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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』
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ジョウジはそんな甘い考えを持つ皇女に尊敬と不信感の両方の感情を抱いた。
尊敬は純粋に博愛主義に向けてのものであり、不信感はここから先の戦いに対しての不安から生じたものだ。
いずれにしろ、これから先はこの皇女を巡って先ほどとは比較にもならないような大規模な騒動が起きることは空に浮かぶ雲から明日の天気を予測するよりも容易いことだった。
「後悔しますよ」
ジョウジが紅晶に向かって忠告の言葉を発した時のことだ。ギャアギャアと泣き叫ぶ声が聞こえてきた。それは彼女を助けた勇敢な鷹、劉尊であった。
彼は倒れている男の背中の上に止まると、ジョウジに向かって翼を広げてみせた。鳥は翼を広げることで威嚇してみせるという風潮があるということは知識として知っていた。
劉尊は恐らく自分が見張るので心配することはない、と言いたいのだろう。だからこそジョウジは一歩引いてみせた。ここで機械のまま冷静に理論を用いて男を殺すように主張でもして劉尊と争うことは得策ではないと考えたからだ。
プライドを傷つける様なことがあれば劉尊がこちらに攻撃を仕掛けてこないとは限らない。
だが、引いてはみたものの警告の意味も込めてもう一度皇女へと釘を刺してみせた。
「今回は殿下の決定に従うことに致しましょう。ですが、もし妙なことが起これば即刻でこの男をレーザー光線で撃ち抜かせていただきますからね」
「わかってるわ。私だって皇女……何を優先するべきであるのかはよく知っているもの。けれど、それでも私は人が死ぬのを見たくないのよ」
理屈としては通っている。確かに彼女は血を見るのが嫌いなようだ。そうでなければあんなに堂々と自分の命を狙った男を庇ったりはしないだろう。
昔、あの宇宙人の襲撃前の感情を持たなかったジョウジであれば皇女のこうした行動を整合性のない愚かな行動と一蹴したに違いなかった。
しかし今では感情というものが芽生えたので、彼女の気持ちを理解できた。
それは自分と同様に感情が芽生えたカエデも同様であったらしい。顔にはどこか納得がいかないような顔を浮かべてはいるものの、全員の決定であれば仕方がないとどこか諦め切ったような顔を浮かべている。
結局男はその場にいた全員によって見張られ、全身に縄を打たれたまま見張りの兵士たちによって宮廷の地下にある牢獄へと運ばれることになった。
顔淵と同様に二人の行方を探し出すために利用されるのだろう。ゴトゴトと音が鳴っていく。兵士たちが動かす荷車の音だ。兵士たちの荷車に乗って彼は最悪の場所へと移動することになった。
これでしばらくは動けないはずだ。その上で見張りとして劉尊も止まっている。何があっても劉尊が止めてくれるだろう。修也たちがその姿を見送っていると、駆け付けた兵士の一人が紅晶の元へと現れ、その耳元で何かを囁いた。
兵士の言葉が終わると、彼女は両眉を大きく上げていた。その時彼女の小柄な口はイタリアにある『真実の口』のように大きく大袈裟に開いているように見えた。
その様子が気になったので修也が駆け付けたものの、彼は当然ながらこの星の言葉を理解していない。なんと声を掛けていいのか苦しむことになったのだ。
そこに助け舟を出したのはジョウジだった。ジョウジは修也の苦悩した顔から適切な言葉を導き出して紅晶に向かって伝えた。
「彼は殿下のお力になりたいそうです。よろしければ彼に思ったことを語っていただけないでしょうか?」
「ありがとう。じゃあ、少し彼と話をしてもいいかしら?」
紅晶は自身の考えを修也に向かって話していった。それは意図を込めた作戦というよりは他愛もない愚痴に近いものだった。
だが、それでも修也に話すことで楽になったのは確かだった。全てを喋り終え、雄弁に語り終えたところで彼女は最後にもう一度改めたって真剣な顔を浮かべながら言った。
「私たちがこれから行くのは猿たちが屯する危険な場所よ。危険なことは分かっているでしょうけど、もう一度聞くわ。私と一緒に付いて来てくれる?」
ジョウジの通訳によってこの言葉は一字一句正確に伝えられることになった。だが、修也はそれを聞いても躊躇うことなく首を縦に動かした。
「もちろんです。せっかく乗りかかった船ですからね。あなたに付いていきますよ」
