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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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 自分たちの元へと迫りくる大軍を見て、修也は小学生の頃に学んだ『関ヶ原の戦い』のことを思い出した。戦国最大とも言える軍隊が霧が立ち消えるのと同時に両軍の前に現れたのだ。覚悟を決めて戦闘に立っていた武将たちとは異なり、両軍の足軽たちは相手の軍勢の多さに思わず腰を抜かしたに違いない。

 果たして自分はこれだけの数を相手にできるのだろうか、と。

 修也と悠介の心境はといえば当時の足軽と同じ気持ちであったに違いない。
 当然だ。武士などであるはずがないので戦いに対する覚悟などあるはずがない。
 武人の誉れという仰々しい美名とはどちらかといえば無関係なはずだ。

 正直にいえば心胆が冷えた。大軍勢を見て恐怖に心を囚われてしまったのだ。

 だが、いくら恐ろしくても立ち向かうしかない。戦わなければ活路を見出すことなどは不可能だ。相手は人間狩りゲームを楽しむような神経をする宇宙人だ。このまま降伏などすればどんなことが待ち構えているのか分からない。
 下手をすれば子どもが癇癪を起こして玩具を叩き潰すような気軽さで自分たちも殺されてしまうかもしれない。

 修也と悠介は心を決め、互いにレーザーガンを構えて目の前から迫り来る大軍勢へとその銃口を向けた時のことだ。
 右脇から不意に巨大な二本足で動き、前足を両手のように動かす巨大な鰐が姿を見せ、防護服の男たちへと噛み付いたのだ。

 勢いよく右の脇腹に喰らい付いたかと思うと、男の体を玩具でも振り回すかのように弄ぶ姿が見られた。

 そしてある程度男たちの反応楽しんだかと思うと、その体を他の異星人たちの元へと勢いよく放り投げたのである。

 男の死体をぶつけられた衝撃によって右の一部が崩れていく。ここからは鰐の格好をした男が一方的にゲームを進めていった。

 頭や心臓部といった急所に喰らい付いていき、男たちに反撃の隙を与えることもなく次々と男たちを死神の手へと引き渡していったのである。

 修也たちが呆気に取られていると、空中の方でも動きがあった。

 キラキラ怪しげな光を放ちながら発光する全身タイツのような姿をした男がブーツに備え付けられていると思われるジェットエンジンを用いて上空をスーパーマンのように縦横無尽に滑空していたのである。

 空中でたった1人、無双を続ける男のフェイスヘルメットはどこか不気味な印象を与えた。モダンアートの絵画で見られる肖像画のように崩れたような顔に2本の白い腕がくっ付いているのだ。不気味な姿をした男は腰に下げていたレーザーガンを抜いたかと思うと、次々とエアーバイクに跨がる宇宙人たちを地上へと撃ち落としていくのであった。

 修也と悠介は信じられないと言わんばかりの顔を浮かべながら上空と右脇で繰り広げられる戦いを眺めていた。

 悠介はその状況を形勢は逆転しつつあると判断した。バスケットボールで例えるのならば相手は既に獲得としていたはずの20点を不正で失効し、今自分たちのチームから予想外の反撃を受けて大いに弱りきっている状態だといってもよかった。

 この状態を逃さない手はないだろう。衝動のまま悠介はレーザーガンを片手に左方面へと駆け出していく。目指す場所は残った左側面。そこを突けばファランクスの陣形は脆くも崩れ去ってしまうだろう。
 悠介のうちに芽生えた衝動が彼を突き動かしたといってもいい。

「悠介!」

 無謀な突撃を行ったと判断した修也は慌てて息子を止めに向かおうとしたが、その前に肩を強く掴まれて止められてしまう。

「だ、誰だ!?」

「私です」

 と、テレビのニュース番組で原稿を棒読みするような人間味のない声が返ってきた。

 修也にとっては聞き覚えのない声だ。恐る恐るといった調子で振り返ると、そこには短い髪を整えた例の洞窟にいたアンドロイドの姿が見えた。

「大津さんと仰られましたね? 今あなたの息子さんが左側面に加わることで奴らは総崩れとなるでしょう。この機会を逃すわけにはいきません。我々の手で奴らを徹底的に叩きのめすのです」

