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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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「もし、ここにあるのがエイリアンの卵だとしたら大変なことになるぞ……」

 悠介はヘルメットの下で額から脂汗を流していた。悠介はエイリアンといえば大昔に公開されて現在にまで影響を与えているSF映画に登場するような怪物しか想像できなかった。宇宙空間を漂い、卵を使って同胞を増やしては人々を襲って殺していく恐ろしい生き物のことである。

 実際に尋常ではない形をした卵を見て悠介は決心を固めた。今この場でこの卵を破壊しておかなければ後々にまで災厄を引きずりかねない、と。

 悠介が躊躇うことなくレーザーガンを突き付けて地面の上に転がっていた卵を木っ端微塵に破壊しようとした時のことだ。自身のレーザーガンに一滴の水が滴り落ち、銃口を湿らせていったことに気が付いた。

 初めは鍾乳洞から水滴が滴り落ちたのかと思った。大きな洞窟であるのでそこら辺に鍾乳洞は生えている。だからこそ落ちてきても不思議ではないと判断したのだ。
 しかし、徐々に落ちてくる量が増大していき、最後にはレーザーガン一帯が濡れるほどになっていた。

 明らかな異常事態である。不安を覚えた悠介が水の正体を確認するため天井を見上げようとした時のことだ。背後からレーザーガンの引き金が放たれる音が聞こえた。悠介が振り向くと、そこにはレーザーガンの引き金を天井に向かって引いた麗俐の姿が見えた。

「お、お姉ちゃん!?」

「悠介ッ! その場から離れなさい!!」

 悠介はいつも以上に強い言葉を使った姉の様子を見て、只事ではないと判断した。レーザーガンを握り締めながらその場を離れていった。すると先ほどまで悠介が立っていた卵の前に得体の知れない怪物の姿が現れた。

 悠介は21世紀の高校生らしく人並みにインターネットゲームはプレイしている。そのためか、ファンタジーを題材にしたネットゲームも今の自分たちが味わっているような危機をゲームとして描いている作品もプレイしたことがある。

 ファンタジーやSFといった現実離れした場所を舞台にするゲームに登場する敵キャラクターは他のものを題材にしたゲームとは異なり、人間やアンドロイドといった見慣れた形での登場ではなく、宇宙や宇宙開発と無縁であれば出会うこともない恐ろしい姿をして現れるのだ。

 かつてゲームの中で見た敵キャラクターはまさしく今悠介たちの目の前にいる怪物の姿そのものだ。

 全身が艶のある緑色の装甲に覆われ、昆虫的とも機械的ともいえるような不気味な肉体をしていた。両手からは剣のように鋭い爪が生え揃えられており、獰猛な肉食獣そのものの姿はゲームを除けば宇宙にでも行くか、異世界にでも転生しなければ絶対に見ることができないはずだ。

 ただ唯一顔だけは日本の能面のように白粉が塗られたかのように真っ白であった。生気のない黒ずんだ瞳に天狗を思わせるような高くて白い鼻、そしてそんな顔とはバランスが釣り合っていないという印象を受ける大きな口があった。

 口の下にはカッターのようにギザギザとした牙が生え揃っており、パワードスーツのライトに照らされて怪しげな光を放っている。体は間違いなく獰猛な生物の姿そのものであるのに顔だけが乖離している。そんな印象を受けた。

「な、なんだこいつ……」

 悠介は絶句した。その理由は恐怖のためである。
 彼は怪物と対峙する中で徐々に不安という感情に苛まれていったのだ。自分の目の前にいる生物は本当に地上の生き物であるかどうかも疑わしい。何かの手違いで地獄の番犬が抜け出して現れたのではないか。

 そんな思いが悠介の脳裏をよぎった。もし目の前にいる怪物が本当に地獄で獄卒たちが亡者たちを狩るために手なづけている怪物であるとするのならば人間の作った兵器だけで立ち向かうなど不可能だ。神が決めた自然の摂理に逆らうようなものではないのか。

