魔法刑事たちの事件簿

モスト・オブ・デンジャラス・ゲーム編

中村孝太郎の微笑ーその④

孝太郎はボリス・レオニードを地元の警察署に引き渡し、リトル・モスクワのレストランに爆弾がある事を告げて、駐車場に停めていた車に乗り込み石川葵の次の指示を待つべく運転席に乗り込んだのだが、
「いっ」
右足に痛みを感じて、思わずに右足を見つめてしまう。
そこにはボリス・レオニードによって傷付けられた右足。
孝太郎は思わずに歯を噛み締めて、
「クソ、余計な業を背負っちまったもんだぜ、恐らく石川葵の作った爆弾はあれで収まらんだろうからな……」
孝太郎は石川葵からの新たなる電話が来る前に病院にいって応急処置だけでも受ける事を考えた。
葵からの電話も応答くらいならばできるだろう。
孝太郎は足を引きずりながらも、病院へと向かって行く。




「キミは運が良いね。こんな傷を付けてこんなにピンピン動いていられるなんて、普通じゃあ考えられないよ」
孝太郎に臨時の処置を施した医師は重い眼鏡を左手で上下させながら感心したように頷く。
「ありがとうございます。そうだ、この後に動いても構いませんか？」
「それは歩く分には構わないけれど……走り回ったりするのはしばらく控えたほうがいいよ。私のかけた治癒魔法は徐々に効果が現れて行くタイプのものだからね。対象者の痛みを和らげてから、痛みそのものを徐々に治していく魔法……こんな魔法が見つかって良かったよ。ヤン・ウィルソンに感謝しないとな」
「ええ」
孝太郎は感謝の念を込めた丁寧なお辞儀をしてから、病室を後にする。
幸いにして、治療時間中に石川葵からの連絡が来る事はなかった。
だが、石川葵はいつ爆破予告の電話やメールをしてくるのかは分からないのだ。
孝太郎は厄介な女だと苦笑していると電話の着信を告げるバイブ音が背広のポケットの中で鳴り響く。
孝太郎は素早く携帯端末を手に取り、病院の外へと向かう。
「ハロー。孝太郎くん。どうだったレストランの爆弾は？」
「解除したよ。あんたの指示通りにな……」
「流石だわ！ では次のヒントよ……聖母マリアと偽キリストの使徒の集う場所……沢山あるわよ！ 是非とも当ててみてね！ ちなみに今日中に解かないと爆弾は必ず爆発するから、気を付けてね！ 」
それだけ告げると、葵は通話アプリを切ってしまったらしく音信不通を告げる音が孝太郎の形の良い耳に響く。
孝太郎は携帯端末を切り、病院の待合室でヒントの意味を考察する。
聖母マリアと偽キリストの使徒。
つまり、キリスト教を語るカルト教団の事を言っているのだろうか。
この時の孝太郎の脳裏に浮かんだ教団の名前はルシファー教。そして、十字救済教の２つだった。
ルシファー教。これはこれまでのキリスト教団体とは異なり、日本における神本仏迹説のように実はイエス・キリストと悪魔の中の悪魔ルシファーを同一人物とみなす教団であり、教祖の名前は流子屋栗栖るしやくりすと言うらしい。
彼は昌原道明とは異なり、小綺麗な身なりにハリウッド・スターのようにハンサムな顔立ちという容貌から女性人気も高かった。
また、彼は宇宙究明学会が瀬戸大橋爆破未遂事件を引き起こすまでは、日本で一番危険なカルト教団の名前を付けられていたそうだ。
また、栗栖の特徴としては日蓮宗の開祖日蓮上人を思わせる口の悪さと政治への介入であった。
彼は頻繁にイエス・キリストの名前と地獄の名前を持ち出しては現実の政治家を批判していたのを孝太郎は明確に覚えていた（もっとも、孝太郎がそれを閲覧したのは教団のホームページで無料で見れるウェブサイトであったが）
孝太郎は石川葵が宇宙究明学会の幹部時代にルシファー教に何か嫌な事をされて、それを根に持って復讐するのだろうかと考えたが、あの葵に至ってそんな事はなさそうだった。
孝太郎は動機がないと首を縦に振り、次に十字救済教を狙う可能性を考えた。
十字救済教は２年前の制服警官時代に友人の竹宮慎太郎についてよく教えてもらっていたから、孝太郎も理解しているつもりだ。
十字救済教はキリスト教系のカルト教団でありながら、その崇拝対象はイエス・キリストではなく、かつて天草島原の乱において滅ぼされた農民の指導者天草四郎であった。
彼らは今の世界は天魔に支配されていると主張して、頻繁に屋敷に信者を囲むという宇宙究明学会にも劣らない異常性を見せつけており、被害者の会も結成されている程であった。
これに対して、天草四郎の生まれ変わりを主張する教祖の由比正明氏（ただし、由井正雪の子孫ではないらしい）は被害者の会を徳川氏に帰属し、九州のキリスト教団体を弾圧した板倉重昌のようだと激しく非難。
ここから更に十字救済教の行動はエスカレート。
しまいには立て篭もり事件を起こし、警察や特殊部隊を相手に激しい戦いを引き起こしたが、竹宮慎太郎が厳しい警備をくぐりぬけ、由比正明を射殺することに成功。
ここに十字救済教は完全に息の根を止められてしまうのだが、近年は反宇宙究明学会を掲げて復活。
彼らは完全にかつての騒動を忘れて、宇宙究明学会ならびに故・昌原道明本名松中鈴雄批判に乗り出していた。
孝太郎はこの教団を狙う理由は十分にあると見て、日織亜市に存在する教団の建物（かつてのホラウェイ牧師の教会を改装したものらしい）に向かおうと考えたが、十字救済教に暗号の中に書かれていた聖母マリアに位置付けられる人物がいない事を思い出して、ここではない事を直感する。
もう候補が思い付かなかったらしく、根を上げていると、
（待てよ。どうしてあいつらの事を忘れていた。石川葵ことダークナイトのターゲットになって殺された連中は殆ど宇宙究明学会に関連する人物だったじゃあないか！ なら、次に石川葵が狙うのは宇宙究明学会の本陣だな……）
孝太郎は壊されかけて、廃墟と化していた昌原道明邸の事を思い返す。
（聖母マリアと偽・キリストの使徒の集う場所……宇宙究明学会の活動拠点となっている、あそこしかないだろ？）
孝太郎は次に向かう先を昌原道明邸に向かう事に決めた。



