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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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「アリサ、あなた本当にアリサなの?」

 ファティマは声を震わせながら部屋の中を訪れたアリサに向かって問い掛けた。

「えぇ、そうよ」

 アリサは自分自身だと確かにファティマへ教えるため、その手を強く握り締めた。ベッドの上に横たわっていたファティマは自身の手を通して人間の温かみというものを実感した。

 機械の手からは感じられない温もりこそが人間である証拠。自身の手で体温と脈の温かみを実感したファティマの心を強く揺さぶったのである。

 嬉しさのあまりファティマは両目から透明の液体をこぼしながらアリサとの再会を喜んだ。

 本来であればファティマは世界の頂点にでも立ったような喜びを感じ続けていたはずだ。
 しかしファティマの絶頂は一瞬で奈落へと落ちてしまう羽目になったのである。

「よろしければでいいのですが、御二方がどうやって知り合ったのかを教えていただけないでしょうか?」

 二人の会話を聞いていたジョウジが口を挟んだのだ。アンドロイドであるジョウジの言葉を聞いたファティマは鋭い目で威嚇するかのように強く睨み付けながら言った。

「誰がお前なんかに教えるものか」

 ファティマは憎しみを込めながら忌々しげに言葉を吐き出していく。当然である。彼女の中ではアンドロイドという存在はホーテンス星人に与し、自分たちの星ち危害を加えた忌まわしい存在。たとえ地球という別の惑星のアンドロイドであろうともファティマにとってアンドロイドというだけで憎悪の対象となり得た。

 日本の諺で例えるのであれば『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』というところだろう。或いは『水と油』だと例えていいかもしれない。

 アンドロイドに対してどこまでも強硬な姿勢を取るファティマに対し、人間狩りゲームに巻き込まれ、見知らぬ惑星に放り出されたという状況にあっても、弟ともどもすぐに助かったということもあり、アリサは比較的柔軟な態度でジョウジに応じていた。

「私たちが助かったのはこの人たちのおかげだよ。少なくとも身の上の話を聞かれたら答える必要はあるんじゃあないかな?」

「アリサ、あなた本気で言ってるの? 私たちの星を滅ぼしたアンドロイドを許せというの?」

 ファティマは語気を強めながら友人へと問い掛ける。この時のファティマの中にはアリサに対する失望の念も含まれていたに違いない。

 自分と同様に全てのアンドロイドを憎んでいるのだという誤解から来たアリサにとってはどうすることもできない状況が起こしたことなのでアリサにはどうすることもできなかった。

 しかし、裏を返せばどうすることもできないというのは同時に後ろめたさを感じて卑屈になる必要もないということだ。

 そのため引き下がることもせず、昔馴染みの友人に対して臆することなく反論を試みていったのである。

「けど、ジョウジさんは地球のアンドロイドであって、私たちには関係がないんだよ。それにファティマの看病を担当してくれたのはジョウジさんじゃなかった?」

 アリサはなるべく情に訴え掛けて懐柔を図るつもりでいた。
 しかし思っていた以上にファティマの心は強固な壁によって支配されていたらしい。

「地球人も協力してくれたよ。あいつのお陰じゃないから」

 アリサはファティマの強硬な弁に対して言葉を返すこともできなかった。

 それは討論を諦め、反論の言葉を放棄したのではなく、今の彼女には何を言っても無駄だと判断したのである。

 アリスの今の心境を例えるのであればひたすら糠に釘を打つような感覚であったのかもしれない。或いは暖簾に腕を押している状況であったと言ってもいい。

 いずれにしろ今のようにアンドロイドを敵視するような態度であれば情報交換もままならないだろう。アリサは諦めて部屋を後にした。

 部屋を出た後で引け目を感じたアリサは付き添っていたジョウジに対して頭を下げた。

「友人が申し訳ありませんでした。ですが、友人はホーテンス星人の攻撃で家族を失ってるんです。それ以外でも今回の一件もあってアンドロイドに対する不信感を感じたんです」


「いえ、大丈夫です。それよりも今後は別の方に看病を任せた方がいいかもしれませんね」

 ジョウジが悲しそうな顔を浮かべているのが見えた。『大丈夫です』というのはジョウジなりの気遣いであるに違いなかった。その証拠にキッチンへと戻るまでのジョウジは項垂れていた。

 その姿を見てアリサは確信を持った。
 カエデというアンドロイドが自己紹介に語った『感情がある』という言葉は本当の言葉であるらしい。アンドロイドが人間の真似事をするようプログラムの中へそれらしいものを組み込まれたにしてはあまりにも自然な態度で振る舞っていたからだ。

 それを決定付けたのが、その後のジョウジの対応であった。ジョウジは物悲しそうな顔を浮かべながら麗俐に向かって看病役の交代をお願いしていたのである。
 麗俐はジョウジの頼みを快く引き受けた。

 アンドロイドではなく同じ人間それに加えて同性である麗俐による看病はファティマを安堵させたようだ。ジョウジに看病されていた時に比べると笑顔を見せるようになった。

 優しく丁寧な看病も加わったことでファティマはとうとう身の上話まで始めていく。本来であれば言葉は通じないはずなのだが、アリサの持ってきた翻訳機がある。地球各国の言葉を翻訳するのが精一杯である地球製の翻訳機に比べれば精度は雲泥の差。本来であれば交わることがなかった星に住む淑女たちの会話は円滑に進んでいった。

