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第二章『共存と滅亡の狭間で』
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当初ケントは目の前にいる可憐で華奢な少女が何を言っているのか理解できなかった。箱入りの令嬢が冗談を言っているのかとさえ思っていた。
それ故に思わずケントは聞き返す羽目になってしまったが、それでも答えは同じだった。
ケントは絶望に襲われた。両膝を地面の上につき、背中を落として縮こまるように体育座りを行なっていく姿は哀れといえば哀れだった。
「あぁ、どうかそんなに気を落とさないで……」
肝心の張本人でいるマリーが慌てて駆け寄ってくるのがみえた。
わざわざしゃがみ込んで優しくその背中を摩ってやろうとしたが、ケントはそんな偽善に溢れたような手など跳ね除けてその場から慌てて離れていった。
マリーはゆっくりと起き上がると小さく溜息を吐いて、
「ハァ、仕方がありませんね」
と、吐き捨てた。
その後でゆっくりと上着のポケットからカプセルを取り出していった。
マリーが赤いスイッチを押していくのと同時にマリーの体そのものも真っ白な装甲に包まれていった。
兜には海老を模したと思われる触覚が付いていた。そればかりではない。海老を思わせるような立体音響機器のような多数の穴が付いた両目の箇所があった。
しかしそれ以上に特徴的であったのは海老の甲殻を模したと思われる装甲だった。海老や蟹と同様にキチン質の厚い角皮に多量の石灰石を含んで硬化しているように見えるが、それはあくまでもそう思わせる演出に過ぎない。
実際の強度は他の『ロトワング』と同等かもしくはそれ以上である。なにせこういったアンドロイドや人間を始末するために養父であるフレッドセンが特別に作らせた品なのだから……。
また、特別製というだけのことはあって脚には実際の海老と同様にギザの付いた多くの棘が生えているのが見えた。
腰のベルトには装甲と同じ色の輝きを放つビームサーベルと蟹を模した弾倉が付いたレーザーガンであった。
蟹を模った弾倉の中にビームパックを補充して相手を撃つというシステムになっている。もっとも普段からこのアーマードスーツの手入れをしているのでいざという時に焦るなどということはこれまでに一度も起きていなかった。
マリーは腰に下げられていたレーザーガンを抜くと、静まり返った夜の誰もいない川の側を必死になって走っているケントの足元を躊躇うことなく撃ち抜いた。
それでもケントは人間のように生き意地汚く河原の土を手で掴み、這いずり回って逃げようとしていた。
本当に見苦しい……。言いようのない嫌悪感に襲われたマリーはケントの両手に向かって引き金を引いていった。
ケントは悲鳴を上げながら地面の上に倒れ込んだ。
「あぁ、動かないでください。動くとまたこれを発射しなくてはなりませんから」
マリーは手に握ったレーザーガンを振り回しながら言った。
「た、頼む。やめてくれ」
追い詰められてもなお口から出てくるのは罵詈雑言ではなく命乞いの言葉だった。もし同じ立場に人間がいたのならば確実に罵声を浴びせてくるだろう。こういった命が尽きる間際に出る言葉が案外機械と人間とを明確に分ける差となるのかもしれない。
マリーは電子工学と哲学を混ぜたような理論を考えつつと、考えごとのみに夢中になることはなかったらしい。そのまま倒れているケントの頭部に向かってレーザーガンを構えていった。
「頼む。助けてくれ」
「駄目です。あなたは人を殺しました。それは人とアンドロイドの友好関係を破壊するものです。『マリア』からそう言われたものでして」
「じゃ、じゃあ、アンドロイドを殺したあの女の子はどうなるんですか?」
「あぁ、大津さんのことですか」
マリーは川崎市に向かう最中のタブレットで読んだ喫茶店の事件のことを思い返していった。大津修也の娘である大津麗俐が学校に居たアンドロイドの少女を殺したという話だ。マスコミは僅かな時間で事件の背景まで調べ上げていたということになる。
