上 下
124 / 191
水の惑星『カメーネ』

18

しおりを挟む
「これで形成逆転だな。小僧」

 長い殴り合いの末に勝利を収めたラオスは悠介を見下ろすように言った。ラオスの言葉は当然ながらコルテカ王国の言葉である。

 当然言葉を知らぬ悠介に理解できるはずがない。理解できるはずがないのだが、自身を見下ろしている様子を察して怒りを隠すことができなかった。

 拳をプルプルと震わせながらラオスを鋭い目で睨み付けていた。
 体を動かそうとしても殴り合った末のダメージが蓄積し、指一本動こうとしない。悠介は悔しげな目でラオスを睨み付けた。

「さてと、小僧……貴様には死んでもらおう。これは見せしめのためであるし、さらに付け加えれば貴様の首をクレスタリア王へ送るためでもあるのだ。コルテカ王国にいいや、わしに逆らえばどうなるのかを教えてやるのだよ」

 ラオスは口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべながらビームサーベルを悠介の胸元へと突き立てようとした。
 本来であれば体を転がしてでも避けなければならない。しかし動こうにも体が動かない。より正確に表せば言うことを聞かないといった方が正しいだろう。

 悠介が歯を噛み締めながらラオスを睨んでいると、ゆっくりと扉の開く音が聞こえてきた。

「何用だ? わしは今このガキと決着を付けようとしているところなのだぞ」

 ラオスが不満そうな声を吐き出しながら扉の開いた方向を振り向くと、そこには満面の笑みを浮かべて麗俐を捕らえたリディの姿が見えた。この時のリディはパワードスーツを脱いで軍服姿であった。

 それとは対照的に麗俐は『エンプレスト』の装甲を纏ったままであったが、装甲のあちこちに傷や汚れが付いていることから激闘の末にリディの手によって捕まえられたということが分かった。

「お姉ちゃん!」

「……ごめん。悠介」

 ヘルメットをかぶっていたので麗俐の表情は見えなかった。ただ視線を逸らすように頭を下げるのが見えたので、ヘルメットの下では負けてしまい、リディを連れてきたことによる罪悪感で押し潰されているに違いなかった。

 悠介はそんな姉の姿を見るたびに悔しさに胸が押し潰されそうになった。
 巻き込んでしまったのは完全に自分のせいだ。自分のせいで姉を道連れにしてしまったのだ。

 悠介が悔しげに下唇を噛み締めていた時のことだ。リディが口元を「へ」の形に歪めて笑った。
 真紅のルージュが綺麗に塗られたその唇が歪められているのを悠介ははっきりと見た。

「陛下、この女の処遇はどう致しましょうか?」

「どうするかだと? その方分かっておろう。コルテカ王国の国王に叛逆を企てたものは例外なく大逆罪だ。そしてその罰は極刑でしかあながえぬのだぞ」

「畏まりました。では、この女は処刑させていただきますね」

 リディはニヤニヤと笑いながら腰に下げていたレーザーガンを抜き、麗俐の胸元に銃口を突き付けた。

「悪く思わないでね。お嬢ちゃん。国王の命令に従わないと我が社がここの貿易を独占できなくなるのよ」

 リディが発したのはフランス語である。当然麗俐は理解できない。ただ、ヘルメットの下で睨み付けることしかできないのだ。

 悔しくともそうすることしかできない自分が不甲斐なくて仕方がなかった。
 なにせ今の自分は拘束されて動けないのだ。助けを求めようにも全員が動けない状況にあっては助ける余裕もない。
 お手上げだ。麗俐の中でこれまでの十数年間の回想が頭の中に過ぎっていった。

(あぁ、私これから死ぬんだ……でも、私酷いことをしたもんね。だから撃ち殺されるのも当然なんだよね)

 麗俐が目隠し代わりに視線を下に向けて自身に迫る銃口を意識から取り除こうとした時のことだ。

「このまま諦めるつもりですか? 麗俐さん」

 声が聞こえてきた。麗俐が声のした方向を向くと、そこには両目をキッと見開いたカエデの姿が見えた。

「麗俐さん、あなたには大きな罪があります。それは賽の河原で鬼に叛逆した子どもたちが罰として落とされる石の山よりも重い罪です。それをあなたは背負って生きなくてはなりません。そして、これからも私たちのためにコーヒーを淹れなければなりません。それがあなたの償いです。死んで逃げることなど許しませんよ」

 その言葉に麗俐は強く揺さぶられることになった。ここで死ぬというのは卑怯者のすることだ。自身にできるのはアンドロイドと人類との共存のために奔走していくことではないのか。

 麗俐はそう己を鼓舞した。死んで逃げることなど卑怯者のすることだ。そう自身に言い聞かせて走馬灯を無理やりに断ち切った。

 覚悟の決まった麗俐を見たカエデはニヤリと笑い、しゃがみ込むと、自身の腕を拘束している兵士をしゃがみ込んだ際の勢いを使って振り払ったのだった。

「クソッ!この女!」

 暴れたことにより他の兵士がカエデを拘束しようと試みたが、その前にカエデはビームポインターを取り出してリディに向けて発射していった。

 麗俐はここぞとばかりにリディの拘束を解いて軍服状態の彼女をパワードスーツを纏った拳で弾き飛ばしていく。装甲による防御がないため彼女の体にかかる負荷は相当なものであったに違いない。

 思わず耳を塞ぎたくなるような呻めき声を上げながらリディは地面の上に蹲ることになった。
 そこからはなんのアクションも起こさないところを見ると戦闘の継続が不可能であるのは火を見るよりも明らかであった。

