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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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 王家の内乱に乗じて侵攻を謀った猿たちは奉天の手によってその大半が閻魔大王の裁きに掛けられることになったはずだ。

 地の文が推測系であるのは単に修也がこの星における宗教観というものを知らないからだ。この星の宗教世界に神や閻魔大王に値する存在がいるのかどうかも知らない。しかし日本人として或いは地球人としての死の概念からすればたとえ他の惑星においてもそうした存在はいるに違いないと信じたかった。

 そうでなければ猿たちがあまりにも気の毒だ。修也は奉天の手によって倒された猿たちに対して無言で両手を合わせていった。

「おっ、珍しいな。お父さんがそんな風に手を合わせるなんて」

 猿の掃討戦を修也たちと同じ位置から見学するために宿屋から降りてきていた悠介が物珍しいと言わんばかりの口調で修也に向かって問い掛けた。

「いやぁ、こうでもしないと呪われそうな気がしてな」

 修也は既に戦闘用のスーツを脱いだ息子に向かって自嘲するように言った。こうすることになった背景には方天戟に葬られた猿たちの惨めな死体の存在があった。

 打ち捨てられるように地面の上へと放置された死体が修也の価値観を一変させたといってもいいだろう。

 これまで修也は戦いが終わればそれまでという形で締めていたのだが、今後は手を合わせてもいいと思うことにした。死ねば皆が仏になるのだから死の国へと旅立つことになる彼らに対するせめてもの手向けになることを願いたかった。

 修也が両目を閉じ、手を合わせていると、宿屋から悲鳴が聞こえてきた。
 あの男の悲鳴だ。嫌な予感がして階段の上を駆け上がっていくと、そこには椅子の上に全身に縄を打たれ、拘束されて弱った姿が見えた。

 打ちひしがれた様子のまま頭を下げて呻めき声を上げている姿からは修也たちを手玉に取り、常に冷笑を浮かべていた憎らしい男と同一人物であるとは信じられなかった。

「どうしたんです? カエデさん?」

「あぁ、大津さん。この男に口を割らせようとしたんですよ。すると、急に悲鳴をあげ始めて」

「悲鳴を?」

「……もしかしたら精神病を患うことで逃げようとしているのかもしれませんね」

 カエデは複雑な顔を浮かべた後で言った。

「そういえばあたしも聞いたことがあるよ! 平成時代に精神疾患を患ったように見せかけることで逃れようとした犯罪者の話!」

 カエデの側にいた麗俐の頭の中で日本史の授業のことが思い出されていく。日本史の教科書に記された「平成時代」のコラムの中にそうしたこぼれ話ともいえる話が組み込まれていたのだ。

 精神疾患を患えば無罪になるというのは22世紀においても人道の観点やら刑法の理念やらで保障されているので現代にも通じる法律として教えられている。

 ただ、その一方でどんなに優れた法律や先進的といえる法律ができたとしても弊害や穴というのはどうしても出てくる。精神疾患を装う犯罪者が教科書を読むことで幼い頃から悪用しようと考えるケースだった。

 心理カウンセリングの技術は21世紀の頃と比較して飛躍的に向上したとはいえ、精神鑑定はまだまだ難航を極めている。

 だが、カエデに関しては心配はいらなさらそうだ。というもの彼女の頭の中には莫大な精神疾患を見破るために必要な鑑定スキルが備わっていたからだ。

 コンピュータの中に内蔵されている尋問を行い、表情を見つめて判断することで元結が故意の精神病を装っていることを看破してみせたのであった。

 彼女は元結がその危険性を十分に理解しているであろうビームポインターの先端を顎の下に突き付けながら問い掛けた。

「もう一度だけ聞きます。丞相董仲達と孫本初はどこにいるんですか?」

 この時元結は「アヘヘ」と狂ったように笑ってみせ、涎を垂らしながら一瞬ではあったものの目の中に恐怖の色が隠れていたのをカエデは見逃さなかった。

 カエデは元結の恐怖心を刺激するかのように元結の右耳の側でビームポインターを向けた。

 引き金を引くのと同時に熱線が放射して背後に置いてあった寝台を真っ黒焦げにしてしまったのである。

 元結はこの時になって半ば反射的とはいえ己の設定を忘れ、椅子を地面の上へと転がしてしまったのは痛手であったといってもいいだろう。

 カエデはその姿を見てニヤリと笑いながらビームポインターを突き付けて言った。

「焼き過ぎた料理のように黒焦げになりたくはないでしょう? 早く答えた方が得策ですよ」

 カエデは両目を日本刀のように鋭く尖らせ、元結を怯えさせた。

 椅子の上でブルブルと震える元結に対して更なる追い討ちをかけたのは劉尊だった。彼は地面の上に横たわっている元結の肩の上に停まったかと思うと、彼の身動きができないのをいいことにその鋭い嘴で彼の目の下に向かって鋭い傷を付けたのである。

 これには元結も堪らず、悲鳴を上げた。
 カエデはそんな元結を見下ろし、腹部に向かって足を伸ばすと、グリグリと踏み躙りながら問い掛けた。

「もう一度だけ聞きます。仲達と本初はどこにいるんです?」

 だが、返事は返ってこない。命の危機が迫っているにも関わらず、まだ主人への義理立てを貫くつもりなのだ。見上げた忠誠心だ。カエデはどこか敬服する思いで元結を見つめていた。

