上 下
72 / 190
第二章『共存と滅亡の狭間で』

19

しおりを挟む
「テメェ! 生意気なんだよ! 人殺しのくせに! 何様のつもりだ!?」

 駅のホームに備えられたトイレの端で愛太郎は悠介の肩を強く突き飛ばしながら叫んだ。

「人殺し? なんのことだよ」

 悠介は事実無根だとばかりに何度も問い掛けた質問をもう一度愛太郎に向かって投げ掛けた。

「惚けるな。お前のことだよ。電子ニュース見たぜ、お前を誘拐してたアンドロイドのうち一体を破壊したんだろ? アンドロイドはなぁ、今じゃほとんど人間と変わらない扱いってことを忘れてねぇか?」

 愛太郎は低い声を出して言った。

「だからどうしたっていうんだよ? あの場合は倒さなきゃオレが倒されてたんだぜ」

 悠介の言葉は正論だった。事実あの事件はその日のうちに正当防衛だと結論付けられ、調書も取られなかった。

「嘘を吐くな!」

 だが、愛太郎は法も秩序も無視して自身の感情だけで力任せに悠介をトイレの壁の中へとぶつけた後にその腹を思いっきり殴っていった。

 悠介は愛太郎の拳を受けてゴホゴホッと弱々しい息を吐いていった。
 だが、容赦することなく何度もその腹に向かって拳を落とし続けていった。

 悠介はそのまま耐えきれなくなり、地球の重力に引っ張られ、トイレの床タイルの上に倒れていこうとした。
 だが、愛太郎はそれすらも許さなかった。悠介の服の襟の部分を引っ張り上げたかと思うと、執拗に悠介の腹に向かって攻撃を繰り出していった。

 悠介の腹は一応バスケットボールで鍛えていたということもあって腹筋は割れていたし、そこそこに頑丈な腹をしていてはいた。

 それでもボクサーやプロレスラーではない。執拗な攻撃には耐え切ることができず、悠介は殴られるたびに小さな悲鳴を上げていった。

 弱っていく悠介の姿を見て愛太郎は却って面白く思えたのかもしれない。愉悦感のような思いさえ胸に抱いていたのかもしれない。

 性格の悪い愛太郎はニヤニヤと笑いながら悠介へと拳を繰り出していった。悠介がとうとう涙を流しそうになった時だ。

「な、何をやってるんだッ!」

 と、扉の向こうから利用者と思われる中年の男の声が聞こえた。それを見た愛太郎は慌ててその場から止めに入った利用者を突き飛ばしてトイレを後にしていった。

 利用者は弱った様子の悠介に手を差し伸ばし、助け起こすと一部始終を聞こうとしていた。

 だが、悠介としてはあまり話したいことではなかった。そのため『喧嘩で殴っただけだ』と釈明を入れ、そのままトイレを逃げるように後にした。後はまた愛太郎に捕まらないように警察署まで走っていくだけだった。

 自分よりも少し先にトイレから抜け出した愛太郎に捕まらないように祈りながら悠介は警察署へと駆けていった。
 幸いなことに駅の中で愛太郎に捕まえられるようなことはなかった。それでも恐怖心が勝ち、全力疾走で警察署へと駆け込んでいった。

 警察署では息を切らした様子の悠介を見て尋常ではないと判断したのだろう。
 両肩で息を切らしている悠介に向かってペットポトルに入った水を差し出しながら事情を問い掛けた。

「実は、大変なことが起きたんです」

 悠介はトイレの中で起きたことやそれに繋がる自身のいじめの話を捜査員たちに語っていった。
 だが、肝心の捜査員たちからの返事は味気ないものであった。

「うーん。そうは言ってもねぇ、証拠はあるの?」

「え、駅の監視カメラを見てください!」

 悠介は声を張り上げながら言った。

「でもそこでは暴行とやらはされてないよね?」

 捜査員は何気ない口調で言った。その顔は被害を受けている悠介を嘲笑っているかのようだった。

「こ、この傷が証拠です!」

 悠介は服を捲り上げ、自らの負傷した腹部を見せながら言った。その腹部には青タンと呼ばれる深い傷が見えていた。その他にもこれまでのいじめで付いたと思われる細かい傷が付着していた。

 だが、傷だらけの姿を見ても肝心の捜査員からの反応は味気ないものであった。
 相変わらずの嫌味な口調で捜査員は見下ろすように言った。

「でも、その傷はキミがあのアンドロイドとの戦いで付着したかもしれないでしょ?」

「そ、そんな!」

「キミねぇ、虚偽の訴えをしたらどうなるか知ってる?虚偽罪だよ。100年前からこの法律はずっーと変わってないの。そりゃあね、日本だって法治国家である以上は時代の流れに沿って付け加えたり、消したりするものはあるよ。でも嘘を吐いたらダメだというのはその頃から変わってないんだよ。キミ、もし嘘だった場合は責任が持てるの?」

 捜査員は面倒なことにならないように諭すように説教を行っているつもりでいた。事実捜査員は100年前の事例という歴史的事実を持ち出したことで自身が優れた討論者であるという自負に酔っていた。

 だが、当人である悠介は困惑するばかりであった。そればかりではない。弱りきった表情を浮かべながら、

(……何を言っているんだ?こいつらは?)