100年前以上前ならば考えられなかったことだ。マリーは車の中でタブレットを片手にマスコミの情報収集力に舌を巻いていたのを覚えている。
だが、マリーは躊躇うことなく言った。
「大津さんに関しては会社から教育を受けることになっています。ちゃーんと注意はしておきます。ですからご安心を」
「それではあまりにも差があり過ぎます。どうして私が死んであの女の子は死の制裁を逃れるんでしょうか?」
息も絶えそうになっていたケントは懇願するように問い掛けた。
「……マリアがそう判断したからとしか言えませんね」
「マリア? あぁ、聞いたことがあります。メトロポリス社の人工頭脳のことですか?」
「えぇ、父が心の底より敬愛している人工頭脳がそう判断したのだから麗俐さんは無罪だと決められたようですね」
「り、理不尽な話だなぁ」
ケントが苦笑しているのが見えた。マリーはそんなアンドロイドを見据えながら冷静にその頭に向かってレーザーガンを突きつけていった。
それから躊躇うことなく引き金を引いた。アンドロイドの電子頭脳や頭部を形成していた部品が河原の上へと散っていくのが見えた。
マリーはパワードスーツの装甲を解除すると、上着のポケットから携帯端末を開いていった。
「もしもしお養父様。今終わりましたわ」
「ご苦労様です。では今から証拠を持って本社の方に戻ってください」
「はい、かしこまりました」
マリーは養父からの電話を切ると、河原の上で倒れ、その近くを転がっていたケントの頭を回収して傍に抱えていた。
戦国時代の武将が討ち取った武将の首を持ち運ぶかのようなやり方であり、推定するに600年か500年は前のやり方であったに違いない。
しかしそのやり方が今でも人からアンドロイドに変わったとはいえ通じるのだから人間社会というのは不思議なものである。
長い年月をたっても根本が変わらない人間社会を笑いながらマリーは河原の近くに待たせていたロールス・ロイスの後部座席へと座り込んだ。後部座席の真横にはちゃんと養父の要望通りにアンドロイドの頭部が置かれている。
このまま後部座席に背中を預けてマリーはこのまま眠ろうかと考えた。
だが、利口なマリーはタブレットを開いて隙間時間を利用し、学校の課題を片付けていった。
定められた方程式を用いて厄介な証明問題を解き、因数分解を用いた基本的な式を幾らか解いたところで車はメトロポリス社の前に着いた。
メトロポリス社の入り口の前に着くとマリーは優雅に両足を揃えつつ、マリーにとっては好物である銀座で売られているホールケーキを持ち運びするかのように慎重かつ丁寧にケントの頭を抱えて社長室の扉を開いていった。
社長室の中にはいつも通り厳格な顔を浮かべた養父フレッドセンが座ったまま自分を出迎えた。
社長室の机の上にマリーは大事に抱えていたアンドロイドの頭部を置いた。
フレッドセンは義娘によって机の上に置かれたアンドロイドの頭部を満足そうに眺めながら口元を「へ」の字に歪めていた。
「お疲れ様です。よくやってくれました」
フレッドセンは粉々になったパーツを優しく摩りながら労いの言葉をかけた。
「いえ、それよりももうそろそろ自宅の方に戻ってもよろしいでしょうか?まだ課題が残っておりますし」
「いいえ、まだです。あなたにはこれから大津さんの自宅に向かってもらいます。その上で大津さんの娘さん……麗俐さんを説得してもらいたいのです」
「かしこまりました」
マリーは丁寧に頭を下げた。そしてそのままロールス・ロイスで修也の家の前に向かっていったのでいる。
玄関のインターホンを鳴らし、麗俐の母と思われる女性に取り継いでもらった後に陰鬱な顔を浮かべる麗俐を呼び出した。
「大津麗俐さんよね。よかったら車に乗らない? ちょっとね、私の方から話があるのよ」
「は、話って……」
「すぐに済むわ。場所はあなたの家でもいいし、どこか店を取ってもいいのよ」
麗俐は目の前にいる黒髪の令嬢が何を言いにきたのかを察した。
「もしかしてあのパワードスーツのことですか?」
「あら、理解していたの! それなら話が早いわ!」
マリーは可愛らしく手を叩いて喜ぶ様子を見せた。
それから友だちに笑い掛けるような可愛らしく愛想の良い笑みを浮かべながら麗俐に向かって言った。