「どういう事なの！？ボリスが捕まってしまったわ！ 」
現在の宇宙究明学会の会長松中梓は電話口の向こうで孝太郎の始末を提案した女を弾劾する。
だが、女は落ち着いた調子で、
「そんな事はあるわよ。あなたはボリスだけで勝てるとでも思っていたの？」
「ボリスのフラッシュはすごい魔法じゃあない、白籠市のアンタッチャブルを全滅に追い込んだのだし……」
「あの男はあなたにとっては検討違いの化け物だったようね？残念ね。あたしならば孝太郎くんを蜂の巣にできるように後方に部隊を待機させておくのに……やっぱり、あんたの頭じゃ無理なようね」
「何ですって……あんただってあんな汚い手を使って、幹部に……」
「なら、あなたは一度だって仲間を宇宙に返した事があるの？」
その葵の質問に梓は思わずに体を震わせてしまう。
教団が少しばかり肥大した頃に１人の信者が脱会して、教団の闇をバラすと主張した事件があった。
その時に初めて、昌原が『宇宙に返す』という言葉を使い、それを実行したのが昌原のお気に入りの井川森繁と当時１７歳の石川葵の両名であった。
当時の梓は末端の人間であり、その事は知らされなかった（後に知った時には梓は何日も食事が喉を通らなかった）
梓が恐ろしい考えにふけていると、
「あなた聞いてるの？」
「ご、ごめんなさい……それで話は？」
「聞いてなかったみたいね。流石はケーキなだけあるわ」
「ケーキって？」
「ああ、外見だけ良くて頭が空っぽな人の事をあたしはそう呼んでいるの。ごめんなさい、不愉快だったかしら？だって、見た目だけ良くて、頭が悪いなんて本当にケーキみたいじゃない、外見だけを味合うなんて」
葵の揶揄が不愉快だったのだろう。梓は眉間に多くのしわを寄せていた。
まるで、ほうれい線の目立つお局社員のように。
「アハハハハハハハ、ごめんあそばせ！ じゃあ、次はあたしが昌原会長の元の家に孝太郎をおびき寄せるから、そこを狙ってちょうだい」
葵はそれだけ言うと、また甲高い声で笑いながら電話を切る。
後には荒い息を吐きながらピンク色の携帯端末を握りしめる梓だけが残された。