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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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「ぐっ、くっ……」

 屋根の上から撃ち落とされた猿の指揮官は膝を上げてその場から起きあがろうとしたものの、背中を撃たれたということもあって思ったように体が動かなかった。背中いっぱいに広がる背中の火傷が指揮官の士気を大きく下げていたのだ。指揮官は自分の背中に封印の印でも刻まれたかのような心境だった。

「あんたはもう終わりだ。ここで大人しくしてもらおうか」

 修也は言葉が通じないことを前提に忠告の言葉を投げ掛けた。当然ながら返事は返ってこなかった。しかし指揮官の大きく広がった両目からは憎悪の炎が燃えたぎっていた。忌々しい相手を睨む際に使われる目だ。

 それでもこの時に諦めようとしなかったのは雷雲を呼び寄せようとしていたからだった。雷雲を呼び寄せて雷を落とせば修也を始末できると踏んでいた。
 ジョウジを追いかけ回していた雷雲はこの時に急旋回し、修也の元へと迫ってきていた。猿の怪物がニヤリと笑った。口元を「う」の字に歪めた時のことだ。

 修也は悪魔のような邪悪な笑みを見逃さなかった。すぐに訳ありと判断し、即座にレーザーガンの引き金を引いて猿の指揮官を射殺した。同時にそれまで危険を示し、修也たちを悩ませていた雷雲は跡形もなく消え去っていったのだった。

 修也はヘルメットの下で息を切らしながら地面の上にへたれ込んだ。幸いなことに他の猿たちはジョウジの対応に追われていて自分たちの指揮官の仇を取るような真似はできないだろう。

 ようやく一息を吐けたとヘルメットの上に手を当てて汗を拭う真似をしていた時のことだ。

 背後からドタバタという足音が聞こえてきた。修也が足のした方向を振り向くと、背後からは馬に乗った奉天将軍に率いられた皇帝の軍隊の姿が見えた。
 先頭には立派な赤い色の毛並みを持った馬に跨った鎧姿に方天戟を持った奉天将軍の姿が見えた。
 城下の騒ぎを誰かから聞いた皇帝が奉天将軍に命じて軍隊を派遣させたのだろう。

 しかしそれにしては下手な素人が端末に書いてあるレシピを参照にオムレツを作るよりも遅く掛かったように思えた。信号待ちやら何やでよく遅延する電車並みに遅い軍隊に向かって愚痴を吐いてしまおうかと思ったが、彼らにとってはなんの意味もないことだった。意味のない説教や言葉というのは列車がトンネルを通過するように左から右へと通り過ぎていくものだ。

 都を荒らし回る猿たちの鎮圧は奉天将軍や軍に任せて、この場は宿に下がり、特等席から猿と人間との戦いを見物しようと考えていると、馬に乗った奉天将軍が馬上の上から高圧的な声で修也に向かって問い掛けてきた。

「おい、そこの妙な鎧を着た天からの使者よ、あの猿はお前が仕留めたのか?」

 奉天将軍は地面の上に倒れた修也は首を傾げるしかなかった。

「おい、聞こえているのか?」

 だが、修也としては日本語で謝罪をするより他になかった。頭を下げれば奉天将軍の怒りも収まるのかと思ったのだが、いくら尋ねても真っ当な回答というものが返ってこないことに対して奉天将軍は使えない苛立ちを覚えたらしい。使えない小者を見た時に感じる苛立ちに似た怒りは奉天将軍の全身を駆け巡り、彼を馬から下ろしたのだった。修也の元へと向かい、耳元で罵声を浴びせた時のことだ。

「そんなに怒っては体に悪いぞ、奉天将軍」

 と、背後から彼を小馬鹿にした声が聞こえてきた。奉天将軍が背後を振り返ると、そこには一人の男の姿が見えた。
 背後には部下の兵士たちと奉天と修也が見つめ合っていた場所の間に男が立っていたのだ。

 兵士たちの大半にとっては見覚えがない男だ。もし道端であっていたとしてもすぐに忘れてしまう、これといった特徴のない顔をした男なのだから仕方がない。

 しかし松明の光の煌々とした光の下に照らされたその顔は修也も奉天も、そして彼の部下である兵士たちにも見覚えがあった。

 ただし名前を知っていたのは奉天だけだった。そのためか奉天が兵士たちや修也たちの代表とばかりにその男へと声をかけた。

「貴様、胡文邑こぶんゆうか……」

「いかにも、私が武の勇たる奉天将軍に並ぶ気の勇たる胡文邑さ」

 文邑は己を親指で指差すと、したり顔でそう言い放った。

「貴様は昼間の時間に拘束されたと聞くぞ。今頃拷問でも受けているものだと思っていたのだが……」

 奉天は皮肉混じりに問い掛けた。

「オレがあんな縄ごときで拘束できると思っていたのか? 確かに武ではお前に劣るかもしれんが、オレは気の力ならばなんでも使える天才だ。お前が単純な武でオレに勝ろうともオレには気というものがある。抜け出すなんて朝飯前だ」

「愚かな」

 奉天が自身の武器である方天戟を突き付けて、文邑に挑みかかろうとした時のことだ。

「おっ、いいのか? オレを攻撃すると、こいつも一緒に死ぬぞ」

「なっ……」

 奉天は言葉を失った。というのも男は左手を強く引っ張ったかと思うと、恐怖で顔を歪ませている奉天の妹であり、鳥小屋を管理している少女ーー夢華むかの姿が目の前に晒し出されたのだ。