「ねぇ、あなたよろしかったらあなたのお父様と同様に我が社専属のガーディナルになってみない?」
予想外の言葉を受けて麗俐は思わず口を大きく開けてしまった。
それ故に思わずケントは聞き返す羽目になってしまったが、それでも答えは同じだった。
ケントは絶望に襲われた。両膝を地面の上につき、背中を落として縮こまるように体育座りを行なっていく姿は哀れといえば哀れだった。
「あぁ、どうかそんなに気を落とさないで……」
肝心の張本人でいるマリーが慌てて駆け寄ってくるのがみえた。
わざわざしゃがみ込んで優しくその背中を摩ってやろうとしたが、ケントはそんな偽善に溢れたような手など跳ね除けてその場から慌てて離れていった。
マリーはゆっくりと起き上がると小さく溜息を吐いて、
「ハァ、仕方がありませんね」
と、吐き捨てた。
その後でゆっくりと上着のポケットからカプセルを取り出していった。
マリーが赤いスイッチを押していくのと同時にマリーの体そのものも真っ白な装甲に包まれていった。
兜には海老を模したと思われる触覚が付いていた。そればかりではない。海老を思わせるような立体音響機器のような多数の穴が付いた両目の箇所があった。
しかしそれ以上に特徴的であったのは海老の甲殻を模したと思われる装甲だった。海老や蟹と同様にキチン質の厚い角皮に多量の石灰石を含んで硬化しているように見えるが、それはあくまでもそう思わせる演出に過ぎない。
実際の強度は他の『ロトワング』と同等かもしくはそれ以上である。なにせこういったアンドロイドや人間を始末するために養父であるフレッドセンが特別に作らせた品なのだから……。
また、特別製というだけのことはあって脚には実際の海老と同様にギザの付いた多くの棘が生えているのが見えた。
腰のベルトには装甲と同じ色の輝きを放つビームサーベルと蟹を模した弾倉が付いたレーザーガンであった。
蟹を模った弾倉の中にビームパックを補充して相手を撃つというシステムになっている。もっとも普段からこのアーマードスーツの手入れをしているのでいざという時に焦るなどということはこれまでに一度も起きていなかった。
マリーは腰に下げられていたレーザーガンを抜くと、静まり返った夜の誰もいない川の側を必死になって走っているケントの足元を躊躇うことなく撃ち抜いた。
それでもケントは人間のように生き意地汚く河原の土を手で掴み、這いずり回って逃げようとしていた。
本当に見苦しい……。言いようのない嫌悪感に襲われたマリーはケントの両手に向かって引き金を引いていった。
ケントは悲鳴を上げながら地面の上に倒れ込んだ。
「あぁ、動かないでください。動くとまたこれを発射しなくてはなりませんから」
マリーは手に握ったレーザーガンを振り回しながら言った。
「た、頼む。やめてくれ」
追い詰められてもなお口から出てくるのは罵詈雑言ではなく命乞いの言葉だった。もし同じ立場に人間がいたのならば確実に罵声を浴びせてくるだろう。こういった命が尽きる間際に出る言葉が案外機械と人間とを明確に分ける差となるのかもしれない。
マリーは電子工学と哲学を混ぜたような理論を考えつつと、考えごとのみに夢中になることはなかったらしい。そのまま倒れているケントの頭部に向かってレーザーガンを構えていった。
「頼む。助けてくれ」
「駄目です。あなたは人を殺しました。それは人とアンドロイドの友好関係を破壊するものです。『マリア』からそう言われたものでして」
「じゃ、じゃあ、アンドロイドを殺したあの女の子はどうなるんですか?」
「あぁ、大津さんのことですか」
マリーは川崎市に向かう最中のタブレットで読んだ喫茶店の事件のことを思い返していった。大津修也の娘である大津麗俐が学校に居たアンドロイドの少女を殺したという話だ。マスコミは僅かな時間で事件の背景まで調べ上げていたということになる。
100年前以上前ならば考えられなかったことだ。マリーは車の中でタブレットを片手にマスコミの情報収集力に舌を巻いていたのを覚えている。
だが、マリーは躊躇うことなく言った。
「大津さんに関しては会社から教育を受けることになっています。ちゃーんと注意はしておきます。ですからご安心を」
