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第一植民惑星『火星』

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 アレックスはかつての片割れであったカリグラが死亡した後は表に出ることを避けていた。

 それは自分たちにとっても縁の深い少女の手によって倒されてしまったカリグラの二の轍を踏まないようにしていたからだ。

 そのためアレックスは外に出たい衝動をかつて刑務所に入っていた時に呼んでいた聖書を読んだり、大好きなチャイコフスキーの音楽を聴いたりして押さえ込んでいた。

 その戯れにメイドであるアンドロイドのアレクサンドラに電子鞭を使って当たり散らすことも忘れていなかった。

 だが、一週間も経つと次第に家の中で引き篭もるという生産性のない生活に嫌気がさしたのか、残っていたバギーを使って街に繰り出していった。

 100年以上前は一ヶ月以上も自宅の中に閉じこもっていたという異常な時期があったようだが、アレックスはその時代に生まれなくて良かったとほとほと思った。
 今の自分では一週間ですら限界だったのだ。それが一ヶ月以上も続くなど考えるだけで身が震えた。

 そこでモヤモヤとした気分を晴らすべく、街の中をバギーで走り回っていると、父親と思われる男性と共にいた美しい女性を発見した。
 彼女は短い金髪を整えた小顔のハッキリとした目鼻立ちをしていた。

 まるで、映画のスクリーンから抜け出してきたような美女だった。
 映えるような赤いディナードレスを着て、首元には小さな金色の首飾りを付けていることもまた興奮させられた一因であった。

 アレックスが自分のものにしようと結論付けたのも無理はない。
 バギーを止め、地面の上に降りると、涼やかな表情を浮かべながらその美女に迫っていった。

 その際に父親が止めようとしたが、アレックスは苛立ちを覚えたのか父親を撃ち殺して泣き叫ぶ美女の口元に口枷を取り付けた。アレックスの持つリモコンでしか取り外すことができない最新式のモデルであり、彼女から声を奪うことはアレックスにとって快感そのものだった。

 そんな状態にした美女をアレックスは『彼女』と呼んでさまざまなところへと連れ回した。

 そして最後に連れて来たのは、たまたま見つけた場所だった。
 少し前にバギーで郊外を走り飛ばしていた時にたまたま見つけた場所であった。

 そこは大きな岩と岩の間に挟まれた場所であり、普通の人ならば素通りしてしまうような場所だった。その岩と岩の間に隠れるように巨大な石造りの入り口が見えたのだ。

 当初は砂風によって運ばれた土や砂埃などで石造りの門が風化しているのが見えた。そのため門のあちこちにヒビが入っていた。
 だが、アレックスは恐れることなく門の中へと入っていった。

 門は地下へと続いており、そこにはエジプトのピラミッドのような設備が整えられていたのだ。

「今日はオレのお気に入りの場所に案内するよ」

 アレックスは彼女に向かって満面の笑みを浮かべながら言った。満面の笑みとは言いつつもその顔はどこか恐怖に溢れていた。
 連れてこられた女性は剥き出しになっていた肩を両手で押さえて震えていた。

 アレックスは神殿と自身との両方を怖がる彼女の腕を引っ張って無理やり神殿の奥へと引き摺り込んでいった。

 深い地面の底にでも降りているかのような階段を降りていき、自身の背後に並べられている鎧を着た骸骨たちを指差していく。

 どの遺体にも鎧が着せられ、生前と同じように緑色のマントのようなものを羽織らされている。アレックスは緑色のものが何であるのかは知らない。
 ただ、どの兵士たちも例外なく巻いているのが印象的である。

「これさぁ、古代の火星文明のミイラなんじゃあないかなぁって思うんだ」

 アレックスは戯れに古代の火星文明が持っていたと思われる骸骨の手から古い形の剣を手に取りながら言った。

 それから戯れに攫ってきた女性へと向けて錆だらけの刃を振っていく。それを見た彼女は慌てて怯える姿を見せた。

 せめてもの防御になればと慌てて両手で顔を隠す仕草をやってみせた。

「ハハッ、ごめん。ごめん。からかいすぎた」

 アレックスは小さく首を縦に振った後で長剣を持ち主であった骸骨の手に戻し、もう一度彼女に向かって笑い掛けていった。

「ほら、武器なんてもう持ってない! 安心したろ? じゃあ話を続けるぜ」

 アレックスは彼女に向けて笑い掛けた後で大きな埃だらけの柱を摩りながら言った。

「とにかく、ここはさぁ、中国の兵馬俑みたいに古代の文明がそのままそっくり地下に再現されてるんだと思うんだ。もしこれをオレがみんなに教えてやったら驚くだろうなぁ~」

