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水の惑星『カメーネ』

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 宮中に迎えられてからは非常に慌ただしいものがあった。一行はチャイと茶菓子でもてなされた後ですぐに女中と思われる女性が持ってきた料理が目の前に並べられていったのだった。

 シンプルなキルト式の布に簡素な首飾りを付けた美女たちが作りたての料理を置いていくのを一行はボンヤリと見つめていた。

 訳のわからないという顔を浮かべる一行を前にして、

「さぁ、今宵は歓迎の式典であるッ! 天よりの使者殿を心の底から楽しませるのだッ!」

 アリソスは銀のグラスの中に入った葡萄酒を掲げた。それから集まった臣下たちに向かって改めて酒宴の開催を表明したのだった。

 そんなアリソスやシーラ、そして王子ジェリーの三名の前には日本の高級料理である懐石料理並びに高級酒が並べられていた。
 三人は酒宴の傍らにジョウジたちから献上された料理や酒を口に入れていたが、どれも気に入ったのか、喜びを露わにしたような態度を露わにしていた。

 その中で料理をもっとも気に入ったのは皮肉にも『天よりの使者』たちの排斥を熱心に主張していたジェリーだった。ジェリーは日本料理の中でも雉の肉のつみれが使われた吸い物を気に入り、お代わりを要求したほどだった。

 もちろん予備は用意したものの、すぐに食べ尽くし、あまつさえ父親から料理を奪い取ろうとしたので窘められるほどであった。

 アリソスは肩肘をつき、盃の中に注がれた高級酒を啜りながら、使者たちに無礼な態度を取る息子を軽蔑の目で見つめていた。

 料理が済んだ後は贈り物を与える番であった。アリソスは贈り物の中でも特に日本の鎧兜を気に入っていた。会談の場であること忘れ、鎧兜を着用しようとしたほどであった。

 その一方でジェリーが気に入ったのは日本刀であった。渡された日本刀を何度も鞘から抜いては刃が放つ光沢を前に何度も恐ろしげな笑みを浮かべていた。

 シーレは父や兄とは異なり、血を見るのが嫌いな性分であることから2人が興味を示さなかった日本人形に夢中になっていた。わざわざ食卓の上で鳥料理を貪っていた悠介を引っ張り、日本人形の解説を求めたほどであった。

 無論、悠介は英語も分からないのだ。シーレが何を言っているのか分からなかったので愛想笑いを浮かべ、その場を誤魔化すより他に仕方がなかった。
 そのため解説役として手が空いていたカエデを連れてくることになった。

「この人形は日本の博多と呼ばれる地域で作られた人形です。元は昔の踊り子を模ったものです」

「昔の踊り子?」

「えぇ、今の地球もとい日本ではこの人形のような格好をすることはほとんどございませんから」

 シーレはカエデの解説に納得がいかなかった。美しい彫刻や絵画は多く制作されているが、そのどれもが自分たちと同じような格好をしている。

 天の世界では絵画や彫刻とは異なる格好をするのだろうか。
 シーレが首を傾げていた時だ。急にアリソスが大きな声を張り上げた。

「何!? 我々に武器を提供できぬというのか!?」

「申し訳ございません。貴族によって我々は武器を取り扱うことができないのです」

 と、前置きして説明するより他に仕方がなかった。

「しかし、我々に贈った剣は武器ではないのか!?」

「あれは武器ではあるものの、工芸品というのが我が星の位置付けでして……」

「納得がいかん! コルテカには武器を提供しておきながらワシらには提供せんというのか!?」

 アリソスの両頬は林檎のように赤く染まっていた。それだけではない。眉間に深く皺を寄せ、荒い息を吐いている。
 古典に登場する横暴な国王のように感情のまま怒り狂っているのが見てとれた。

「そこは恐らく、我々とは異なるところですので、規則なども異なります」

「ふざけるな!」

 アリソスは己の感情のままジョウジを罵倒し続けていた。そのためジョウジは怒り狂う国王の説得に苦労していた。頭を下げつつもクレタリア王国とは交易を望めないことを薄々と察し始めていた。そうなれば在庫は破棄だ。

 クレタリア王国もとい惑星カメーネで売り上げる予定であった商品は全て在庫として抱えることになり、メトロポリス社に多大な損害を与えてしまうことになる。

 それだけは避けたかった。そのためジョウジは必死になって説得を続けていた。
 しかし返ってくる反応は同じだった。無限に燃え続ける炎に向かって水を掛けていくような無意味な行いのように思えたものの、やるしかなかった。

