素早く突き刺し、引っこ抜いたこともあり、長官は悲鳴を上げる暇もなかった。
ぽっかりと虚しく空いた穴からはバチバチと静電気の音が聞こえてくる。
機能停止を告げる不穏な音も聞こえてきた。
まるで人を殺したかのような精巧な造りであったが、不思議なことに修也には罪悪感というものが湧いてこなかった。
長官やその長官が所属するアンドロイドたちの優生思想に対する反発からだろうか、罪悪感というものは微塵もない。
修也はビームソードを仕舞うと、コブラ男に向き直って言った。
「すいませんが、この宇宙船を我々の宇宙船の元にまで運ぶことは可能でしょうか?」
「問題ありません。先ほど、この宇宙船における機械のパターンは全て解析致しましたので」
それの証明だとばかりにコブラ男は指を走らせ、宇宙船のパスワードを難なく突破し、宇宙船を動かしてみせたのである。
同時に修也と悠介はこれまでに味わったことがないような特別な浮遊感を体感した。そればかりではない。悪質なアンドロイドたちが作った宇宙船は修也たちが乗ってきた宇宙船とは比較にならないほどの激しい動きを見せた。
勢いよく空へと昇っていったかと思うと、今度は宇宙船を停めている方向に勢いをつけて進んでいく。
船酔いという言葉が地球にはあるが、今の修也たちは宇宙船の激しい動きに酔ってしまいそうだった。
慣れない動きに酔った様子を見せる修也たちを放置して高性能な宇宙船は一瞬で大規模な距離をワープし、あっという間に修也たちを宇宙船の元へと連れて行ったのである。
出戻った修也たちを迎えたのは宇宙船から出てきた麗俐だった。もっとも見慣れない宇宙船が飛んできたということもあってか、彼女は『エンプレスト』のパワードスーツに身を包んでいた。
この措置が警戒のためということは明白である。
誤解は解かねばなるまい。修也はコブラ男に指示を出し、ハッチの扉を開かせた後でタラップを下ろした。
その上で最初に修也と悠介が地面の上へと降り立ったのである。
しかし依然として麗俐はレーザーガンを構えて警戒の姿勢を崩さなかった。
「麗俐、私だよ」
修也は口を開いたものの、彼女はまだレーザーガンを握ったままだ。
「信用できない。もしかしたら敵がお父さんの名を騙っているかもしれないしね」
「そうか、なら麗俐……お前が5歳の時のことだ。私や悠介、ひろみと一緒にデパートに買い物に行ったよな?」
「そ、それがどうかしたの?」
明らかに声が上擦った。もう一押しだ。修也は畳み掛けるように言った。
「その時にお前、象のぬいぐるみが欲しいと玩具売り場の中で駄々を捏ねたよな? 誕生日でもないから駄目だと私は静止したが……そしたらお前はなんて言った?」
その問い掛けが投げ掛けられるのと同時に麗俐の体がプルプルと震えているのが見えた。幼い頃の自身に対する羞恥心が彼女から戦闘意欲を奪い取ったといってもいいだろう。フェイスヘルメットの下の顔は羞恥心という名の炎に照らされ、すっかりと火照ってしまっているはずだ。
先ほどまで警戒していたということも忘れ、レーザーガンを地面の上に置いたばかりではなく、両耳に掌を当ててそれ以上は聞きたくないとばかりの態度をみせているのがその証拠だといえるだろう。
「お前はあの時になってーー」
「い、言わないでッ!」
わなわなと体を震わせた麗俐が慌てて修也を静止させた。
幼い頃の思い出というのは大きくなった際に当人が覚えていれば触れられたくない秘部になる上、忘れていれば古傷をナイフで抉っていくような打撃になるのだろう。
悠介はこれまで見たことがないほど悶えた様子の姉を見てそう確信させられた。
今後は父親が自身が覚えていない幼い頃の記憶を持ち出さないことを祈るしかなかった。
切実な思いを抱える悠介を他所に、修也は羞恥心で起き上がれなくなっている麗俐に向かって、これまでの出来事を話していった。
話が終わる頃には麗俐もいつもの調子へと戻り、落ち着いた態度で話すことができるようになっていた。
「なるほど、いよいよ『マザー』が来るんだね」
「そうだな。ところでそっちの方はどうなった?」
「お父さんたちが連れ去られてから……残ったアンドロイドのビィーやジョウジさん、カエデさんが奮戦したみたいだね。なんとか宇宙船には戻ることができたよ」
「全員無事ならよかった。今から『マザー』への対抗策をみんなで考えよう」
「……それもいいけど」
