上 下
112 / 190
水の惑星『カメーネ』

しおりを挟む
 気が付けば悠介は客間を抜け出し、見知らぬ場所へと迷い込んでいた。辺り一面の闇の中で悠介は心細くなった。体は大きいとはいえ彼も思春期の青年。無理はない。そのため両親を求め慌てて帰ろうとするものの、どこへ行ったらいいのか分からなかった。

 見知らぬ土地である上、この星には月の光以外に夜の光を照らすものはないのだ。帰ろうにもどちらの方向へと行けばいいのか皆目検討もつかないのだ。
 悠介は両肩を落とし、その場に座り込むことにした。

 そしてぼんやりと空の上を見上げた。悠介の真上に見えるのは巨大な月だった。緑色の光を放ち、周囲を照らす唯一の街灯ともいえる存在だ。

 だが、月の光だけでは心許ない。悠介にとっては地上へと降り注がれる微かな光は慈悲の女神が罪人に与えるような小さくてか細い蜘蛛の糸のようなものだった。途方もない絶望の中に差し出された最後の希望ではあるものの、その希望は糸通しを使わなければ入れることができない針の穴のように小さかった。


 そんなくだらないことを考えていると、悠介は国語の時間に習った話を思い出した。生前に放火や殺人を繰り返した大泥棒が血の池地獄でもがき苦しむ中、雲を踏み殺さなかったことによって仏から慈悲を与えられて糸を辿って極楽へと行こうとする話だった。
 思えばあの大悪党も今の悠介のような心持ちで血の池を蠢きながら血の池に垂らされた蜘蛛の糸を見つめていたのかもしれない。

 だが、話の中の大泥棒と異なるのは蜘蛛の糸とは異なり、月の光があまりにもか細くて小さいことだ。これでは帰ることは難しい。
 悠介が頭を抱えていた時のことだ。闇の中で灯りが動いているような気がしたのだ。最初こそ悠介は気のせいだと思うことにした。が、確かに灯りは動いた。蛍の光のように小さいな灯りである。悠介がジッとその灯りを見つめていた時だ。闇の中からシーレとジョウジの二名が姿を現したのである。

「ジョウジ! それにシーレも!」

 不安に苛まれていた悠介は両目を開いて自分の元に来る二人の仲間たちを待つことにした。

 両手を広げて抱擁を求めていた。そこにシーレが勢いよく飛び込んできたのだからたまったものではない。
 後方へと倒れそうになったところを慌てて両足で踏ん張り、ギリギリのところでその場に踏み止まった。

「フゥ、心配しましたよ。悠介さん。ここは地球ではないのですから勝手な行動は慎んでください」

 ジョウジの言葉はいつもより険しいものであった。その言葉の裏にはかつて分け目も振らずに走り、『賞金稼ぎバゥンディ・ハンター』たちに捕えられてしまった悠介に対して釘を刺すという意思もあったに違いない。

 悠介も自身の悪癖のことを理解したに違いない。丁寧に頭を下げて謝罪の言葉を口に出していった。

「今度から気を付けてくださいね。感情のまま赴いてしまうのはあなたのよくないところだ」

「は、はい。気を付けます」

 悠介はすっかりと項垂れてしまったようだ。足をわざとふらつかせて歩くなど、先ほどよりも気落ちした態度を見せていた。

「ねぇ、悠介があんなに落ち込んでいるわ! あなた一体、彼に何をしたっていうのよ!!」

 シーレは激しい口調でジョウジを問い詰めていった。

「何って、少し説教しただけですよ」

 ジョウジの言葉に嘘偽りはない。本当に説教しただけなのだ。

 だが、シーレは納得がいなかったらしい。引き続きジョウジを問い詰めようとしたものの、ジョウジは既にシーレの元から離れ、元の宿舎へと悠介の道案内に向かっていた。

 自分の元から上手く逃げ出したジョウジをシーレは不満気に睨んでいたのだった。

 その翌日も不満が取れなかったのか、客室棟の大広間で朝食として提供された鴨のオリーブ蒸しを食しながらジョウジを睨み付けていた。
 黒パンを苛立ちながら齧っていた時だ。

「ヤァ、使者殿。そして我が娘シーレよ。朝食はどうかな?」

 上機嫌な笑みを浮かべたアリソスが手を挙げながら大広間へと足を踏み入れてきたのだった。

「はい。最高の味です。陛下」

 ジョウジは深々と頭を下げながら言った。ジョウジが頭を下げるのに対して他の乗船員たちも同じように頭を下げていく。

「いや、よいよい。頭を上げてくれ。本日わしがここに現れたのは今より至急の綸旨を伝えるためじゃ」

「黄金の羊ですか?」

 ジョウジの問い掛けにアリソスは迷うこともなく首を縦に動かした。

「左様。船はこちらの方で用意したからそれに乗って、コルテカの地まで行ってくれ」

「いいえ、陛下のお気遣いには感謝致しますが、コルテカまではこちらの船を使わせていただきます」

「なるほど、噂に聞く空を駆ける船とやらか」

「はい」

 ジョウジは真っ直ぐに答えた。ジョウジがアリソスからの申し出を断ったのは理由がある。遠慮という姿勢を取り、アリソスからの関心を買うことも重要であったが、この星で必要以上の時間を掛けたくなかったというのが本音だったのだ。

