魔法刑事たちの事件簿

アンジェロ岩井

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第4部 皇帝の帰還

嵐の予兆ーその④

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孝太郎の張り詰めた様子が分かったのだろうか、ヴィトが緊張を和らげるためにワザワザ自分の両肩に両手を置く。
「大丈夫さ、あいつらには何もできやしないさ……何もな……」
この言葉の隅に何やら意味深なものが含まれている事を孝太郎は刑事としての勘で探りとる。
恐らく、表面上は友好関係を築いてはいるが、裏ではお互いに相手を出し抜こうとしている……。
そんな関係なのだろう。フランソワ王国もといカヴァリエーレ・ファミリーとギシュタルリア帝国もとい帝国正教会の関係は。
「とにかく、女王陛下から武器をもらいましょう、あなたが預けたと言っていた剣の事です。分かりますよね?」
「ああ、あの剣な……使えるかどうかは分からんがな、取り敢えず無いよりはマシだ……」
ヴィトは孝太郎に横に付いて、大統領や国王を護衛するSPのように張り詰めろと指示を出す。
孝太郎はその指示に従い、ヴィトの横に付き従って、部屋にまで進んでいく。
部屋を進む中で、孝太郎は緊張感というのは、いやでも伝わってくるのだなと心の中で呟きながら、苦笑する。
先程から、言い換えればヴィトに横で付き従うように指示を出されてから、みぞおちの辺りが空っぽになったような感触に襲われているのだ。
何故だろう。やはり、自分が忠誠を誓いたいと思った人間を守れなかった時の精神的ダメージが恐ろしいのだろうか。
それとも、コンシリエーレから失望されるのが?
いずれにせよ、孝太郎は不安な気持ちで一杯だ。異常に喉が乾くのも緊張のせいかもしれない。
いや、もしくは極度の不安のためなのだろうか。
孝太郎は少し前に聞いた、森で怪物に遭遇したという少年も同じような感覚に襲われたのかという気持ちになる。
あるいは巨大なサイクロプスに遭遇したシンドバッド一行?それとも、骸骨剣士と一騎打ちを演じた探検家?
孝太郎に結論は出せぬ。少なくとも、今のところは。
結論を出すよりも前にやる事があるからだろうと言うべきかもしれない。
そんな下らない疑問とどうしようもない恐怖心が同居した精神のままではあったのだが、何とか聡子とマリアが待機しているはずの部屋の扉の前にたどり着く。
ヴィトが扉を叩いている間、孝太郎は彼の後ろに回り、敵が来ないのかを警戒していた。
「はーい」という幼い少女が放つようなあどけない声が聞こえる。
間違いない。マリア・ド・フランソワの声だ。ヴィトは自身の恋人の声が聞こえた事に安堵しながら、マリアに扉を開けるように要請を出す。
マリアは特に焦る様子もなく、何事もないかのようにドアノブを回したが、目の前にいたのは、帝国正教会の大司祭から勲章を授与された筈なのに焦っている素振りを見せる恋人。
何故か、背後を警戒している新しく入ったマリアの騎士。
マリアは何か予想外の出来事が起きたのだろうと、急いで二人を木製の簡素な机と椅子しかない(壁に飾りさえ掛けられていない上に絨毯も最低限、机と椅子の周りにしか敷かれていない)部屋の中に招き入れる。
「ど、どうしたの……何が?」
「いいか、よく聞いてくれ……この大聖堂は帝国正教会の連中の奴らの巣なんだッ!あいつらは今日、おれ達を殺すためにこの大聖堂に招き入れたんだッ!」
「殺すために!?じゃあ、何か外の組織と交渉すると出掛けて行ったルーシー達は?」
「ドンも攻撃されている可能性が高い……もしかしたら、おれ達のピンチに駆けつけられないような大ピンチに陥っているかもしれないんだッ!」
マリアが何も言えずにパクパクと口を開けていた時だ、聡子が座っていた木製の椅子から立ち上がり、
「ふざけんなよ! 」
味気のない灰色の床を蹴りつける。
「じゃあ、絵里子さんや明美はどうなるんだよ!?あいつらを見殺しにしろというか!?」