麗俐は修也たちが乗ってきた宇宙船を見つめながら問い掛けた。
「あの宇宙船で私たちは帰ることができないの?」
「麗俐、逃げるつもりなのか?」
そう問い掛ける修也の両目の双眸は大きく開き、瞳の下に怪しげな白い光を帯びていた。修也の心境としては敵前逃亡を咎める上官のような心持ちであった。
他の宇宙や惑星に関しては分からないが、地球各国が保有する軍隊は例外なく敵前逃亡は重罪と決められている。
これは大昔からの決まり事であり、いくら時代が揺らいだとしても変わるものではない。
祖国やそこに住む人々を防衛する兵士が迫り来る敵から逃げることを許していては軍隊が成り立たないというのがその理由だ。
もちろん、修也たちは軍人ではない。民間人を守って悪質非道なホーテンス星を破壊する義務などもない。当然ながらカサスやアリサたちを保護する義務もない。
だが、人道や道徳といった言葉が出るとどうしてもカサスやアリサといったアンドロイドの被害者たちを放って置くことができないというのが人情というものだ。
しかし修也の感じた人情を踏み躙るかのように麗俐は平然とした様子で言い放った。
「悪いけど、私はあの恐ろしいホーテンス星人と戦いたくなんてないよ。帰ることができるのであれば帰るべきじゃあない?」
麗俐は弱音を剥き出しにしながら言い放った。
「それで負け犬みたいに尻尾を巻いて逃げるのが筋なのかな? お父さんは違うと思うぞ」
「けど、あの宇宙船にワープ機能があれば逃げるべきだと思う。あいつらから逃げられるのならばなんと言われてもいいよ」
「逆だよ」
ここでようやく、これまで黙って話を聞いていた悠介が口を挟む。悠介は麗俐が咄嗟の乱入で上手く言葉が出てこないのをいいことにそのまま自身の考えを述べていった。
「ワープ機能があれば奴らもきっとこっちに追い付いてくる。それならばその前に奴らの切り札を叩いて、奴らに地球人は恐ろしいと実感させることが正解だと思う」
悠介の言葉は正論であった。事実夜逃げ同然の身で逃げ出したとしてもホーテンス星人を名乗るアンドロイドたちが追跡してこないなどという保証はどこにもない。
それどころか、次の征服地として地球に狙いを定める可能性すら考えられた。
『日進月歩』という言葉があるように地球の技術は21世紀と比較しても大きく発展していたが、アンドロイドたちの技術よりは大きく下回っている。
技術の差というのは思っているよりも大きい。ましてや人間を見下ろしているアンドロイドたちであれば蹂躙や虐殺といった人類のタブーを堂々と破ることは明白。そのことを理解した麗俐は小さく首を縦に動かした。
あとは『マザー』という最悪の存在にどう対処するかだけだ。
唯一、その場で平静な態度を見せていたのはコブラ男であるが、彼はアンドロイド。人間のように取り乱したり、騒いだりするはずがない。
修也たちだってこの場で騒いでいないことが不思議なほどだ。
修也が忙しなく視線を動かしていると、それまで沈黙を選んでいたはずの悠介がいつの間にか、その場を離れてわざと足を踏み鳴らしながら長官の元へと向かっていく。
「今すぐにその『マザー』とやらを止めろ!」
悠介は長官の胸ぐらを掴み上げながら叫んだ。
だが、長官は必死の形相となった悠介を小馬鹿にしていた。冷笑を携え、顔を赤く染め上げる悠介をどこまでも見下ろしていたのである。
悠介は怒りに駆られたのか、長官を拳で殴り付けたのだが、長官の顔は体同様に強靭かつ冷徹な機械で出来上がっていることをすっかりと忘れてしまっていた。
血や涙、感情といった人間が持つべき素晴らしい取り合わせを有していない他の追随を許さない完璧な存在。それが長官に代表されるホーテンス星人を騙るアンドロイドたちなのだろう。
実際に殴り付けた反動で悠介の右手にも強烈な痛みが生じているのがその証拠だ。
苦痛に顔を歪める悠介を長官は嘲りの目で見下ろした後に鼻から息を漏らす。
明らかな嘲りの態度に悠介は拳をプルプルと震わせていたが、先ほどの経験を踏まえてみすみす殴り付けるような真似はしなかった。
代わりに胸ぐらを掴み上げてから長官を壁に向かって勢いよく叩き付けていった。
これには流石の長官も面食らったような表情を見せた。苦笑を浮かべながらゆっくりと腰を上げる長官の元へと駆け寄り、悠介は胸を掴んでもう一度勢いよく引っ張り上げたのであった。
「なら聞くぞ。俺たちのパワードスーツはどこだ?」
