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第一章『伝説の始まり』

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 惑星『クラウス』の中でも最も巨大な火山とされるギラウェア火山が大規模な爆発を引き起こした。同時に雨霰のようにあちらこちらへと溶岩や火炎が飛び散っていく。それから大規模な火砕流が発生して溶岩や火炎によって燃えていた木々を飲み込んでいった。
 凄まじい自然災害に例外というものは存在なかった。土石流や火炎流は容赦なく逃げ惑う人々や生き物を飲み込み、一瞬のうちにその命を奪っていた。後に残るのは火山灰だけである。

 その火山灰の上を歩く惑星移動用のパワードスーツ『ロトワング』に身を包んだアンドロイド『モリグチ』はその姿に当然なんの感情も抱いてはいなかった。
 惑星『クラフト』は滅びるべくして滅んだのだ。それは当然のことなのだ。
 惑星が出来て生まれるのは宇宙の摂理だ。

 そのことを理解してか、『モリグチ』は辺りを見渡していく。会社の情報通り滅びた惑星という表現は正しかったらしい。そこには生物の姿など見当たらない。『モリグチ』が諦めて帰ろうとした時のことだ。火山灰に覆われた土層が破られ、二階建ての一軒家くらいの大きさはありそうな巨大なミミズが土の下から現れた。

 しかし惑星滅亡後も生き残ったということもあり、ミミズという割には表層にはサメのような牙が付いていたし、何よりミミズが上げない肉食獣のような雄叫びを上げていた。
 当然だがアンドロイドである『モリグチ』は動じることはなかった。右足に備え付けられているビームサーベルを外し、両手握るとビームサーベルを引き摺りながら淡々とミミズのような姿をした怪物へと立ち向かっていった。

 と、ここまでが惑星『クラウス』の最期を記録した受信映像である。ここまでの映像を振り返り、現在は海外にその居を構えている株式会社『メトロポリス』の株主たちは険しい視線を『メトロポリス』の社長フレッドセン=克之・村井かつゆき・むらいに向けていた。

「村井くんこれはどういうことかな?」

「……と、おっしゃられますと?」

 電話口の向こうからの言葉はかなり圧を含んだものであったに違いないが、若き社長はその圧を気に掛けることもなく、毅然とした態度で言葉を返した。
 その様子に苛立ったのか、モニター向こうの株主と思われる男性は眉間に皺を寄せながら村井を更に問い詰めていった。

「キミは我々に対していくら出費を出させたと思うのだ!? キミが考えたというアンドロイドに『ロトワング』を身に付させて人間の代わりに開発を行うという計画は惑星『クラウス』の例から失敗したじゃあないかッ!」

「……そのことに関しては弁明の余地もございません。改めてお詫びするのと同時に皆様方の損失を埋め合わせる形で償わせていただきます」

 と、憤る株主たちを相手に村井社長は椅子の上からではあるものの、深々と頭を下げて詫びの姿勢を見せた。

「では、他にどうしようというのだね? 何か良い方法があるというのならば是非、この場にいる我々にも聞かせてもらいたいものだが」

「……ご心配なく、我が社の誇る巨大コンピューター『マリア』は既に次の『ロトワング』装着者となる者の候補を見定めております」

 プロモーションの失敗があったというのにも関わらず、村井社長の言葉はあくまでも冷静だった。

「次の装着者?」

「えぇ、その装着者と共に我が社の方で惑星『クラウス』に代わる新たな開発先を見つけさせていただきます」

 村井の言葉には説得力があった。それ故に集まった全員が村井社長に向かって驚愕の目を向けていた。
 村井社長はそれを見て満足気に笑っていたが、しばらく野間を置いた後に株主の一人が怪訝そうに眉を顰めながら村井社長へと問い掛けた。

「クラウスに代わる惑星はいつになったら見つかる? 期限を絞ってもらいたい」

「……そうですね。三ヶ月です。三ヶ月の間にクラウスに代わる惑星を皆様方にご紹介させていただきましょう」

 村井の言葉からは嘘や偽りといったものは感じられなかった。オンライン上の株主総会に顔を出した全員が三ヶ月という期限の間は村井社長や『メトロポリス』の方針に口を出せないことが確定したのである。
 村井は一人、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。










