メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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 すっきりとは言わずとも一応は疑念が解けたからだろうか、皇帝はジョウジと修也から目を離すと、フンと鼻を鳴らしてから紅晶の目を見つめる。

「紅晶、この化け物どもを神聖にして不可侵なる朝廷の内裏へと招き入れたのはお前か?」

「恐れながら、ち……帝に申し上げます。ここで今我々と猿類との仲をこじれさせるようなことがございましたら不利になるのはこちらでございます。近年では大蛇国や羊頭国との諍いも抱えておりまするゆえにここで猿類の方々との揉め事も含むことがございましたら我が国は万が一に軍を動かした時に背後を突かれる形となってしまいます」

 紅晶は『父上』と言いかけて『帝』と改まった言い方を行ったのはたとえ門の前であったとしても異国からの使者の前ということもあって改まった言い方となったのだろう。
 真剣な表情で父親を見つめる姿からは公主としての威厳というものを感じさせられた。

「だからと言って獣を内裏にあげるなど……貴様はそれでも皇帝の娘かッ!」

 皇帝は己の感情の昂りのまま、それを制御することもせずに強い力を込めた平手打ちを紅晶の雪のように白い肌に向かって飛ばしていく。本人たちが居る前で堂々と『獣』などという蔑称を使っていることから理性が働いていないことが容易に察せられた。

 紅晶は父親からの感情のままに溢れ出た張り手を喰らった衝撃によって背後へと弾き飛ばされ、地面の上へと倒れそうになった。それを助けたのは他ならぬ修也だった。

 修也は慌てて紅晶の元へと向かうと、彼女の体を背後から優しく抱き抱えていった。

 修也は心配そうに眉尻を下げて紅晶を覗き込んでいた。紅晶は皇帝の娘である自身の体に触れるという無礼を働いたにも関わらず、修也に対して怒りをぶつけるようなことはしなかった。

 それどころか、公主に相応しい慈悲深く、優しい微笑みを浮かべて礼の言葉を口にした。

 娘と異星からやってきたという見知らぬ国の中年男性が和かな様子で交流していく姿は皇帝の心のうちに少なからぬ不快感を与えたものの、今はそんな小さなことに関わっている場合ではない。
 皇帝は眉を顰めながら本命の相手となる猿の軍団たちへと目を向けた。

「さて、お主が猿どもの親玉だな? 白状せぇ、どんな目的があって我が内裏へと足を踏み入れようとするのじゃ」

「ハッ、恐れながら帝に申し上げまする。昨日に我が領土にて仲間の一人が帝の治められるこの国の人間に殺されました。我が方でも探索致しましたところ、この国に逃げたことが判明致しました。その人間を我が方に引き渡していただきとうございまする」

 皇帝の失礼な発言や無礼な態度にもリーダーは眉一つ顰めることもせずに自身の理由を落ち着いた丁寧な口調で話していった。

「バカめッ!」

 と、丁寧に頭を下げて臣下の礼さえ尽くそうとする猿の軍団長に対して皇帝はその頭上から怒鳴り声を浴びせたかと思うと、喚くように言った。

「畏れ多くも天帝よりの勅令を受けて地を収める皇帝の領土がどれだけ広いのかを知らぬのか?外見も猿じゃと思うておったが、頭の中身も猿であるようじゃな!」

「恐れながら……我が方で我が身内を弑し奉り、帝のお膝元へと逃げた卑劣な男の正体はすでに我が方にて人相は判明しております。そのため数日の間だけでよろしゅうございます。下宿人を我々に探すための時間をお与えいただけないでしょうか?」

 リーダー格はもう一度深く頭を下げたかと思うと、今度は両方の双眸を大きく見開き、青白い光を宿した瞳で皇帝を睨み付けながら言った。

「もし、帝が我らの言上を聞き届けいただけぬ時には我らとしても覚悟がございますことをお忘れないようにお願い致しまする」

 リーダー格の男はそう言うと、そのまま腰に下げていた剣の塚に手を掛けた。そして、それに続くように背後に控えていた猿たちも矛や槍といった武器に手を掛けていく。全員が頭を下げながらも殺気と圧力の両方を帯びて要求を起こそうとする姿からは全員の体格が倍になったような錯覚さえ集まった人々に感じさせた。

 もしこの場にいたのが単なる兵士であれば猿たちの剣幕に怯えて足を下がらせていたに違いない。
 猿たちにとって不運であったのはこの時、皇帝の護衛として列席していたのは武勇に名高い奉天将軍だったことだろう。

 奉天将軍は皇帝を背後へ下がらせた後で手に持っていた戟を握り締めた後で猿たちにその先端を突き付けていく。
 今の状況は指して言えば火薬の充満した火薬庫だった。小さな火だけで火薬庫はおろか辺り一面を吹き飛ばしかねないような状況となってしまったといってもいい。

 早く充満した火薬を外に追い出して倉庫は粉々になってしまうだろう。ジョウジがそんな比喩を頭の片隅で考えながら固唾を飲んで触発状態の両者を見つめていた時のことだ。

 それまで貝のように重く口を閉ざしていた紅晶が突然修也を振り切ったかと思うと、奉天将軍の前に両手と両足を伸ばして立ち塞がった。

「殿下、おどきくださいませ」

 奉天将軍は戟を握り締め、声を震わせながら紅晶に向かって言った。
 その問い掛けに対して紅晶は勇敢にも首を激しく横に振った後に大きく両目を見開きながら叫ぶように言った。

