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職人の惑星『ヒッポタス』

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「そういえば大昔に放映された子ども向けのSFドラマに人間同士の不信感を煽って侵略を目論もうとする宇宙人の話がありましたね」

 ジョウジは深刻な顔を浮かべながら言った。

 ジョウジが例に挙げたSFドラマでは地球侵略を目論む宇宙人が人間同士の絆を壊すため人々が吸う煙草の中に人々の暴力機能を増幅させる赤い結晶を仕込むという話だった。100年以上前の作品であったが、いまだに日本のSFファンたちの間では長く語り継がれている伝説の作品であるり

 何から何までそっくりであったが、唯一物語の流れと異なるのは地球では深い信頼関係に結び付いていたというのは現在いまよりも遠い未来の話だと表現されたのに対し、この星ではその物語で描かれたような信頼関係が築かれているというところにある。

「この星には天敵がいますからね。人間同士で争っているという場合ではないのでしょう」

「なるほど、そうなれば互いに深い信頼関係を築き合っているということにも納得がいきますね」

 修也の問い掛けに対してジョウジは小さく首を縦に動かした。

 この町では大抵のものは共有財産ということとなっている。酒や鍛冶場などがその一例である。

 木こりのウィリアムが飲んだというワインの中に赤い結晶が今後もまた何か大きな事件を引き起こすとするのであれば放ってはおけない。修也が酒蔵にあったというワインを回収しに向かおうとした時だ。

「た、助けてぇぇぇぇ~!!!」

 と、助けを求める声が聞こえた。嫌な予感がして修也たちが声のした場所へと向かっていった。悲鳴が聞こえたのは町長の家の近くにあった粗末な一軒家。

 土で作った壁と木の屋根という町長の家よりも多少は落ちるものの、それでも汚れた箇所などは見受けられない清潔な家だった。
 その家の玄関。頑丈な木で作った扉の前で悲劇が起きようとしていた。

 薪割り用の斧を持った小さな少女が両親をその斧で殺そうとしていたのだ。

 修也は最悪の事態を防ぐため咄嗟にメトロイドスーツのスイッチを押し、装甲を身に纏うのと同時にレーザーガンを抜いて少女の持つ斧に向かってレーザー光線を発射していった。

 レーザー光線は少女の持つ斧へ向かって直撃した。光線がぶつかった際に発生した衝撃によって少女はそのまま後方へと吹き飛ばされてしまい、硬い扉の前に叩き付けられてしまうことになった。

「い、イブリン!」

 先ほどまで殺されそうになっていたというのに両親は血相を変えた様子で扉へと叩き付けられることになった少女の元へと駆け寄っていった。

 そして慌ててイブリンと呼ばれた少女を抱き起こしていく。抱き起こされた当初少女は意識が存在しなかったが、やがて意識を取り戻したのか、キョロキョロと首を振って辺りを見渡していく姿が見られた。

 修也たちは少女の元へと駆け付けようとしたが、それをジョウジが制止させた。両親に全てを任せようという采配であるらしい。

「目が覚めたかい? イブリン?」

 父親と思われる男性が優しい声で言った。

「うん、パパもママもどうしたの?」

 イブリンと呼ばれた少女はキョトンとした様子で問い掛けた。

「イブリン、覚えてないの? 私たちを殺そうとしたこと」

「えっ!?パパとママを!?」

 少女は信じられない様子だった。両目を大きく広げて両親を見つめていた。

 これらの会話はジョウジによる通訳を通し修也と麗俐の耳にも入っていたので当然二人もこの会話を耳にしていた。

「ねぇ、お父さん。妙だとは思わない? 確か、今朝に騒動を起こしたウィリアムって人も自分が何をしたのかを覚えていなかったんじゃなかったっけ?」

「そういえばそうだな」

「やっぱり、例のワインのせいなんじゃないの?」

 麗俐の言葉に修也の心臓がドキッと鳴った。嫌な予感がしたのだ。修也はもう一度確かな情報を得るためジョウジに引き続いて翻訳を頼んだ。

 ジョウジの翻訳のもと両親とイブリンとの会話を聞くことになった。


「イブリン、意識を失う前のことは覚えていないのかい?」

「どんな些細なことでもいいから思い出してくれない?」

 両親は娘を荒立たせないよう優しい口調で問い掛け続けた。
 しかし肝心のイブリンはピンとこないようだ。納得のいかない顔を浮かべているのが見えた。

 両親もこうした娘の態度に困ってしまったらしく、互いに顔を突き合わせているのが見えた。
 このまま原因は突き止められないままのだろうか。修也がたまりかねて直接少女の元へと聴きにいこうとした時だ。