「えっ、クビですか?」

 エレクトラアナハイニムス社の社員大津修也おおつしゅうやは信じられないと言わんばかりの表情で年下の上司から伝えられた言葉を反芻した。

「何度も言わせないでくれ、大津さん。あんたはクビだよ、ク・ビッ! あんたみたいな役立たずを我が社はこれ以上置いておけないんだよッ!」

 年下の上司は目を丸くして現実を受け入れられずにいる年下の部下に向かって現実を突き付けるように嫌味ったらしい顔を浮かべて首を切る真似を行った。
 周囲からは大津が年下の上司からいじられる姿が面白かったのか、笑いの声が上がっていた。

 大津は周囲からの嘲笑うような声を聞いて肩を大きく落とし、大きな溜息を吐いて自分の机の上に戻っていく。
 机の上には開きっぱなしのブラウザが見えた。修也は会計に必要な計算をしている最中であったのだ。
 計算をし直すためにブラウズの上のキーボードを乱暴に叩いたところで、もう一度年下の上司から告げられた言葉を思い返していく。

「く、クビか……クビか……」

 上司からの宣告が受け入れられず、どうしても落ち着くことができない修也は顔を洗うため手洗い場へと向かう。
 手洗い場には今年で四十四歳となった自分の姿が映っていた。酷く醜く、くたびれた様子をした中年の顔。頭皮が後退して若年ハゲと称される頭が見えていく。
 なんと情けないものだろうか。

 その日仕事が終わるまでずっと同じ言葉を繰り返し続けていた。
 2143年の時代においては終業ベルの代わりに手元の携帯アプリを通して終業時間が知らされるようになっている。

 修也は言い付けられた仕事が終わったのを確認し、ブラウザをシャットダウンしてからエレクトラアナハイニムス社を後にしたのであった。
 肩を落としながらの退勤は辛かったが、あとしばらくすればこうした思いをしなくても済むのだと思うと、辛い反面気は楽になった。

 駅までの通り道である賑やかな歓楽街を通り過ぎ、地下鉄へと乗り込む。
 携帯端末を使って、改札にかざすだけで改札をくぐれ、帰りの電車の中へと乗り込めるのだから便利な世になったものだ。

 22世紀が始まり、40年も経つというのに人間というのは変わらないものである。
 修也は満員電車の中四方向の客とせめぎ合い、ガタガタと揺られながら自身が降りるべき駅を待ち侘びていたのである。
 修也が降りるべき駅というのは町田駅。東京と神奈川の狭間にある郊外の地である。

 町田駅から更にバスを乗り継いで二十五分、田んぼと住宅が入り違う場所に大津修也が建てた一軒家があった。
 修也が建てた家は鉄筋の二階建て。
 4LDKの一軒家で四人家族。ローンはまだ三十分の一を返済したばかりだ。

 修也は玄関の本人確認システムでサーモグラフィーと赤外線を使っての住人登録システムを受けて、ようやく開いた扉から自宅へと戻った。
 2140年代の防犯システムは一昔前ならば軍隊でしか使えなかったような警戒システムとなっている。こうした便利なアイテムが技術の発達によって一般人でも手軽に使えるようになったのだから便利にはなったとはいえるだろう。

 とはいえ上の方は今のシステムよりも高度なセキリュティ技術を使用している。上を見上げればキリがないのだ。
 毎日疲れた状況でここまで検査されると疲れるから、修也は自分の若い頃のインタホーンのシステムだけに戻して欲しいと密かに考えていた。

 自分がクビになったという事実を受けて衝撃が拭い取れない修也は妻に向かってどこか放り投げるように鞄を渡し、スーツのネクタイを緩めながら二階にある自室へと戻っていく。
 二階の角部屋にある自室兼書斎は修也の城であった。

 一国一城の城とは一般的に自宅のことを指し示すが、修也からすれば家族に部屋のほとんどを明け渡している自宅よりも自分のスペースを取ることができる自室兼書斎なのだ。
 修也はこの城で一人だけ寛ぐ時間が何よりも好きであった。
 望むのならば一生この城の中で暮らしていきたい。