「それではあまりにも差があり過ぎます。どうして私が死んであの女の子は死の制裁を逃れるんでしょうか?」
息も絶えそうになっていたケントは懇願するように問い掛けた。
「……マリアがそう判断したからとしか言えませんね」
「マリア? あぁ、聞いたことがあります。メトロポリス社の人工頭脳のことですか?」
「えぇ、父が心の底より敬愛している人工頭脳がそう判断したのだから麗俐さんは無罪だと決められたようですね」
「り、理不尽な話だなぁ」
ケントが苦笑しているのが見えた。マリーはそんなアンドロイドを見据えながら冷静にその頭に向かってレーザーガンを突きつけていった。
それから躊躇うことなく引き金を引いた。アンドロイドの電子頭脳や頭部を形成していた部品が河原の上へと散っていくのが見えた。
マリーはパワードスーツの装甲を解除すると、上着のポケットから携帯端末を開いていった。
「もしもしお養父様。今終わりましたわ」
「ご苦労様です。では今から証拠を持って本社の方に戻ってください」
「はい、かしこまりました」
マリーは養父からの電話を切ると、河原の上で倒れ、その近くを転がっていたケントの頭を回収して傍に抱えていた。
戦国時代の武将が討ち取った武将の首を持ち運ぶかのようなやり方であり、推定するに600年か500年は前のやり方であったに違いない。
しかしそのやり方が今でも人からアンドロイドに変わったとはいえ通じるのだから人間社会というのは不思議なものである。
長い年月をたっても根本が変わらない人間社会を笑いながらマリーは河原の近くに待たせていたロールス・ロイスの後部座席へと座り込んだ。後部座席の真横にはちゃんと養父の要望通りにアンドロイドの頭部が置かれている。
このまま後部座席に背中を預けてマリーはこのまま眠ろうかと考えた。
だが、利口なマリーはタブレットを開いて隙間時間を利用し、学校の課題を片付けていった。
定められた方程式を用いて厄介な証明問題を解き、因数分解を用いた基本的な式を幾らか解いたところで車はメトロポリス社の前に着いた。
メトロポリス社の入り口の前に着くとマリーは優雅に両足を揃えつつ、マリーにとっては好物である銀座で売られているホールケーキを持ち運びするかのように慎重かつ丁寧にケントの頭を抱えて社長室の扉を開いていった。
社長室の中にはいつも通り厳格な顔を浮かべた養父フレッドセンが座ったまま自分を出迎えた。
社長室の机の上にマリーは大事に抱えていたアンドロイドの頭部を置いた。
フレッドセンは義娘によって机の上に置かれたアンドロイドの頭部を満足そうに眺めながら口元を「へ」の字に歪めていた。
「お疲れ様です。よくやってくれました」
フレッドセンは粉々になったパーツを優しく摩りながら労いの言葉をかけた。
「いえ、それよりももうそろそろ自宅の方に戻ってもよろしいでしょうか?まだ課題が残っておりますし」
「いいえ、まだです。あなたにはこれから大津さんの自宅に向かってもらいます。その上で大津さんの娘さん……麗俐さんを説得してもらいたいのです」
「かしこまりました」
マリーは丁寧に頭を下げた。そしてそのままロールス・ロイスで修也の家の前に向かっていったのでいる。
玄関のインターホンを鳴らし、麗俐の母と思われる女性に取り継いでもらった後に陰鬱な顔を浮かべる麗俐を呼び出した。
「大津麗俐さんよね。よかったら車に乗らない? ちょっとね、私の方から話があるのよ」
「は、話って……」
「すぐに済むわ。場所はあなたの家でもいいし、どこか店を取ってもいいのよ」
麗俐は目の前にいる黒髪の令嬢が何を言いにきたのかを察した。
「もしかしてあのパワードスーツのことですか?」
「あら、理解していたの! それなら話が早いわ!」
マリーは可愛らしく手を叩いて喜ぶ様子を見せた。
それから友だちに笑い掛けるような可愛らしく愛想の良い笑みを浮かべながら麗俐に向かって言った。
「ねぇ、あなたよろしかったらあなたのお父様と同様に我が社専属のガーディナルになってみない?」
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