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第一植民惑星『火星』

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 買い出しに向かう最中でもアレックスは不愉快だった。普段ならば嫌なことがあったとしても多少のことならばホバーバイクやバギーを乗り回してその辺を走り回れば忘れられるはずだった。

 だが、今日に至ってはいくらホバーバイクを走らせてもいい気分は戻ってこなかった。

 今日の仕事が失敗し、自身の片割れ兼相棒であるカリグラを連れて行かれたこともそうだったが、何よりも人間にとっての忠実な労働力であるはずのアンドロイドが命令に逆らって仕事を放棄していたことが不愉快さを引き摺っていた原因だった。

 奴隷が主人の命令に逆らったようなものだ。帰った後にどのように折檻してやろう。アレックスはバイクを運転しながら深く考え込んでいった。

 かつて奴隷制を有していた時代の古き良きアメリカにおいては粗相をした奴隷を主人が鞭で執拗に打ち据えていたという。

 アレックスはアメリカの軍事企業で精製されていた電子鞭と呼ばれる武器が家の中にあったことを思い出した。それであの済ました顔のアンドロイドを叩いてやろう。ついでに人質として連れてきた日本人の少女にも鞭で折檻してやろう。

 そんな悍ましいことを考えながらファストフード店の行列に並んでいた。

 今の彼はホバーバイクの中に隠していたサングラスと帽子で身を隠しており、そのお陰で顔は割れずにいる。
 だが、彼自身の持つ美貌もあってか、ファストフード店の中ではどこか目立っていた。

 彼がファストフード店で買い物をしようとした時のことだ。ふと、カウンターで接客をしている店員の姿が見えた。

 長い金髪を三つ編みにして両肩に垂らした小顔の女性だ。汚れ一つ知らないと言わんばかりの綺麗な顔で汗に塗れながら接客を行なっていた。

 今咲いたばかりの花のような可愛らしい笑みを浮かべた彼女はファストフードを求める客に商品を渡している。

 そんな何気ない少女と客のやり取りがアレックスの心を強く打った。ちょうど今はカリグラも警察に連れて行かれて留守だ。

 ちょうどアレックスの予定は空いていた。何も問題はない。
 アレックスは相手をする女性の用事や事情など知りもしなかった。

 先ほど自身の使役するアンドロイドや無礼な態度をとった人質に対して怒りを募らせていたことも忘れ、目も覚めるような美しい顔をした女性店員をどうして口説こうかと考えていた。
 アレックスが女性店員を見て舌舐めずりをしていた時だ。

「あの、ご注文は?」

 と、その女性が注文を問い掛けてきた。
 アレックスは落ち着いた顔を浮かべた後でその女性を指差しながら言った。

「キミだ。キミを注文するよ」

「えっ?」

 突然のナンパともいえる行為に女性は困惑した。これまでそのようなことを言ってきた客は居なかったからだ。100年前ならばいざ知らず、道徳の理論が発展した22世紀の現在にナンパをしてくる人物など滅多にいなかったのだ。

 訳がわからずに当惑と恐怖とを交えた視線でアレックスを見つめていた。
 そんな女性の前でアレックスは優しい声で言った。

「驚かせて申し訳なかった。さっきのは冗談さ。ハンバーガーとポテトフライのセットを二つ頼むよ」


「はい、ハンバーガーとポテトフライのセットを二つですね」

 女性は安堵した顔を浮かべながらアレックスの注文を厨房に向かってアレックスの注文内容を復唱していった。

 そして100年前から変わらない紙の包装紙に包まれたハンバーガーとポテトフライのセットをアレックスへと渡した。
 その際にアレックスはニヤニヤと笑いながら、

「どうも」

 と、お礼の言葉を言って頭を下げた。
 アレックスがこの時に取った行動は普通の人と変わらない行動だ。なんらおかしなところはない。

 しかし頭を下げ、最後にもう一度こちらを見つめる姿が彼女には不気味に感じられた。ホラー映画に登場するクリーチャーが笑い掛けているかのような嫌悪感さえ覚えたのだ。

 そのためアレックスがハンバーガーとポテトフライのセットを持って引き下がったのを見てから一旦カウンターを離れ、休憩室で自身が今付き合っている男性と連絡を取った。

『悪いけれど、バイト先に妙な男が現れたの。気味が悪いから迎えにきてくれない?』

 愛する女性の救いを求める声に付き合っている男性は義憤に駆られた。

 男性は仕事が終わるのと同時に通勤に使ってきた浮遊車エアカーを駆って愛する彼女の元へと向かっていった。

 念には念を入れ、店の裏口で車を停め、バイト終わりの彼女を待っていた。随分と長い時間待たされることになったが、愛する彼女が相手だ。

 怒りなど湧いてくるはずがない。手元にウィンドゥを表示して人差し指でスクロールしてネットサーフィンを行なって退勤までの時間を潰していた。
 退勤の時間になって裏口から制服から私服へと着替えてきた女性が姿を現した。