 悠介はどうしようもない絶望と果てしない恐怖との両方を抱える羽目になった。

 いくら心を奮い立たせようとしても激しい波のように何度も押し寄せては悠介の中で芽生えていた不安という名の感情を増幅させていくのである。

 悠介の心はといえばすっかりと打ちひしがれていた。

 一方で怪物は格好の獲物が見えたと言わんばかりに赤くて長い下品な舌で口の周りをペロペロと舐め回しながら悠介の元へと迫っていく。ここで化け物の胃袋に収まるべきところを救い出したのは姉の麗俐だった。

 麗俐は両足を突き出したかと思うと、そのまま怪物の後頭部へと飛び蹴りを喰らわせたのである。

 突然の飛び蹴りを喰らったことで面食らったような表情を浮かべていた怪物の顔に向かって麗俐は強烈な拳を喰らわせたのであった。

 怪物は悲鳴を上げながら地面の上へと倒れ込む。麗俐はそんな怪物の心臓部へと向かってレーザーガンを構えた。照準は合っていたはずだ。手ブレも起こしていない。順調にいけば必ずレーザー光線が怪物の胸を貫いて、怪物を地獄へと追い返していたはずなのだ。

 だが、怪物は麗俐が思っていた以上に生命力というものが強かったらしい。平然とした顔を浮かべながら麗俐の元へと駆け寄ってきた。

 この時麗俐が対応に遅れて怪物の爪をビームソードで防ぐことができなければ麗俐のパワードスーツには鋭利な刃物による傷痕が残ってしまったに違いなかった。麗俐を生かしたのはこれまでの戦闘経験と地上で父親と共に積んだ剣の基礎であった。
『芸は身を助ける』というのは今のような状況を指していうのかもしれない。
 麗俐が苦笑していると、背後で悠介がパワードスーツのまま腰を抜かして起き上がれずにいる姿が見えた。

 なんとも情けない姿だ。その姿は金持ちの家で大切に育てられた子犬が公園で遭遇した大したことがない野良犬の前にしておどおどしている姿を彷彿とさせた。
 子犬であれば金持ちの飼い主が野良犬を追い払い、子犬の安全を保証してくれるだろう。

 だが、自分は飼い主ではないし、悠介も子犬ではない。れっきとした人間だ。
 麗俐はヘルメットの下で歯を軋ませた。それから後で喉の奥に詰まっていたはずの言葉を一気に悠介へと向けてぶち撒けていった。

「悠介!! 何をやっているの!?」

「ね、姉ちゃん……」

「あんたバスケットボールで身を立てたいんでしょ!? なら、こんなところで怯えていいの!?」

「そ、それは……」

 バスケットボール選手を夢に見る悠介に対しては将来の夢を用いて奮い立たせるのが一番有効な手段であるのかもしれない。使い古された手段であるが、悠介には一番効果的であるように思えた。

「バスケットボールの選手っていうのはどうしても勝てない相手を前にしたら諦めちゃうの!? それがあんたがなりたい存在なの!?」

 悠介はその言葉を聞いて決意を固めた。自らを奮い立たせると、そのまま怪物に向かってレーザーガンを構えた。
 引き金を引くことに対して躊躇いは感じない。元より相手は人の形をしていない。生きていれば獰猛に人を襲う獣だ。
 悠介は己を鼓舞するため雄叫びを上げた。同時に引き金が放たれて怪物の後頭部へと直撃した。

 だが、悠介の手から放たれた熱線は怪物の頭を弾くだけで終わってしまったのだ。カキーンという虚しい音だけが洞窟の中に響いていく。何が起きたのか困惑した顔で麗俐が怪物を見つめていると、そこには先ほどまでは見られなかったソーセージを思わせるような長くて大きな硬い皮膚が装甲のように頭部を覆っていたのである。

