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第二章『共存と滅亡の狭間で』

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「オレをどうするつもりだッ! 離せェェェェ~!!!」

 隠れ家の中に拘束され、柱の下に括り付けられている悠介は自分を誘拐した誘拐犯たちを勇敢にも怒鳴り付けていた。
 だが、誘拐犯たちは悠介の声など聞こえていないとばかりに天井から降りてきたテレビに映るバラエティ番組を観て笑い声を上げていた。

 悠介が監禁されているのは22世紀に建てられたばかりの新築のそれも高級マンションだ。防音設備もしっかりとしている場所だ。そのため悠介がいくら叫んでも声が漏れるようなことはなかった。

 テレビの画面から聞こえるお笑い芸人の失敗を笑う声が今の悠介には自分の惨状を嘲笑っているかのように聞こえてならなかった。悠介は悔しくなり歯をギリギリと鳴らしていった。

「チクショォ! このクソッタレ! ゴミ野郎!!」

 悠介は自身の手を後ろ手に縛っている強力な拘束バンドを引き離そうと手をバタバタと動かしていたが、柱がミシミシと動くだけで何の意味も持たなかった。
 それでも流石に耳障りに感じてきたのか、ニイナは無言で懐から注射器を取り出して悠介の腕に注射を行なっていく。

 注射器の中身は鎮静剤。鎮静剤の効能としては緊張が和らぎ、リラックスすることができるという効果が含まれている。
 それに加えてニイナが使用した鎮静剤の中には睡眠剤も含まれていた。

 22世紀になってからは鎮静剤の中に睡眠剤を混ぜ込むという技術も生まれ、今では興奮した患者を速攻で落ち着かせることができるという効果のため一部の医療業界で用いられている薬だ。
 一部であるのはいくら興奮した危険な患者が相手とはいえ動物に扱うような薬を投薬することに対して抵抗感を持つ人が多いのだ。

 だが、いくら反対意見があったとしてもその効果のほどは保証されている。事実先ほどまで隠れ家の中を慌ただしく暴れていた悠介が投薬を行なった直後には死んだように落ち着いているのがその最たる証拠であるといえた。

「やっと落ち着きましたね」

 ニイナは悪意のない笑みを浮かべながら背後にいたショウに向かって言った。

「そうだな。約束の日までいよいよあと一日だな。それまでそいつを大人しく眠らせておけよ」

「はい、分かりました!」

 ニイナは朗らかな声で答えると、悠介が拘束されていた柱の側に置いていた安楽椅子を起こしてその上にゆったりと腰を掛けていった。

「それにしてもこれまで付き合っていた女の子から金を渡されただけで拒絶されるなんて本当に可哀想な子だな」

 ニイナは思ってもいないような言葉を口にしていたと自分でも思っている。
 そもそもアンドロイドが他者にそれも人間に対して強い共感の念を抱くことなどあるわけがないのだ。
 ニイナはらしくないことを言った自分に対して笑いを零さずにはいられなかった。

 ニイナは安楽椅子に腰を掛けながら黙って天井を見上げていった。真っ白な天井と部屋の中で輝く電気の光が反射してまぶしく思えてきた。
 アンドロイドだというのに不思議なものだ。ニイナはまた一人自嘲した。

 そして翌日、たっぷりと充電を済ませたニイナとショウ、そしてもう一人で拘束バンドで両手を縛った悠介を濡れ、町田市立図書館の近くにある森林公園の中で三人を待ち構えていた。
 待ち合わせ場所として指定した二本松の下、三人で暇を持て余していた時だ。

 慌てた様子の大津親子ともう一人見知った顔をした少女が混じっていた。
 黒い髪を腰にまで垂らした、色々の美顔を持ち、青色のシャツに黒いジーンズ、そして黒い革ジャケットを羽織った少女だった。

 その少女の顔には見覚えがあった。メトロポリス社の公式資料を穴が開くほど読んでいたので、名前も顔も見知っていた。ショウがその名を口にしようとした時だ。
 少女が頭を下げて自己紹介を始めていった。

「お初にお目に掛かります。私の名はマリー=冴子・村井と申します。メトロポリス社の社長、フレッドセンの養娘です。以後お見知り置きを願います」

「……そんなことはどうでもいい。それよりも『ゼノン』は持ってきたんだろうな?」

「えぇ、こちらに」

 マリーは躊躇うことなく懐から一本のカプセル取り出した。
 懐から取り出された一本の細いカプセルを見たショウは確実に少女の握るものが『ゼノン』だと確信した。

「よし、それをオレに渡せ」

「その前に悠介さんを離してください。そうしなければこちらも『ゼノン』をお渡しすることができません」

 それを聞いたショウは舌を打ち、ニイナに拘束させていた悠介をマリーの前に連れてくるように指示を出した。
 拘束バンドで両手を拘束された悠介は体を大きく揺り動かしながらその場で暴れて抜け出そうとしていた。

