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水の惑星『カメーネ』

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 フランス。ヴィシー。機械化以前よりこの地は温泉で有名な土地であった。そのため21世紀までは20世紀の忌まわしい出来事を無駄にしないためにドイツ国民が訪れる土地という以外の特色はなかったのだ。

 しかし22世紀にもなるとフランス各地に開発の手が伸び、ヴィシーもその例外ではなく大規模な開発が進められた。
 その先端に立ったのが、現在のヴィシー財閥の前進ともいえる株式会社ペタンである。

 ヴィシーの再開発を最先端で担っていたことから株式会社ペタンは躍進を遂げて財閥へと成功した。そして二代目社長アンリの手によってとうとうその土地の名前を取ったヴィシー財閥と改めたのである。この時に数十階はあるビルがヴィシーの地に建てられた。

 現在三代目社長のリュシアンによって宇宙事業や軍需産業の拡張が進めていった。リュシアンの事業拡張は順当に進み、兵器の開発や惑星内のいざこざに介入した上での乗っ取りによって財閥の利益は過去最高を記録していたはずだった。その証拠が『ロベール』だ。
 利益をさらに高めてフランス一の財閥として世界にも躍り出るはずだった。

 しかしリュシアンにとって誤算であったのは一番利益を上げそうな星に日本の貿易会社が介入し、よりにもよって自分たちの惑星乗っ取り計画を阻止してしまったことにあった。

 地下資源が豊富な惑星だっただけもあり、リュシアンにとっては痛手であった。そればかりではない。ヴィシー財閥が手掛けたパワードスーツ『ロベール』が何体も流出してしまう羽目になってしまったのだ。リュシアンは黒革の椅子の上で頭を抱える羽目になってしまった。

「……おのれッ、メトロポリスめ……たかだか日本の一企業のくせに……」

 リュシアンは頭を抱えつつもその腹の内では燃えたぎる怒りを抑えきれずにいた。拳の中に爪を食い込ませ、口の中に数万匹の苦虫を噛み潰しながらメトロポリス社のホームページを忌まわしげに睨んでいた。

 その時だ。不意にホームページの画面が変換し、リュシアンの目の前いっぱいにメトロポリス社のフレッドセン=克之・村井社長の顔が映し出されていった。
 どうやら自身の端末がハッキングにあったらしい。

『ボンジョールノ。ムッシュ・リュシアン。私の声は聞こえていますね?』

 この時、フレッドセンが言葉が通じるかと問わなかったのは通訳機による音声通訳機能がオンになっていたからである。
 音声同時翻訳機能という機械による通訳機能が存在することで言語の差によるすれ違いは減っていた。

 もっともこうした機能はコストの面から政治家や富裕層たちといった一部の人々しか使えないというのが問題である。
 当然ながらリュシアンはそうした便利な機能が使える『一部の人々』の中に組み込まれているので言葉が通じないという言い訳は使えないのだ。

 リュシアンは脂ぎった汗を丸い頭の中で流しながらも大財閥の総帥として取るべき態度を取ったのだった。

 彼は大きく声を張り上げて、

「な、き、貴様は!?」

 と、失礼な乱入者に一言を浴びせていった。この時反射的に社長椅子の上から立ち上がったのは驚いたからである。

 三日月のように鋭く尖った両目をギラギラと睨ませるリュシアンとは対照的に画面に映るフレッドセンは極めて冷静な態度であった。
 彼は口元の端を吊り上げて意味深な笑みを浮かべた後に冷静な声で言った。

「メトロポリス社の社長、フレッドセンです。しかし飛ぶ鳥を落とす勢いとも言われるヴィシー財閥のペタン会長であれば私のことなど既にご存知のような気がしますが」

「生憎だがね、我が社はフランスでも有数の規模を誇る財閥だ。いちいち極東の同業社のことなど覚えていないね」

「そうですか、それは残念です……」

 フレッドセンはわざとらしく視線を下げた。

「フン、それで用というのはなんだ?」

 リュシアンは鼻息を鳴らしながら問い掛けた。

「まぁ、そう興奮しないでこちらをご覧ください」

 フレッドセンが画面の向こうで指を鳴らすと、すぐに画面の端に写真ファイルが挿入された。

「こ、これは……」

 映像を見たリュシアンは言葉を失った。そこには惑星カメーネにおいて自分の部下たちが溜め込んだ金貨や宝石などが詰め込まれた金庫が映っていたのだ。

「ペタン社長、これはカメーネにいる部下から送られてきたメールに添え符されたものです。幸いなことに金や宝石が奪われる前に事なきことを得ましたが、もし持ち帰っていたらどうなっていたでしょうか」

 宇宙開発にあたって世界の国々が恐れたのはコロンブスがアメリカ先住民から金を奪い取ったように地球人が各惑星から金や宝石を強奪することであった。
 過去の歴史という負い目から収奪厳禁の規則を奪った企業には重い制裁が与えられることになった。

