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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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 夜というのは闇が支配する時間である。これはいかなる場所であっても例外はない。それはいかに時代が変わったとしても夜が存在する星であればお決まりのことだった。

 墨を塗りたくったかのように黒く染まった時間は室内であったとしても普通であれば照明道具なしで移動するようなことは滅多にない。日本の江戸時代においてもそれは同様だ。

 時代劇などでは平然と夜間の間に人々が出歩いているが、あれは照明のおかげであり、実際の江戸の街というのは灯りがなければ一歩先も見えないような暗闇が支配する街だったのだ。

 無論、これは日本の江戸時代のみならず世界各国がそうだった。電気という太陽の代わりに夜の闇を晴らしていくような強大な照明が発明されるまでは各国が同様であった。

 要するに科学の手が伸びていない場所で場所では例外なく限られた灯のみが支配しているのは古今東西を問わずに夜の漆黒だけが世界を支配するのは変えようのない規則のようなものだった。

 昔から人々は闇が世界を照らす姿に不安を覚えて妖怪や怪物の姿を生み出してきた。照明が支配するまでの夜は人々を脅かす敵であったと評してもいいだろう。

 ただ、やましいことがある人間の場合は別だ。夜の闇を強い味方として利用するのだ。それは古今東西どころか地球とは異なる惑星であったとしても同じであった。

 悪党たちの例に漏れず、饗応役を務めていた本初は夜遅い中を明かりも持たずに丞相の部屋へと向かって行った。
 彼は丞相の部屋に辿り着くと、丞相が自ら用意した部屋に座り、丞相が言葉を口にするのを待った。

 丞相は愚痴を浴びせられるのを待っていた本初に応えるかのように鉄のように重い溜息を吐いた後に堰を切ったように悪口を口に出して言った。

「作戦は失敗だ。あのバカ女め……せっかく猿を使ってあの男を殺すための用意を整えていたというのに……」

「まぁ、お陰で猿どもは帝のお膝元に常駐することになったのだ。本初の、ここからが本番であるぞ」

「まぁ、お待ちくだされ。ここはそれ相応の凶器を用意せねばなりませるからな」奉天将軍に猿殺しの罪を着せるための……」

 本初はニヤリと性根の悪い笑みを浮かべながら相手のお皿の中に酒を注いでいく。酒が満たされた四角くて白い酒器の中には溢れんばかりの酒が器狭しとばかりに溢れていくのが見えた。

 本初の向こう側に座っていた男は雨漏りの水を溜めすぎて水が地面の下にまで染み込んだ学校のバケツのように溢れかえった酒器を見て、満足そうな顔を浮かべながら一気に酒を飲み干していった。

 本初も自分が用意した酒器の中に酒を注ぎながら上機嫌な様子で語っていた。

「フフッ、皇帝の信任の厚い奉天が猿どもを殺したと黒幕だと分かれば猿どもは皇帝を非難するでしょうな。そうなれば戦は避けられますまい」

「そこを、だ。猿との間に無用な諍いを起こすような無能な皇帝を我々が推す皇太子殿下に首をすげ替えるというわけだ」

 丞相と言われた男は席にもたれかかると、上機嫌な様子で酒を啜っていく。二人の計画はこのまま夜の闇が守ってくれるはずだった。

 しかし不用意な発言というのはたとえ酒の席であったとしても容易に口にするべきではなさそうだ。というのも扉の向こう側から物音が聞こえたのだ。

 丞相には聞こえなかったようであるが、本初の両耳にははっきりと聞こえた。本初は立ち上がるのと同時に勢いよく扉を開いて灯りを突きつけた。
 灯りの先には扉から慌てて駆け出す紅晶の後ろ姿が見えた。

「なっ、しっ、しまった……」

「どうしたのだ?」

「……肝心の小娘に見られてしまったようです」

「な、なにぃ!」

 丞相からすれば本初の言葉は自身の破滅を示唆したも同然だった。よりにもよって陰謀の渦中にいる相手に聞かれたとあっては身の破滅だ。そうなってしまえば丞相としての地位剥奪はおろか皇帝に逆らった罪で斬首され、その上死体を八つ裂きにされかねない。

 丞相の額に無数の脂汗が滲み出てきていた。恐怖で歯をガタガタと震わせながら本初に向かって命令を下した。

「作戦は変更だッ! 直ちに紅晶公主を殺せ!! あの女の口をお前の手で永遠に封じるのだッ!」

 本初は怒り狂う丞相の言葉を彼の顔も青色の絵の具を塗りたくられたように染まっていたのでまずい立場に立たされたのはお互い様というところだろうか。

 そのことを知っていた本初は慌てて部屋に戻り、自身の子飼いの部下である顔淵がんえん文單ぶんたんの両名に厳命を下した。

「我が門閥の中でもとびきりの腕を持つお前たち二人に命令を下す。公主紅晶を今夜中に抹殺しろ!」

 二人は主人から普通の人間からすれば地獄に行って針の山から針を折って持って帰れと言わんばかりの無茶な命令を事前の通告もなしに下されたことに対して、躊躇うこともなく首肯して颯爽と任務に向かって行ったのだった。

