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第二章『共存と滅亡の狭間で』

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 夕焼けの陽の光が眩しくなってきた頃合いだった。日本国内でも有数の総合商社、メトロポリス社の社長フレッドセン=克之・村井は落ちてゆく日の光に背を向けながら懸命にパソコンで事務仕事を行なっていた。

 その時だ。部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。入室を許可すると、そこには青いワンピースを着た女性が入ってきた。
 タブレットを脇に抱えた女性は真剣な顔を浮かべながら言った。

「社長、少しよろしいでしょうか?」

「分かりました」

 状況を把握したフレッドセンは手を止めて女性へと向かい直った。


「なんですって? アンドロイドが人を襲った?」

 社長室で書類仕事を行なっていたフレッドセンはディスプレイから顔を上げて水色のワンピースを着た女性からの報告を受けていた。

「えぇ、その上、町田市の喫茶店で商談を行っていた我が社の大草という営業の男と取り引き先の富豪の男が共にそのアンドロイドに撃ち殺されました」

「……それで、そのアンドロイドはどうなりました?」

 フレッドセンは両目を青白く光らせながら青いワンピースを着た女性に向かって問い掛けた。

「壊されました」

「誰にです?」

「……『エンプレスト』の手によってです」

「質問の答えになっていません。私は『ロトワング』の機種の名前など聞いておりません。具体的な名前を聞いているんです。どなたですか?」

 言葉には圧が込められていた。ここは従うしかあるまい。
 女性は恐る恐るといった様子でフレッドセンの質問に答えた。

「……大津麗俐さんです」

「大津?」

 聞き覚えのある苗字を聞いたフレッドセンは思わず片眉を上げた。

「えぇ、大津修也さんの娘さんだそうで、滅多に装着することができない『エンプレスト』を装着できたようですよ」

 それを聞いたフレッドセンは難しい顔を浮かべながら腕を組んで考えことをしていた。その時だ。携帯端末が鳴りびいた。
 フレッドセンはそれを見て大きく口を開けていた。どうやら予想外の相手からの電話であったらしい。

 しばらくの間フレッドセンは平社員のように頭をペコペコと下げながら電話口の向こうにいる相手からの返事を聞いていた。

「はい」を何度も連呼した後に携帯端末を切り、真剣な顔を浮かべていた。
 それからもう一度両目を閉じて熟考する姿を見せた。

 だが、すぐに両目を大きく開いて水色のワンピースを着た女性に向かって低い声で指示を出した。

「その大津麗俐さんという方を明日にでも我が社に連れてきてください」

「社長もしかして大津麗俐さんをーー」

「えぇ、『マリア』から指示を受けました。お父様と同様に我が社の守人ガーディナルとして雇わせていただきます」

「し、しかし、社長」

 水色のワンピースを着た女性は困惑した顔を浮かべながら反論を述べていった。

『エンプレスト』は既に亡くなった富豪に売却しているし、大人である修也に対して麗俐はまだ未成年であることなのだ。

 だが、こうした問題点をフレッドセンは個別に連呼していった。

「『エンプレスト』の売却は中止にしなさい。そして大津さんはマリーが通っている私立高校に編入させます。あそこなら私の顔も聞きますからね。それでいいでしょう?」

「は、はい」

 有無を言わさせない完璧な処置に水色のワンピースを着た女性は首を小さく縦に動かすより他になかった。

 そして女性はフレッドセンの指示をまとめたタブレットを抱えて社長室を退出しようとした時だ。
 慌ててその背中を呼び止められた。

「待ちなさい。ご家族……大津さんとの交渉は上手くいくように取り計らってくださいね。『エンプレスト』の装着者がいれば我が社の貿易事業は更に拡大していくことになるでしょうから」

「はい」

 女性は小さく頭を下げて部屋を出ていった。フレッドセンのワンマンぶりにも困ったものである。

 確かに未成年である点や『エンプレスト』の一件は金を払い戻すことで中止できるだろう。それに家族の中には麗俐の保護者である修也が含まれている。説得も他の家庭に比べれば円滑に進んでいくに違いない。

 だが、問題は本人の意思だ。本人が嫌がれば強制することはできない。
 水色のワンピースを着た女性がメトロポリス社の社長室に向かうまでの廊下で小さく息を吐いていると、目の前からフレッドセンの義娘であるマリーが姿を見せた。

