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第二章『共存と滅亡の狭間で』

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「おはよう、大津」

「あぁ、おはよう」

 大津悠介は新しい転校先では友だちに恵まれていた。彼は表向きはスポーツ推薦ともいう名目でメトロポリス社が多額の資金を出している私立学校へと転校を果たしていたのだった。

 転校先の私立学校で悠介は多くの友だちに恵まれた。全員がメトロポリス社の社長から目を掛けているという悠介には当たらず障らずという態度であったのも大きかったが、一番は彼がバスケットボール部で目覚ましい活躍を見せていたことだろう。

 特に悠介はバスケットボールにおいて得意にしていたのはスラムダンクだった。
 いつも試合が盛り上がるところでいつもボールをゴールの中へと上手く叩き込むのである。
 悠介はバスケットボール部に現れた新しい救世主と称してよかったかもしれない。

 だが、時間が経過するにつれて徐々にバスケットボール部の活動だけではなく、時には学校の授業さえも休んでパワードスーツを動かすための練習に向かわなくてはならなかったのだ。
 それは姉も同じだったようで練習終わりには二人並んでぐったりとした様子で家に戻っていた。

「お父さんはすごいなぁ、旅立つギリギリまで、オレたちの知らないところであんなにすごい訓練をしてたなんて」

 悠介は白いご飯が入った茶碗を片手に中央の席で鯖の味噌煮を開いている父親を尊敬の眼差しで見つめながら言った。
 そんな悠介に向かって修也は苦笑した顔を浮かべながら言った。

「ハハッ、お父さんもあと一週間くらいしたらまた、訓練をしないといけないんだ」

「やっぱりバスケと同じで、ずっと体を動かしてないと鈍るのかな?」

「だと思う。けど、この一ヶ月は『メトロイドスーツ』を使う機会が幾度もあったからそんなに鈍っているとは思えないんだけどなぁ」

 修也は苦笑した様子で答えた。

「そっかぁ。やっぱり、おれは大変な仕事を引き受けちゃったんだな」

 悠介は視線を落としながら言った。悠介は小鉢として用意されたきんぴらごぼうを掴みながらあの日のことを思い返していった。

 あの日、悠介が取った選択は自身が『ゼノン』の装着者としての仕事を引き受けることを両親に伝えたのは幾度もの問い掛けに応じた時のことだ。

 悠介が『ゼノン』の装着者としての任務を引き受けるようになったのは後ろめたさからだ。

 自身の引き起こしたトラブルに巻き込み、大金を払わせることになった親に対する後ろめたさ。関係がないのにわざわざ来てくれてことを運ぶことに尽力してくれたフレッドセンに対する後ろめたさ。本来であれば人を守るために使う力を人を傷付けるために使ってしまったという後ろめたさ。

 そうした諸々の思いが躊躇っていた悠介の背中を後押ししたのだ。

 それは今になって冷静に自分自身を振り返ったことで理解できたことだった。

 だが、あの時は分からなかった。どうして自分があんなことをしてしまったのかということが理解できず、単なる思い付きもしくは心の内から押し寄せる衝動によって入社を決めたのだと思い込んでいた。

 当然ながら母親であるひろみは息子の選択を知り、咽び泣いた。父親である修也もいい顔をしなかった。

 修也は何も言わずに近くの自動販売機から温かい缶コーヒーを持ってきて悠介に渡した。悠介に渡された缶コーヒーの味はウインナーコーヒー味だった。クリームがふんだんに使われているばかりではなく、黄色の砂糖いわゆるシュガーもコーヒーの中に混ぜられ随分と甘いはずだった。

 だが、不思議なことにその日のコーヒーは今までに飲んだどのコーヒーよりも苦く感じたことを覚えている。

 そして家に帰ると、相手の親への対処で疲弊していた両親に代わって姉が用意していたお好み焼きを食べたこともハッキリと覚えている。姉が用意したお好み焼きは今までに食べたどのお好み焼きよりも格段に美味しく感じられた。
 悠介が箸を持ちながら呆然としていると、ひろみが心配そうな顔でこちらを見つめていることに気が付いた。

「どうしたの? ぼうっとして」

「な、なんでもないよ」

 悠介は強張った笑顔を浮かべながら箸で持っていた鯖味噌を口にしていった。
 この瞬間までは一家にとって残り少ない平穏な時間が流れるはずだった。

 しかしある一本のニュースが家族の時間を大きく変えることになったのだった。
 変化といえるほどの変化もなく、伏線といえる伏線もなく、なんの前触れもなく、平穏な日常は突如終わりを告げることになった。

