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人と異形とが争いを繰り広げる惑星『ボーガー』

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「答えてください! どうして、あなたは青銅の魔人を破壊せずに放置したんですか?」

 修也はいつも以上に強気な態度であった。というのも惑星『ヒッポタス』にて大勢の人々が青銅の魔人によって無惨な光景になったのを見たからだ。

 直接にしろ間接にしろ、スイッチが作動して魔神が動き出すようなことがあれば、映像で見た以上の涙が流れることになる。それだけは避けなくてはならない。子を持つ親の心境として、或いは人として当然のことであった。

 だが、修也の必死な態度とは対照的にジョウジはどこか達観した態度だった。

「スイッチがないんですよ。動かないのはないのとほとんど同じ意味でしょう?」

 正論である。しかしここで反論しなくては人として間違っているような気がした。修也は身を乗り出し、いつもより強気な態度で言った。

「ですが、いつまたスイッチが動き出すか分からないんですよ! それを放っておくなんて……」

「では、大津さん。我々が下手なことをして地下に眠る青銅の魔人が動き出すようなことがあれば、あなたは責任が取れるんですか?」

 修也は言葉に詰まってしまった。というのもジョウジの意見は反論の言葉が思い浮かばないほど完璧に構成されていたからだ。

 物事には『責任』というものがある。それは人間が社会を構成する以上仕方がないものだ。

 だが、それが自分に帰すとなると話は変わってくる。人は他人の『責任』を嬉々として追求する癖に自分が『責任』を求められれば急にそれまでの舌を引っ込め、口を紡いでしまった。修也のせめてもの抵抗として黙って部屋に行くくらいが関の山だった。

 不服そうに両肩を下げる修也と入れ違いで悠介と麗俐の両名がコクピットの中へと入っていくのが見られた。
 悠介はコクピットに入るや否や目を輝かせながらジョウジに向かって問い掛けた。

「次はどんな星に行くんですか?」

 悠介は次に行く星に夢中になっていたのだ。どのような星にもそれぞれの特徴があり、見ていて勉強になる。
 そんな悠介の期待に応えるかのようにジョウジはホログラフを開き、縦長の形をした緑色の惑星を浮かび上がらせていった。

「ジョウジさん、これは?」

「次に向かう惑星ボーガーです」

 麗俐の問い掛けにジョウジは淡々と答えていった。

「惑星ボーガー? なんというか、ハンバーガーみたいな名前ですね」

 名前が冗談のような名前であったせいか、悠介が茶々を入れた。真面目な会話の最中に冗談を交えたせいか、麗俐は鋭いまで不遜な態度に出た弟を睨み付けた。

 だが、肝心のジョウジは満更でもないようで口元に笑みを浮かべながらどこか上機嫌な様子で答えていった。

「ハハっ、確かにそうですね。資料によればあの惑星を最初に発見したのはアメリカの貿易会社に務めるエドワード・ボーガーという男だそうです。ボーガーは別の惑星で交易を終えた帰り道に見つけたそうですよ」

 ジョウジによればボーガーが見つけた惑星はある一つの事象を除けば取り立てた特徴もないことから発見者であるボーガーの名前が取られたのだそうだ。

 大気も水の量も人が住むのに適する程度の緑も存在する。よく言えば生命に溢れた星、悪く言えば凡庸な惑星だといっていい。

 カメーネやヒッポタスといった目立った特徴を持った星々とは異なり、惑星ボーガーには多数の国家も存在する。文明のレベルは地球の古代ローマ時代とほとんど同じだそうだ。

「これは余談ですが、地球時代にローマと肩を並べた東洋の大帝国『漢』を彷彿とさせる国家もあるそうですよ」

「「へぇ~歴史の勉強になりますね」」

 現役の高校生である二人が揃って感心の言葉を口に出した。

「えぇ、今回は『漢』を思わせる国家との交易を行おうと社長はお考えになられました。前回の交易ではローマを思わせる国家とは取引をしましたので、今回は『漢』を思わせる国になるそうです」

 ジョウジは勉強のためか、映像を切り替えて前回の交易風景を見せていった。映像の中ではジョウジや見知らぬ社員たちがローマ皇帝を思わせる白髭の老人の前に跪いてインスタント食品や扇子などの日本独自の伝統工芸品といった交易の品と引き換えに芸術品やら保存食やらを貰っている姿が見受けられた。

 保存食である干し肉を見て悠介が思わず舌舐めずりを行う。思っていたよりも何かの肉を干したものは悠介の食欲をそそったらしい。涎を垂らして羨ましがっている姿を姉の麗俐は必死に窘めた。