「私も悠介と一緒に襲撃に加われということですか?」

「いえ、もうこの状態であれば私が加わってしまえば奴らはもう終わりです。恐ろしければそちらで大人しくしておいてください」

 男は突き放すように言い放った。かと思うと、自身の服の下に隠していたと思われる小さなイヤリングを取り出す。
 そのイヤリングは血のように真っ赤な宝石を嵌めたシンプルな作りとなっていた。

 逆に宝石以外の箇所が目立たない造りなので、目立って見えた。
 男は服の懐からイヤリングを取り出すと、それを両耳に嵌めた。同時に男の体が白い光に包み込まれていく。照明弾が投下されたのかと脳に誤った信号を送るほどの凄まじい光が生じていった。

 目の前には先ほどの男性は立っておらず、代わりに自身の姿を蛇を模した白い甲冑を身に付けた怪人が立っていた。
 どうして『怪人』と黒い表現を用いたかといえば目の前に立っているアンドロイドの武装は『戦士』や『騎士』と評するにはあまりにもそのイメージとかけ離れていたからだ。

 というのも、全身を覆う白い甲冑は鎧というよりも本当のコブラのようにゴツゴツとして見えたし、フェイスヘルメットのコブラを模した姿はどう見ても善人側の人物が持つ装備とは思えない。

 その姿はさしずめ『コブラ男』といったところだろうか。

 修也が唖然としていると、コブラ男はエネルギーブレードと思われる光状の武器を振り回しながら異星人の中心部へと斬りつけていく。その姿はさながらたった1人で不利な戦いへと赴く義理の伯父を救出するため高田馬場へと向かう堀部安兵衛のようだった。

 しかし冷静に考えれば高田馬場において堀部安兵衛はたった1人で18人の敵を討ち取ったという実績がある。修也からすれば目の前の男と堀部安兵衛とはどう足掻いても結び付かない存在である。

 というのも、血は繋がらなくても自らの義理のため伯父を救うためだけに高田馬場へと赴いた堀江安兵衛と打算や勝算のみで動く男はどう考えても対極的な存在であるからだ。

 それでも男が動いたのは事実である。それに加えて今の修也は当時の堀部安兵衛というよりも安兵衛の伯父に歳は近い。

 やむなく修也は自身を安兵衛が助けようとした義理の伯父になぞらえ、男と共に正面へと向かう。

 レーザーガンの代わりにビームソードを抜いてコブラ男の隣に並び立つ。

 恐ろしい怪物と肩を並べて戦うというのはあまり良い心境ではなかったが、肩を並べて戦う相手よりも目の前にいる宇宙人たちに対する嫌悪感の方が強かったので修也としてはそうせざるを得なかった。

「…‥来い。化け物ども」

 修也は正眼の前に構えていたビームソードの切っ先を少し下げてから挑発を行う。その後で改めて正眼の前へとビームソードを持ち上げ、改めて異星人たちの群れへと突入していった。

 防護服に身を包んだ宇宙人たちは白兵戦に慣れていなかったらしい。修也や男の放つ剣劇を前にして次々と地面の上へと倒れていった。

 至近距離ではやはり銃よりも剣だ。そんな確信を持っていた時のことだ。
 唐突に自身の体が吹き飛ばされたことに気が付いた。幸いなことにメトロイドスーツを身に付けていたので修也の体に大事はなかった。

 だが、衝撃のため起き上がるのは少し遅れてしまっま。修也が呻き声を上げながら腰を上げると、目の前には骸骨を思わせるような無機質な銀色のパワードスーツを纏った一体の男の姿が見えた。