 アレックスはニヤニヤと意地の悪い笑いながら言った。彼の頭の中には火星に存在した古代文明のことを知り、驚いた顔を浮かべた人々の姿があった。

 当然である。仮に火星に古代文明が存在していたとするのならばこれまでの火星には文明と思えるものが存在しなかったという仮説が崩れ去ってしまうのだ。

 歴史学者、惑星学者、宇宙学者といった学者たちがこれまでの常識を火星の開拓史上最悪の犯罪者の手によって覆されることになるという事態へ見舞われることになるのだ。

 彼らの屈辱は計り知れないものがある。
 そのことを想像したアレックスはヘラヘラと笑いながら彼女へと向けて笑っていった。

「お前はこれについてどう思う?」

 そこでようやく彼女は口に咥えさせられていた人口の口止め機を外された。

 だが、返ってきた言葉はアレックスの予想に反した最悪のものだ。

「お、お願いです! 私を家に帰してください!! なんでもします……だから、私を家に帰して……」

 涙と鼻水に塗れた顔で懇願されたものの、知性も学問的観点も感じられない愚かな回答だった。
 自分の予想していた回答と異なる回答を返されたアレックスは不愉快両眉を寄せた後で拘束されていた彼女の腹を苛立ち紛れに蹴り飛ばしていった。
 薄いディナードレス越しなのでより強くその痛みは感じられたに違いなかった。

 それからもう一度口止め機を口の周りに付けたかと思うと、呻めき声を上げる女性の腕を乱暴に掴み上げながら神殿の外へと引っ張り出していった。

 アレックスは船の上に吊り上げられた魚のように体をばたつかせる彼女の服の裾を引っ張りながら火星の土の上へと放っていった。

「チッ、全くイライラさせやがる女だ」

 アレックスは苛立ち紛れにビームライフルを構えた。ビームライフルの照準が命乞いを行う彼女へと向けられた時だ。

 突然アレックスが構えていたビームライフルの銃身の上に山高帽のような姿をしたスライム状の生物が止まった。

「なんだ、こいつは?」

「お前がどういった経緯でここを見つけたのかは知らない。だが、お前は新たな将軍になれる。ついているぞ」

「将軍? 何を言ってるんだ?」

 アレックスは訳が分からないと言わんばかりに首を傾げていた。
 アレックスのみならずほとんどの人が同じような問い掛けを口にしたに違いない。この時ばかりは狂った犯罪者といえども大衆と変わらない反応を示していた。

 だが、スライム状の妙な生き物はそれ以上のことを説明することもせずに、ククッと笑うばかりであった。

 苛立ちを覚えたアレックスはビームライフルの引き金を放ち、スライム状の生物ごと彼女を吹き飛ばすつもりだった。
 だが、それよりも前にスライム状の生物はアレックスの頭上へと飛んでいき、アレックスの顔へ張り付いていった。

「なっ、て、テメェ! 何をしやがる!」

 スライムの顔が貼り付いたことによってアレックスに変化が生じていった。

 アレックスの顔からスライムが染み込んでいった。これはアレックスの相棒であるカリグラが単に寄生されただけであるのとは対照的であった。

 アレックスはスライムが顔にへばり付いたこともあってビームライフルを捨てその場でもがき苦しむ様を見せた。

 幼児のように地面の上を両足でバタバタと叩いていた。その姿はとても火星全土を恐怖の底へと叩き込んだ凶悪犯のものであるとは思えない。

 アレックスの無惨な姿を見て連れ去られた女性はここぞとばかりに近くに停めていたバギーを強奪した。鍵がかけっぱなしであったことは不幸中の幸いであったといってもいい。ともかく、彼女はその絶好の機会を利用してその場から逃げ去っていった。

 スライムが顔に張り付き、自らの生命を吸い取られていたアレックスは女性が逃げていく姿を黙って見つめることしかできなかった。

 それでも火星の赤土を掴み、必死になって逃げ出したバギーを追い掛けようと手を伸ばしていたのは彼の執念から出たものだろう。

 アレックスは弱々しい声で、

「ちくしょう。ま、待て」

 と、逃げ出した女性に向かって呼び掛けていた。

 無論、アレックスの限界まで絞り出したような小さな声は聞こえなかったし、聞こえていたとしても彼女は無視したに違いなかった。

「ハァハァ、クソッタレ」

 アレックスが先ほどのような口汚い言葉で逃げ出した女性を煽っていた時だ。

「惨めなものだな」

 と、脳の方にスライムの声が聞こえてきた。

 アレックスはその声を聞いた瞬間にこれまでに感じたことがない怒りを感じた。
 噴火直前の火山からマグマが湧き上がってくるかのような激しい怒りの念が沸々と湧き上がってきたのだ。

 アレックスは苛立ち紛れに赤土塗れの手を握り締め、力任せに拳を放っていった。
 当然何もないところに拳を放ったので何にも当たることはなかった。

 ただ、拳は空を振っていったのみである。

「ちくしょう! いるんだったら出てきやがれ!」

「断る。私はキミの体を借りることにした」

「一言もなくか!? テメェ、それは借りるんじゃなくて貰うのと一緒だぞ!」

「……きみが言うかね」

 アレックスの体に寄生していった生物からは呆れたような声で言った。

 こうした事情はあれども結果的にアレックスはカリグラと同様に自身の意識を保ったまま化け物のスライムに身体を許すことになったのだ。

 無論スライムの持つ強力な力と引き換えにである。
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