「フッ、ここだ」
長官は人差し指を伸ばした後に目の前に現れたウィンドウのキーを打った。
同時にそれまでは存在しなかった机の上に修也たちのパワードスーツが収納されたカプセルが現れた。推測になってしまうが、机の上に置いていたものを特殊電磁波か何かで人間の目には見えないように取り計らっていたのだろう。
慌てて駆け寄り、手触りを確認した後に機能を確認したが、無事にパワードスーツを装着することに成功できた。
後になって修也もパワードスーツを纏ったので偽物ではないと証明されたことになる。
コブラ男もイヤリングを付けてパワードスーツを身に付けた。これによって3名の近未来の宇宙兵士が宇宙船の中に勢揃いすることになった。
「久し振りの感覚だよッ! こいつがありゃあ怖いものなしさ!」
『ゼノン』のパワードスーツに身を包んだ悠介は両手の拳を握り締め興奮のためか、全身を震わせながら言った。
「あぁ、だが、こいつは万能の力じゃあない……気を付けた方がいいぞ」
「その男の言う通りだ!」
修也の忠告に同調したかのような言葉を吐き出した長官に向かって一斉に視線を向けていく。
全員から敵意の込められた視線を向けられてもなお長官は嘲りを含めた笑みを消さなかった。
「なぜ、私がわざわざ貴様らの武器を返したと思う? 野蛮な人間どもに私が屈するとでも思ったか? 違うね。これは余裕という奴だ。もう母星の決定は止められん。『マザー』が貴様らを滅ぼすのだ」
長官は高笑いを響かせていった。不愉快な笑いに悠介がフェイスヘルメットの下で苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた時のことだ。
修也が無言で長官の元へと向かい、その心臓部へと向けてビームソードを突き立てたのである。
高笑いの最中に心臓部を貫かれたということもあり、長官は顔に下品な笑みを貼り付けたままその機能を永遠に停止した。心臓部に向かって光剣を素早く突き刺し、引っこ抜いたこともあり、長官は悲鳴を上げる暇もなかった。
ぽっかりと虚しく空いた穴からはバチバチと静電気の音が聞こえてくる。
機能停止を告げる不穏な音も聞こえてきた。
まるで人を殺したかのような精巧な造りであったが、不思議なことに修也には罪悪感というものが湧いてこなかった。
長官やその長官が所属するアンドロイドたちの優生思想に対する反発からだろうか、罪悪感というものは微塵もない。
修也はビームソードを仕舞うと、コブラ男に向き直って言った。
「すいませんが、この宇宙船を我々の宇宙船の元にまで運ぶことは可能でしょうか?」
「問題ありません。先ほど、この宇宙船における機械のパターンは全て解析致しましたので」
それの証明だとばかりにコブラ男は指を走らせ、宇宙船のパスワードを難なく突破し、宇宙船を動かしてみせたのである。
同時に修也と悠介はこれまでに味わったことがないような特別な浮遊感を体感した。そればかりではない。悪質なアンドロイドたちが作った宇宙船は修也たちが乗ってきた宇宙船とは比較にならないほどの激しい動きを見せた。
勢いよく空へと昇っていったかと思うと、今度は宇宙船を停めている方向に勢いをつけて進んでいく。
船酔いという言葉が地球にはあるが、今の修也たちは宇宙船の激しい動きに酔ってしまいそうだった。
慣れない動きに酔った様子を見せる修也たちを放置して高性能な宇宙船は一瞬で大規模な距離をワープし、あっという間に修也たちを宇宙船の元へと連れて行ったのである。
出戻った修也たちを迎えたのは宇宙船から出てきた麗俐だった。もっとも見慣れない宇宙船が飛んできたということもあってか、彼女は『エンプレスト』のパワードスーツに身を包んでいた。
この措置が警戒のためということは明白である。
誤解は解かねばなるまい。修也はコブラ男に指示を出し、ハッチの扉を開かせた後でタラップを下ろした。
その上で最初に修也と悠介が地面の上へと降り立ったのである。
しかし依然として麗俐はレーザーガンを構えて警戒の姿勢を崩さなかった。
「麗俐、私だよ」
修也は口を開いたものの、彼女はまだレーザーガンを握ったままだ。
「信用できない。もしかしたら敵がお父さんの名を騙っているかもしれないしね」
「そうか、なら麗俐……お前が5歳の時のことだ。私や悠介、ひろみと一緒にデパートに買い物に行ったよな?」
「そ、それがどうかしたの?」
