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漂流する惑星『サ・ザ・ランド』

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 ワームホールの中へと吸い込まれたスコーピオン号は宇宙空間の中をかき混ぜられるかのようにグルグルと回っていた。

 修也は当初この状況から脱出するために敢えてワープ機能を用いることを提案したが、ジョウジは頑なに首を横に振らなかった。

「理論上はワームホールの中でワープ機能を使えば超高速ワープを使うことが可能です。ですが超高速ワープを行なった先に何が起こるのか、何が待ち構えているのか、そればかりは保証できません」

 ジョウジの反論は至極尤もなものだ。

「で、ですがこのままワームホールに飲み込まれたままでは我々はどうなるのか分かりませんよ! 我々の想像だにしない場所へ辿り着くのであれば少しでもその可能性を減らすべきです!」

 修也はスクワットでもするかのように激しく上下へ揺れ動く宇宙船の地面の上を掴みながら反論を叫んだ。

「どうせどこかに辿り着くというのであればどのみち変わらないのではありませんか?」

 カエデは宇宙船の操縦席の上、ベルトで体をロックして固定しているものの、流石はアンドロイド。眉が動いても冷静な調子を装って答えた。

「えぇ、そうです。ですが、より遠くへと行くよりも少しでも近い方にいた方がいいでしょう?」

 修也がジョウジたちを尤もらしく説得しようとした時のことだ。今度はスコーピオン号に激しい雷が降り注いだ。全面が白く染まったような閃光が迸っていくと、修也はまたしても強い力で引っ張られているかのような感覚に陥った。

 ジョウジもカエデも手動でスコーピオン号の操縦桿を引いてその場から逃れようとしたものの、宇宙船を引っ張れって逃げようとすればするほど強い流れに絡まれていた。

 これ以上スコーピオン号を動かし続ければ宇宙船そのものが壊れかねない。
 やむを得ずにジョウジとカエデは操縦桿を外し、諦め切ったような目で目の前に広がるワームホールの光景をジッと眺めていた。

 昔修也は離岸流という川の流れのことを思い返していた。離岸流とは岸から沖へと流れる海水の流れのことを示す言葉だ。離岸流は巻き込まれるとどんどんと沖へ流れされる海流のことであり、逆らってしまえば岸まで流されてしまう。

 離岸流に巻き込まれた際には岸から沖合いに戻るということもあり得るので焦りは禁物である。流れに沿って戻ればいいだけの話だ。21世紀の地球では離岸流に対する訓練が夏の海で人々を見守るライフセイバーの人間やアンドロイドに対して行なわれている。

 海であれば岸から助けがくるであろうが、ここは宇宙。人の手が入らない未知のフロンティア。助けを求めようにも誰に助けを求めればいいのかが分からない。

 この時修也は幼い頃に読んだ『海底2万マイル』というSF小説のことを思い出した。思い出したのは『海底2万マイル』の中に記された主人公のネモ船長の船、ノーチラス号を巨大なダイオウイカが襲うという場面だ。ダイオウイカの襲撃によってネモ船長は更なる海底へと追いやられてしまうのだが、今の修也はダイオウイカに引き摺られ、海底に引っ張られるネモ船長の気持ちを地球上の誰よりも理解できた気でいた。

 元の版ではノーチラス号を襲うのは別の怪物であったらしいが、21世紀のどこかでわかりやすいようにジューヌ・ヴェルヌの遺族たちから承諾を取った上でダイオウイカへと変更したそうだ。

 そんなどうでもいいことを考えてしまうのは現実逃避のためだろうか。修也が苦笑いしていると、またしても大きな揺れが修也たちを襲っていった。ハンマーか何かで強い力を浴びせられ、揺さぶられたような強い衝撃が宇宙船全体に響いていく。

 操縦席へと来る前に子どもたちを部屋の中で待機するように命令しておいてよかった、と修也は心の底から安堵した。

 それも束の間のことである。またしても宇宙船が凄まじい衝撃に襲われたのだ。まるで、大きな渦の中で巨大な棒か何かによって掻き回されているかのような心境であった。修也は幾度もスコーピオン号の中から危険を告げる警告音が聞こえてくることやジョウジやカエデの慌てる声を聞き、自らの死を覚悟していた。

 様々な惑星の中で味わってきた恐怖がようやく今この瞬間に実現するとなると修也は身震いせざるを得なかった。
 半ば諦めたようにぼんやりと天井を眺めていた時だ。急に地震のような激しい揺れが止まり、宇宙船そのものが停止した。

 予想外の出来事にジョウジとカエデが動揺している姿が見えた。

「ジョウジさん、ここはどこなんですか?」

「……わかりません。データにないんです」

 ジョウジはその照明とばかりにモニターを出した。修也が目を凝らしてみてもそこにはなんの文字も記されていなかった。

 それは現在地に関するデータが記されていないということだった。

「……つまり、我々は宇宙を彷徨う幽霊船フライング・ダッチマンになってしまったというわけですか?」

 と、絶妙な比喩を使ってジョウジに問い掛ける修也の声は震えていた。

「……いいえ、運が良ければ助かるかもしれませんよ。知っている星の座標を確認できればこの船はその星へとワープできます。そこから地球への道を探せば……きっと」

 ジョウジが口にした可能性というのは例えるのならば25mプールの中に混じった一粒の砂糖を見つけるかのような困難な作業であったに違いない。彼の顔から明るさが消えていることを察するに修也の推測は当たっているといってもいい。

