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第二章『共存と滅亡の狭間で』

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『南の国の王子様は凍り付いたお姫様のもとに綺麗な珊瑚の首飾りを持って現れました。「姫よ、これであなたの心を凍て付かせる氷は溶けるでしょう」ですが、お姫様は見向きもしません。次に現れたのは北の国の王子様でした。「姫よ、あなたに相応しい白熊の毛皮を持って参りました。この美しい毛皮を身に付ければあなたの心を凍らせた氷も溶けるでしょう。しかし姫はこれにも見向きもしません。最後に現れたのは東の国の王子様でした。東の国の王子様は豪華な贈り物の代わりに温かいお茶を淹れてきました。「姫よ、お茶にしませんか? 今の時期はお茶が美味しいですよ」その一言でこれまでどの貴公子が試そうとも解けなかった姫の心は温かくなり、元の優しいお姫様に戻ったのでした』

 麗俐は頭の中で22世紀の初頭に生み出されたという童話『氷姫』の最終部分を思い返していた。

『氷姫』は小さい頃の麗俐が大好きだった絵本で両親にせがんで何度も読んでもらったことや自分自身でも幼い手で必死になって絵本をめくっていたことを覚えている。

 そのためか、記憶の中に鮮明に残っており今でも絵本や絵本の内容を思い出せるのだ。

 そのことを考えていると昔ながらの陶器製のティーカップに入ったブラックコーヒーがマスターの手によって麗俐の前に置かれた。

「……お父さん、これ」

「私からの奢りだよ。飲みなさい」

 麗俐はこれまで飲んだことがなかったブラックコーヒーに口をつけていった。大人向けのコーヒーだということもあって砂糖もミルクも入っていない。
 ストレートな味わいで本当に苦かった。

 だが、不思議と温もりを感じる味であった。麗俐がコーヒーをフゥフゥと息を吐きながらゆっくりと啜っていった。
 ある程度までコーヒーを飲み終えたところで麗俐は自身の横でコーヒーを啜る修修也の姿を見つめていた。

 背中を丸めながらコーヒーを啜る姿は今までに見た父の姿だった。家の中では情けなく職場でも役立たずの『昼行灯』。そんな父が昔から情けなくて仕方がなかった。

 だが、宇宙から帰ってきてからの父は何かが変わったようだった。どこか情けなく頼り甲斐がなさそうな姿を自分や家族に見せることには変わらないが、先ほど自分を睨んだ時や自分を無視して話をした時の修也はこれまでに見たことがなかった。
 麗俐はそんな修也の姿を見ながらコーヒーの残りを啜っていた時だ。

「美味しいかい? お嬢ちゃん?」

 と、コーヒーカウンターの方からこの喫茶店のマスターだと思われる男が顔を覗かせながら問い掛けた。

「えぇ、とても」

 麗俐は優しい笑みを浮かべながら言った。麗俐は言葉が出なかった。
 これまでの自分は勉強やスポーツに追われてあまり笑顔が浮かべてこなかったことを思い出した。

 マスターが淹れたコーヒーは麗俐の顔にこれまでに出てこなかった笑顔が浮かんできた。それを思い出させてくれたことが嬉しかった。

 麗俐が優雅にコーヒーを啜っていた時だ。不意に扉が開き深い帽子を被り、大きなサングラスをかけ、巨大な使い捨てマスクで口周りを覆った不審な男の姿が見えた。
 まるで大昔に流行ったホラー映画『透明人間』に出てくる透明人間が普通の人間を装うために行なっている変装だ。

 なんとも不気味な姿だ。麗俐が心の内に嫌悪感を抱いていた時のことだ。男が懐から小型の拳銃を取り出していった。
 そして扉の近くに座っていた高価な絹のスーツを着た客の頭を迷うことなく撃ち抜いたのであった。

「キャァァァァ~!!!」

 店内に悲鳴が響き渡っていった。

「な、何をするんだッ!」

 自身の店に突然現れた凶悪を相手に喫茶店のマスターは店を荒らされたことに激昂したらしい。カウンターから出てきて、無礼な男に向かって飛び掛かろうとしたが、その前に額を撃ち抜かれて死んでしまったのである。

