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第二章『共存と滅亡の狭間で』

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(おや?あの男は?)

 扉の近くの椅子に座っていたメトロポリス社のセールスマン、大草おおくさは喫茶店のカウンターの前で談笑している大津修也の姿に気が付いた。

 メトロポリス社において大津修也の名を知らない者はいなかった。

 当たり前といえばそうだ。三つの惑星で大きな事件を解決し、惑星ベルの開発を成功に導いた偉大な英雄の名を覚えている。
 それ故にメトロポリス社の末端のような彼でさえも大津修也の名前と顔はハッキリと覚えていたのだ。

 だが、今更そんなことは問題ではなかった。本日のセールスの相手は『ロトワング』の変異タイプを求める富豪であった。理由は護身用のためだった。

 他国或いは他星に渡るにあたって強力な護身用の武器が必要となるのだそうだ。
 大抵の場合富豪であるのならばこのような喫茶店ではなく、ホテルの中にある高級レストランや料亭などを会談の場に選ぶだろう。

 だが、目の前にいる富豪はそういった富豪たちが好むような場所ではなく、自らこの下町にある古風な喫茶店を指名してきたのである。
 随分と奇特な人物である。

「それではこちらのカプセルになります」

 セールスマンは黒色の鞄から取り出した小さなカプセルを喫茶店の机の上に置いた。

「ありがとう。支払いの方は電子決済でいいかな?」

「は、はい。もちろんです!」

 富豪は目の前の空を人差し指でタップし、ウィンドウを浮かび上がらせていくのと同時に自身の通帳へと指一本でアクセスしていった。そして通帳から支出額を記入して目の前にいる大草から聞き出したメトロポリス社への口座に指定された金額を振り込んでいった。

 百年前ならば銀行に向かわなければならないところだったが、22世紀は銀行に赴くことなく振り込みができるようになった。会談の場所からわざわざ場所を移さなくてもよくなったということだ。

 百年前はわざわざ銀行に行かなければならなかったということだから不便なものだ。男が乱入してきたのは大草が昔のことを考えていた時のことだった。
 例の恐ろしい男は入店するのと同時に直前まで会話を交わしていた富豪をなんの躊躇もなく撃ち殺し、止めに入った喫茶店のマスターまでその毒牙にかけたのである。

 幸いであったのはそれ以上の犠牲者が出る前に常連の男が男の手からピストルを奪い取ったことだった。
 しかし男はそんな大衆の努力を嘲笑うかのように『ロトワング』の力を使って止めに現れた男を外へ投げ飛ばしたのだった。

 そして今はメトロポリス社における名物社員もその手に掛けようとしていた。
 だが、携帯端末で警察を呼べば『ロトワング』を使用している男の矛先がこちらに向かいかねなかった。それ故に誰も手を出すことができない状態にあった。
 おろおろとしている中で大草が目を付けたのは富豪に売るはずであった『ロトワング』の存在だった。

 富豪が護身用に購入した『ロトワング』は修也が宇宙に旅立っている間にメトロポリス社が開発した新たな最新式モデル『エンプレスト』であった。

 名前の由来はその名の通り女帝であった。しかし同じく最新式のパワードスーツである『メトロイドスーツ』と大きく異なるのは『エンプレスト』が装着者を選ぶということだった。

「エラー」と不適合者のレッテルを『エンプレスト』のコンピュータから貰えばその人物はどれだけ願ったとしても『エンプレスト』をもう装着することはできない。

 大草は自らが『エンプレスト』を着用するべきだと考えた。そして机の上にあったカプセルトイを拾い上げて『エンプレスト』の装甲を身に纏おうと考えた。
 だが、聞こえてきたのは『エンプレスト』に内蔵された電子AIの声だった。

「エラー」

 機械は無情にもそう言い放つと、大草の体を機械から出してきた風圧で弾き飛ばしたのだった。その瞬間にそれまで抵抗のできない修也を殴り続けていたイカ型の『ロトワング』を装着した男が修也の元を離れ、大草の元へと向かっていった。

