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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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 結論から先に述べると、銃による勝負はあっさりと決着がついた。互いに引き金を引くのは一瞬のことだったのだ。

 銃による戦いの場合であれば、3人組の男たちよりも後になってレーザーガンを抜いた悠介と麗俐の方が不利になるのは間違いなかった。

 この場に居合わせたカサスとアリサはおろか、外からこの戦いを見るようなことがあればどこの星の人間であろうが同様の感想を抱いたはずだ。

 だが、現実というのは時に人間が空想で描いたものより、奇怪な出来事を引き起こし、人々の予想を狂わせるものである。

 なんと3人組のプラズマライフルを持っていた全身宇宙服の宇宙人たちが引き金を引くよりも、後からレーザーガン抜いた麗俐と悠介が正体不明の男たちを先に撃ち抜いたのである。

 足を滑らせたとか空から救いの雨が降ってきたなどという番狂せは一切なかった。単純に悠介と麗俐の方が男たちよりも銃を撃つ瞬間が早かったのだ。

 自分たちが銃を抜いたのが遅いという最悪のハンデを抱えつつも素早く引き金を引いて地面の上に2人組の男を打ち倒したのである。

 一瞬の出来事ではあったが、これが結果だ。戦いに至るまでの過程はどうであれ悠介と麗俐が勝利を収めた。それに関しては疑いようのない事実だ。

 ただ悠介と麗俐は一瞬のうちに勝負をつけるため、相応の精神力を有したに違いなかった。

 まだもう1人敵が残っているにも関わらず、両肩を激しく上下させているのが見えた。

 これは無理やり胸を膨らませて呼吸をしている確かな証拠であり、2人がいかに気を張り詰めていたというのかが分かるだろう。体力も消耗して弱っているというのがみて取れる。
 2人の勝利の由縁はどうやら2人が有した精神力が源であったらしい。
 必死に精神力を張り詰め、限界まで気合いを高めたことが2人の手に勝利を導かせたのだろう。それは見事である。

 だが、いかに見事な功績を立てようとも敵が2人の事情など考慮するはずがない。それに加えて敵が弱っていれば叩くというのが古今東西を通しての人間の心理である。数少ない例外が『敵に塩を送る』というものだ。

 そうした優れたスポーツマンシップともいうべき高潔な精神を持ち、堂々と戦おうという素晴らしい試みは宇宙人にとっては無用な存在であるといってもいい。
 プラズマライフルの銃口を躊躇うことなく2人へ向けたのがその証拠だ。

『万事休す』という言葉が2人の脳裏に浮かぶ。今の2人にプラズマライフルを避ける余力はない。プラズマライフルから放たれるプラズマ球を避けることなど不可能に近かった。

 2人が自分たちに訪れる最悪の結末。すなわち完全な敗北を頭の中で悟っていた時のことだ。

「おーい! こっちだぞ!!」

 と、2人の背中に隠れていたはずのカサスが声を張り上げた。大きく両手を振るって、頭の狂った宇宙人に自らを見つめるように呼び掛けている。

 2人は悟った。カサスが自分たちを助けるために自ら囮を名乗り出たのだ、と。

 それまで2人に関心を向けていた宇宙人はカサスにプラズマライフルの銃口を向けた。このままでは知り合ったばかりのカサスという青年はプラズマライフルの餌食になってしまうだろう。

 それだけは絶対に避けなくてはならない。特にバスケットボールをやっていて責任感の強い悠介は自分たちの元へと逃げ込んできたにも関わらず、自分たちの弱さのためにカサスが殺されてしまうという最悪の事態を避けたかった。

 悠介の中ではカサスが殺されるということは自身が指揮するバスケットボール部の部員が自身の采配ミスによって敗れてしまうこと同じようなことであった。

 バスケットボール部の試合と人の命が掛かった今の状況を均等に例えるべきではないということは分かってはいたが、自身を奮い立たせるためにはバスケットボールが必要だったのだ。
 いうなれば起爆剤のようなものだ。

