上 下
178 / 195
漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

15

しおりを挟む
「何者だ? 出てこい!」

 意気込んで、タラップの外へと躍り出た修也であったが、タラップの前には敵の姿はおろか影すら見えない。

 先ほどまではあれほど強い音が聞こえてきたほどであったのに、現在では不気味なほど静まり返っている。風の切る音さえ聞こえてこない。
 もし、本当に単なる気のせいであればパワードスーツを着てきたことが馬鹿らしく思えてしまう。修也は思わず両肩の力を抜いて思いっきり息を吐き出したくなった。

 しかし油断はできない。念のためにレーザーガンを構えながら周辺の捜索を行っていた時のことだ。

「あんた」

 と、ハッキリとした日本語が聞こえてきた。人の気配も見えない不気味な星でハッキリとした日本語を聞いた修也が立ち止まると、そこには麗俐たちが洞窟の中で目撃したという3人の男たちの姿が見えた。

 確かに全員が映画スターのように美しく整った容姿をしていたが、どこか人間味に欠けている様子が見えた。与えられた原稿を棒読みしているアナウンサーのような調子と抑揚であった。

 修也が思わず立ち止まった時のことだ。

「貴君らの言葉はこれで合っているはずだ」

「あ、あんたは一体何者だ?」

 修也は声を震わせながら問い掛けた。

「私か? 私はいや、正確に言えば私たちはこの星に残された兵士だ」

 残った2人も男と同様の言葉を合唱していく。ピタリとハマったコーラスがまた不気味に感じられた。

 音程を揃えて言葉を終えた様子が機械的で人間味を感じなかったのだ。不気味に思えた所以はそこだ。

「その兵士がなんの用だ? 刺客として私たちを始末にしきたのか?」

 警戒心から修也は少し強い口調で問い掛けた。

「違う」

 3人組の1人である長い髪の男が抑揚のない声で否定した。

「では、なんの用だ? まさか、こんな辺境の星に電子新聞のセールスをしにきたわけでもないだろう?」

「お前たちの星へ帰りたくないか?」

 修也のつまらない冗談を無視して中央にいた端正な顔立ちの男が問い掛けた。
 その言葉を聞いた修也はフェイスヘルメットの下で両眉を上げた。

「それは本当か?」

 修也の声は険しかった。無理もない。
 しかし男たちは修也の様子など関心もないようで、淡々とした調子で会話を続けていく。

「本当だ。我々にはキミたちを地球へと帰す明確な方法をたった一つだけ知っている」

 男たちは断言した。『修也たちを地球へと帰す』と。もしかすれば本当の事であるかもしれない。
 修也は目の前でキャンディーをちらつかされた子どものように男たちが提示した話に飛び付きたい衝動に駆られた。

 だが、その衝動を無理やりに抑え付けた。というのも相手側が油断のならない相手であるからだ。

 麗俐の話を聞くに目の前にいる男たちは『この星に足を踏み入れる者に対して死の制裁を加える』ということなのだ。もしかすれば騙し討ちにして殺すつもりなのかもしれない。

 修也の頭の中で戦国時代に織田信長の手によって謀殺されることになった織田信行や足利尊氏の手によって謀殺された足利直義の姿が頭の中に浮かんでいく。
 そればかりではない。和睦のために開いた宴会の席だと騙してその席で殺されたシャクシャインや鴻門と呼ばれる場所で劉邦を騙し討ちにして殺そうとした項羽のことも頭によぎった。

 日本史にしろ世界史にしろ裏切り者を騙して始末したケースなど数えきれないほど存在している。

 宇宙人やアンドロイドだからという理由で信頼しなければいけない理由などどこにもない。

 修也は相変わらず警戒心を強めながら双眸を大きく見開き、相手を睨み付けていた。これらの行動は和平を申し込んだ相手側からすればせっかく和睦の談義を申し込んだというのに、警戒するなど失礼だと抗議の言葉を浴びせてくるかもしれない。

 だが、修也から言わせれば先ほどの自分の行動は子どもたちや仲間の命を守るために最適な行動を取っただけに過ぎない。それで責められる謂れなどない。
 許されるのであれば検事や警察の厳しい追及から被告人を守る弁護士のように毅然とした態度で正面から堂々と言い放ってやりたかった。

 だが、下手にアンドロイドたちを刺激しては藪から蛇を突くことになるのは明白。そのため修也は自身の叫びたい衝動を必死に押さえ付けていたのである。

 このまま互いに無言を貫き合うのかと思ったのだが、意外なことに融和の道は3人組の方から示してきた。

「我々の中に残されたコンピュータは当初貴君らを敵だと認識したのだが、どうやら貴君たち以上に厄介な敵が訪れたということもあり、我々は貴君らに一時的な融和を求めたいのだ」