「ま、マスターッ!」

 常連の客と思われる男が悲鳴を上げた。それと同時に無礼な来客に向かって勢いよく飛び掛かっていった。
 常連の男が飛び掛かってきたことによって拳銃を持った男との間で揉み合いとなった。その際に拳銃が地面の上に落ちていった。

 男が握っていた拳銃はちょうど麗俐と修也のところにまで滑っていった。迷うことなく修也は地面の上に滑ってきた拳銃を拾い上げて小男に向かって突き付けていった。

「動くなッ! 大人しくしろ!!」

 だが、小男はその指示に従わなかった。それどころか自身を押さえ付けていた常連客の男を扉の方向にまで投げ飛ばしていった。木製の扉が崩れ、扉に付いていたガラスが粉々に崩れていった。
 そのまま修也の元へと向かってきた。

「止まれッ! 止まらないと撃つぞッ!」

 その言葉を聞いた時に小男は怪しげな顔を浮かべて笑った。かと思うと、見たことのあるカプセルを懐から取り出した。

 男がカプセルのスイッチを押していくのと同時に男の体が真っ白な白い鎧によって包まれていった。
 間違いない。メトロポリス社が開発しているパワードスーツ『ロトワング』の試作機の一つだった。
 男はカプセルから瞬時に装甲のついた戦闘スーツを装着したのである。

 ただ、その鎧はイカを模したものだった。大きく尖った兜にイカの体を模した真っ白でメタリックな装甲が特徴的だった。
 真っ白な鎧だと記す以外には特筆するべきところもなかったが、問題はそこではない。

『ロトワング』が一般的に流通することはない。強力な力を持つ『ロトワング』は銃刀法の範疇に含まれるし、日本警察もメトロポリス社には目を光らせていたはずだ。

 それを目の前にいる男はいとも簡単に使ってみせた。『ロトワング』は強力なパワードスーツである。
 銃弾などが効くとは思えない。それでも今手にしている武器はこれしかないのだ。

「止まれッ! 止まれないと撃つぞ!!」

 修也は警告の言葉を投げ掛けたが、それが意味をなさないというのはメトロポリス社の社員として『ロトワング』のことについては修也自身が一番よく知っている。

 だが、周りには他の客たちの存在がある。背後には娘もいるのだ。ここで怯むわけにはいかなかった。

 修也は心の内から湧き上がってきた不安を責任感という名の鎖で心の奥底に縛り付けながらイカのようなパワードスーツを纏う男に対して拳銃を構えていった。
 案の定男は拳銃を見ても怯むどころか迷うことなくこっちに向かってきていた。

「クソッ!」

 修也は口汚い言葉を吐き捨てた後に弾丸を男に向かって放っていった。
 だが、弾丸はパワードスーツの上を弾いていった。

 そして近付いきたかと思うと、修也の腹を思いっきり蹴り飛ばしたのだった。
 修也は悲鳴を上げながら地面の上を倒れていく。そしてその上で修也をタコ殴りにしていった。

 強力なパワードスーツを着た上で生身の人間を殴っているのだから当然その現場も過酷なものへと変わっていった。
 悲惨な音と血が周囲に飛び散っていった。

「お父さん!! 誰か!? 誰か!? あいつを止めてよ! お願い!」

 だが、相手は『ロトワング』を身に纏っている。生身の人間に勝ち目などあるはずがなかった。
 周囲の人たちには目には絶望の色が浮かんでいた。

「誰か! 警察に電話して! お願い!」

 だが、恐怖に震えていたということもあって誰も携帯端末に手を伸ばそうとはしなかった。
 麗俐の目から涙が滲み出ていた。透明の液体が地面の上へと零れ落ちていった。
 木製の床の上に涙が染み込んでいくのが見えた。

 もしかすれば自分の父親が悲惨な目に遭うというのは自分自身に回ってきた因果が回り巡ってきた結果であるのかもしれない。麗俐は激しい後悔の念に包まれていった。
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