「アボット! 大丈夫かい!?」

 安否確認も兼ねて大きな声で彼女の名前を呼んだ。

「えぇ、あの男はいないよね?」

 アボットと呼ばれた女性が震えた様子で周囲を見渡していた。

「平気さ。もしそんな奴がいたってオレが吹っ飛ばしてーー」

「誰を吹っ飛ばすって?」

 浮遊車エアカーにいた男性が恐る恐る背後を振り返っていった。そこには指名手配犯のアレックスの姿が見えた。


「な、なんでお前がここに……」

「なんでって? オレが買い物しちゃあいけねぇのか? 酷いなぁ、あの後、ずっとお前のことを見てたのにさぁ」

 アレックスは両肩を竦ませるアボットの顔を見た後で、激しい憎悪を募らせた目で浮遊車エアカーの上に座っていた男を無理やり引っ張り出し、地面の上へと引き摺り下ろした。

 その上で男に向かってレーザーガンの引き金を引いていった。男が最後に浮かべた顔は怯えた顔であった。両目には最後まで恐怖の光がその目の中に光っていた。

 許されるのならば男は命乞いをしていたはずだ。だが、男はそんな暇さえ与えられずレーザー光線によって撃ち抜かれてしまいその命を終えることになった。


 悲鳴を上げるアボットに向かってアレックスは冷静な声で言った。

「近くに停めてるオレのホバーバイクに乗れ。可愛がってやるからよぉ」

 アボットは愛する彼氏を失った悲しみとこれからどうなるのかという恐れという二つの感情によって両目から透明の白い液体を溢してその場で震え上がっていた。

 その様子に苛立ったのか、アレックスは額に銃口を突き付けながら問い掛けた。

「乗れって言ってるんだ。さっさと来い」

 アボットは全身を震わせながら首を縦に動かしていった。

 だらしなく涙と鼻水を垂らすアボットを背後に乗せたホバーバイクは拠点へと戻っていき、アレックスは上機嫌な様子でアボットを二人の手によってなんとか人が住める程度にまで片付けられたトレーラーハウスの中へと連れ込んでいった。

 アレックスがアボットを連れて帰宅した。アレックスがヘラヘラと笑いながら逃げ場を求める動物なような目をしているアボットをトレーラーハウスの中へと連れ込もうとした時だ。
 その前に麗俐が立ち塞がった。

「おい、退け」

 アレックスは両眉を寄せながらビームライフルを突き付けたが、麗俐は毅然とした態度でアレックスを睨み付けていた。

「チッ、クソがッ!」

 アレックスはその場から退こうとしない麗俐に苛立ちを覚え、どういう目的で誘拐したのかも忘れてビームライフルの引き金を引こうとしたが、その前に麗俐が懐からカプセルを取り出した。

「なんだ? それでどうする気だ?」

 アレックスが怒気と困惑を含んだ調子で問い掛けると、麗俐はカプセルから取り出した『エンプレスト』のスーツを着込んでアレックスと対峙していった。

 それを見たアレックスは乱暴にアボットを突き飛ばし、仮面の戦士へと変貌を遂げた麗俐の元へと近付いていった。

「そうか、噂に聞いたぜ。日本のメトロポリスが開発した『ロトワング』ってやつだな」

 アレックスがニヤニヤとした笑顔を浮かべていると、そのままその顔に向かって勢いよく拳が繰り出されていった。

 初めて勢いのある拳を喰らったアレックスは怒りの炎を自慢である青い瞳の中に宿しながら麗俐を睨んでいった。

 苛立ち紛れの反撃かは分からないが、麗俐に向かって小石を投げつけた後で黒色のカプセルを取り出していった。

 カプセルの先端を押すのと同時に自身の体を真っ黒の宇宙服へと身を包んでいった。

 まるで100年以上前の原始的な宇宙服のようであったが、唯一異なるのは宇宙服のような黒色のフェイスヘルメットに悪魔のような光るライトを装着していた点にあるだろう。

 怪しく光る二つの操作ライトがその印象を強くさせていた。

 パトカーのテールライトのように赤く光るライトを精いっぱいに光らせて麗俐に恐怖心を抱かせた後でアボットを口説いた時のようにニヤニヤと笑いながら言った。

「さてと、お仕置きの時間だ。お嬢ちゃん」

 腰に下げていた戦闘スーツと同じ色をしたブラスターを突き付けて言った。
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