「どういうことだ? お前たちはあの恐ろしいホーテンス星人に作られたんじゃあないのか?」

 修也はフェイスヘルメットの下で訝しげな表情を浮かべて3人組を睨んでいった。

 ヘルメットの下で3人組を注視する視線は実用のナイフのように鋭く尖っていたように思えるが修也にしか分からないので3人組は知る由もなかった。

 修也がいくら胸のうちに不信感を抱こうとも関係がないと言わんばかりに、3人組は平気な調子で会話を続けていく。

「違う。我々を作ったのはこの星の住民たちだ」

「……ホーテンス星人がそう自称しているんじゃあないのか?」

「違う。そのホーテンス星人と我々は無関係だ」

 目の前にいる3人組のアンドロイドたちによる言葉が正しければ3人組のアンドロイドは修也たちにあの凄惨な石碑を残したこの星の原住民たちが残したアンドロイドだということになる。

 しかしその考えだと矛盾が生じてしまう。石碑に絵を描き残すことが精一杯だった人々に高性能なアンドロイドを作成できるはずがない。

 このアンドロイドは一見したところ性能は22世紀の地球で作成されたアンドロイドたちと変わりはない。この星にもともと住んでいた先住民たちが目の前にいるアンドロイドを作れるような文明力を有しているとは思えないのだ。

 見下ろしているわけではない。単純な科学力の問題なのだ。

 修也は頭を捻ったが、目の前にいるアンドロイドは助け舟を出してはくれなかった。自分が困れば相手がなんでも答えてくれるような世の中ではないはずだ。

 その正体が気になるのであれば自分で解き明かすしかない。そのことを実感させられた修也はフェイスヘルメットの下でもう一度苦笑した。

 ミステリー小説を読んでも犯人を当てたことなどなかった修也からすればそれは難問だった。ましてや相手は殺人事件の犯人ではなく、目の前にいるアンドロイドを作った者の正体なのだ。

 その正体やルーツを解き明かすには相当の時間が必要だと思われる。

 修也が目の前にいるアンドロイドの解釈で頭を悩ませていると、アンドロイドの一体が修也の目と鼻の先にまで近付いてきた。

「さて、どうする? 貴君は我々と同盟を組むのか? それとも組まないのか?」

 詰め寄った言い方に修也は不快感を覚えたものの、大人としてその感情を押し殺し、努めて冷静な声で言葉を返した。

「私の一言では決められん。仲間と共に話をしてゆっくりと決めてから、また改めて回答を述べさせてもらいたい」

「時間はいくら欲しい?」

 向こうからの時間指定に修也は思わず両肩をすかしてしまった。刑事ドラマなどで見る交渉であれば時間は向こう側が指定してくるので修也としては珍しく感じられたのだ。

 だが、修也は気取られることなく人差し指を突き出し堂々とした口調で言った。

「大事なことだからな。1日は話し合いたい」

「分かった。1日だな」

 老人が修也の言葉を反復する。

「交渉の場はお前たちの洞窟の前にある森の中だ。洞窟の中で襲われたら私たちは身動きが取れなくなるからな」

 修也は毅然とした態度で答えた。

「分かった」

 修也の提示する条件を次々と突き付け、その条件が呑まれるのでこんなに楽な交渉はなかった。

 前の会社に勤めていた時は駆け引きや社交術が物を言ったものだが、この場ではそうした会社員としてのスキルは不要なようだ。

 修也に見送られ、3人組のアンドロイドたちは飛行船の前を去っていった。
 修也は彼らを見送った後で宇宙船の中へと戻り、先ほどの出来事を一字一句鮮明にとはいかないものの正確に伝えていった。

 修也からの報告を聞いた全員が眉を顰めた。その中でも実際に3人組のアンドロイドたちと交戦になり掛けた麗俐と悠介の両名は修也が示した和解案に対して頑なまでに反対の姿勢を貫いたのである。

 その姿は『三国志』において降伏か戦闘かと悩む孫権に向かって強硬論を主張する『呉』の国の軍人たちのようであった。

『呉』の国において降伏を主張した文官たちをこの場の人物で例えるのであればそれはジョウジとカエデの両名である。

 合理的に考えて和解策を受け入れることが前進に進むと判断したのだろう。

 もしこの場に諸葛亮孔明がいれば上手く議論を纏めることができたのだろうが、生憎とこの場に孔明はいない。

 このまま21世紀の日本企業が陥った無意味な会議が続いていくのかと修也が懸念していた時のことだ。

「あの、少しよろしいですか?」

 と、アリサが手を挙げた。

「はい、どうされましたか? アリサさん」

 ジョウジが予想外だとばかりに両眉を上げながら問い掛けた。

「双方の意見を聞いて私なりの考えを纏めてみたのですが、よろしければお聞き願えないでしょうか?」

 どうやら、孔明はようやく姿を現したらしい。全員の視線が議論に終止符を打つであろうアリサに向かって注がれていく。

 一方でアリサは全員からの視線が集まっているにも関わらず、重圧を受けることもなく淡々と自分の考えを述べていった。

「まず、私としてはこの交渉の席に着くべきだと思います。皆様は地球に帰りたいとのことなのでその見込みがあるのならば少しでもその可能性に縋るべきなのではないでしょうか?」