 大好きなバスケットボールで気合いを入れた悠介はたちまちテニスコートの上をどの選手にも取られることなく地面の上を飛んでいくボールを追っていく時のように素早く全力で宇宙人の元へと走っていった。

 そして左脇からラグビーの選手が相手選手に向かって飛び掛かっていくかのように勢いを付けて襲い掛かってきたのである。

 真横から勢いよく覆い被さってきたこともあり、生き残っていた宇宙人は両足のバランスを崩してしまったらしい。

 プラズマライフルを抱えたまま地面の上に勢いよく倒れ込んでいった。

「逃げろ!」

 悠介は宇宙人を両手で取り押さえながらカサスとアリサに訴え掛けた。

「無茶だ! キミを置いて逃げるなんて……」

 カサスは必死な声で反論を試みた。当然だ。もともと弱っていた悠介を助けるため自ら囮を名乗り出たのだから。
 しかしカサスにとって悠介から返ってきた返答は期待していたものとは反対の言葉であった。

「いいから! こいつらの野望を叶えさせることなんてないんだ!!」

「け、けど……」

「逃げましょう」

 そう言って躊躇っていたカサスの手を引っ張ったのはアリサであった。

「け、けど、この子を置いて逃げるなんて……」

「じゃあ、あんたは何ができるっていうの!?」

 アリサの指摘は的を射ていた。カサスがこの場に残ったところで出来ることなど何もない。

 それどころか武器もない、戦闘技術も持ち合わせていないカサスが残っていたとしても、2人の足を引っ張るばかりであることは明白である。

 カサスは姉の指摘に小さく首を縦に動かし、その場から逃げ去っていった。

「よし、これでいい」

 知らない宇宙人の上に馬乗りになっていた悠介はこの場から慌てて逃げ去っていく2人を見つめながら勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。

 これで仮に自分たちが死んだとしても無機質な宇宙服を着た不気味な異星人の目的が達成されることはないはずだ。

「残念だったな。お前の負けだ」

 言葉が通じるはずがない。日本語という相手が分からない言語で悠介は煽っただけのことだった。

 だが、事情に反して悠介の予想とは大きく異なる展開が生じてしまった。

 突然宇宙人のフェイスヘルメットが規則正しい音を奏でていった。地球でよく聞いた病院やレストランの呼び出し音のような音を発していく。いわゆる電子音である。

 かと思うと、全身から大規模な蒸気が噴射されていった。突然上がった高熱に耐え切れず悠介は咄嗟に宇宙人の上から離れていった。

「な、何が起きた!?」

 悠介が動揺の声を上げ、レーザーガンを向けた時のことだ。それまで何も言わなかった宇宙人がゆっくりと起き上がり、悠介の元へと向かっていったのである。

 性別も正体も分からないその宇宙人は悠介の元へ無言で近付いていったかと思うと、プラズマライフルの銃尻を使って悠介の頭を強く殴打していった。

 フェイスヘルメット越しであるとはいえ悠介の頭部に襲い掛かった衝撃は予想以上のものであった。

 強い衝撃を受けた悠介は地面の上を転がっていった。起き上がろうと努力はしたものの、まだフェイスヘルメットの中では痛覚が残っている。後遺症ともいうべき痛みが残置し、立ち上がることを脳に拒否させていたのである。

 麗俐が止められなかったのも無理はない。麗俐も弟と同様に急速な電子音に腰を抜かし、呆然としていたのが理由であった。
 宇宙人は残っていた影を隠していたように身を潜めていた麗俐に標的を定めたのだろう。何も言わず、プラズマライフルの銃口を向けた。

 だが、悠介が倒れた以上、自分に矛を向けるということは予測できていたことだ。麗俐は宇宙人がプラズマライフルを突き付けてくるのとほとんど同時にレーザーガンを突き付けた。