 リュシアンが歯をギリギリと鳴らして写真から目を背けていた時だ。
 画面に映るフレッドセンはそんなリュシアンを安心させるようにニコリと笑い掛けた。

「ご安心を、現在の通信は終了次第に互いのメッセージ記録から抹消されることになっておりますし、写真も使うつもりはございません。この件は私の胸にしまっておきます」

「……目的はなんだ?」

 リュシアンは両眉を寄せながら親の仇でも見るかのような目でフレッドセンを睨みながら問い掛けた。

「今後ヴィシー財閥は惑星カメーネに関わらないでください。そして我が社に対する報復も控えてください」

 フレッドセンはここぞとばかりに凄みを効かせた。フレッドセンの剣幕にリュシアンはすっかりと萎縮してしまい弱々しく首を縦に動かした。

「忘れないでくださいね。もし先ほどの約束を破ることがあればこの件を国際社会に発表いたしますので」

「わ、わかった」

 言質は取れたと判断したのだろう。フレッドセンからの通信はプツリと切れた。

「ちくしょう! あのクソッタレどもめッ!」

 リュシアンは財閥の会長にあるまじき言葉で商売仇を罵った。そしてまたしても机の上で頭を抱える羽目になってしまったのだ。
 こうしてヴィシー財閥による惑星カメーネ乗っ取り計画は敗北に終わり、リュシアンは辛酸を舐めることとなった。

 完全敗北を喫したヴィシー財閥とは対照的に地球に戻った後に莫大な利益を上げることを約束されたのはメトロポリス社だった。

 メトロポリス社はかねてより予定していた商品の仕入れに成功したばかりではなく、コルテカ王国討伐に協力した功績を讃えられて独占貿易の締結にまでサインをしてくれたのだ。

 その上で国王から多くの芸術品が褒美として与えられることになった。どれも古代ギリシャの文明を思わせるような優れた物ばかりであり、地球のマニアたち相手に莫大な値段がつくことは間違いなかった。

 称号や領地に関しては丁重な辞退をする羽目になったが、唯一悠介だけは王国騎士の称号を付与されることになった。
 王女シーレの熱烈なアプローチもあって悠介は称号を受けざるを得なかった。

 交易が完全に終了し、見送りのパーティーも終わろうという頃のことだ。

 パーティーに疲れた悠介は夜風にあたるべく階段に向かっていた。そして宮殿の近くにある段差を椅子の代わりにして天体観測をしていた。
 なんとなく宇宙の上に広がる星々を見つめて感情に浸っていた時のことだ。

「王女殿下がご一緒してもいいですか? と聞いてますよ。悠介さん」

 ジョウジの声が聞こえてきた。悠介が背後を振り返ると、そこには通訳としてのジョウジを伴ったシーレの姿が見えた。

「悠介……本当に行ってしまうの?」

 いつもは勝気な王女が目を伏せながらどこか余所余所しい態度で尋ねた。

「うん。この後も別の星を回らなくちゃいけないからね」

「……寂しくなるわね」

「……オレも」

 悠介の声は弱々しかった。いつもの元気な姿は感じられなかった。

「ねぇ、次に会えるのはいつになるのかな?」

「さぁね、会社からの指示があればまたここに来れるだろうけど、当分は無理かなぁ」

 この時悠介が冗談混じりに呟いたのはシーレを悲しい気持ちにさせたくなかったからだ。

 だが、それでも心の底から湧き上がってくる悲しい気持ちを抑えることをできなかったのだろう。どこか弱々しい声だった。

 そんな悠介の気持ちを察したのだろう。シーレは座っている悠介の手を強く握り締めたのだった。

「……お願い。私を一人にしないで」

 悠介を握り締める手がプルプルと震えていることに気が付いた。悠介と別れたくないという彼女の意思が伝わってくるかのようだった。

 悠介はそんな彼女の意思が分かるとばかりに彼女の手の上に自分の手を重なっていった。

「大丈夫、絶対にキミのことを迎えに来るから」

 悠介の言葉にシーレは目を輝かせた。それから興奮のためか悠介を引き寄せて自らの力で強く抱擁していった。

「ちょ、シーレ、ギブギブ」

「悠介! じゃあ、今日はこのまま星を見ようよ!! 私が星座の名前を教えてあげるね!」

 シーレは悠介の痛がる様子を無視して二人っきりの天体観測を続けていった。
 悠介も最初こそ困惑した顔を浮かべていたが、次第にシーレとの天体観測が楽しくなったのだろう。

 望遠鏡はないものの地球とは異なり、空が綺麗であるため星空がはっきりと見えた。二人が満足気な顔を浮かべて星空を眺めていた時のことだ。

 ふと彗星の尾が青く光り、暗闇の底へと落ちていくのが見えた。流れ星である。

「オレの星では流れ星が落ちるまでに三度お願い事を唱えると、願いが叶うっていう話があるんだけど、シーレは何を頼んだ?」

「内緒!」

 シーレは悪戯っぽい笑みを浮かべて言った。シーレはこの時願っていたことはどうしても口に出せなかった。恥ずかしさの方が勝ったのだ。

 悠介といつまでも一緒に居たいなどと子どものような願望がどうして口にできようか。シーレは答える代わりに悠介へと寄りかかっていった。そんなシーレを悠介は迷惑がることもせずに優しく頭を撫でていったのだった。
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