 修也は『藁にもすがる思い』という地球の諺を思い出した。アリサの言葉通りで僅かにでも地球へ帰れる可能性があるというのであればその言葉に従うべきだ。
 修也の中で腹は決まった。

 だが、麗俐は納得がいかなかったようだ。それでも彼女の中でアリサの主張に動かされてもいたに違いない。
 予想より主張する声が上擦っていたのがその証明だと言えた。

「け、けど、あいつらが信用できるかーー」

「なら、麗俐さんはここに残ってファティマの面倒を見てください。それならば交渉の席に付かずに済むし、万が一のことが起こったとしてもこの宇宙船も残るでしょう?」

 完璧なロジックだ。どうやら諸葛亮孔明はこの場にいたらしい。修也は心の中で拍手を送った。

 鮮やかにディスカッションを進めていき、結論へと導く姿は大岡越前や遠山金四郎のお白洲での裁きを見ているかのような心境であった。

 もしかすれば彼女がいれば得体の知れない化け物との戦いも全て上手くいくかもしれない。修也はそんな淡い期待さえ寄せた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

―異質― 激突の編/日本国の〝隊〟 その異世界を掻き回す重金奏――

EPIC
SF
日本国の戦闘団、護衛隊群、そして戦闘機と飛行場基地。続々異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 大規模な演習の最中に異常現象に巻き込まれ、未知なる世界へと飛ばされてしまった、日本国陸隊の有事官〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟と、各職種混成の約1個中隊。 そこは、剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する世界であった。 そんな世界で手探りでの調査に乗り出した日本国隊。時に異世界の人々と交流し、時に救い、時には脅威となる存在と苛烈な戦いを繰り広げ、潜り抜けて来た。 そんな彼らの元へ、陸隊の戦闘団。海隊の護衛艦船。航空隊の戦闘機から果ては航空基地までもが、続々と転移合流して来る。 そしてそれを狙い図ったかのように、異世界の各地で不穏な動きが見え始める。 果たして日本国隊は、そして異世界はいかなる道をたどるのか。 未知なる地で、日本国隊と、未知なる力が激突する―― 注意事項(1 当お話は第2部となります。ですがここから読み始めても差して支障は無いかと思います、きっと、たぶん、メイビー。 注意事項(2 このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 注意事項(3 部隊単位で続々転移して来る形式の転移物となります。 注意事項(4 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。かなりなんでも有りです。 注意事項(5 小説家になろう、カクヨムでも投稿しています。

未来への転送

廣瀬純一
SF
未来に転送された男女の体が入れ替わる話

目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう

果 一
ファンタジー
目立つことが大嫌いな男子高校生、篠村暁斗の通う学校には、アイドルがいる。 名前は芹なずな。学校一美人で現役アイドル、さらに有名ダンジョン配信者という勝ち組人生を送っている女の子だ。 日夜、ぼんやりと空を眺めるだけの暁斗とは縁のない存在。 ところが、ある日暁斗がダンジョンの下層でひっそりとモンスター狩りをしていると、SSクラスモンスターのワイバーンに襲われている小規模パーティに遭遇する。 この期に及んで「目立ちたくないから」と見捨てるわけにもいかず、暁斗は隠していた実力を解放して、ワイバーンを一撃粉砕してしまう。 しかし、近くに倒れていたアイドル配信者の芹なずなに目撃されていて―― しかも、その一部始終は生放送されていて――!? 《ワイバーン一撃で倒すとか異次元過ぎw》 《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》 SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!? 暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する! ※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。 ※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。

―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》

EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ―― とある別の歴史を歩んだ世界。 その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。 第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる―― 日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。 歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。 そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。 「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。 そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。 制刻を始めとする異質な隊員等。 そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。 元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。 〇案内と注意 1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。 2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。 3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。 4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。 5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

悠久の機甲歩兵

竹氏
ファンタジー
文明が崩壊してから800年。文化や技術がリセットされた世界に、その理由を知っている人間は居なくなっていた。 彼はその世界で目覚めた。綻びだらけの太古の文明の記憶と機甲歩兵マキナを操る技術を持って。 文明が崩壊し変わり果てた世界で彼は生きる。今は放浪者として。 ※現在毎日更新中

Night Sky

九十九光
SF
20XX年、世界人口の96%が超能力ユニゾンを持っている世界。この物語は、一人の少年が、笑顔、幸せを追求する物語。すべてのボカロPに感謝。モバスペBOOKとの二重投稿。

体内内蔵スマホ

廣瀬純一
SF
体に内蔵されたスマホのチップのバグで男女の体が入れ替わる話

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...