 だが、そういうわけにもいかないのだ。階下から夕食を告げる妻の声が聞こえる。否応でも降りるしかない。
 修也は未だに城の中に留まりたいという気持ちと必死に戦いながら階下へと降りていく。
 どうやら家族の中には疲れ切った父親を待つという選択肢はなかったようだ。既に夕食は始まっていた。

 妻と二人の子供たちは台所の中央に置かれている木製の机の上で箸をとり、各々が好むメニューに手を出していた。
 妻が自身の好物である豆腐と白菜の入った味噌汁を啜っていた。
 子どもたちも黙々とした表情で夕食を進めている。

 沈黙が流れる家族の輪の中へと入っていくのは気まずいと言わんばかりに深刻な表情を浮かべながら腰を下ろす。
 修也が今日の夕食を見てみると、ご飯に豆腐と白菜の味噌汁、おからとひじきの和物、もずく、それに鯖の塩焼きという和食であった。

 一汁三菜まずまずの量である。修也はもずくが入った小鉢を取ってから一気にもずくを啜っていく。
 もずくのベタベタとした感触がまた美味い。これでビールでも飲めれば最適であるのだが、会社を首になった身としてはそんな贅沢など望めまい。
 修也はこのままクビが露呈するまでは黙っておこうと密かに胸の内に秘めていた。

 ただでさえ上手くいっていない家庭だというのに余計なことを言って藪蛇を行うような愚かな真似をしたくはない。
 早いうちに国が経営する職業斡旋所に失業手当てを請求しに向かわなければなるまい。

 できればメトロポリス社のような大会社に就職したいが、修也の経歴では難しいだろう。前の会社と同じくらいの企業に勤めることができれば御の字だ。
 修也が味噌汁の中に置かれていた豆腐と白菜とを掴みながらそんなことを考えていると、玄関のインターホンを告げる音が聞こえた。

 それを聞いた妻が出て行こうとするのを手で静止して、修也は自ら立ち上がって来客の応答に向かう。
 誰なのだ。こんな時間に人の家を訪れるような非常識な輩は。
 いや、大体の見当はついている。恐らく労働省の関係者だろう。直接クビになったことを家族へ告げるためにやって来たのだ。

 勘弁してくれ……。修也が恐る恐る扉を開くと、そこには緑色と水色のコントラストともいうべきな奇抜なワンピースを身に纏った若い女性の姿が見えた。
 奇抜な衣装に身を包んだ若い女性は困惑する修也に向かってとびきりの笑顔を向けながら言った。

「おめでとうございます! 大津修也さん!! あなたは我が社の優秀なコンピューターが弾き出した『ロトワング』の適用者ですッ!」

 奇抜な女性はそのまま困惑する修也の元へと飛び掛かり、その首元に口付けを与える。
 困惑して倒れそうになる修也の元へと帰りが遅いことを心配した妻が現れて、奇抜な女性の姿を見て浮気だと狂ったのだが、その女性の正直な回答によって彼女はその矛を収めることになったのであった。

 困惑したまま部屋に運ばれた修也は頭の中で様々な情報が錯綜することになってしまったのであった。
 ロトワング。優秀なコンピューター。会社をクビになった。
 こうした情報が頭の中でめぐまるしく動いていく。

 だが、どうやってそれらの情報を処理をすればいいのかはわからなかった。
 ただ唯一理解できたのは翌日からエレクトラアナハイニムスではなくメトロポリスに勤めなければならないということだ。

 しかもこれまでのようなデスクワークではなく、ロトワングを身に纏った技術者として。
 無茶だ。修也は心の中で自分の考えを否定した。

 その理由は明らかであった。修也はこれまでも喧嘩などただの一度もしたことがなく人生を過ごしてきたのだ。
 エレクトラアナハイニムスでも人が良いのだけが取り柄だと言われていた。

 そんな自分が大企業の下に着き、仕事としてテレビでしか見られないようなパワードスーツを身に付ける?
 そんなことができるはずがない。

 修也は大学四年生の就職活動で行き詰まっていた時以来神に向かって助けを求めたが、当然その願いが聞き入れられることはなかった。
 修也は萎びた表情を浮かべながら膝を地面の下に落としたのだった。
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