明らかに声が上擦った。もう一押しだ。修也は畳み掛けるように言った。
「その時にお前、象のぬいぐるみが欲しいと玩具売り場の中で駄々を捏ねたよな? 誕生日でもないから駄目だと私は静止したが……そしたらお前はなんて言った?」
その問い掛けが投げ掛けられるのと同時に麗俐の体がプルプルと震えているのが見えた。幼い頃の自身に対する羞恥心が彼女から戦闘意欲を奪い取ったといってもいいだろう。フェイスヘルメットの下の顔は羞恥心という名の炎に照らされ、すっかりと火照ってしまっているはずだ。
先ほどまで警戒していたということも忘れ、レーザーガンを地面の上に置いたばかりではなく、両耳に掌を当ててそれ以上は聞きたくないとばかりの態度をみせているのがその証拠だといえるだろう。
「お前はあの時になってーー」
「い、言わないでッ!」
わなわなと体を震わせた麗俐が慌てて修也を静止させた。
幼い頃の思い出というのは大きくなった際に当人が覚えていれば触れられたくない秘部になる上、忘れていれば古傷をナイフで抉っていくような打撃になるのだろう。
悠介はこれまで見たことがないほど悶えた様子の姉を見てそう確信させられた。
今後は父親が自身が覚えていない幼い頃の記憶を持ち出さないことを祈るしかなかった。
切実な思いを抱える悠介を他所に、修也は羞恥心で起き上がれなくなっている麗俐に向かって、これまでの出来事を話していった。
話が終わる頃には麗俐もいつもの調子へと戻り、落ち着いた態度で話すことができるようになっていた。
「なるほど、いよいよ『マザー』が来るんだね」
「そうだな。ところでそっちの方はどうなった?」
「お父さんたちが連れ去られてから……残ったアンドロイドのビィーやジョウジさん、カエデさんが奮戦したみたいだね。なんとか宇宙船には戻ることができたよ」
「全員無事ならよかった。今から『マザー』への対抗策をみんなで考えよう」
「……それもいいけど」
麗俐は修也たちが乗ってきた宇宙船を見つめながら問い掛けた。
「あの宇宙船で私たちは帰ることができないの?」
「麗俐、逃げるつもりなのか?」
そう問い掛ける修也の両目の双眸は大きく開き、瞳の下に怪しげな白い光を帯びていた。修也の心境としては敵前逃亡を咎める上官のような心持ちであった。
他の宇宙や惑星に関しては分からないが、地球各国が保有する軍隊は例外なく敵前逃亡は重罪と決められている。
これは大昔からの決まり事であり、いくら時代が揺らいだとしても変わるものではない。
祖国やそこに住む人々を防衛する兵士が迫り来る敵から逃げることを許していては軍隊が成り立たないというのがその理由だ。
もちろん、修也たちは軍人ではない。民間人を守って悪質非道なホーテンス星を破壊する義務などもない。当然ながらカサスやアリサたちを保護する義務もない。
だが、人道や道徳といった言葉が出るとどうしてもカサスやアリサといったアンドロイドの被害者たちを放って置くことができないというのが人情というものだ。
しかし修也の感じた人情を踏み躙るかのように麗俐は平然とした様子で言い放った。
「悪いけど、私はあの恐ろしいホーテンス星人と戦いたくなんてないよ。帰ることができるのであれば帰るべきじゃあない?」
麗俐は弱音を剥き出しにしながら言い放った。
「それで負け犬みたいに尻尾を巻いて逃げるのが筋なのかな? お父さんは違うと思うぞ」
「けど、あの宇宙船にワープ機能があれば逃げるべきだと思う。あいつらから逃げられるのならばなんと言われてもいいよ」
「逆だよ」
ここでようやく、これまで黙って話を聞いていた悠介が口を挟む。悠介は麗俐が咄嗟の乱入で上手く言葉が出てこないのをいいことにそのまま自身の考えを述べていった。
「ワープ機能があれば奴らもきっとこっちに追い付いてくる。それならばその前に奴らの切り札を叩いて、奴らに地球人は恐ろしいと実感させることが正解だと思う」
悠介の言葉は正論であった。事実夜逃げ同然の身で逃げ出したとしてもホーテンス星人を名乗るアンドロイドたちが追跡してこないなどという保証はどこにもない。
それどころか、次の征服地として地球に狙いを定める可能性すら考えられた。
『日進月歩』という言葉があるように地球の技術は21世紀と比較しても大きく発展していたが、アンドロイドたちの技術よりは大きく下回っている。