「わ、私はその、た、たまたま触っただけでして」

 大草は必死になって弁解を行おうとしていたが、男には無意味だったらしい。
 容赦なくその頬を殴り飛ばされてしまった。男は地面の上をゴロゴロと転がっていった。

 しかし殴り飛ばしただけでは怒りが収まらなかったのだろう。
『ロトワング』の横にあったベルトに繋いでいたレーザーガンを取り出して大草へ突き付けていった。

「やめろッ!」

 修也は慌てて男の体に向かって飛び付いた。そのために男が握っていたレーザーガンの照準が大きく外れてしまうことになった。
 大草の心臓を狙っていたはずの照準は腹部に向かうことになった。致命的な負傷を負ったことには変わりないものの、心臓部を狙われた時とは異なり、少しだけ喋る余裕ができた。

 男は必死に片手で腹部から流れる血を抑えながらカプセルトイを集まった人たちに見せていった。

「誰か、誰か、これを使ってあの野郎を倒してくれ……」

 ほとんどの人が怯えて動けない状況にある中で勇気を出してか細い声を飛ばす男の元に駆け付けていったのは麗俐だった。

「これであいつを倒せばいいんだよね?」

「あぁ、これはあの野郎を殺す銀の弾丸なんだ。こいつを使うのは一部の適性がある人間だけだが……あんたが試してみてもいいかもしれないな」

 大草は口から血を流しながらニヤリと勝ち誇ったような笑みを麗俐に向かって笑い掛けた。
 大草は自身の元に駆け付けてきた少女が何者であるのかということが予想できていたに違いなかった。

「分かった。やってみる!」

 麗俐は大草から受け取ったカプセルトイを取り出し、そのスイッチを押した。
 そして父親と同様にパワードスーツを身に纏っていた。「エラー」という言葉が一度も発せられなかったということから麗俐はその適性を『エンプレスト』から認められたことになる。

 人々が初めて目にすることになった『エンプレスト』は女帝の異名に相応しい小さなティアラとギリシア文字のOの文字を彷彿とさせるような特徴的な頭部が印象的だった。

 黒色のボディースーツに上半身を守るために用意された黒色と金色のストライプの柄をした装甲もまた素晴らしかった。

 その流動経路を司るのは赤色だった。血を思わせる紅の赤。人によっては不気味に思えてしまうかもしれない。女性なら尚更『血』を連想するような表現は尚更避けてしまうだろう。

 だが、麗俐は自身の流動経路を司る赤色がどこか誇らしく思えた。

 腰に繋げられていたベルトには常用の武器としてクロスガンと呼ばれる組み合わせ次第で自由に意図を変えられるものが用意されていた。

 多節棍のような曲がった棒と真っ直ぐな棒を組み合わせればレーザーガンになったし、真っ直ぐな棒二本を組み合わせれば組み合わせて重ねた瞬間にビームソードの刃が出てくるようになった。

 麗俐はビームソードの刃が出てくるのと同時に踏み込んでいき、男を貫こうと試みた。
 大きく足を踏み、そのままフェンシングの要領で男の体を貫こうと目論んだものの、間一髪のところで男は麗俐のビームソードを交わし、避けた後にカウンターの攻撃でレーザーガンを発射した。

 麗俐はもう一度ビームソードを片手で握り締めながら男の元へと向かっていったが、男はその前にレーザーガンを突き付けて麗俐に向かって発射していった。
 幸いなことに身を交わしてレーザーを交わしたものの、間違いなくそのレーザーは麗俐の肩を貫いた。

「麗俐!」

 修也は声を上げて娘の元へと向かおうとしたが、男に蹴り飛ばされたことによって近くの机の上へと体を落としてしまう羽目になった。
 机の上に体を叩き込まれ、宙の上から料理やコーヒー等を浴びた修也は呻めき声を上げた。
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