「地球って面白いところなんだね。あたし行ってみたいな」

「うん、来てみてよ。あたしは日本しか知らないけど、他の国もいいよ。特に昔から北欧が好きで、将来行ってみたいと思ったたんだよ」

「国……か。私は歴史の授業でしか聞いたことがなかったな。要するにエリア分のことでしょ?」

「そっか、ファティマさんの星には『国』がなかったもんね」

「うん、だからその地域ごとに知事がいてね、その人がまとめ役になってたんだ。その上に統一政府があったんだよ」

 麗俐はファティマの話す内容についての理解は浅いものであった。想像力のない麗俐からすればファティマが本来暮らしていた星は地球と比較して移動が容易く、多くの人々が助け合っている素晴らしい世界なのだということくらいしか想像することができなかった。

 もう少し政治体制に詳しければ現在のアメリカ合衆国のような各州に自治を任せ、その上で中央政府が置かれている体制だと理解できたのだろうが、今の麗俐には難しいものであった。

 事情を知らない麗俐が目を輝かせながら話の続きを待っていた時のことだ。
 ファティマが気抜けしたような表情を見せた。

「ど、どうしたの?」

「けど、そんな私たちの星もホーテンス星人の侵略で歴史を終えてしまったの。私たちの軍隊と比較してホーテンス星人の技術力はあまりにも強大だった」

 ファティマたちの星は彼女たちが想像もできないような技術力を持った円盤、そしてどんな銃弾も弾いていく不死身の兵士たち(これは後にアンドロイドだと判明)、そして凶悪な生物兵器による物量攻撃と電撃作戦の前に脆くも敗れ去ってしまったのである。

「巨大円盤と戦車部隊による同時攻撃に星の軍隊は全て全滅してしまったの……残された私たちは奴隷になるしかなかった」

 ファティマは顔を落としながら言った。
 その姿を見た麗俐は同情を禁じ得なかったらしい。自分が悪事を犯したわけでもないのに眉根を寄せて申し訳なさそうによそよそしげな態度を見せていた。

「……その、なんというか」

「いいよ、掛ける言葉が見つからないんでしょ? 当然だよね。あんな目に遭った人なんてそうそういないんだから」

 ファティマは自嘲するように言った。だが、それは同時に彼女の心がいかに侵略によって傷つき、抉られているのかを象徴しているかのようであった。

「今日は疲れたからもう寝たいな。いいでしょ?」

「う、うん」

 麗俐は弱々しく首を縦に振った。そしてそのまま寝るというファティマに睡眠薬の錠剤を手渡し、キッチンルームへと戻っていった。

「お父さん、ファティマさん寝たよ」

「……そうか」

 修也は自ら紙コップの中に淹れた冷水を啜りながら言った。

「しかし、同じアンドロイドと言ってもホーテンス星人のアンドロイドと地球のアンドロイドは別だろ? そんなに敵視する必要もないんじゃあないのか?」

「いや、おれもファティマの気持ちはわかる」

 それまで大人しかったカサスがここに来てようやく会話の中へ混じってきた。
 口ぶりから察するにジョウジやカエデにとってマイナスにしかないならないのは確かなことであるが、船内が民主主義を採用している以上、その言葉を遮るわけにもいかない。

 今後の言葉を待って2人が胸を詰まらせていると、突然宇宙船の外で何か大きな音がぶつかる音が聞こえてきた。

 一瞬強力な風がスコーピオン号の外にぶつかってきたのかと考えたものの、2度3度としつこく同じように強い力で規則的にぶつかってきたので、キッチンスペースに詰めていた全員がその音が単なる風の音ではないということを示していた。

「……もしかして」

 用心のためか、ジョウジが熱線ポインターを握り締めながら立ち上がる。

「えぇ、彼らの言うホーテンス星人のアンドロイドがこちらに攻勢を仕掛けてきたのかもしれません」

 ジョウジの言葉を聞いたカサスが青ざめた顔をしながら両腕を組んでガタガタと震え始めていった。

 カサスの中にはホーテンス星人に苦しめられた記憶が鮮明に残っていた。鼠が遺伝子的に猫を恐れるように彼はホーテンス星人を恐れていたのである。

「何者ですか? 返事なさい」

 見かねたカエデがインターホン機能を通して音に向かって問い掛けていくが、当然言葉は返ってこない。

 それでも何かがぶつかる音だけはハッキリと聞こえてくる。見かねた修也がメトロイドスーツのカプセルを握り締めながらタラップの元へと向かっていく。

「いけません。大津さん」

 ジョウジは修也の腕を引っ張り、彼をその場に留めようとした。

「離してください。今ここであいつを止めないといずれここにも入ってくるんですよ」

 修也の言葉は正論だった。聞こえてくる音の正体は不明だが、味方全員が船の中に篭っている上に、自然現場でもないとすれば音の正体が敵であることは間違いない。

 ジョウジは黙るしかなかった。

「待ってくれ、どうしても行くって言うんだったら、おれも連れて行ってほしいんだ」

 代わりに名乗り出たのは悠介である。悠介の手の中には『ゼノン』のカプセルが握られていたことから悠介も乗り気であるということは明白である。

 だが、修也は首を横に振った。

「駄目だ。お前は今日激しい戦いをしてきたばかりじゃあないか」

 修也の言葉を聞いた悠介は反論できなかった。実際に悠介の顔には疲労の色が見えていた。麗俐も同様の反応を見せていることから連れて行くのは難しいだろう。
 あれほどの戦いを繰り広げていたので無理もない。

 やはりここは修也が出るしかないのだ。反対の意見が出なくなったので修也はそのままタラップを通って地上へと降り立っていた。
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