技術の差というのは思っているよりも大きい。ましてや人間を見下ろしているアンドロイドたちであれば蹂躙や虐殺といった人類のタブーを堂々と破ることは明白。そのことを理解した麗俐は小さく首を縦に動かした。
あとは『マザー』という最悪の存在にどう対処するかだけだ。
0
お気に入りに追加
45
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
月が導く異世界道中
あずみ 圭
ファンタジー
月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。
真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。
彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。
これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。
漫遊編始めました。
外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
【なろう430万pv!】船が沈没して大海原に取り残されたオッサンと女子高生の漂流サバイバル&スローライフ
海凪ととかる
SF
離島に向かうフェリーでたまたま一緒になった一人旅のオッサン、岳人《がくと》と帰省途中の女子高生、美岬《みさき》。 二人は船を降りればそれっきりになるはずだった。しかし、運命はそれを許さなかった。
衝突事故により沈没するフェリー。乗員乗客が救命ボートで船から逃げ出す中、衝突の衝撃で海に転落した美岬と、そんな美岬を助けようと海に飛び込んでいた岳人は救命ボートに気づいてもらえず、サメの徘徊する大海原に取り残されてしまう。
絶体絶命のピンチ! しかし岳人はアウトドア業界ではサバイバルマスターの通り名で有名なサバイバルの専門家だった。
ありあわせの材料で筏を作り、漂流物で筏を補強し、雨水を集め、太陽熱で真水を蒸留し、プランクトンでビタミンを補給し、捕まえた魚を保存食に加工し……なんとか生き延びようと創意工夫する岳人と美岬。
大海原の筏というある意味密室空間で共に過ごし、語り合い、力を合わせて極限状態に立ち向かううちに二人の間に特別な感情が芽生え始め……。
はたして二人は絶体絶命のピンチを生き延びて社会復帰することができるのか?
小説家になろうSF(パニック)部門にて400万pv達成、日間/週間/月間1位、四半期2位、年間/累計3位の実績あり。
カクヨムのSF部門においても高評価いただき80万pv達成、最高週間2位、月間3位の実績あり。
【BIO DEFENSE】 ~終わった世界に作られる都市~
こばん
SF
世界は唐突に終わりを告げる。それはある日突然現れて、平和な日常を過ごす人々に襲い掛かった。それは醜悪な様相に異臭を放ちながら、かつての日常に我が物顔で居座った。
人から人に感染し、感染した人はまだ感染していない人に襲い掛かり、恐るべき加速度で被害は広がって行く。
それに対抗する術は、今は無い。
平和な日常があっという間に非日常の世界に変わり、残った人々は集い、四国でいくつかの都市を形成して反攻の糸口と感染のルーツを探る。
しかしそれに対してか感染者も進化して困難な状況に拍車をかけてくる。
さらにそんな状態のなかでも、権益を求め人の足元をすくうため画策する者、理性をなくし欲望のままに動く者、この状況を利用すらして己の利益のみを求めて動く者らが牙をむき出しにしていきパニックは混迷を極める。
普通の高校生であったカナタもパニックに巻き込まれ、都市の一つに避難した。その都市の守備隊に仲間達と共に入り、第十一番隊として活動していく。様々な人と出会い、別れを繰り返しながら、感染者や都市外の略奪者などと戦い、都市同士の思惑に巻き込まれたりしながら日々を過ごしていた。
そして、やがて一つの真実に辿り着く。
それは大きな選択を迫られるものだった。
bio defence
※物語に出て来るすべての人名及び地名などの固有名詞はすべてフィクションです。作者の頭の中だけに存在するものであり、特定の人物や場所に対して何らかの意味合いを持たせたものではありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる