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皇帝の星『オクタヴィル』

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「お初にお目に掛かります。陛下、私の名前はジョウジ。地球に存在する大商家メトロポリスの代理人として参りました。本日はよろしくお願い致します」

 ジョウジは改めて頭を下げた。深々とした素晴らしいお辞儀だ。
 皇帝は頭を下げるジョウジを顎の下に手を当てて摩りながら満足そうに見つめていた。

「ふむ、で、そちらの婦人は?」

「カエデと申します。以後お見知り置きを願います」

 カエデはドレスの裾の両端を掴み、つま先で立つと立派な一礼を行なっていった。

「それで、お前は?」

 頭を下げたままジョウジは修也に皇帝の言葉をそのまま翻訳したのだった。

「はっ、申し遅れました。私の名前は大津修也と言います」

「そうか、シューヤか、変わった名だな?」

 ジョウジの翻訳によって言葉を理解した皇帝は皇帝という地位にあるため率直な感想を言い放った。

「はっ、はい。申し訳ありません」

 修也はそれに対して謝罪の言葉を口にした。ここで言い返せば例の社員の二の舞になりかねないからだ。
 だが、皇帝はカンカラカンカラと独特な笑い声を上げて言った。

「謝る必要はない。珍しがっただけだ。そんなことよりも異星からの使者殿に尋ねたい。お主らに聞きたいのだが、わしの髭はどうだ?」

 皇帝は自らのちょび髭を摩り、和かな顔を浮かべながら問い掛けた。

「短くて威厳を感じさせる素敵な髭です」

 ジョウジは率直な称賛の言葉を述べた。

「長い髭では見ることができないような整えられた逞しい髭です」

 カエデは短さを長所に変えたような言い方で皇帝の髭を称賛した。

 どちらも対皇帝用のテンプレート的な賞賛の言葉であった。

「はい。王者としての風格に満ちたこれ以上ないほどに素晴らしい髭です。その髭があれば民衆は王の威厳の前にひれ伏し、敵対者は王の尊厳を前に跪くに違いありません! その髭は陛下にとっての勝利の証そのものでしょう!」

 修也の言葉はジョウジの手によって一字一句そのまま丁寧に翻訳がなされた。
 ジョウジは思わず修也を見直した。独裁者を褒め称えるような大袈裟な美辞美麗を発することができた修也を僅かではあったものの見直していたのだ。

 修也は自分が童話などをモチーフに考案したお世辞を語っていた。しかし喋る最中に連想していたのは童話に登場する立派な国王ではなく、20世紀最悪と称されるドイツの独裁者の顔だった。

 くしくも20世紀最悪の独裁者は目の前にいる皇帝と同様に立派なちょび髭をたくわえていた。そのことがまたおかしかった。

 頭を下げた修也が地面の下を見つめながら苦笑していると、皇帝がこれまでに聞いたことがないほどの明るい声を出した。

「そうか! わしの髭は世界を統べるのか!?」

 皇帝は上機嫌な様子でそれを家族たちにも語っていた。

 だが、上機嫌な皇帝とは対照的にその家族たちは鬱陶しげな様子で皇帝を見つめていた。

「父上、異星からの使者からのお世辞など聞き流してくださいませ。いちいち本気にする必要はありませぬ」

「黙れッ! エルッ! 貴様に何が分かるというのだ!?」

 どうやら若い皇太子の名前はエルというらしい。
 凄まじい剣幕で一喝を浴びせられてしまえば大抵の人は押し黙ってしまうだろう。

 だが、若い皇太子は父からの剣幕にも怯まなかった。それどころか不興を買うことを承知で反論を浴びせたのだった。

「父上ッ! 私は言わせてもらいます、父上は昔からご自身の体やお髭に自信がありませんなんだ! それ故に少し褒められるとすぐに浮かれまする!それがあなたの悪い癖だッ!」

「よ、よくもハッキリと申しおったなッ! そこに直れ! 貴様の性根を叩き直してくれるわ!!」

 皇帝は激昂した。血管が浮き出るほどに顔を歪ませ、歯をキリキリと鳴らしながら勢いよく立ち上がっていった。
 腰に下げていたサーベルのような剣を抜いて皇太子エルに迫っていった。

「私をお斬りになられるつもりか? それも異星から来たという使者の前で? それでは父上の皇帝としての対面に傷が付きまするぞッ!」

 エルは剣を向けながらもどこか冷静な様子で言葉を返した。

「構わぬ! 今日という今日こそ貴様の腐り切った性根を叩き直してやるッ!」

 皇帝の目は血走っている。今にも剣を振り下ろしそうな勢いだった。

「お待ちくださいませッ! お父様ッ!」

 と、先ほどの赤い髪を垂らした若い女性が足元に這いつくばり、額を頭に擦り付けながら懇願していく。
 父親の頭を見上げる時の彼女の顔は涙で塗れていた。
 娘の必死の懇願に皇帝も思うところがあったのだろう。剣を鞘に戻し、しぶしぶと椅子の上に座っていった。