 と、嬉々とした表情で自身の弁舌に酔いしれている捜査員を親の仇でも睨むかのような目で睨み付けていた。

 ここにきて警察の事なかれ主義という最悪の手技が発動したような気がした。
 悠介は溜息を吐いてから楽しそうに長々とした話を繰り返している捜査員を遮り、悠介は失望を露わにした声で言った。

「すいません。もういいです」

 その一言には自身を助けてくれない目の前の捜査員並びに警察組織に対する怒りと失望の感情が入り混じっていた。

 情けない捜査員と組織を相手に肩を落としたまま警察署を後にした。どうでもよくなった悠介は捜査員たちからのどんな質問にも快く答えていた。

 そのため調書がスムーズに進み、通常の時間よりも早く帰れることになったのだ。携帯端末を眺めると、携帯端末に表示された電子時計は正午を告げていた。

 悠介は腹の虫を抑えるために栄養剤を口の中に放り込む。ガリガリとひとしきり噛んだ後にゴクリと噛み砕く。
 
 いつも通りなんの味もしない。美味くもなければ不味くもないといういつもの味だ。

 時間が保障されているにも関わらず、適当な飲食店やら喫茶店やらで昼食を食べなかったのは一刻も早く自宅に戻りたかったからだ。

 悠介は全てを忘れて自宅で眠りたかった。眠って愛太郎から受けた傷のことを忘れたかった。

 悠介がフラフラとしながら電車に乗り込んだ。電車の中で眠ろうかとも考えたが、上手く眠ることができなかった。
 そのために電車の窓から流れる景色を見つめていると、電車のホームが見えてきた。

 自身の最寄り駅の電車だ。そこには逃げたまま学校や部活をサボっていたのか、制服姿のままアイスクリームを片手にベンチの上で談笑する紗希と愛太郎の姿が見えた。

 二人でいちゃつく姿を見るたびに悠介は心の中で怒りの感情が沸々と湧き起こっていた。
 そして気が付けば電車から降りていき、ベンチの上で談笑する二人の元へと近付いていった。

 フラフラと近付いてくる悠介の姿に二人は当初気が付かない素振りを見せていたのだが、直前まで来たところでようやくその存在に気が付いたのだろう。
 愛太郎はニヤニヤと嘲笑いながら、紗希は汚物でも見るかのような目で悠介を見下ろしていた。

 だが、悠介はそんな二人になど構うことなく声を震わせながら問い掛けた。

「なぁ、紗希、どうしてだよ? どうしてそんな奴と付き合ってるんだよ?」

 悠介は大きく手を広げて信じられないと言わんばかりに両目を見開きながら問い掛けた。

「何って、紗希の方からオレに告白してきたんだぜ」

 愛太郎はニヤニヤとした笑みを浮かべ、小馬鹿にしたような口調で言った。

「嘘だッ!」

 愛太郎の言葉を信じたくなかった悠介はそう叫んだ後で、首を大きく横に振って愛太郎の言葉を否定しようとしていた。

「本当だよ。紗希がさぁ、やっぱりオレのことが好きだって言ってきたんだよ。なぁ、紗希?」

「そうだよ。だいたいあんたはもうバスケ部のエースどころか、バスケ部のお荷物じゃん」

「そうだよ、お前のせいでうちのバスケ部は白い目で見られてるんだぞッ!」

 愛太郎はそう叫ぶと悠介の腹部を強く叩いていった。その時に悠介の懐から『ゼノン』が入ったカプセルがこぼれ落ちた。
 悠介は拾い上げようとする愛太郎を押し除け、奪われまいとばかりに慌ててカプセルを拾い上げた。

「なんだよ、これ? 薬か?」

「違う。これは例のパワードスーツだよッ!」

「へぇ~、じゃあオレにも見せてくれよ」

「嫌だ!」

 ハッキリとした拒絶の意思を聞いて愛太郎は怒りの感情が湧き上がってきたらしい。カプセルトイを強く握り締める悠介の腹を蹴り飛ばし、カプセルトイを奪おうとしていた。

 ここまでくれば愛太郎もどこか意地にもなっていた部分があったのかもしれない。

 だが、それ以上に格下になった悠介が自分に逆らったということが許せなかったものだと思われた。
 意固地になった愛太郎はますますムキになって悠介の手からカプセルを奪い取ろうとしていた。

 だが、その前に悠介はカプセルを押した。そして『ゼノン』の装甲を纏ったまま愛太郎へと襲い掛かっていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた

きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました! 「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」 魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。 魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。 信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。 悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。 かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。 ※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。 ※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

義体

奈落
SF
TSFの短い話…にしようと思ったけどできなくて分割しました。

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

門番として20年勤めていましたが、不当解雇により国を出ます ~唯一無二の魔獣キラーを追放した祖国は魔獣に蹂躙されているようです~

渡琉兎
ファンタジー
15歳から20年もの間、王都の門番として勤めていたレインズは、国民性もあって自らのスキル魔獣キラーが忌避され続けた結果――不当解雇されてしまう。 最初は途方にくれたものの、すぐに自分を必要としてくれる人を探すべく国を出る決意をする。 そんな折、移住者を探す一人の女性との出会いがレインズの運命を大きく変える事になったのだった。 相棒の獣魔、SSSランクのデンと共に、レインズは海を渡り第二の故郷を探す旅に出る! ※アルファポリス、カクヨム、小説家になろう、で掲載しています。

処理中です...