修也は自分の胸を叩きながら強い口調で言った。紅晶にとって修也の言葉は恐らくこれ以上ないほど心強い言葉であった。彼女は人生の中で初めて頼りになる大人と出会ったような気がしてならなかった。
奉天将軍が恋人であるというであれば修也やジョウジは保護者という立場になるのだろうか。少なくとも自分に対してあまり関心を示さない実の父よりも好感を持てた。それは変えようのない事実である。
四人はこのまま郊外で陣を張っている猿たちの元へと向かおうとした。
その時だった。妙な胸騒ぎがしたのだ。
近くで何か妙なことが起きたわけではない。近くにある茶館に休憩がてらによる人々、路上の売り場で大きな声を上げて呼び込みを行う商人たち、出来上がった工品を籠の中に入れて運んでいる職人たち、そしてそんな人々の合間をすり抜け、虻を括った木の棒で遊ぶ子供たち。いつも通りの日常が続いているだけだ。彼ら彼女らからすれば日常が脅かされる光景など想像もしていないという顔をしていた。
だが、そんな光景に対して不安を抱いていたのは事実である。胸の奥に棘のあるものが引っ掛かり、モヤモヤとした感触が続いているといった方が正確だろうか。少なくとも修也はこの日眠りにつくことができなかった。紅晶が用意してくれた宿は格別な配慮がなされていた。
宮殿のベッドとまではいかなかったものの、清潔な寝台に必要なものが揃い、広々とした空間の設けられた部屋。どこをとっても申し分のない立派な部屋である。
だが、真横でイビキをかきながら眠る悠介やスリープ機能が発動し、こちらが機能を解除しない限りは決められた時間まで起きることがないジョウジとは対照的に修也はいつまでも暗い部屋の中で目を開けたまま天井を見つめていた。
もし単に眠れないだけだというのであれば天井のシミが何か生き物のようにでも見えて来て、それを不気味に思うが故に必死に目を閉じて寝ようと考えるかもしれない。
だが、眠りたくても眠ることができない人々とは対照的に今の修也は胸の内に引っ掛かることがあるからこそ眠れないのだ。
モヤモヤとした感触は喉の奥に小骨が引っ掛かっているかのような違和感を修也に与えていた。だからこそ修也は何も考えずに天井を修行僧のようにジッと眺めていたのだ。
翌日寝不足になると困るのだが、それ以上に頭の片隅に引っ掛かることがあったので起きて考えていたと評した方がいいだろう。
とはいえ別に何か考えがあってのことではない。修也が悶々とした気持ちを抱えたまま両目を魚市場に並べられたマグロのように見開いていた時のことだ。
宿屋の外から悲鳴が聞こえてきた。最初は耳を済まさなくてはならないほど小さな声だった。
しかし徐々にその声は大きくなり、拡声器で叫んだ時のように周囲いっぱいへと響き渡っていった。
修也たちが眠る部屋の中にも聞こえてきたので隣で眠っていた悠介も目を覚ましたらしい。慌ててベッドの上から体を起こしていった。
「父さん!! 今のは!?」
「……外からだろう。悪いが、お前隣にいるお姉ちゃんや殿下たちを起こしてくれるか?」
悠介は首を縦に動かし、女性陣を起こしに向かったのだが、それよりも前に修也は悠介の肩を掴んで、悠介がベッドの近くにあったナイトテーブルの上に置いてあった『ゼノン』のカプセルを手渡して言った。
「持っていけ。妙なことがあったらこれを使えばいい」
悠介は修也の言葉を聞いて首を縦に動かした。カプセルを握り締めた悠介が部屋を出ていった後にやることはジョウジのスリープ機能を解除することだった。
自身の携帯端末に備え付けられていたジョウジのスリープ機能解除のボタンを押し、ジョウジを起こしたのだった。
感情を持っているとはいえジョウジはアンドロイドである。人間のように夢の世界に未練があると言わんばかりに両目を擦ったりはしなかった。
解除されるのと同時に真剣な目で修也を見つめながら問い掛けた。
「大津さん、何かありましたか?」
「外から悲鳴が聞こえんたんですよ。ただ事ではないと判断して起こさせていただきました。文学的に表現するのであれば絹を裂くような悲鳴とでもいうべきでしょうか」
修也がジョウジに説明を行っていた時のことだ。修也が説明した通りの悲鳴が宿の外から壁を超えて聞こえてきた。
修也の言葉通り耳をつんざくような悲鳴だ。ただ事ではないと判断したジョウジはビームポインターを握り締めて外へ向かっていった。修也がジョウジと共に外へと向かっていると、後から悠介が追ってきていることに気が付いた。
「悠介? お前、お姉ちゃんや殿下はどうした?」
「そのお姉ちゃんなら今『エンプレスト』のスーツを身に付けて部屋の中に籠ってるよ。万一のための籠城要員さ!」