「見殺しにする筈ないだろ?コーサ・ノストラの人間がそんな薄情な真似をするか……」
そうは言ったものの、ヴィトの葉巻を持つ手はいつもと違い、少しばかり震えている事を孝太郎は見逃さない。それは、聡子も同じだったようで、
「あんたさぁ~そんな分かりやすい嘘を言ってもあたしには分かるんだよ。本当はピンチなんだろ?要するに……」
「要するにここの連中はおれらの世界のロシアン・マフィアと手を組んで、おれらを嵌めようとしているんだ……二つの世界で、カヴァリエーレを破滅させようとな……」
ヴィトはそう言って、俯きながら、葉巻を吸う。その姿がどことなく、不安そうに見えたのは気のせいだと思いたい。
孝太郎はそんなヴィトやこの場にいる全員を安心させるために、脱出の方法をこの部屋にいる全員に人差し指を立てて、示してやる事にする。
「まず、おれ達がやらなければならない事はここからの脱出です……この一点に縛られるでしょう」
「脱出と言ってもだな……どうやって、ルートを?」
「簡単ですよ。急病だとか何とか言って、やがて交渉のために迎えに来る兵士に話してやればいいんです」
「そうは言っても、向こうが受け入れてくれるかどうか……」
マリアはどうしようもないわと言わんばかりの視線を向けながら言う。
恐らく、彼女の脳裏には不可能。無理。不可逆的。そんな言葉ばかりがよぎっているのだろう。
だが、ここで妥協するわけにもいかない。
「大丈夫ですよ。少なくとも、健康を害した相手を向こうは無理に拘束する事はないでしょうから」
孝太郎は満面の笑みを向けながら言った。
「そうか、だが……万一の時は」
「分かってますよ。レストランを襲撃してきた奴を倒した時のように……」
二人のお互いの耳に顔を近づけての会議は一本のノックにより強制的に終了させられてしまう。
「そろそろ、お昼頃です。予定されていたお時間ですが……」
ドアを開けたのは見張り役と思われる短い黒髪の兵士。
彼はトレードマークと思われるちょび髭をいじりながら、
「なるべく早く支度を願えると、ありがたいですな、我が主人はあまり時間に……」「分かっているさ、だがな、マリアが少し体調を害したようなんでな、今日のところはお引き取り願いたいんだ。キミのボスにそう伝えてくれるか?」
ヴィトはワザと兵士の言葉に自分の言葉を被せて喋らせないようにする。
兵士は自分のセリフが最後まで言えなかったのと、帰らせて欲しいというヴィトの要求に不満だったのだろう。
黙って、扉を乱暴に閉めて立ち去る。
「よし、あいつは恐らく、例の甘いマスクの貴公子を連れて来る筈……そこで、もう一度、マリアの調子の事を言えば……」
「相手は引き下がる可能性が高くなるぜ、最も……確実に100%という結果にはならんが……」
「当たり前さ、確実に100%なんて結果を出せるのは、回答を問題集に移した時だけさ、どんな方法をとっても100%正しいという結果にはならんよ」
ヴィトは葉巻をゆっくりと吐きながら言った(勿論、三人に煙が当たらないように配慮して)
「ですよね、この結果がどうなるのかは運命次第って事かな?」
「大分、分かってきたな、若いの」
ヴィトが二本目の葉巻を吸おうと、懐に手を伸ばした時だ。
「失礼致します」
と、先程の甘いマスクの貴公子。もといアイザック・ロアンは相変わらず歯磨き粉の良さを試すCMに応募すれば、確実に受かるような真っ白な歯を向けながら、
「本日は女王陛下の健康が悪いという事で、会談は欠席という事でよろしかったでしょうか?」
「ああ、その通りだ。悪いが、オレ達を帰らせてくれないか?」
だが、アイザックは意味深な笑みを浮かべたまま。ヴィトの質問に答えようとはしない。
孝太郎はアイザックが何か考えている事に気がつき、いつでも武器保存ワーペン・セーブを使える状態にしておく。
それが、今のところは一番良い処置になるだろう。
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