 夢華は自身の存在が偽物ではないと証明するかのように兄に対して大きな声で助けを求めていた。

「お兄様!! お願い!! 助けて!!! 私をこの男の手から解放して!!」

 涙目で訴え掛ける妹の姿を見た奉天は拳を震わせながら文邑を睨み付けた。

「卑怯者め……」

 と、小さな声で相手を罵ったものの相手からすればそれはなんの意味もないことだということはよく知っていた。

 それどころか、注意しなければ聞き逃してしまうほどの小さな罵声は却って文邑の中にある嗜虐心を刺激したらしい。

 文邑は今ゾクゾクと言いようのない刺激に襲われていた。自分よりも格上だと言われた相手をいいようにできるという万能感に酔いしれていたといってもいいだろう。いずれにしろ今の文邑は阿片で夢を見る患者と同じ心境であった。

 性質が悪いのは阿片であれば一人で危険な薬で暴走するだけで済むのだが、今回の場合は人質をとっての行動だから最悪の場合は人質である奉天の妹が死にかねない。

 そうなれば奉天は生き甲斐を失うことになる。屈辱の味を噛み締めつつもこの場では膝を屈するより他になかった。

「いいぞ。前からお前のことは気に入らなかった。このまま痛め付けてもいいが、どうやらこの男がいるからな」

 文邑は昼間自分に対して攻撃を行った天から来た男を睨み付けた。昼間の戦いでは頭を後頭部へと打ち付けられた。

 その時には頭を子どもが弄んだ西瓜のように打ち砕かれるかと思わされた。死の恐怖を味合わされることになったことに対する怒りというのは消えなかった。

 それに今の自分を親の仇でも睨むかのように睨んでいる姿も気に食わなかった。
 奉天に屈辱を味合わせてやりたい。あの生意気な空から来た男を痛め付けてやりたい。その二つの感情が男の中で揺らぎ合っていたが、すぐに二つの感情を片付けるいい方法を思い付いた。

「よし、ならば奉天……その男をお前の手で殺せッ!」

 文邑は修也に向かって人差し指を突き付けながら叫んだ。

「な、なんだと!?」

 奉天は動揺した。ハッキリといえば奉天は修也とはなんの接点もない。言い方は悪いかもしれないが、本来であれば妹との命を天秤にかけられることがあれば、なんの躊躇いもなく殺せる相手だ。

 しかし皇帝が直々に招いている相手である上に、何より紅晶が友情や年上の相手に対する尊敬の念を持って接している相手なのだ。殺すことに対しては躊躇があった。

 だが、文邑は奉天の性格に似合わず、ウジウジと悩んでいる姿に苛立ちを覚えたのだろう。どこからか取り出した短剣を使って拘束している夢華の腕に軽い傷を付けた。短剣で小さく腕に傷を付けただけだが、夢華にはこれ以上ないほどの痛みに感じたらしい。

 苦痛に悶える声を上げた。

「夢華! 夢華!!」

 奉天は妹を心配して声を上げた。文邑はその姿を見て意地の悪い笑みを浮かべて言った。

「さて、どうする? 強制はせん。お前の意思で選ぶんだ」

「……外道め」

 奉天の口から出てきた小声での罵声は聞こえなかったのか、はたまた寛容にも聞こえないふりをしてくれたのか、ニヤニヤと笑いながら、

「早くやれ」

 と、急かすばかりだった。

 奉天は覚悟を決めた。修也を殺したことで皇帝や或いは修也の背後にある空からの勢力を敵に回すことになったとしても奉天は修也に挑もうとしていた。

 方天戟を握り締めながら修也へと襲い掛かっていった。修也は咄嗟にレーザーガンの引き金を引いたが、レーザー光線は奉天の兜の真横を削いで破壊したものの、肝心の奉天本人には傷一つついていなかった。

 そのため真上から修也に向かって方天戟が振り下ろされることになったのだ。
 修也は慌てて身を翻し、方天戟を交わしたものの、その際に方に微かな傷が付いたことに気が付いた。

 激戦を重ねたわけでもなく、たったの一撃で21世紀の技術を詰め合わせたパワードスーツに傷が付いたのだ。

 奉天の持つ方天戟がいかに鋭く研ぎ澄まされた武器であり、それを扱う奉天の力がいかに強いのかをはっきりと自覚させられた。

 修也は無言で第二撃を放とうとする奉天の戟をビームソードを盾にして防いだのであった。

 ビームソードの熱を帯びた刃と戟とが重なり合い、凄まじい音を立てていった。
 戟とビームソード。両者ともにせめぎ合いつつもお互いの隙を狙って剣身が動いている。そんな気がしてならなかった。

 両者ともに互角……。というわけにはいかなかった。やはり戦いを有利に進めていたのは歴戦の猛者である奉天だった。
 奉天は戟を振り回しつつもこれまでに対峙したことがない相手に対して敬意を払いながらぶつかることになった。

 一方の修也も自身が習った付け焼き刃の剣術と武道でどこまで試せるのか不安になっていた。

 少なくとも奉天はこれまでの相手のようにいかないことは確かだ。
 ヘルメットの下で修也は冷や汗を垂らしていた。
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