悠介の言葉に迷いは見えなかった。はっきりと言い切った様子から察して息子が嘘を吐いているという可能性はなさそうだ。
修也は三人で宿の外へと向かっていった。扉を蹴破ると、その先は街灯が一切ない闇の世界が広がっているはずだ。
だが、辺りは暗闇どころか松明の照明がいたるところで光り、昼間のように明るかった。
どこからか猿の鳴き声が聞こえてきたので、嫌な予感がして辺りを探っていた時のことだ。
目の前に武装した猿たちの軍団が見えた。修也と悠介は姿が見えるなり、各々のパワードスーツで武装していった。
尊敬は純粋に博愛主義に向けてのものであり、不信感はここから先の戦いに対しての不安から生じたものだ。
いずれにしろ、これから先はこの皇女を巡って先ほどとは比較にもならないような大規模な騒動が起きることは空に浮かぶ雲から明日の天気を予測するよりも容易いことだった。
「後悔しますよ」
ジョウジが紅晶に向かって忠告の言葉を発した時のことだ。ギャアギャアと泣き叫ぶ声が聞こえてきた。それは彼女を助けた勇敢な鷹、劉尊であった。
彼は倒れている男の背中の上に止まると、ジョウジに向かって翼を広げてみせた。鳥は翼を広げることで威嚇してみせるという風潮があるということは知識として知っていた。
劉尊は恐らく自分が見張るので心配することはない、と言いたいのだろう。だからこそジョウジは一歩引いてみせた。ここで機械のまま冷静に理論を用いて男を殺すように主張でもして劉尊と争うことは得策ではないと考えたからだ。
プライドを傷つける様なことがあれば劉尊がこちらに攻撃を仕掛けてこないとは限らない。
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理屈としては通っている。確かに彼女は血を見るのが嫌いなようだ。そうでなければあんなに堂々と自分の命を狙った男を庇ったりはしないだろう。
昔、あの宇宙人の襲撃前の感情を持たなかったジョウジであれば皇女のこうした行動を整合性のない愚かな行動と一蹴したに違いなかった。
しかし今では感情というものが芽生えたので、彼女の気持ちを理解できた。
それは自分と同様に感情が芽生えたカエデも同様であったらしい。顔にはどこか納得がいかないような顔を浮かべてはいるものの、全員の決定であれば仕方がないとどこか諦め切ったような顔を浮かべている。
結局男はその場にいた全員によって見張られ、全身に縄を打たれたまま見張りの兵士たちによって宮廷の地下にある牢獄へと運ばれることになった。
顔淵と同様に二人の行方を探し出すために利用されるのだろう。ゴトゴトと音が鳴っていく。兵士たちが動かす荷車の音だ。兵士たちの荷車に乗って彼は最悪の場所へと移動することになった。
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兵士の言葉が終わると、彼女は両眉を大きく上げていた。その時彼女の小柄な口はイタリアにある『真実の口』のように大きく大袈裟に開いているように見えた。
その様子が気になったので修也が駆け付けたものの、彼は当然ながらこの星の言葉を理解していない。なんと声を掛けていいのか苦しむことになったのだ。
そこに助け舟を出したのはジョウジだった。ジョウジは修也の苦悩した顔から適切な言葉を導き出して紅晶に向かって伝えた。
「彼は殿下のお力になりたいそうです。よろしければ彼に思ったことを語っていただけないでしょうか?」
「ありがとう。じゃあ、少し彼と話をしてもいいかしら?」
紅晶は自身の考えを修也に向かって話していった。それは意図を込めた作戦というよりは他愛もない愚痴に近いものだった。
だが、それでも修也に話すことで楽になったのは確かだった。全てを喋り終え、雄弁に語り終えたところで彼女は最後にもう一度改めたって真剣な顔を浮かべながら言った。
「私たちがこれから行くのは猿たちが屯する危険な場所よ。危険なことは分かっているでしょうけど、もう一度聞くわ。私と一緒に付いて来てくれる?」
ジョウジの通訳によってこの言葉は一字一句正確に伝えられることになった。だが、修也はそれを聞いても躊躇うことなく首を縦に動かした。
「もちろんです。せっかく乗りかかった船ですからね。あなたに付いていきますよ」
修也は自分の胸を叩きながら強い口調で言った。紅晶にとって修也の言葉は恐らくこれ以上ないほど心強い言葉であった。彼女は人生の中で初めて頼りになる大人と出会ったような気がしてならなかった。
