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職人の惑星『ヒッポタス』

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「交易は思いのほか、上手くいきました。目標となっている数は回収しましたのでどうかご安心ください」

『ご苦労様です。あなた方には引き続き青銅の惑星『ヒッポタス』へ向かっていただきましょうか』

 ホログラフのフレッドセンは眉一つ変えることなく社長として当然の指示を下した。一方で支持を出したフレッドセンとは対照的にジョウジの顔はひどく引き攣っていた。

 反論に苦しんだせいか、咄嗟に顔を背けて討論を放棄したジョウジに代わってカエデが疑問を口に出した。

「あの恐ろしい『ヒッポタス』へ我々を向かわせるおつもりですか?」

 声を震わせながら問い掛けたが、ホログラフとして宇宙船の中に映るフレッドセンは首を小さく縦に動かした。

「では、その理由についてお聞かせください」

 カエデの目はフレッドセンを強く射抜いていた。大きく見開かれた両目の中には怒りの炎が宿っているように見えた。
 理不尽な命令に逆らう勇敢な兵士の心境であったに違いない。
 だが、フレッドセンは大抵の人間であれば思わずたじろいでしまうような剣幕を見ても怯むことなく話を続けていった。

「ヒッポタスで生成される鉱物はどれも我が社にとって重要な商品になります。『ロトワング』の開発にも一枚を噛んでおりますからね。特に今回の交易は期待しておりますよ」

 この時フレッド戦の頭の中にあったのはフランスのヴィシー財閥が開発した『ロベール』の存在であったに違いない。
『ロトワング』と同等の性能を誇る[ロベール』に対してフレッドセンが対抗心を抱いていたとしても不思議ではなかった。

「……命懸けの仕事になりますが、本当によろしいのでしょうか?」

 沈黙を破り、口を開いたジョウジの問い掛けの中には社長に対する怒りのようなものが混じっていても不思議ではなかった。

 だが、社長はみじろぎ一つ起こさなかった。相変わらずの冷静な口調と態度で『ヒッポタス』に向かうことを命令するだけだった。

 抗議をしようとする前にホログラスが一瞬のうちに消えてしまったことがその証拠だろう。
 ジョウジは溜息を吐きながら運転席の上に深々と背中を預けていった。

 指示を受けて明確な反論が浮かばない以上はこのまま惑星『ヒッポタス』へ向かう以外にあるまい。そもそも最初から予定されていたことだ。今更ジタバタしても始まらない。
 ジョウジは即座に次のワープの座標値を惑星『ヒッポタス』へ合わせて機能を起こしていく。その横ではカエデが慌ただしい様子でワープ機能の設定を行っている姿が見えた。
 今頃大津一家はワープに備えて部屋の中にいるだろう。準備が済み次第、彼らに惑星ヒッポタスのことを説明しなくてはならないだろう。

 ジョウジの両肩に重い荷物を背負った時のような重圧が押し掛かってきた。
 本来であればどうしたものかと頭を抱えていたかったが、このままではいけない。打開策を思考していると、ワープ機能について不備がないという音が聞こえてきた。

 問題はない。ジョウジは操縦桿を握り締めて宇宙船をワープさせた。
 光の速さで惑星ヒッポタスへと移動していき、ようやく目の前にポツンと忘れ去られたように放置されている地球の半分ほどの面積をした惑星の姿を見つけた。

 惑星の上半部に広がる大陸と下半部に小さく茶色いものが見えている。これが大陸とやらだろう。
 地球や他の惑星とは異なり茶色いのはこの星の住民に非があるわけではない。単純に生息する木々や花の色が全て茶色に統一されているからというだけに過ぎない。

 それでもヒッポタスに住む人々は一応人間が持つべき色彩というものを持っている。そのことに関しては不幸中の幸いというべきだろう。ただ、木や草の葉の色が茶色ばかりであることや職人が大多数を占める星なので豊かな色に触れられないのが不幸な点である。

 だからこそ地球で手入れた色鉛筆やら折り紙やらが役に立つのだ。他にも無名の画家が記した地球の景色を描いた絵画なども役に立つ。ジョウジは社長の審眼に敬服するばかりだった。
 先ほど見せた社長としての態度に徹する姿勢には怒りを感じるが、それとこれとは割り切って考えなくてはなるまい。