 どうやら命の危機を感じると、自動かもしくは手動のどちらかで頭を守ることができるようになるらしい。
 訪れたのは絶棒と沈黙。しばしの間洞窟の中は重苦しい雰囲気のまま闇だけが漂っていた。そんな闇を打ち破ったのは怪物の叫ぶ声であった。怪物は麗俐に襲われた怒りからか、背後にいた麗俐に対して反撃を試みたのである。

「ちくしょうッ!」

 麗俐がこの時に少女らしからぬ汚い言葉を吐いたのは弟の身を案じたからである。もともと互いに5月生まれで一学年の差しかないので他の姉弟よりも思いが強いかったのだ。

 麗俐はビームソードを地面の上に置くと、そのままレーザーガンを構えて怪物の背後狙ったのである。

 背後からレーザー光線を喰らったものの、怪物はまるで無傷であった。

 体全身に生えた固い皮膚が装甲の代わりとなって致命傷を負うことを防いでいるのだろう。麗俐は確信を持った。

 どうすればいいのかと頭を悩ませて地面の上に置いたビームソードを見つめた。
 強い力を込めたビームソードで弱点に向けて刃を突き立てれば流石の怪物も無傷では済まないはずだ。

 古代の地球で戦争に使われていた鎧においても人間の体を使って動かす以上は絶対に覆えない場所があったはずだ。

 麗俐は転校前に授業で読まされた世界史の資料集に描かれていた鎧の構造を思い返していく。鎧の弱点として記されていたのは脇や肘の内側、そして尻と太ももの裏側。この三つである。

 先ほどの自分の敗因は固い皮膚のことを頭の片隅にも留めず、頑丈な装甲に覆われた背中を攻撃したことが敗因であったのだ。

 それならば弱点を狙うしかない。麗俐は劣勢の状態で怪物を迎え撃っている悠介を利用して弱点である臀部に向かってレーザー光線を浴びせたのであった。

 すると麗俐の目論見通り、怪物は辺り一面に響き渡るような大きな悲鳴を上げながら地面の上へと倒れ込んだのである。

「やった!」

 麗俐は得意の科目で高得点を取った時のような歓喜の顔を上げた。そしてそのまま怪物に対してトドメを刺すため倒れ込んだ怪物の元へと駆け寄っていった。

 だが、怪物はレーザー光線によって臀部に強い攻撃を味わっていたのにも関わらず、生命の火は消えていなかったらしい。

 自身に対して手痛い打撃を浴びせた麗俐に報復を行うため牙を剥き出しにし、爪を振り上げながら戻っていく。

 これは一見すれば絶望であるかもしれないが、逆にいえば絶好の好機であったといえたかもしれない。決めるのならば今を置いて他にないはずだ。麗俐はビームソードを構えて相手が飛び込んでくるのを待った。

 恐らく怪物は自身を確実に仕留めるため、飛び上がってそのまま飛び降りてくるに違いなかった。

 すると、網に引っかかった魚のように想像通りに動いてくれたので麗俐としては助かった。迷うことなく麗俐の元へと飛び降りてきたのである。

 その姿を見ても焦る様子こともなくビームソードを握り締めて脇の下へと突き上げることができたのは幸いであったといえるだろう。麗俐はビームソードを脇の下で弄り回した後でそのまま刃を最奥部に向かって突き刺していく。

 どうやら脇に向かって勢いよく突き出されたビームソードは怪物にとって致命傷となったらしい。パワードスーツに向かって緑色の不気味な液体を吐き出した後でピクピクと全身を動かして痙攣したかと思うと、そのまま地面の下へと落ちていったのである。

 麗俐はヘルメットの下で表情を変えることもなく、怪物の腹部を蹴り飛ばして地面の上へと転がしていったのである。

 悠介は鬼気迫る活躍を見せた姉とその姉にも劣らぬ執念を見せ、映画やゲームにも劣らぬような見事な死闘を演じた未知の怪物を見て腰を抜かすことしかできなかった。
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