「あっ! そうだ! 私、確かお手伝いする前にパパのお酒をいたずらで呑んだんだ」

 ジョウジによる通訳でその言葉を聞いた瞬間に修也と麗俐は確信を持った。イブリンが酒を呑んだことによって恐ろしい殺人鬼へと変貌したのだ、と。

 同時に修也は怒りに心のうちを燃やしていた。許せなかったのだ。自らの目的のためだけに幼い少女を殺人鬼へと変貌し、両親を自らの手で失わせようとするあの男のやり口が……。

 修也はたまりかねてその場を飛び出そうとした。目的は昨晩の男を探し出すことである。当然あてもない。傍目から見れば乱心したとしか思えない行動であったが、修也にとって親としての心がどこかへ突き動かそうとしたのだ。

 止めても聞こうとしない修也を止めたのは背後から聞こえた町長の声だった。

「大津さんですね? 少しよろしいですか?」

 呼び止められた当初は言語の差異によって呼ばれたことのみを理解していた修也であったが、翻訳によってその意味を理解したらしい。

 修也は通訳であるジョウジを伴い、その場で町長の話を聞くことになった。

「酒蔵の番人をしていたヘンリーという男が今朝から行方知れずなんです」

 ジョウジの通訳によって修也は町長が言ったヘンリーという男性が犯人であるということを確信した。

 だが、ヘンリーの行方は分からない。小説やドラマでみる刑事や探偵がしているように修也はヘンリーの特徴を聞くことにした。いわゆる『聞き込み』である。

 事情も事情であったのか、町長は修也たちの問い掛けに対して快く応じてくれた。

「ヘンリーは今年で45歳になる中年の男です。中肉中背で唇の上に小さな髭を生やしています。髪と髭の色は茶色……瞳の色は透き通った水のような水色です」

「なるほど、他にはありませんか?」

 ジョウジが問い掛けた。

「それくらいでしょうか……服は皆と同じようなものを着ていましたし、目立った特技があるわけでもない……本当に平凡な男なんですよ」

 町長の目は真剣だった。嘘は吐いていない。本当にこれだけがヘンリーという男の特徴なのかもしれない。
 特に目立った痕跡もない平凡な男。その特徴だけがヘンリーという男の特徴だったのだ。

 修也が町長の元から去り、ヘンリーを探そうとした時のことだ。背後から絹を裂くような悲鳴が聞こえた。

 先ほど同じイブリンの母親の悲鳴だった。背後を振り返ると、そこには町長が発した特徴通りの男がレーザーガンを握り締める様子が見えた。

 恐らく、昨夜に修也たちの部屋へ侵入した男から与えられたに違いなかった。男もといヘンリーはイブリンの頭にレーザーガンの銃口をグリグリと突き付けながら修也たちへ向かってハッキリとした日本語で叫んだ。

「このガキの命が惜しければお前たちはこの星から出ていけ!」

 言葉が言葉であるためかジョウジによる通訳は不要であったが、それだけに不気味だった。

 どうしてヘンリーなる男は地球の言語、それも英語や中国語と比較すればマイナーである日本語をこうも流暢に喋ることができるのだろうか。

 いや、考えてみれば分かることだ。あの男が機械か何かを使って教えたに違いなかった。

 わざわざ異星人に日本語を仕込んでまで追い出そうとする男の目論見はなんなのだろうか。修也の頭の中で疑問符が乱舞した時だ。麗俐が悲鳴を上げた。

 ヘンリーがレーザーガンの引き金を引きて地面へ向けて射撃を行ったのだ。

 幸いにもレーザー光線は麗俐の足元の地面をえぐっただけで済んだが、あと少し光線がズレていれば麗俐の足は焼け切ったいたに違いなかった。

 ヘンリーの異様な姿を背後で見ていた町長は応援を呼ぶためこっそりとその場を離れようとしたのだが、それよりも前にヘンリーが引き金を引いて町長の胸を射抜いたのだった。

 ヘンリーによる射撃を受けた町長は悲鳴を上げる暇もなく地面の上を転がっていった。レーザー光線で腹部を貫かれたのだ。大事があるのは火を見るよりも明らかだった。

 なす術もなく地面の上へと倒れていった町長の姿を見たイブリンが悲鳴を上げた。当然である。天敵がいる分、人同士の繋がりが強い星なのだ。

 町長は自分たちにとっての慈父とも言える存在なのだ。その慈父が物言わぬ死体となった。幼い子どもにとって何よりも残酷な光景であったに違いなかった。

「この星を立ち去らなかった場合、次にここで横たわることになるのは貴様らだぞ」

 ヘンリーは修也たちにレーザーガンを突き付けながら言った。

 修也はそれに対してカプセルを押し、『メトロイドスーツ』を全身に身に纏った。それから自身のレーザーガンを抜いた。

「……引くつもりはないみたいだな」

 ヘンリーは初めて現れた時と同様に日本人のような正確な日本語で言った。

 両者は西部劇のガンマンが互いの信念のもと睨み合うようにレーザーガンを突き付け合っていた。
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