 顔淵と文單の両名は顔を黒装束で隠し、始末のため腰に長剣を帯びながら暗い廊下の中を走っていき、公主の部屋へと向かっていく。

 そして躊躇うことなく公主の部屋の前に立っていた見張りの首を切り、噴水のように勢いよく噴き出した血で灯りを消すのと同時に二人の足で扉を蹴り飛ばし、芝居に登場する赤穂浪士のように堂々と正面口から公主の部屋へと乗り込んだ。

 だが、二人の期待していたようにはいかなかった。部屋はもぬけの殻だったのだ。温もりの残る寝台、散らかったままの箪笥など、先ほどまでいたような後は残っている。

 ただ、本人の姿そのものは見えない。蜘蛛の子を散らすかのように跡形もなく消えてしまっていた。

 顔淵と文單は娯楽本やら衣装やらで溢れ返った部屋の上に対して地団駄を踏んで悔しがった。失点を拭うかのように部屋中の家具を倒し、公主の行方を探っていた時のことだ。二人は窓にかけられた梯子の存在に気が付いた。

「なぁ、顔淵、公主殿下殿はいつもどこに行ってた?」

 文單は皮肉を含めた言い方で顔淵に問い掛けた。

「確か、鳥小屋だったな」

 顔淵はそこまで言ったところで文單の意図に気が付いた。

「そうか、この梯子を辿って鳥小屋に行ったんだな」

「あぁ、ここを辿れば……」

 文單は悪どい笑みを浮かべながら言った。彼は確信を得たのだ。
 紅晶公主は鳥小屋に隠れているのだ、と。そうと決まれば話は早い。

 二人は早速紅晶が使った梯子を自分たちも利用して筋肉によって鉄の塊のようになった体を地面の上へと下ろしていく。
 このまま紅晶が向かった鳥小屋へと辿り、そこで紅晶を始末する算段だった。
 だが、二人の目論見はベッドの隙間に身を隠していた紅晶が二人が立ち去るのと同時に姿を現したことで失敗することになった。

 紅晶は部屋に戻るのと同時に囮として梯子を窓の下に下ろし、咄嗟にベッドの下に隠れることで難を逃れたのだった。

 紅晶は二人が消え去ったのは確認したので、そのまま闇の中を走っていった。目指すのは自身の愛する奉天将軍……ではなく宇宙から来たという例の中年男性の部屋だった。
 本音を言えば愛する人の胸へと飛び込みたかった。

 だが、奉天将軍ではあの二人に勝てない。紅晶には確信があったのだ。
 別に二人が奉天将軍よりも武勇に優れているわけでも知力に長けているわけでもない。ただ、どうしても勝てない理由があるのだ。

 それ故に彼女は宇宙から来た中年男性を頼らざるを得なかったのだ。部屋の前に辿り着くのと同時に彼女は強い手でノックし、必死になって男性が出てくるのを待った。

 しかし反応はない。もしかすれば眠っているのかもしれない。ただ、それでも起きてもらわなくては困るのだ。
 今の紅晶は藁にも縋る思いだった。それ故になんとしてでも中年男性には起きてもらわなければならないのだ。
 相変わらず反応はない。扉は死んだかのように静まり返っていて、なんの反応も見せなかった。

 必死になって扉を叩いている中で徐々に不安も湧いてくる。あの二人が追い付いてきて自分を殺すという不安だった。
 そうなれば自分は確実に殺されてしまう。扉を叩いていた時だ。ようやく鍵を開く音が聞こえた。

 彼女が胸を撫で下ろすのと扉が開かれて修也が顔を見せるのは同時だった。
 言葉は通じずとも目の前にいる紅晶の様子が只事ではないということを察し、修也は慌てて彼女を部屋の中へと招き入れた。

 部屋には幸いにも通訳であるジョウジがお茶を飲んでいたので紅晶は事情を修也に語ることができた。
 修也は紅晶の言葉を聞いて、悲痛な顔を浮かべた。

「……そうでしたか、お気の毒でした。ですが、もうご安心を! この私が公主殿下をお守り致しますので!」

 修也は不安に押し潰されそうになっていた紅晶を安心させるように大きく胸を叩きながら言った。
 だが、明るい笑みを浮かべる修也とは対照的に紅晶は浮かない顔をしていた。

「どうしたんです? 大津さんはあなたを守るのに全力を尽くすと言っておりますが……」

「ありがとう。でも、やっぱり不安なの。顔淵と文單は妖術使いだから……」

「妖術?」

 ジョウジが両眉を顰めながら紅晶が発した意味深な単語の意味を尋ねようとした時のことだ。扉が勢いよく開かれた。
 その先には黒装束を身に付けて顔の見えない二人の男が剣を構えながら立っていた。

「その小娘をオレたちに渡せ」

 顔淵が忠告を含んだ口調で言ってのけた。

「嫌だと言ったら?」

 言葉を返したのはジョウジだ。それに対して顔淵は心底から嬉しそうな顔を浮かべながら言った。

「消えてもらう」

 そう言うのと同時にジョウジは自身の掌に数珠状に繋がった炎玉を作り出した。その玉の数は六つはあるだろう。

(噂に聞いていた超能力というやつか)

 ジョウジが苦々しい顔を浮かべていた時だ。危機を感じた修也が先手必勝だとばかりにカプセルを押し、自身の体にパワードスーツを身に付けていった。
 そしてビームソードを抜いて男たちと対峙していった。
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