 麗俐はリディが戦闘不能に陥ったことを再確認し、彼女の足元を転がっていたレーザーガンを拾い上げ、弟を殺そうとする狂王に向けて銃口を突き付けた。

 そして家族の命を守るため躊躇うことなくレーザー光線を照射したのだった。
 狂王ことラオスは慌てて飛び上がり、レーザー光線を回避した。

 普通であればこのまま追撃を繰り返していくことになるだろう。だが、麗俐はラオスに対する攻撃をいったん取りやめ、カエデの周りを囲っている兵士たちに向かってレーザー光線を発射していった。

 未知の熱線に怯える兵士たちを更にカエデがビームポインターによって攻撃していく。ビームポインターを受けた兵士たちは次々と地面の上へ倒れていく。バタバタとなす術もなく惑星カメーネの重力に引っ張られていくその姿はドミノ倒しのようだった。不甲斐ない部下たちに対して怒りを隠しきれなかったのは国王であるラオスであった。
 不甲斐のない姿や子どものように泣き喚く姿に彼の我慢は限界を超えたに違いない。

 彼は光線による攻撃を加え続ける二人に対して眉間に青筋を立てながらビームソードを抜いて迫っていった。

 もしこの時ラオスが怒りによって我を忘れていなければ自身に与えられたレーザーガンを使用して撃ち合いに持ち込むこともできたはずだ。

 しかしラオスはそうしなかった。自らの手で無礼な小娘二人を叩き斬ることに執着したのだ。

 麗俐にとって今のラオス以上に狙いやすい相手はなかった。ゆっくりと照準を合わせ、その肩に向かってレーザー光線を放っていった。
 熱線はラオスの右肩を直撃し、彼を地面の上に転ばせていった。

 ここでとどめを刺すべきだ。そう直感した麗俐はラオスの頭部に向かって引き金を引こうとした。
 だが、それよりも前に悠介が最後の力を振り絞ってラオスに向かって飛び掛かっていった。

「こいつはオレに倒させてくれ! シーレを苦しめたこいつだけは許せねぇからッ!」

 悠介の剣幕の前に麗俐は引くより他に仕方がなかった。悠介は躊躇うことなく自身のビームソードでラオスを貫こうとしたが、ラオスは右肩に負傷を負いつつも体を起こして悠介のビームソードを正面から受け止めた。

 それから後は熾烈な打ち合いが始まることになった。二合、三合と打ち合いが始まり、突き、払いといった地球の剣道で習う作法が繰り広げていった。

 この時の二人の獲物がビームソードやビームライフルといった光剣の類でなければ時代劇の撮影にも見えたかもしれない。

 麗俐がそんなことを考えていた時だ。動きが見えた。悠介のビームソードがラオスの腹部を貫いていったのだ。
 ラオスがビームソードの剣が腹部を貫き、ダメージによってよろめいていく姿が見えた。装甲は完全に破壊され、火花が散っている姿やそこから血が垂れて、それが地面の上に流れて血溜まりを作っている姿が見えた。

 血を流し、今にも倒れそうな姿を見て悠介は決着がついたと判断したのだろう。ビームソードを収め、そのまま麗俐の元に合流しようとした。

 その時だ。ラオスが最後の力を振り絞って自身のビームライフルを投げ付けようとしてきたのだ。

「危ないッ!」

 麗俐の声を聞いて悠介が振り向いた時には投げ付ける寸前であった。間に合うはずがない。麗俐も悠介も最悪の事態を考えて両目を瞑った時だ。真横から熱線が飛び、ラオスのヘルメットを貫いていった。

 ヒュドラをイメージしたヘルメットが割れ、その眉間に焦げ付いた跡がハッキリと見えた。

 二人が光線の飛んだ方向を振り向くと、そこにはビームポインターを握ったカエデの姿が見えた。

「ダメですよ、勝負が付くまでは油断しては」

 カエデは得意げな顔を浮かべて言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

【完結済み】VRゲームで遊んでいたら、謎の微笑み冒険者に捕獲されましたがイロイロおかしいです。<長編>

BBやっこ
SF
会社に、VRゲーム休があってゲームをしていた私。 自身の店でエンチャント付き魔道具の売れ行きもなかなか好調で。なかなか充実しているゲームライフ。 招待イベで魔術士として、冒険者の仕事を受けていた。『ミッションは王族を守れ』 同僚も招待され、大規模なイベントとなっていた。ランダムで配置された場所で敵を倒すお仕事だったのだが? 電脳神、カプセル。精神を異世界へ送るって映画の話ですか?!

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

勇者のハーレムパーティを追放された男が『実は別にヒロインが居るから気にしないで生活する』ような物語(仮)

石のやっさん
ファンタジー
主人公のリヒトは勇者パーティを追放されるが 別に気にも留めていなかった。 元から時期が来たら自分から出て行く予定だったし、彼には時期的にやりたい事があったからだ。 リヒトのやりたかった事、それは、元勇者のレイラが奴隷オークションに出されると聞き、それに参加する事だった。 この作品の主人公は転生者ですが、精神的に大人なだけでチートは知識も含んでありません。 勿論ヒロインもチートはありません。 そんな二人がどうやって生きていくか…それがテーマです。 他のライトノベルや漫画じゃ主人公になれない筈の二人が主人公、そんな物語です。 最近、感想欄から『人間臭さ』について書いて下さった方がいました。 確かに自分の原点はそこの様な気がしますので書き始めました。 タイトルが実はしっくりこないので、途中で代えるかも知れません。

【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する

土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。 異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。 その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。 心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。 ※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。 前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。 主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。 小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。

処理中です...