奉天将軍が恋人であるというであれば修也やジョウジは保護者という立場になるのだろうか。少なくとも自分に対してあまり関心を示さない実の父よりも好感を持てた。それは変えようのない事実である。
四人はこのまま郊外で陣を張っている猿たちの元へと向かおうとした。
その時だった。妙な胸騒ぎがしたのだ。
近くで何か妙なことが起きたわけではない。近くにある茶館に休憩がてらによる人々、路上の売り場で大きな声を上げて呼び込みを行う商人たち、出来上がった工品を籠の中に入れて運んでいる職人たち、そしてそんな人々の合間をすり抜け、虻を括った木の棒で遊ぶ子供たち。いつも通りの日常が続いているだけだ。彼ら彼女らからすれば日常が脅かされる光景など想像もしていないという顔をしていた。
だが、そんな光景に対して不安を抱いていたのは事実である。胸の奥に棘のあるものが引っ掛かり、モヤモヤとした感触が続いているといった方が正確だろうか。少なくとも修也はこの日眠りにつくことができなかった。紅晶が用意してくれた宿は格別な配慮がなされていた。
宮殿のベッドとまではいかなかったものの、清潔な寝台に必要なものが揃い、広々とした空間の設けられた部屋。どこをとっても申し分のない立派な部屋である。
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だが、眠りたくても眠ることができない人々とは対照的に今の修也は胸の内に引っ掛かることがあるからこそ眠れないのだ。
モヤモヤとした感触は喉の奥に小骨が引っ掛かっているかのような違和感を修也に与えていた。だからこそ修也は何も考えずに天井を修行僧のようにジッと眺めていたのだ。
翌日寝不足になると困るのだが、それ以上に頭の片隅に引っ掛かることがあったので起きて考えていたと評した方がいいだろう。
とはいえ別に何か考えがあってのことではない。修也が悶々とした気持ちを抱えたまま両目を魚市場に並べられたマグロのように見開いていた時のことだ。
宿屋の外から悲鳴が聞こえてきた。最初は耳を済まさなくてはならないほど小さな声だった。
しかし徐々にその声は大きくなり、拡声器で叫んだ時のように周囲いっぱいへと響き渡っていった。
修也たちが眠る部屋の中にも聞こえてきたので隣で眠っていた悠介も目を覚ましたらしい。慌ててベッドの上から体を起こしていった。
「父さん!! 今のは!?」
「……外からだろう。悪いが、お前隣にいるお姉ちゃんや殿下たちを起こしてくれるか?」
悠介は首を縦に動かし、女性陣を起こしに向かったのだが、それよりも前に修也は悠介の肩を掴んで、悠介がベッドの近くにあったナイトテーブルの上に置いてあった『ゼノン』のカプセルを手渡して言った。
「持っていけ。妙なことがあったらこれを使えばいい」
悠介は修也の言葉を聞いて首を縦に動かした。カプセルを握り締めた悠介が部屋を出ていった後にやることはジョウジのスリープ機能を解除することだった。
自身の携帯端末に備え付けられていたジョウジのスリープ機能解除のボタンを押し、ジョウジを起こしたのだった。
感情を持っているとはいえジョウジはアンドロイドである。人間のように夢の世界に未練があると言わんばかりに両目を擦ったりはしなかった。
解除されるのと同時に真剣な目で修也を見つめながら問い掛けた。
「大津さん、何かありましたか?」
「外から悲鳴が聞こえんたんですよ。ただ事ではないと判断して起こさせていただきました。文学的に表現するのであれば絹を裂くような悲鳴とでもいうべきでしょうか」
修也がジョウジに説明を行っていた時のことだ。修也が説明した通りの悲鳴が宿の外から壁を超えて聞こえてきた。
修也の言葉通り耳をつんざくような悲鳴だ。ただ事ではないと判断したジョウジはビームポインターを握り締めて外へ向かっていった。修也がジョウジと共に外へと向かっていると、後から悠介が追ってきていることに気が付いた。
「悠介? お前、お姉ちゃんや殿下はどうした?」
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悠介の言葉に迷いは見えなかった。はっきりと言い切った様子から察して息子が嘘を吐いているという可能性はなさそうだ。
修也は三人で宿の外へと向かっていった。扉を蹴破ると、その先は街灯が一切ない闇の世界が広がっているはずだ。
だが、辺りは暗闇どころか松明の照明がいたるところで光り、昼間のように明るかった。
どこからか猿の鳴き声が聞こえてきたので、嫌な予感がして辺りを探っていた時のことだ。
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