 敢えてその節目を例えるとするのならばバラエティ番組を放映していたチャンネルが突然臨時ニュース速報へと変わったのだ。

 それまでのお笑い芸人が慣れない遊園地のアトラクションにチャレンジし、笑いを取ることによってスタジオや周囲から笑いをとるという場面が消え、スーツを着たアナウンサーが焦った様子で答えた。

「え~、番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。たった今ラーガレット星から来たと語る男が国会議事堂の中に侵入しました」

『ラーガレット星』という単語を聞いた修也の顔付きが変わったことを家族は見逃さなかった。
 鋭い目付きでテレビを凝視する修也だったが、テレビは慌てた様子で『ラーガレット星』に関する報道を続けていった。

「続いて速報です。ラードレット星から来たという男はただいま国会を占領し、母性から連れてきたと思われるアンドロイドの軍団を率いて国会議事堂を始めとした都内の一部を占領しております!」

 ニュース速報を聞いたひろみと麗俐の両名が耐え切れなくなって悲鳴を上げた。
 悠介も恐ろしくなったのか、箸を落としてテレビに映るアナウンサーを凝視していた。家族が取り乱すのも無理はない。
 なにせ目の前に現れたのは古典的なSF映画に登場する敵対的な宇宙人の姿そのものだったからだ。

 だが、自分は怯えるわけにはいかなかった。修也は気を引き締めていくのと同時に握り拳を作っていった。

 まさか惑星ベルで遭遇したあの宇宙人が地球を来訪するとは思いもしなかった。
 そればかりではない。その上でアンドロイドの軍隊まで引き連れてきている。

 これはもう自分一人の問題ではない。地球の存亡に関わる問題でもあった。
 修也が難しい顔をして唸り声を上げていた時だ。不意に携帯端末の呼び出し音が鳴った。

 やはり電話の主はフレッドセンからだった。修也は通話を行うため慌てて二階へと登っていった。

「もしもし、大津です」

『大津さん、夜分に失礼します。本来であればこれは業務外の電話ということで時間外労働に値するでしょう。ですが、本日は事態だということもあって、電話の方でご連絡させていただきました』

「分かっています。テレビでの一件ですね?」

『その通りです。これ以上あの宇宙人の好きにさせておいては日本の……いいえ、地球自身の沽券に関わります。至急迎えの車を手配します。よろしければ悠介さんと麗俐さんもお願い致します』

 電話口の向こうからは焦った声が聞こえてきた。やはり異星人の対応には『エンプレスト』と『ゼノン』が必要であるらしい。

「分かりました」

 修也は電話を切ると、台所にいる悠介と麗俐に向かって指示を出した。

「二人とも、今すぐ部屋に戻り、動きやすい服に着替えてきなさい。それから自分の部屋からそれぞれのカプセルを持ってくるように」

「あなたッ!」

 夫の行動の意味を理解したのか、ひろみが机の上から立ち上がった。

「……分かってくれ、あの強力なアンドロイドに対応できるのは我々しかないんだ。すまん」

 せめてもの詫びだと言わんばかりに修也は深々と頭を下げていった。

 それに対してひろみは何も言わなかった。代わりに息子と娘に黙ってお茶を差し出した。
 二人は無言でお茶を飲み干すと、ドタドタと慌ただしく階段の上を登っていった。

 修也も部屋着からスーツへと着替え、その胸ポケットの中にカプセルトイをしまって迎えの車を待った。
 修也の元に現れたのは大型の黒い色をしたクラウンだった。
 慌てて乗り込もうとした時だ。クラウンの運転席にジョウジの姿が、助手席にはカエデの姿が見えた。

「ど、どうしてキミたちが?」

 修也は困惑した顔を浮かべながら問い掛けた。

「交渉のためだと言われて社長に呼ばれましてね。詳しい話は後です。御三方とも早く車の中に乗ってください」

 修也は車に乗せられると夜の闇の中を走っていった。
 目標は国会議事堂、もしくはメトロポリス社で間違いないだろう。

 修也は気を引き締めていった。いよいよ決戦の時が迫ってきたのだ。
 修也は自身の『メトロイドスーツ』のカプセルトイを強く握り締めていった。
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