 両者の間で銃の腕にそこまでの差はないだろう。再び西部劇さながらの光景が未知の惑星の片隅で再現された。
 お互いに相手を滅ぼすことができる力を持っているからこそ先は動こうにも動けない。

 麗俐は歴史の授業を通して学んだ東西冷戦の話を思い出した。東西冷戦の時代など歴史上の出来事でしかない時代に産まれた麗俐にとって味わうことができなかった感覚を擬似的な状態とはいえ味わうことができるのは新鮮な気持ちであったが、こんな息苦しい思いは二度と味わいたくないというのが本音だった。

 先に手が出るのはどちらだろうか。フェイスヘルメットの下で冷や汗が額から鼻の下、そしてスーツの上を伝って足元にまで流れ落ちていく。

 一滴の汗がここまで不快感を生じさせるとは思いもしなかった。緊張状態にあることも影響しているのだろう。普段であれば気にしないことも過敏に反応してしまっているような気がした。

(私はどうしたらいいの?)

 麗俐の中に迷いが生じたことを男は見逃さなかった。即座にプラズマライフルの引き金を引いた。たった一つの雷球によってよって麗俐の命はプルートーの治める冥界へと送られるはずだった。

 もし麗俐が咄嗟に機転を効かし、体を捻らせて地面の上を勢いよく転がることがなければ全て上手く運んだに違いなかった。

 麗俐は転がっていく傍らで惑星カメーネにおいてカエデの口から発せられた言葉を思い返した。

「死んで逃げるなんて許しませんよ!」

 麗俐の頭の中で鮮明に響いていく。その通りだ。自分は死んではならない。
 麗俐は素早く起き上がると握っていたレーザーガンの引き金を引き、宇宙人に向かってレーザー光線を浴びせたのである。

 息つく暇もない一瞬の出来事だった。例の宇宙人は反撃の機会すら与えられずにこの世を去ることになった。

 だが、麗俐の中では同情など湧いてこない。彼らは人間を狩るという許されない行動をしていたのだ。裁かれるのは当然のことだ。

 麗俐は分かっていた。自身の行動が単なる私刑に過ぎないということも。
 それを裁判官や既に廃れつつある保安官のように裁く権利などないということも。

 だが、分かっていても悪事を知ったからには例の宇宙人自らの手で裁かずにはいられなかった。

 いや、そもそも麗俐の一件は正当防衛なのだ。向こうが自分たちや自分たちが親しくなった人を殺そうとしたからやり返したというだけに過ぎないのだ。

 何も悔やむことはない。麗俐は私刑を犯してしまったことに対して、己の中でそう言い聞かせて忘れ去ろうとした、

 安心感というものを得た麗俐は地面の上に倒れている弟を救いに向かおうとした時のことだ。

 先ほどの電子音が再び鳴り出していった。電子音の正体は先ほど麗俐が倒した宇宙人の体からである。気になった麗俐が慌ててて宇宙人の元へと駆け寄っていくと、黒焦げになった宇宙服の下には強靭な機械の体が見えた。

「う、嘘でしょ……まさか、この敵が機械だったなんて……」

 居ても立っても居られなくなった麗俐は慌てて地面の上に倒れている悠介を起こし、例の機械の体を見せた。

「そんな馬鹿な……ということはこいつらはアンドロイドだったということか?」

「……かもね。もしかしたらロボットかもしれない」

 だが、正体がアンドロイドだろうがロボットだろうが2人にはどうでもいいことであった。正体など分かったところでどうしようもないからだ。

 それよりも今後、確実に襲い掛かるであろう脅威に対して2人がどのようにして立ち回るのかが重要であった。
 洞窟で見た3体のアンドロイドに恐ろしい宇宙生物。それに加えて人間狩りを行うホーステン星人の存在。

 下手をすればその全てが麗俐たちにとっての敵なのだ。予想よりも深刻な事態に2人は思わず生唾を飲み込んだ。

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