「あら、さくらさん。どうなさいましたの? そんな六月の梅雨のような暗い顔をなされて」

 学校帰りであるのか、ブレザーの制服を着たマリーは映画で覚えたような比喩を使って揶揄うように問い掛けた。

「はい、実は……」

 水色のワンピースを着た女性もとい水嶋みずしまさくらはマリーの言うような暗い顔を浮かべながらフレッドセンから言われた無茶振りを話していった。

「なるほど、確かに他の件は片付けられても、本人の意思だけはどうしようもありませんからね」

「はい、どうしましょうかぁ、あたしぃ、このまま上手くいかなければ社長に首にされてしまいますぅ」

 暗い顔を浮かべながら話すさくらに対してマリーはどこまでも朗らかな笑みだった。

「お任せください。その麗俐さんという方とは私は歳が近いですので、私にお任せくだされば成功の確率は跳ね上がると思いますよ!」

 マリーは自身の胸を軽く拳で叩くと大きな声で言った。

「そ、そうなんですかね? よかったぁ~、それなら安心だぁ」

 さくらは困惑したような声で問い掛けた。だが、マリーの顔には迷いの色は見えなかった。
 ただひたすらに麗俐に対して笑顔を向けるだけだった。そして背中に暗い影を落としながら部屋を後にするさくらと入れ違う形でマリーが部屋の扉を叩いた。

「入りなさい」

 フレッドセンの声が聞こえ、マリーは躊躇うことなく部屋の中に入っていった。

「失礼します。お父様」

「うむ。用件はメールに送った通りです。あなたの分の『ロトワング』は持っていますね?」

「はい。お父様」

「よろしい。では、早速今よりを頼みます」

 フレッドセンは指を操作して目標となる標的の写真が貼られた経歴書を映し出していった。

「この男の名前はケント。神奈川県の川崎市にある工事現場で働いていましたが、故意に人間を殺して逃亡しています。我が社の制作したアンドロイですが、人に害をなしたことは事実です。我が社が極秘にアンドロイドたちに組み込んでいる発信機を辿ってすぐに始末しなさい」

「分かりました。神奈川県の川崎市ですね」

 マリーは丁寧に頭を下げて社長室を後にしていった。これがマリー=冴子・村井の持つ裏の顔であった。

 彼女は社長令嬢としての地位と英才教育を受けて社長の後釜に座る条件。それから衣食住や欲しい物を買い与えられる権利の引き換えとして人間に害をなしたアンドロイドや人間との友好関係を一方的に破棄するようなアンドロイド、もしくは人間に対して苛烈な制裁を下すという仕事を行なっているのだ。

 いわゆるメトロポリス社専属となる闇の狩人と称してもいいかもしれない。

 マリーは面に待たせていた浮遊車エアカータイプという最新式となるロールス・ロイスの後部座席に乗り込むと、神奈川県川崎市までの短い道のりをタブレットで養父から伝えられた情報を読みながら楽しむことにした。

 タブレットによれば本日の午後13時を少し過ぎた頃に突然工事現場用に導入されていたアンドロイドが自我を失って暴れ始めたのだそうだ。

 そして暴れる最中に工事現場の高所から同僚であった作業員一人を突き飛ばして現在は行方を眩ませているそうだ。
 幸いなことにこの事件は同日に起きた同じアンドロイドが起こした喫茶店の殺人事件に紛れて大きく報道されることはなかった。

 マリーを乗せた車が発信機を使って辿り着いたのは工事現場から大きく離れた河川敷だった。
 巨大な橋の下でケントは捨てられた子猫のように哀れに震えを起こしていた。

「あのー、あなた大丈夫ですか? ずっと顔色が悪そうですよ?」

 マリーがケントの顔を心配そうに覗き込みながら問い掛けた。

「あ、あのあなたは?」

 ケントは困ったような顔を浮かべながら問い掛けた。

「心配しないでください。私は警察の者などではありません」

 マリーは不安がるケントを憐れむように優しい口調で諭すように言った。

「ではあなたは何者ですか?」

「これは失礼致しました。私の名前はマリー=冴子・村井。メトロポリス社の社長フレッドセンの娘です」

「しゃ、社長の娘さん?」

 ケントが驚きのために目を丸くするのが見えた。

「フフッ、そんなに驚かないでくださいな。こっちの方が恥ずかしくなりますわ」

 マリーは両頬を赤めながら言った。どうやら心底から恥ずかしがっているらしい。

「す、すいません。それで社長の娘さんがどうしてわざわざおれのところに?」

「はい、その理由は単純なものです」

 ケントが首を傾げながら問い掛けた。

「単純?」

「えぇ、あなたを処刑しにきたんですよ」

 辺りの空気が静まり返っていくのが感じられた。
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