メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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職人の惑星『ヒッポタス』

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「単刀直入に言おう。私はこの星の素晴らしい文化を滅ぼしたくないのだ」

 目の前にいる革のジャンパーを着た男は自身の持つ強力なフレシュット・ピストルを二人に向かって突き付けながら低い声で言った。

「……ハッキリといえば私も同じだ。この星の人々は町の中で生きていける。このまま忘れ去られたように過ごすのが彼らにとっては平和であるのかもしれない」

 修也の言葉は正論だった。事実惑星ヒッポタスには地球上には人類がもっとも幸福であったとされる五賢帝の時代以上の幸せが広がっている。ローマ帝国のような巨大な支配者に守られての武力の傘の下にある偽りの平和ではない。人々が互いを尊重し、背中を預けながら畑を耕し、家畜を飼い、道具を作るという多くの人が望む軍事力が存在しない理想的ともいえる平和なのだ。

「でも、それだとあの『鎧』たちにずっと怯えたまま過ごさないといけなくなるんだよ」

「その通りだ。我々はヒッポタスの住民が交流をするのを望まない。彼らは無辜な民のままでいい。お前たち地球人のようなを背負う必要がないのだ」

 修也はその言葉を聞いて鋭い槍で突かれたような痛みを胸に感じた。

 それは義務教育で学んだ地球の原始時代のことだった。人類は原始時代は幸せだった。多少の諍いはあれども田畑を作り、幸せに生きていた。幼き頃の修也は原始時代をそのように想定したことを覚えている。

 だが、いつの頃か集団で交わり合い、そこに『国家』という共同体ができた。

 それが『戦争』という愚かな行動に発生したのだ。この紛争問題というのは人類が『国家』を生み出したのと同時に出てきた問題である。

 男にとって『国家』というものが罪ならばまだ国家を築いていない彼らは男からすればキリストが背負った十字架のような罪を背負っていないということになる。

「……あんたのいう通りかもしれない」

 修也の口から出てきた言葉は情けないほどの弱々しい声だった。これで反論の言葉を口にしているのならばまだ格好も付いたのだろうが、生憎と出てきたのは男の言葉を賛美するようなものだった。
 今の修也にはこれしか出なかったのだ。

 すっかりと宇宙人に屈してしまった不甲斐ない父親に代わって反論を試みたのは麗俐だった。

「けど、それでも人間が発展をする以上は『国家』という存在は避けられないんじゃあないかな? 確かに良くない一面もあるかもしれないけれど、それでもそれを乗り越えていくのが『人間』というものでしょう?」

「発展? それは毒ガスのことか? それとも戦車のことか?笑わせるな!お前たち地球人が戦争の中で生み出したのはそんなくだらないものばかりじゃあないか!」

「でも、それでもその度に地球人は過ちに気が付いてきたんだよ! ここの星の人たちだってきっとーー」

「その前に大勢の血を流すことが先決だというのか?」

「違う、私が言いたいのはそうじゃなくてーー」

 両者ともに一歩も譲らぬ論戦を展開していた。こんな時に一言も発することができない修也は自分がことごとく情けない存在のように思えた。

 まだ高校生の娘が勇敢にも知識を総動員して自分たち地球人のため懸命に戦っているのに対し、大人である自分は拳を握って論争を静観することしかできないのだ。

 修也は歯軋りをする思いだった。黙って論争を見ていた時のことだ。

「第一、お前は地球上でアンドロイドの少女を虐めていたじゃあないか。勉強のストレス、集団生活のストレスと大義名分を掲げて彼女の命を無惨にも奪ったんだッ!」

 男の徹底的な言葉を聞いた麗俐は言葉が出てこなかった。男の言葉は正論だった。裁判において無実だと訴える人の前に決定的な証拠を突き付けて主張を覆すようなものだった。麗俐は胸に矢を喰らったような痛みに襲われ、その場に蹲っていった。

 頭を抱えながら彼女は少し前のことを思い返していった。
 あの頃の麗俐は御伽話に登場する横暴な女王そのものだった。友だちという名の取り巻きを従え、自身に好意を持つ男子生徒という家臣を従えた女王様だ。

 その女王様の気紛れでアンドロイドの少女はその命を散らすことになった。それは麗俐にとって一生償わなくてはならないことだ。その罪から逃れることはできない。

 人類も自分と同じだ。いくら前を向いて生きていくといっても過去に犯した罪が消えるわけがないのだ。
 麗俐はとうとう意気消沈してしまった。もはや「論点のすり替えだ!」と怒鳴る気力も出てこない。完敗だった。