 カエデは話が済んだと解釈して肩にかけていたシェルダーバッグを取り出して圧縮した商品を並べていった。
 全ての商品を床の上に並べ終えると、圧縮を解除して社長が厳選した皇帝並びにその一家への贈り物を出していった。

「こちらは我らの主人よりの贈り物です。どうぞお納めください」

 カエデは深く頭を下げて言った。

 カエデによって贈り物に触れられる機会が与えられるなり、皇帝一家や同じ椅子の上に腰を掛けていた重臣たちは日本から運ばれた贈り物に目を輝かせていた。

 中でも皇帝は日本刀を気に入ったらしい。黒い鞘から輝かしい光沢を放つ刀身の輝きに魅了され、何度も繰り返して刀を鞘から抜いていた。その顔からはすっかりと先ほどまでの怒りの念は消え去っていた。

 皇太子エルも父への怒りを忘れ、井伊家ゆかりといわれる赤備えの鎧に夢中になっていた。全身から放たれる朱色の輝きに革で出来た材質の珍しい鎧を夢中になって眺めていた。

 レプリカとはいえども当時の材質や質感を正確に再現し、実際に戦争に着て行っても問題がないように作られている。
 文化レベルが中世の惑星だということもあるのだが、何よりレプリカを作る腕前が百年前と比較して段違いに上がっていったということが大きかった。

 男たちが鎧や刀に夢中になる一方で婦人たちは日本が作り上げた首飾りや指輪といった光物に夢中になっていた。
 皇妃などは何度も指輪を自身の薬指に嵌めて、その度に自身の指を美しく引き立てる小さな宝石の付いた指輪をうっとりとした表情で眺めていた。

 その一方で重臣たちは瓶の中に収められた帆船模型に衝撃を受けていたらしい。
 中でもでっぷりと太った貫禄のある男は帆船模型を震えながら手に取っていた。

「こ、これはどういうことだ!? なぜ、船がこのように小さくなっておる!? どのような原理で船を小さくさせ、それを瓶の中に入っておるのだ!?」

「異星寄りの技術だからでしょう?」

「あ、悪魔だ。悪魔の技だッ!」

 そう叫びながら太った男は身に付けていた黒色の司祭服をかき乱していた。かと思うと、自身が手に取っていた帆船模型を地面の上に向かって躊躇うことなく叩き付けた。

 ガシャーンと大きな音が鳴り響き、地面の上に瓶の破片やバラバラになった木材が飛び散っていた。
 全員の視線が太った男に向かっていく。

 その場にいた全員から鋭い目もしくは呆れられたような目で睨み付けられても太った男は動じる様子を見せなかった。
 そればかりか、鼻息を荒く鳴らしながら大きな声で喚き散らした。

「皆様方! これは我が教会に対する挑戦です!! 皆様、こやつらに騙されてはなりません!!! 今すぐその悍ましい品物を叩き壊して神に赦しの願いを唱えるのですッ!」

 小太りの男は床の上に膝をつくと、ポケットから鉤十字を取り出してそれを両手の中に握り締めると、ゆっくりと祈るような真似を行なっていった。両目からは涙が流れている。

 床の上でブルブルと震える姿は小太りの犬が飼い主を恐れている姿を連想させられた。
 だが、太っていることもあって哀れみなどは一切感じさせられなかった。

 その場にいた全員が狂信者に対して侮蔑の目を向けていたが、その中でも一番強い感情を向けたのは皇帝だった。
 皇帝は与えられたばかりの日本刀を手に取ると、小太りの男の元へと向かっていった。そして打ちひしがれていた男の胸ぐらを掴み上げていった。

「貴様、どういう了見だ? わしらが楽しんでいるところにわざわざ水を差すようなことを言いおって」

「へ、陛下、これは悪魔の道具です! こんなものを使っておれば陛下は死んだ後に地獄に堕ちますぞッ!」

「この痴れ者めッ!皇帝に対してなんたる侮辱じゃ!許せん!!」

 皇帝は怒りに任せて太った男を地面の上に向かって勢いよく叩き付けた。
 床の上に叩き付けられた際に全身を強く打ったのだろう。悲鳴を上げていた。

「ちょうどよいわ。この場で貴様を叩き斬ってやる。異星よりの死者からもらった剣をもあることだしな」

 皇帝は刀の濃口を切った。芸術品のように美しき研ぎ澄まされた刀身が垣間見えた。

 太った男はそれを見て「ヒィッ」と短い悲鳴を上げた。
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