メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井

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第一植民惑星『火星』

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「なんだって!? 麗俐がホバーバイクで暴走している!?」

 その報告を修也がジョウジから聞いたのは宇宙船にあるダイニングルームの中だった。

「えぇ、なんでもホバーバイクの背中に外国人の若い女性を背中に乗せて街の中を暴れ回っているとか」

 ジョウジの言葉を聞いた修也は信じられないとばかりに両目を見開いていった。

「そ、そんなあのお姉ちゃんが? そんな馬鹿なことをするはずないだろ?」

 悠介も父親と同様の反応を見せた。姉である麗俐がそんな大それたことをする姿が想像できなかった。

 だが、ジョウジは残念そうな顔を浮かべながらその問い掛けに首を横に振っていた。

「それが事実なんですよ」

 ジョウジは残念そうな顔を浮かべながら携帯端末に映る麗俐の姿を見せた。
 夜中であるにも関わらず警察官の静止を無視してホバーバイクを走らせる麗俐の姿が画面の中に映っていた。

「た、確かにこれはうちの娘だ」

「お分かりいただけましたか? 大津麗俐さんは間違いなくホバーバイクを乗り回して暴走していますよ」

「けど、何か事情があるんでしょ!? うちの姉がこんな理由もなく無免許でバイクを運転するはずがありませんよ!」

 悠介は必死になって訴えた。法廷における弁護側の証人かのような懸命さであった。

「でしょうね。当局もそう見ているらしいです」

 背後からカエデが姿を見せながら言った。それから手元に抱えていたタブレットの画面を宙の上へと広げていき、修也たちへと拡大した箇所を見せていった。

 拡大した写真の背後には凶悪な戦闘スーツを纏った男の姿が見えた。

 男はバギーの上に乗った姿でブラスターを構えながら逃げる麗俐たちを追い掛ける姿が映っていた。

「こいつに追われているの?」

 悠介は声を震わせながら問い掛けた。

「えぇ、ですので麗俐さんとその背中に跨っているお方は『保護』するという名目で当局も動いているんです」

『逮捕』ではなく『保護』という名目で動いてくれるのは不幸中の幸いだった。
 どうやら麗俐は逃亡の最中に人を轢いたりはしていないらしい。
 それだけでも助かったし、修也たちからしてもそちらの方が動きやすいものがあった。

 そのため修也は早速ジョウジたちに訴え掛けた。

「では、我々も動きましょう」

「お待ちください。大津さん。このことは警察に任せましょう。我々としても『藪を突いて蛇を出す』ような真似はしたくないのでね」

「そ、そんな」

 ジョウジからの突き放すような回答を受けて修也は漠然とした顔を浮かべていた。

「オレたちは見守ることしかできないっていうんですか!?」

 悠介が強い口調で問い掛けた。その口の中には姉を見捨てようとする意思を見せるジョウジに対する怒りもあったかもしれない。

「残念ですが、そうでしょうね。皆様方が麗俐さんを思う気持ちはよく分かりますよ。けど、これは麗俐さん自身の問題です。我々が口出しできる問題でもないでしょう」

 カエデの言葉は正論だった。それ故に反論はできないはずだった。

 だが、悠介は違ったらしい。激昂した様子で椅子の上から立ち上がり、自身の懐においていた『ゼノン』のカプセルを握り締めると、そのままボタンを押して階段を下ろしていった。

「悠介さん、何をするつもりですか?」

 慌てたジョウジが止めに入ったものの、悠介はその声を無視し、梯子を降りて空港の上へと降り立っていった。

 それから車が来ていないにも関わらず、滑走路の上を全力で走っていったのである。
 その姿を見た三人は慌てて宇宙船の上に降り立っていったが、既に悠介は三人には追い付けない距離を走っていた。

「参りましたね。まさか、悠介があんなに後先考えずに麗俐を思って飛び出していくなんて……」

 地球において麗俐が転校を決めた時とは比較にならないほどの姉思いな行動だった。修也が頭を抱えていた時だ。

 隣にいたジョウジが懐からホバーキックボードのカプセルを取り出し、地面の上に置いた。
 惑星ベル以来の懐かしいのホバーキックボードだった。

「それではカエデさん、留守をよろしくお願いします」

 ジョウジがカエデに留守を頼み、背後に跨って修也と共に悠介の後を追おうとした時のことだ。

「待ってください。今回の一件……私に任せてもらえませんか?」

 カエデはいつになく真剣な顔で訴え出た。

「いいですが、またどうしてですか?」

 流石の態度を見て疑問に思ったのか、ジョウジは問い掛けた。

「……私は麗俐さんには思うところがあるんです。確かに麗俐さんは世間一般的に見れば誰も庇うことができないような悪事を働きました。その件に関しては間違いありません」

 沈黙は肯定と同じとはよく言ったものだ。ジョウジは真面目な顔を浮かべて、修也は複雑な顔を浮かべながら聞いていた。

「ですが、私は麗俐さんがやり直そうと一生懸命にしているところを見てきました。私たちにコーヒーを淹れてくれようとしたり、あの力を有効に活用しようとしたりしていたことが何よりの証拠です」