「退きません! 私は公主としてこの国を守る義務があります! 奉天将軍、もしあなたが私の背後にいる方々にその戟を喰らわせるというのであればその戟で私を突き殺してからにしてくださいませ!」

「なっ……」

 流石の英雄も紅晶の命をかけた請願の前にはたじろいだようだ。戟を握る両手がプルプルと震えているのが見えた。
 相手が皇帝の娘であるのに加えて、自分を慕ってくれる相手だ。
 躊躇いが見えるのは当然であるといえるだろう。

 皇帝はいつまで経っても行動を起こさない奉天に対して苛立ったに違いなかった。地団駄を踏みながら背後から大きな声で指示を投げ掛けた。

「何をしておる! はよう突き殺せ! そなた、それでも蛮勇に名高い黄奉天かッ!」

「し、しかし目の前におられるのは公主殿下でございます」

 奉天の声は意識か、無意識かのうちに声が上ずっていた。

「構わぬ! 朕が許すッ! 公主は我が国を裏切り、猿どもを庇おうとしておるのだッ!」

 皇帝からの命令は奉天を絶望の淵へと叩き落とすのに十分であったといえるだろう。戟を引っ込め、戟を地面の上に落としたかと思うと、地面の上に両手と両膝をついて嗚咽を上げた。奉天の口から喉から出てくる慟哭を聞いてジョウジはいっても経ってもいられなくなった。

 彼自身は皇帝と公主の板挟みに苦しみ、どうしようもないところにまで追い込まれてしまい、結果として現実から逃げる以外の選択肢を取る以外になくなったのだろう。
 丸まった背中に哀愁というものが漂っている。

 色々な思いが錯綜した末に修也にこれまでの出来事を翻訳して伝えるという大胆な選択肢へと打って出た。

 ジョウジからの言葉を聞いた修也は無意識のうちに紅晶の元へと向かい、彼女の横に立つと、カプセルを握り締めてスイッチを押し、自身の体を『メトロイドスーツ』を纏わせていく。

 異形の鎧へと身を包んだその姿にジョウジを除いた周りの人々は動揺を隠せなかったようだ。

 特に皇帝はすっかりと怯え切った様子で、地面の上で未だに呻めき声を上げている奉天の肩を必死で揺さぶり、異形の姿へと変わった修也を指差しながら叫んだ。

「早くしろッ! 朕の命が奪われてもよいのか!?」

 だが、命令が下されたのにも関わらず、奉天は微動だにしなかった。相変わらず視線を地面へと向けて目も合わせようとしない。

 皇帝が拳を握り締め、顔を林檎のように赤く染め上げていた時のことだ。ここでジョウジが皇帝の前に現れて膝をついて頭を下げながら懇願の言葉を口に出していった。

「恐れながら帝……この者たちに害はありませぬ。内裏に滞在する意思もないということでございますので、ここは数日間の滞在を許し、下手人の引き渡しに協力することで帝のご慈悲と御威光を蛮族どもにも指し示すよい機会となるのではございませんか?」

 ジョウジの言葉に皇帝はすっかりと自尊心を燻られたらしい。満足そうに首を縦に動かしてジョウジの言葉を受け入れる旨を伝えた。
 ようやく皇帝が数日間の探索と下手人探しに同意したことによって火薬庫に充満していた火薬がようやく外へと流れたのだった。

 その場で猿たちは膝を突いて皇帝に感謝の言葉を捧げていく。
 それと同時に門を離れてお膝元の郊外に天幕を張るために戻っていくのが見えた。

 猿たちが去っていくのを見届けた後で皇帝は疲れ切った様子で奉天に向かって言った。

「……あの者どもに協力者として治安維持庁から役人を一人派遣してやれ」

「畏まりました。後ほど、みなさま方へそうお伝えさせていただこうと思います」

 奉天は先ほどまで見せていた弱った様子はどこへいったのかと思うほどの冷静な態度で皇帝の指示を受けていた。

 なぜ、将軍でしかない彼が皇帝からの命令を聞いているのかという問い掛けに対しては2つの回答が用意できた。一つは彼が将軍であるのと同時に皇帝の側用人役も務めているというもの、二つ目は今は奉天しかないので止むを得ず、彼に命令を下しているというものだ。

 ジョウジの考えのうち正しいのかは分からない。そもそもジョウジにとっては誰がどのような役目を担っているのかはどうでもいいことだった。

 それはともかく、治安維持庁なる部署から役人が猿たちの元へ派遣されるということなので、おそらくは捜査協力役兼見張り役として派遣されるのだろう。
 話が一段落したことを察し、肩の力を抜いていた時のことだ。

 修也が地面の上に尻餅をついて溜息を吐いているのが見えた。

 緊張の糸が切れて彼も一段落しているに違いなかった。どうも立ち上がれそうにない修也の肩を引き摺ってジョウジは皇帝から与えられた部屋へと戻ることに決めた。
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