「これもまた余談ですが、この干し肉は世界の肉愛好家の間で売買され、我が社に莫大な利益をもたらしたんですよ」

 ジョウジは得意げな顔を浮かべて言った。それからもその時の貿易で何を得たのかを詳細に説明していった。

 22世紀でも相変わらずの人気を見せる伝説的な古代ローマの英雄ユリウス・カエサルを思い出させる鎧姿の凛々しい武人を模った彫刻の説明を熱心にしていた時だ。

「ジョウジさん、そろそろ宜しいでしょう? 一番大事なことをお二方に説明しないと」

「あ、あぁ、すいません。うっかりしてました」

 ジョウジは謝罪の言葉を口にして頭を下げた後に惑星ボーガーについての解説を行なっていく。惑星ボーガー。銀河の辺境に位置する目立たない惑星で文明レベルも地球の古代と同等のレベル。そんな惑星における唯一の特徴が人類と長らく敵対する異種族の存在である。

 それは『猿』だった。いや、正確には『猿』に似た種族といっていい。
 初めてこの生物を発見したのは先述した発見者のエドワード・ボーガーとその一行だった。

 エドワードの報告書によればその生物は
 全身を剛毛に覆われ、人間のような顔つきと体をしているのだそうだ。

 羞恥心というものも知っているのか、男性の個体は腰の辺りに動物の毛皮を巻いており、女性の個体は胸部と腰の辺りに男性個体と同様に動物の毛皮を巻いている。

 森や山といった自然の多い場所に生息し、そこに人間が通り掛かると待っていましたとばかりに意気揚々と槍やら斧やらを持って襲ってくるそうだ。

 単に待ち伏せするばかりではなく、時には村の方へと繰り出し、人間たちを積極的に襲うそうだ。

 人間を殺し、貴金属や小物といった価値のある物ばかりか、殺した人間の衣服までも剥ぎ取るのだそうだ。奇妙なのは特徴として人間から奪い取るくせに奪ったものはそのまま戦利品として巣の中に保管することもなく、その辺りにゴミとして投げ捨てるのだそうだ。

 更に人間以外の生物も襲うことは襲うのだが、こちらは人間とは異なり、積極的に襲ったりはしない。あくまでも『生きるため』という趣が強く感じられる。

 これはアメリカ先住民の考え方と同じだ。自分たちが腹を満たすため、衣服を得る目的だけに殺す。

 生き延びるために必要な殺しは自然界においては許容される。彼らはそれを実行しているだけに過ぎないのだ。

 ただ、その中でも人間だけは例外だ。明らかに娯楽もしくは自分たちの快楽のためだけに殺している。宮沢賢治の童話『注文の多い料理店』に登場する見栄っ張りの紳士たちが自分たちの意欲を満たすためだけに野山に住む動物たちを撃ち殺そうとしていたように……。

「報告書によればどんな生物にも慈悲というものを見せるくせに人間だけはその例外として機能しているようですね」

 ジョウジはそんな言葉で締め括ったが、その通りだった。寛容さというものは人間にのみ適用されないようだ。

 当然ながら惑星ボーガー各地に住む人間たちとの仲は最悪といってもいい。惑星ボーガーの人々は例の『猿』を『獣人』と呼んで忌み嫌い、国家同士で諍いが起きない時期は古今東西に渡って各国で討伐隊を組織するほどだ。各国の軍隊は何度も歩みを進め、『獣人』の撲滅を測ってきたが、いまだに撲滅には至っていないらしい。

「厄介ですねぇ。それは」

 あまりにも理不尽な存在であるからか、悠介が思わず口のようなものをこぼした。

「しかし都市部には現れませんし、我々の方で近付かなければ大丈夫だと思いますよ。一応知識として入れておいてください。文系でも空気が冷えると雲ができるという科学知識は知っているのと同じくらいのものだと思ってください」

 つまりは地球における『一般教養』レベルのことだとジョウジは言いたいらしい。確かに厄介な存在がいる以上は覚えておいて損はないだろう。
 二人が人類の『敵』に対しての勉強を続けていた時のことだ。

「ジョウジさん、惑星ボーガーの姿が見えました」

 惑星ボーガー。細長の形をした可もなく不可もない惑星。今まではホログラフでしか見られなかった惑星が目の前に広がっていた。
 カエデは計算表を使って高度と位置を確認し、降りる場所を探索していった。

「今から惑星ボーガーの中に上陸します」

 カエデは『スコーピオン号』の高度を下げ、惑星ボーガーの地面へと着陸していこうとした。

 惑星ボーガーは緑と海とが半々に存在し、その中に人工的な建物が入り混じったものが断片的に入り混じっているのが見えた。
 宇宙船は大気圏を越え、中華風の建物が入り混じる大陸の上へと落ちていった。
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