 ニイナは暴れ馬のような悠介を必死に抑えるように連れ出すと、そのまま大津一家の前に悠介を突き飛ばした。

 悠介は修也に抱き締められ、三日振りの外の空気を大きく吸い込みながら父親の胸元で咽び泣いていた。
 これで悠介は解放されたことになった。
 今度はマリーが約束を果たす番だった。
 ショウに向かって『ゼノン』を引き渡そうとした時だ。

 マリーはいきなりショウを突き飛ばし、『ゼノン』のカプセルのスイッチを押したのだった。
 同時にマリーの体は黒色の装甲に包まれていった。ギリシア文字の『Z』を模した頭部にほぼ赤一色の基本カラーにブライトブルーのフォトンブラッドが通った特徴的な外見をしていた。

 赤と青という画期的な色の組み合わせが目立つパワードスーツだった。
 腰のベルトには『エンプレスト』のような太いレーザーガンとスイッチを押してオレンジ色の刃を出すというビームソードの筒の形をした持ち手が下げられていた。

「さぁ、間違いありませんわ。これがあなた方が欲しがっていた『ゼノン』の鎧です。欲しければ持っていきなさい。ただし、この私から奪うことができたらの話だけれども」

「ちくしょう! よくもオレを騙しやがったなッ!」

 ショウは激昂し、己の身に『ロトワング』の装甲を纏わせていった。
 フジツボを意識させるような頭部に同じくフジツボを思わせるような突起のある硬い皮膚で覆われた鎧だった。

 ショウは腰のベルトから武器として備え付けられていた巨大なビームナイフを取り出してマリーに向かって挑み掛かっていった。
 ショウに続いてニイナやもう一人の男も自らの身を固い装甲で覆っていった。

 ニイナは鶴を思い起こさせるような兜と羽毛を思わせるような鎧を纏った『ロトワング』を用いていた。
 もう一人の男は蝶を思わせるような兜に羽毛を思わせるような鎧をしていた。
 二人はそれぞれ腰に下げていたビームソードを抜いて修也と麗俐に向かって挑み掛かっていった。

「お父さん!」

「やるしかないようだな」

 二人はそれぞれの姿を『ロトワング』のスイッチを押し、自らの体を仮面を付けた立派な騎士へと変えていった。
 こうして交渉は決裂することになり、市立町田図書館の側にある森林公園を舞台に激しい激闘が繰り広げられることになった。

「なんだよ、これ……」

 ただ一人『ロトワング』を身に付けることができず蚊帳の外に居た悠介であったが、唖然とした様子で『ロトワング』を装着しあの恐ろしい『賞金稼ぎバゥンディ・ハンター』たちと戦闘を繰り広げる家族の姿を見つめていた。

 幼い頃に特撮ヒーローが出ているテレビ番組で観たような戦闘が悠介の目の前で繰り広げられている。その事実が受けいられなかった。

 悠介は情けない悲鳴を上げてその場から逃げ出そうとしたものの、攻撃の余波で悠介の目の前の地面が抉られた姿を見て逃走を断念せざるを得なかった。
 やむを得ずに木の影に隠れるより他になかったのだが、その時に急展開が引き起こってしまったのだった。

 初めて使うということもあって慣れない様子を見せ、ショウに翻弄されていたマリーだったが、とうとう耐え切れなくなった。ショウの右ストレートによって吹き飛ばされてしまい、地面の上を滑っていき、そのまま地面の上に倒れ込んでしまった。

 その際にマリーが装着していた『ゼノン』の鎧も外れてしまい、単なるカプセルトイとして地面の上を転がってしまったのだ。

「もらったッ!」

 ショウはマリーが装着していた『ゼノン』を奪おうとその手を伸ばしていた。

「させるかッ!」

 悠介はバスケットボール部ということもあって足には自信があった。悠介は鍛え上げた瞬足を用いてショウの前に辿り着いた。

 その上でバスケットボールの試合で相手の手からボールを奪い取るようにショウが握っていた『ゼノン』のカプセルを地面の上へと叩き落としたのだった。

 地面の上に落ちた『ゼノン』に向かってショウは必死になって手を伸ばしたものの、悠介がその手を払い退けて『ゼノン』を手に入れたのだった。

「やめろッ! そのスイッチを押すなッ!」

 ショウは必死になって悠介がスイッチを押すのを止めようとした。慌てて駆け寄るものの、バスケットボールで鍛えた腕が悠介にはあった。

 悠介はカプセルトイを上げて取らせないようにしていた。それでもショウは持たざるものの特権というべきか、慌てて悠介に向かって飛び付いた。

 悠介はショウに飛び掛かられている状態にありながらも必死な形相でスイッチを押して彼の手にスイッチが渡るのを防いだ。
 同時に悠介の姿は父や姉同様に仮面を付けた勇敢な騎士へとその姿を変えていった。
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