 だが、いくら敬服したといってもそれを理由として元結を逃すわけにはいかない。やむを得ずにビームポインターを使って元結を撃ち殺そうとした時のことだ。

 劉尊が今度はもう一度部屋の上に飛び上がり、人差し指に向かってその嘴を突き立てた。人間の痛覚が最も働く場所というのは手や足の指の先、すなわち先端にあるということをカエデは知っていた。今の元結の心境といえば鋭利な刃物を人差し指の先端に突き立てられたような心境に等しかったに違いない。

 事実、元結の人差し指からは夥しい量の血が溢れ出ていた。カエデは容量が無限に吸収できるプラスチック状のボトルの中から赤い液体が溢れ出ているかのような心境に陥った。

 カエデはここぞとばかりに元結の出血した指に自身の足を掛けながら深海の海を彷彿とさせるような冷たい声で問い掛けた。

「孫本初と董仲達はどこにいるんですか?」

「こ、郊外にある猿たちの天幕の中です」

 先端を傷付けられたことによる衝撃というのは予想よりも大きいものであったに違いなかった。そうでなければ忠誠心の塊ともいえるような男がこうもあっさりと口を割るはずがないのだ。

 カエデは拷問の結果を部屋に待機している紅晶に向かって伝えた。

 それまでは状態が状態であったことを考慮して、寝台の上に腰を掛けていた紅晶であったが、すぐに寝台の上から立ち上がって言った。

「天幕の場所ならば存じています! 早速、明日にでも向かいましょう!!」

 カエデはその言葉に反論することもなく首を縦に動かした。疲労から考えてもそうした方が得策だろう。とはいってもこのまま自室に引っ込むつもりはない。
 今夜のところは横たわっている男が妙な真似を起こさないように見張っておく必要があったのだ。

 充電に関してはジョウジと交代で行うので問題はない。カエデは真冬の雪よりも冷えたような顔を浮かべる元結に向かって意地の悪い笑みを浮かべながら言った。

「今夜は寝かせませんよ」

 両膝を下げ、目線を合わせたカエデのセリフは男性である元結からすれば思わず鼻の下を伸ばしたくなるようなものなのだが、意味が意味であるだけに顔をマリアナ海溝の壁よりも青ざめるより他になかったのだ。

 そんな元結に追い打ちをかけるように彼の耳元で劉尊が翼を上げて鳴き声を上げた。

 どうやら劉尊は自身の認めた相手を怖がらせた元結を許すつもりはなさそうだった。

 恐怖という枷に縛られたことで眠れぬ夜を過ごすことになった元結とは対照的に修也たちは清々しい気持ちで朝を迎えた。簡素な朝食を済ませ、身支度を整えた後で郊外にある天幕までへの行軍を進めていく。

 修也たちはさながら鬼ヶ島へと鬼退治に向かう桃太郎の心境だった。惑星ボーガーの中にある古代中国を思わせる帝国の皇女である紅晶や奉天、更にはアンドロイドであるジョウジとカエデには馴染みがない話であろうが、日本人として生を受けた桃太郎の昔話は修也たちにとっては身近な昔話の一つだった。

 桃太郎の心境になって討伐へと向かう修也たちとは対照的に天幕の中にいる本初や仲達たちは随分とのんびりとことを構えていた。

 誇り高き帝国の武人であれば考えられないようなことであるが、彼らは武人ではない。むしろその対極、貴族と呼ばれる立場だといえば分かりやすいだろう。

 優雅にことを構え、戦いにも道理を求める。そんな人物なのだ。

 それに加えて昨夜のうちに逃げ帰った猿たちが護衛役を務めているということも彼らを安堵させていた。

 元結が戻らないにも関わらず、二人は慌てる様子も見せなかった。それどころか、平然とした顔で茶を啜り、エッグタルトを摘みながら元結が紅晶を仕留め、更には皇帝の寝首さえかいたと考えていた。

 勝利の美酒ならぬ勝利の茶の味に二人が酔いしれていた時のことだ。やけに天幕の外が騒がしいことに気が付いた。

 当初こそ二人は気にしない素振りを見せていたが、どんなに両目や両耳を塞いだときても聞こえてくる猿たちの悲鳴を耳障りに感じたのだろう。仲達が立ち上がり、大声を上げて本初に対して、

「やかましいぞ! お主、外の様子を見て参れ!!」

 と、声を張り上げて命じた。元丞相とはいえども相手は自身より立場が上の貴族。従わないわけにはいかない。

 本初が渋々ら天幕の外に出ると、目の前にいきなり大きくて巨大なものが投げ付けられたかと思うと、そのまま地面の上に倒れてしまうことになった。

 本初が目を凝らすと、投げ付けられたものは猿の一体だった。
 信じられないと言わんばかりに両目を見開く本初に対して、目の前から低い声が聞こえてきた。

「本初、久し振りだな」

 本初が目を凝らして見つめると、目の前には得物を突き付けた黄奉天の姿が見えた。
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