 幸いであったのはここで助け舟が出されたことだ。異変を聞き付けたシーレがアリソスの元へと駆け寄ってきて父親に意見を行なった。

「お父様! どういうことですの!? 先ほどまではあんなに交易をされることをお望みだったというのに……」

「もうそんなものはないわッ!」

「どうして? それじゃあはるばる天から来られた使者の方々が可哀想だわ」

 シーレは哀願するように父親を見つめた。瞳の中に涙を浮かべたのも効果的であったかもしれない。

「可哀想も何も、我が国の国益に沿わぬことであるから仕方がなかろう」

 愛娘の涙を見たことで落ち着きを取り戻したのだろう。アリソスは先ほどよりも静かな口調で答えた。

「それでも美味しい食事やお酒、その他にも素晴らしい贈り物をいただきのは事実でしょう? それなのに無碍に追い返そうとなさるなんて……」

「平時の時であればそれもいいかもしれん。だが、今はコルテカとの戦争の真っ只中なのだ」

「なら、黄金の羊の毛皮を取ってくるようにお申し付けになられては? それならば納得がゆくでしょう?」

 シーレが発した『黄金の毛皮』という言葉を聞いてアリソスの顔色が変わった。

『黄金の毛皮』というのは文字通り黄金で作られた羊の頭部と毛皮のことである。コルテカの王家に代々伝わる秘宝であり、コルテカの王は先代の国王から王冠とこの毛皮を受け取ることで初めて国王と認識されるのだ。
 日本でいうところの天皇家が代々帝位の証明として扱う『三種の神器』と同様のものだといってもいい。

 それを奪い取ったとあれば現コルテカ国王であるラオスはもはや国王とは呼べなくなる。それどころか、正式な『黄金の毛皮』をアリソスが所有することによってアリソスがコルテカの王を称することも可能なのだ。

「なるほど、妙案じゃ」

 と、アリソスは納得した表情を浮かべた後に緊張した顔のジョウジに向かって告げた。

「我が娘との会話を聞いておったのならば分かるであろう? コルテカの地より『黄金の毛皮』を奪い取ってこい。そうすればお主らとの交易を認めよう」

 ジョウジは二の句が継げなかった。あまりにも無茶苦茶な提案であったからだ。
 膝をついたまま視線を地面の上に落としていた。すると、冷や汗が地面の上に落ちていくのが見えた。こんなところまで人間の機能を真似しなくてもいいというのに……。

 ジョウジは惑星カメーネで多くの時間を費やすというデメリットと惑星カメーネに向けた商品が全て無駄になるということを避けるというメリットを天秤にかけた末に商品を無駄にしないという選択肢を選ぶことになった。

 アリソスの臣下のように膝を突き、もう一度頭を深く下げてから肯定の言葉を口にしていった。
 それを聞いたアリソスはニヤリと笑みを浮かべた後で調子のいい声で言った。

「よろしいッ! 使者殿よ、今日のところは宿舎でゆっくりと休むのがよかろう。さぁ、者ども!使者殿を宿舎へ案内するがよい!」

 アリソスが手を叩くと、女中たちが宴会場の部屋の隅から姿を見せた。
 修也たちはその女性たちに導かれるまま、宿舎と呼ばれる施設に連れて行かれた。

 宿舎は宮殿を降りた側にあった。大きな建物であった。バスケットボールをこよなく愛する悠介から見た宿舎は平べったく大きな長さは体育館のようであった。
 だが、中に広がっていたのは見慣れたバスケコートではなく、だだっ広い真っ白な広間であった。

 玄関も兼ねているのだろう。広間の先にはあちこちに伸びた蜘蛛の糸のような小さな通路が見えた。その先には客室がある。

 そして女中に案内された先には自分たちの部屋が広がっていた。
 案内された客間は悠介が地球の町田市にある一軒家のような自室のように扉はなかった。だだっ広く吹き抜けた場所であった。部屋の中もさっぱりとしており、机と椅子、そして天幕のついた豪華な寝台が置かれているだけだった。

 幸いであったのはもてなしのため机の上に果物が載っていることだろう。

 だが、どれも地球では見られないような果物ばかりなので悠介は手を付けることに躊躇っていた。このまま眠ってしまおうかと考えたものの、不思議なことに欠伸一つ出ない。

 携帯端末でも触ろうかと考えたものの、どこか味気がないので今日のところは運動をして過ごすことに決めた。
 早速地面の上に降りて腹筋でもしようかと考えた時だ。

 月の光に照らされ、部屋の中に誰かが入ってきたのが見えた。
 部屋の中にいたのはシーレであった。

「ごめんね、あなたのことが心配で内緒でここを訪ねてきたの。少しお喋りしたいんだけどいいかな?」

 もちろん、クリタリア王国の言葉など悠介は知らない。そのため困惑した顔を浮かべながら首を小さく縦に動かすより他になかった。

 シーレはそれを見て楽し気な笑みを浮かべながら悠介の元へと近寄っていった。
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