 いや、メタリックな銀色の胴体ボディもそうだが、何よりも印象的であったのはガスマスクのようなフェイスヘルメットに背中にリュックサックのようなものを背負っている点だ。

 左手にはエネルギーライフルと思われる銃筒のようなものが見受けられる。
 右手には鋭く尖った巨大な剣のようなものがぶら下がっている。

 修也はその姿を見るのと同時に自身が吹き飛ばされた理由を理解した。恐らくエネルギーライフルの銃筒から空気暖を飛ばしたのだろう。威嚇の意味も込めて。

 本来であればわざわざそんなまどろっこしいことをしなくてもいいはずだ。出会い頭にエネルギー弾を発射すれば今頃、修也は三途の川を渡っていたに違いなかった。最初に始末しなかったのは何か理由があるのだろうが、今の修也からすれば知ったことではない。
 修也がヘルメットの下で目の前の怪物を睨み付けていた時のことだ。

「お前が別宇宙から来た客人だな?」

 と、正確な日本語で目の前の男が問い掛けた。

「そ、そうだが、それがどうかしたのか?」

「単刀直入に言おう。我々の母星はきみたちを欲しがっている。珍しいサンプルとしてな」

「私たちを捕まえて生体実験でもするつもりか? 生憎だが、そんな実験に同意するつもりはないぞ」

「……困ったな。そうなると我々としては力付くでも連れて行がなければならなくなる」

 目の前の男は『困ったな』とは口に出していたものの、その声からは困ったような印象は受けなかった。
 機械が決められた人間にインプットされたような無機質な調子だったので当たり前といえば当たり前なのだが、そうなってしまえば先ほどの言葉も疑わしく思えてしまう。

 修也が警戒の意味も込めてゆっくりと足を下げていた時のことだ。
 右側面から多くの宇宙人たちを食い破っていたと思われる鰐が修也たちの元へと迫ってきていた。

 他の宇宙人たちは鰐の猛攻を前にして手も足も出ないのか、すっかりと恐れ慄いた様子で侵攻を許すのみとなっている。
 だが、修也の目の前にいる男はその姿を見ても動揺する姿を見せなかった。

 それどころか、ゆっくりと踵を返すと落ち着き払ったまま目の前から迫り来る二本足の鰐に向かって真下から勢いよく剣を突き出したのである。

 正面から勢いをつけて飛び掛かってくる敵ほど狙いやすい相手はいないだろう。
 二足歩行の鰐はそのまま銛で突かれた魚のようにしばらくは刺された状態のまま抜け出そうともがいていたのだが、そのうちぐったりと動かなくなってしまった。

 男はそんな鰐をゴミでも放り捨てるかのように乱雑に地面の上へと放り投げた。

 修也が慌てて腹部に風穴を開けられた鰐の元へと向かっていくと、ぽっかりと空いた穴からは機械が破裂する音が聞こえてきた。青白い火花が体の中で鳴っていることにも気が付いた。

 修也はその光景を見た瞬間にその鰐が助からないことを悟った。

「な、なんてことを……」

「勘違いしてもらっては困るな。先に襲い掛かってきたのはそこにいる鰐だ」

 男は倒れている鰐を剣の刃先で指しながら平然とした様子で告げた。

 理屈には適っているものの、どこか腹が立って仕方がない。頭では分かっているが、体が受け付けないといった方が正しいだろう。

 修也は無言でビームソードを握り締め、両目を鋭く尖らせながら相手を睨み付けていく。戦闘の意思はこれで十分高められた。後は戦うだけだ。

 修也は自身の決意を表すためか、握り締めたビームソードを勢いよく振り下ろした。空振りのビームソードの刃は勢いよく空を切っていく。

「……あまり賢明な判断とは思えんぞ」

 男はパワードスーツに内蔵された剣を突き付けながら言った。
 両者の戦いは今まさに始まったばかりだ。

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