 嫌な未来予想図が実現してしまったらしい修也は瞬時に頭の中でこれからのことを考えていた。船の中には地球で積み込んだレトルト食品や缶詰といった保存食の他に貿易で得た食料もある。当分は困らない。水も同様だ。備蓄はそれなりにある。

 電気や酸素に関しても常に自家発電を続けているのでスコーピオン号が壊れない限りは問題ないだろう。
 つまるところ水や食料が切れるまでは生きられるということだ。

 だが、問題はただ一つそれは自身のパートナーであるひろみにもう二度と会えないということだ。
 ひろみは自分たちが見知らぬ宇宙の果てで死んだ後も町田市にあるあの一軒家の中でずっと自分や子どもたちが家に戻ってくると信じて疑わないのだろう。
 非現実的な例えであるかもしれないが幽霊になって自分の死を告げることは可能だろうか。

 いや、そもそも地球へ帰る道を知らなければ仮に幽霊というものが存在していたとしても帰ることもできないはずだ。
 その時だ。今までスコーピオン号を襲っていた揺れが唐突に止んだ。なんの前触れもなくピタリ、と。

 電気が正常に作動し、窓の外には幾万もの見知らぬ星々が広がっている光景が見えたので助かったことは言うまでもない。

 死と隣り合わせの環境から抜け出したということもあって緊張が解け、力が抜けた修也はそのまま地面の上へと腰を落としていった。

「大津さん、大丈夫ですか?」

 ワームホールから抜け出し、スコーピオン号の状態が安定したことを察したジョウジが慌てて修也を起こしに向かった。

「ありがとうございます。助かったかと思うとつい腰が抜けてしまって」

「……助かった? 大津さんは本当にそう思っているんですか?」

 ジョウジの唇が一文字に結ばれている。どこか険しい表情を浮かべているのも印象的だった。

「えっ?」

「もしかすれば我々の死が先延ばしになっただけかもしれないんですよ。下手をすればあの場所でまとめて死んでおけばよかったと後悔したかもしれません」

 修也はジョウジがそこまで発したところで何が言いたいのかを察した。同時に先ほどの自分の考えが現実味を帯びたことを理解したのである。

 命が助かった後には食料問題や水問題というどうしようもない問題が修也たちの前にのしかかってくるのである。

 当然食料が尽きる前に自分は自死を選ぶだろう。

 そうなると残されることになる子どもたちだ。姉と弟が食糧を巡って殺し合うという地獄が展開されることになる。そうなる前に修也の手で殺してあげるのが愛というものかもしれない。

 修也が複雑な顔を浮かべながら腕を組んでいた時のことだ。

「待ってください! 我々の進む先に人が住めると思われる星が見えます!」

 カエデの言葉を聞いて修也は活気を取り戻した。例えるのならば見つからない財宝が見つかったような心境だ。

「緑も水も少なそうな星ですが、取り敢えず酸素はあります!もしかすればここでしばらくの間は過ごすことができるかもしれませんよ!」

 カエデはスコーピオン号に付属している惑星観察用の拡大鏡をモニターに映し出しながら嬉しそうに叫んだ。モニターに映し出されている星は確かにこれまで修也たちが過ごしてきた星と比較しても随分と寂しげな星であった。表面は灰色の土に覆われていて緑や青といった生命の象徴たる色はどこにも見当たらない。
 空のキャンパスがそのまま置かれているかのような空虚さを感じた。

 ただ拡大鏡の分析によれば酸素は確認できるということなので星の上に降り立つことはできるようだ。

 その事実を確認した修也は握り拳を作った。それは微かな希望ができたことによる嬉しさからきたものだった。
 修也はゆっくりと降下する宇宙船を肌で感じながらもう一度握り拳を作った。
 宇宙船が地表に降り立った。タラップを降りて修也が惑星の上に降り立つと、そこは辺り一面が白いモヤに囲まれた「無」の世界だった。

 文字通り何もない。動物もいなければ植物も生えていない。水もなければ森もない。ただ酸素だけがある死の惑星だ。
 覚悟はしていたことではあるが、自身の目ではっきりと目視するとここまで酷いとは思ってもみなかった。

 ガックリと両膝を地面の上へとつけたい気持ちであったが、落ち込んでいる暇はない。このまま探索に出掛けようとした時のことだ。
 宇宙船の上から大きな声が聞こえてきた。

「おとうさーん! そろそろ夕食にするから一旦戻ってきて~」

 麗俐の呼びかける声だった。こんな状況で夕食の準備とは我が娘ながら大した魂胆だ。修也は苦笑いを浮かべつつも、束の間の読書を中断した時と同じ調子で麗俐に向かって言葉を返していった。
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