「これで分かっただろう? いくら『未来』だと言っても過去に犯した罪が消えるわけがないのだ。私はこの星の人々が地球人類が犯した過ちを繰り返す場面を見たくないのだ」

 この一言によって麗俐は敗北したも同然だった。男がそのまま部屋の窓から外に出ようとした時のことだ。

「お待ちください。確かに人間は過ちを犯す生き物です。ですが、このまま天敵の存在に怯え続ける日々でいいのですか?」

 と、それまで沈黙を続けていた修也が立ち去ろうとする男の背中に向かって娘の代わりに反論な言葉を投げ掛けた。
 本来ならば論破されてしまうという恐れもあり、論戦には加わらないつもりだった。
 しかし麗俐の有り様を見て修也は参加せざるを得なかった。

「どういうことかな?」

「確かに人間は『罪』を犯す生き物です。ですが、同時にそれを悔いて反省することもできます。それにこのままどことも交流がないままではこの星にとってもよくありません」

「いいに決まってる! あんたはこの文明の高さに気が付いていないのか? どこと交流することもなく、王や貴族も立てずに立派な文明を築き上げているじゃあないか!」

「ですが、人間は固まって生きる生き物です。そのためには他と交流して刺激を与えるのが一番なのです」

 修也は独自の世界を持つクリエイターが他のクリエイターやその作品に影響を受け、作品を昇華させるという例を人同士の交流に例えた例や過去の遺恨に拘らず、坂本龍馬率いる海援隊に出資して幕末の日本を文明開花へと導いた後藤象二郎の例などを挙げていった。

 これに対して男は国家並びに交流が差別や貧困、戦争を招いたと主張した。
 またしても舌戦が繰り広げられることになるかと思われたのだが、白旗を上げたのは意外にも男の方だった。

 男はそれまで二人に向けていた銃を下げて窓の方へと足を掛けた。

「分かった。もういい……よく分かった。お前たちがこの星を滅ぼすつもりなのだ……と」

 男が目に浮かべていたのは明らかな失望の色だった。が、すぐにその両方の瞳の中に憎悪のどす黒い炎を宿し、暴力団の団員が一般の男性を恫喝する時のように声を荒げた。

「覚えていろッ! 我々は『交流』を持った住民たち並びに貴様らに正義の鉄槌を下してやる!」

 部屋一帯の空気が振動していくような大きな音だった。これまで聞いたこともないような大声に怯み、二人は両肩をブルブルと震わせていた。

 恐怖のため二人は男が部屋を立ち去った後もしばらくは動けずにいたほどだ。

 二人がようやく動くことができたのは尋常ではない声を聞いて駆け付けたジョウジが二人の肩を揺さぶったからである。
 二人はこれでようやく現実の世界へと戻ることができたということになる。

 二人は正気に戻るのと同時にジョウジへ向かって例の男のことを話した。

「なるほど、そんなことがあったのですね」

「えぇ、あの人? いや、この場合は人でよいのでしょうか……ともかく、私としてはこれを放っておくことはできません。恐ろしいことをしでかす前に我々の手で捕える必要があるのではないでしょうか?」

 修也の言葉にジョウジは躊躇うことなく首肯した。
 ジョウジはすぐに一階におり、町長に対して一連の出来事を語っていった。
 ジョウジの言葉を聞いた町長は翌日の朝に客間に侵入した不審な男を捕まえることを約束した。

 だが、捜索団が結成される予定だった翌日の朝には突然民家で男が包丁を手に暴れ回るという事件が発生したため町長はそちらの対応に追われなくてはならなくなった。

「なぁ、ウィリアム。お前は町一番の木こりだったはずだ。それなのにどうしてこんなことをしたんだ?」

 町長はいきなり怒鳴り付けるような無粋な真似はしなかった。死傷者が出なかったこともあってなるべく穏やかな口調で事情を問い掛けた。

 それに対して頑丈な麻の縄で縛られたウィリアムと呼ばれた男は町長の寛大な態度を前にすっかりと萎縮した様子で申し訳なさそうに両肩を下げながら言った。

「申し訳ありません。どうも今朝方に新町の酒庫から取り出したワインを飲んでから記憶が……」

「酔っ払ってあんな騒動を起こしたのか?」

「ま、まさか! そんなに呑んじゃいませんよ! オレも気が付いたらこんな風に縄で縛られてて……その上オレがかかあと娘を襲ったなんて……信じられねぇや!」

 男は声を張り上げた。髪を振り上げて懇願するような態度を見て、それが嘘だとはどうしても思えなかった。

 どうやら本当にワインの瓶を開けてからの記憶が飛んでいるらしい。ウィリアムの話が本当だとするのならば無意識のうちに彼は包丁を持って自身の妻子を襲ったということになる。

 にわかには信じ難い話であったが、町長は昨晩にジョウジから聞いた例の男の話を思い出した。
 例の男は妨害のためならばなんでもやってやると言っていた。

 もしかすればウィリアムの一件が男にとっての報復なのかもしれない。

 いや、もしくはウィリアムの一件は単なる警告に過ぎず、ここから更に恐ろしいことをしでかすのではないだろうか。
 町長は自身に考えられる最悪のケースを想定して思わず背筋を凍らせた。
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