 こうしたドライになりきれない所が人間に成りきれない本質的な要因であるのかもしれない。ジョウジが運転席の上で苦笑していると、カエデが立ち上がったのが見えた。

「どこに行くんです?」

 ジョウジが億劫な様子で問い掛けた。

「大津さんたちを連れてくるんです。このことを伝えていけないので」

 カエデの説明はもっともだった。ジョウジもそれ以上は追求する気になれなかったのか、そのまま運転席の上に座りながら自身に与えられたタブレットを片手に在庫確認を行なっていた。

 在庫確認があらかた済んだところでカエデが大津一家を引き連れて戻ってきた。
 ジョウジはタブレットを運転席の上に置き、大津一家が揃ったのを見て言った。

「みなさん、惑星カメーネでの活躍、お疲れ様でした。公益が比較的スムーズに終了したのもみなさんのお陰です。本当にありがとうございます」

「よしてください。それは私たち全員の手柄じゃないですか」

 修也は謙遜した様子だった。

「フフッ、大津さん。いいえあなた方家族は本当に欲のない方々だ。心の底から敬意を表しますよ」

 ジョウジは微笑を携えながら言った。お世辞ではない。心の底から修也に向けた本音であった。

 本当ならばこのまま謙遜合戦とでもいうべき合戦が始まるところなのだろうが、ジョウジは自身の番で謙遜合戦を取りやめ、大津一家に状況を説明することにした。
 ジョウジによる説明が済むと、彼らは信じられないと言わんばかりに口を開いた。

 だが、宇宙船がヒッポタスの上に到着して茶色ばかりの草木を見て信じざるを得なかったようだ。

「すげぇ、本当に茶色のものしかねぇ」

 と、言葉を失っていたのは悠介である。宇宙船のモニターから外の景色を確認していた悠介は唖然とした表情をしていた。

「日本にも茶色の葉はあるけれど、ここまでじゃないものねぇ」

 麗俐は感心したように言った。

「フフッ、驚くのはまだ早いですよ。前回のデータによれば度肝を抜かれるのは街に行った時だそうです」

 ジョウジはタブレットの中に記録された前回の交易風景を見せていった。

 前回の交易では職人たちのまとめ役と思われる鉢巻きのような布を額に巻いた中年の男性と取り引きするジョウジや他のメトロポリス社の社員たちの光景が見えていた。

 中世のヨーロッパの人々が着るようなゆ鉛筆や折り紙それに絵画といったこの星での珍しいものと鉱石とを交換していく姿である。注目するべきところはそこではなく画面のあちらこちらを舞っている赤土である。

「どうしてこの星には土が舞っているんですか?」

 修也がその場に居合わせた家族全員が感じていた疑問を代表して口にした。

「ここが職人の街だからです。いいえ、ここばかりではありません。こうした街があちこちに散らばっているのですよ」

 ジョウジによれば前回の交易ではあちこちの街をめぐって職人たちから鉱石を回収したのだそうだ。

「しかし、どうしてそんな面倒なことを?」

 修也が首を傾げながら問い掛けた。

「簡単です。他の星と比較して統一した国が存在し、そこを治める国王や皇帝といった人々が居ないからですよ」

 惑星ヒッポタスは職人たち個々の技術レベルは中世ヨーロッパ相当の域に達しているらしいが、政治レベルやその他の技術は古代メソポタミアと同等であるかもしれないということだ。

「古代メソポタミアの時代においてはボリスという個々の村々が発展して時に互いの村々と争いになったそうですね。それが町に発展したレベルだと考えてもらっても構いません」

 ジョウジの話をまとめればヒッポタスは服飾や金属の生成技術のみが発展し、強烈な統一王朝が誕生することもなく進んでいった地球と同じだということだ。
 なんとも奥深い話だ。修也は思わず唸り声を上げた。

「でも、そんなに技術が高いならどうして王様や皇帝が出てこないの?」

「そこです。麗俐さん、この星の人々が外に出ることができない理由わけがあるんですよ」

 ジョウジはタブレットをスクロールし、剣を握った無人の甲冑の姿が見えた。

「この亡霊のような怪物が発生して人々を脅かしているからです」

 ジョウジの一言はこれ以上ないほど衝撃的であったらしい。その場にいた全員が顔を凍り付かせていた。
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