 手漕ぎや風に身を任せるような原始的な船では何日掛かるかわかったものではない。その点空を駆ける船もといヘリコプターで移動すればすぐに着く。

 そうした本音を知らないアリソスはジョウジのもう一つの目論見通りの反応を見せた。

「殊勝な心掛けである! よかろう! お前たちの船でコルテカの地を目指すが良い」

 ジョウジはそれに対して再び頭を深く下げた。この時、ジョウジは心の中で戦国の時代に主君から情報収集や暗殺を命じられた忍びに己をなぞらえていた。
 異星の殿様は古代戦国の殿様よりも何倍も横暴のように思えるが、これも交易のためだ。歯を食いしばって仕事を完遂させるしかない。

 朝食を終え、身支度を整えたジョウジたちは宿舎の外に出ると、フレッドセンから預かった例のターボシャフトエンジンを搭載した巨大ヘリコプターが現れた。
 しかも前回よりも規模もスペックも上位のものであった。

 今回は五人どころかそれよりも多い七人が乗れるほどのスペースが搭載されている上、護衛用の武器として巨大なレーザー砲までが搭載されている本格的なヘリコプターなのである。

 恐らく、軍事用の兵器を民間のヘリコプターに収容したものなのだろう。違法改造の商品であり、これを国外から輸入するのに社長は相当骨を折ったに違いなかった。

 今回の交易にはそれだけ期待を掛けているということなのか、はたまた今回の交易先はどこも前回以上に危険が伴うためなのか、その両方であるのか、ジョウジはフレッドセンの心境がわからなかった。

 苦笑しながらジョウジはヘリの操縦席へと乗り込み、全員が席へと座るのを確認するために背後を見渡していった。
 だが、その時に異変に気が付いたのだ。ヘリコプターの一番後ろの席の隅にシーレの姿が見えたのだ。

 ジョウジは慌ててヘリコプターのエンジンを切って地面の上に降り立った。
 それからヘリコプターの扉を開けてシーレを引き下ろそうとした。

「嫌よ! 私も行くの!」

「これは遊びではないんですよ!」

 そうしたやり取りを続けている中で口を挟んだのは悠介であった。

「まぁ、待ってくれよ。そんな乱暴に扱わなくてもいいじゃないか?」

 悠介は顔いっぱいに笑顔を浮かべて媚びるように言った。

「乱暴になって扱ってませんよ。ただ、少し注意してるだけなんです」

「注意って?」

「決まっているでしょう? 殿下が勝手に我々の旅へ同行しようとしたことについてです」

 ジョウジは至極当たり前のことを言ったつもりだった。少なくとも地球においては常識であるはずだった。

 しかし、悠介はそのことを分からずか、分かってか、しつこく食い下がったのだ。

「それでもやっていいことと悪いことがあるでしょう? よりにもよって女の子にそんな乱暴なことをするなんて」

 悠介はハッキリとした敵意に満ちた目でジョウジを睨んでいた。それから無理やりジョウジとシーレとの間に割って入り、二人を引き離したのだった。
 それからシーレの前で守るように立ち塞がった。

「シーレに乱暴をするのならオレを倒してからにしろ!」

 悠介の目に迷いは見えなかった。どこまでも真っ直ぐな瞳がジョウジを射抜いていたのだ。

 真っ直ぐな正義感を振り回した故の行動であるだけに説得は難しそうだった。
 差し詰め今の悠介はお姫様(実際にシーラは王女だが)を守る勇ましい騎士ナイトのつもりなのだろう。

 ヒーロー気取りの相手ほど厄介なものはない。もし、下手に引き離すようなことがあれば『ゼノン』を武器に暴れ回りかねない。

 ジョウジからすれば不毛極まりない争いを異星のそれも一番力を持った王国の庭先で起こすことなど絶対に避けたいものだった。

 その一方でシーレを連れて行き、万が一のことがあれば国王がどう出るのか分かったものではない。

 本来アンドロイドであり、痛むはずのない額を黙って抑えながらジョウジは溜息を吐いていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

義体

奈落
SF
TSFの短い話…にしようと思ったけどできなくて分割しました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

門番として20年勤めていましたが、不当解雇により国を出ます ~唯一無二の魔獣キラーを追放した祖国は魔獣に蹂躙されているようです~

渡琉兎
ファンタジー
15歳から20年もの間、王都の門番として勤めていたレインズは、国民性もあって自らのスキル魔獣キラーが忌避され続けた結果――不当解雇されてしまう。 最初は途方にくれたものの、すぐに自分を必要としてくれる人を探すべく国を出る決意をする。 そんな折、移住者を探す一人の女性との出会いがレインズの運命を大きく変える事になったのだった。 相棒の獣魔、SSSランクのデンと共に、レインズは海を渡り第二の故郷を探す旅に出る! ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、で掲載しています。

処理中です...