 カエデはそう言った後で両目に記録していたという海賊ルドルフ・ランツベルク一味に囚われた際の麗俐と自分とのやり取りを映像にして壁の上に映し出していった。

 アンドロイドと人間という種族の違いはあれども同じ女性ということで二人は同じ檻の中に乱雑に閉じ込められることになった。

 この時あのキャップ帽を被り、消防隊員の通常服のような服を着た男たちが見回りに現れ、食事を提供したが、その際にはメンテナンスの機械一式が揃えられていた。

 麗俐は提供された食事を平らげた後でカエデのメンテナンスを始めていった。
 通常であるのならば自身の身の上ばかりを案じてアンドロイドのメンテナンスを行う余裕などないはずだ。

 その上、宇宙船から外に出た時には腕をへし折られるほどの恐怖を浴びせられている。メンテナンスなどできる精神状態ではないはずだ。

 だが、麗俐は恐怖する姿など微塵も見せずにカエデのメンテナンスを進めていった。電子説明書のリンクが隣に置かれていたということもあってメンテナンスはスムーズに進んでいった。

 カエデは顔のパーツが正常に戻ったことを確認し、檻の中に置いてあった二人掛けのベンチの上へと腰を掛けた。
 その様子を見た麗俐は不安そうな顔でカエデへと問い掛けた。

「そ、そのどうだった? 私のメンテナンスは?」

「可もなく不可もなくというところです。普通のメンテナンスでしたよ」

 捕らえれたということもあってカエデはいつもより声を低くした様子で答えた。

「そ、そっか……ごめんね。今度はもう少し上手くするから」

 麗俐はいつものようにおどおどとした態度で答えた。

「……麗俐さん、前々から言おうと思っていましたが、あなたは人間なんですよ。アンドロイドと違ってコーヒーが上手く淹れられないのは当然ですし、メンテナンスが機械ほど上手くできないのも当然ですよ。そこまで気張る必要なんてないんですよ」

「で、でも、少しでもあなたに尽くしたくて……」

「結構です。あなたは我が社の護衛官で私はあなた方に護衛される通商用のアンドロイド……それだけの存在なんですから」

「私だって役に立ちたいしーー」

「それはあなたの贖罪意識から来るものですか?」

 その問い掛けを聞いた麗俐は両肩を強張らせていった。その際にカエデを見つめる両目は大きく見開かれていたのが見えた。

 だが、カエデは容赦することなく言葉を続けていった。

「はっきりと申し上げますが、私もジョウジさんもあなたに世話してもらおうなんて思ってもいませんよ。それはあくまでもあなたの身勝手な意識からくるものでしかないんです。第一、あなたがどれだけ私やジョウジさんに尽くしてもあの子は返ってこないんですよ」

 麗俐はその言葉に衝撃を受けたようだった。それを聞いて彼女は石像のように固まっていた。

 だが、一度本音を吐いてしまえば後はとどまることを知らなかった。

 カエデの意思とも呼べる言葉が口から次々と溢れ出ていった。

「どうしてあんなに酷いことができたんですか? なんの抵抗もしていないあの子を突き飛ばすなんて人間のやることだとは思えませんね」

 カエデは嫌悪感に突き動かされたように自身が思っていたことを口に出していった。カエデの本音とも取れる発言を聞くたびに麗俐は固まったような顔を浮かべていた。

 全ての言葉を話し終えるとカエデは満足した顔を浮かべながら檻の外を見つめていった。

 麗俐はこの間は無言だった。無言で下を向いている麗俐を見て己の所業を棚に上げて怒声でも浴びせてくるのかと身構えていた。
 だが、しばらくの後にようやくか細い声で反論の言葉を紡ぎ出していった。

「確かに私は最低かもね。そしていくらジョウジさんやカエデさんに尽くしても自分の罪が軽くならないことは分かってる。けど、それでも私は自分にできることをやりたい……そう思ってるんだ」

 カエデはそれを聞いた後で麗俐の顔を見つめた。顔だけではなく脈拍や心臓の音から察しても彼女が嘘を吐いているようには思えなかった。
 彼女は心の底から自分に向けて本音を言ったのだということが分かった。

 しばらくの間カエデは麗俐と見つめあったまま何も言わなかったが、やがて吐き出すように言った。

「……私のメンテナンスですけど、たまにはあなたがしてください。もしかすれば上達して大津さんがやるよりも上手くなるかもしれませんからね」

 どうしてこのようなことを言ったのだろう。カエデは自分でも訳が分からなかった。

 ただ、自身の思考回路が随分と人間寄りになってしまったことだけは事実だ。
 そうでもなければ直接『許す』という行為に繋がるような言葉を口にしたりはしないし、そもそもいじめの一件に関してもそこまで激昂したりしないだろう。

 やはり自分はジョウジと同様に『感情』を持ってしまったのだ。

 カエデはそのことを伝え終えると、そのまま仲間たちと向かい合っていった。
 これが功を奏したのか、ジョウジは何も言わずにカエデを送り出していった。
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